第百章 龍神様の過去
祠の隅で見つけた白い布を、コハクはそっと拾い上げた。
土や落ち葉に埋もれていたせいで汚れてはいるが、大切に折り畳まれていたことが分かる。
「これ……。」
ニャオミーも隣へしゃがみ込む。
布を広げると、小さな刺繍が見えた。
龍の姿だった。
少し歪ではあるが、一針一針、丁寧に縫われている。
ルゥはそれを見た瞬間、小さく目を見開いた。
「これは……。」
震える指で布へ触れる。
「知ってるの?」
ユウトが尋ねる。
ルゥは懐かしそうに笑った。
「昔、この祠へ毎日のように来ておった子がおっての。」
「毎日?」
「うむ。」
ルゥは布を大事そうに撫でる。
「朝になると、一人で山を登ってきては、ここを掃除してくれた。」
一同は静かに耳を傾ける。
「落ち葉を集め。」
「鳥居を拭き。」
「石段も水を運んで洗ってくれておった。」
ルゥは少し笑う。
「体は小さいのに、よく働く子じゃった。」
「供え物も、毎回違った。」
「木の実の日もあれば、花の日もある。」
「畑で採れた野菜を持ってきてくれたこともあったの。」
ニャオミーが思わず笑う。
「かわいい。」
「うむ。」
ルゥも嬉しそうに頷いた。
「ある日、その子へ聞いたことがある。」
『毎日来るのは大変じゃろう。』
『どうしてそこまでしてくれるんじゃ?』
その時のことを思い出したのか、ルゥの表情が少し柔らかくなる。
『だって。』
『龍神様が好きだから。』
『ありがとうって伝えたいんだ。』
森へ静かな風が吹いた。
ユウトたちは誰も口を開かない。
ルゥは少し照れくさそうに笑う。
「真っすぐな子じゃった。」
「毎日、目を輝かせて話をしてくれての。」
『今日は学校でね。』
『今日は畑を手伝ったよ。』
『今日はお母さんに褒められた!』
「そんな話ばかりしておった。」
ルゥは布を胸へ抱く。
「我も、あの子が来るのを毎日楽しみにしておった。」
少しだけ間を置く。
「じゃが。」
その笑顔が静かに消えた。
「ある日を境に、来なくなった。」
誰も言葉を挟まない。
ルゥは崩れた鳥居へ目を向ける。
「最初は風邪でもひいたのかと思った。」
「一日。」
「二日。」
「十日。」
「一月。」
「待っても、待っても来なかった。」
ルゥは小さく息を吐く。
「何かあったのじゃろうとは思った。」
「じゃが、神である我は、人の里へ行くことはできぬ。」
「ただ、この場所で待つことしかできなかった。」
その声には責める気持ちはなかった。
長い年月をかけて受け入れた、静かな思いだけが残っている。
その時だった。
ユウトが足元に落ちていた小さな木札を拾い上げる。
「これ……名前が書いてある。」
みんなが振り向く。
泥で汚れた木札には、子どもの字でたった一言だけ刻まれていた。
『りゅうじんさまへ』
ルゥはそれを見つめ、小さく微笑む。
「懐かしいの。」
その笑顔は、とても優しかった。
だが。
誰も気付かなかった。
木札の裏へ、小さく描かれていた印に。
赤い墨で描かれた、一つの家紋のような印を。




