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第九十五章 人と妖が笑い合える日まで

王は静かに目を閉じた。


「……私が知っているのは、ここまでだ。」


震える声だった。


「あの術で吹き飛ばされ、私は意識を失った。」


「目を覚ました時には、鬼神面は去り……。」


王は拳を強く握り締める。


「王妃は、石室の前で息絶えておった。」


「鬼神面がなぜ退いたのか。」


「王妃が最後に何を話し、何を願ったのか。」


「私は、何一つ知らぬ。」


宝物庫は静まり返る。


その時だった。


コツン――。


ニャオミーの手の中にある神宝の欠片が淡く輝き始めた。


続いてコハクの欠片。


さらに、たぬぷぅの胸元からも優しい光が溢れる。


三つの神宝は互いを呼び合うように明滅すると、白い光が宝物庫全体を包み込んだ。


「この光……。」


コハクが目を見開く。


「あの時と同じ。」


「おばあちゃんが昔を見せてくれた時と……。」


石壁が霞む。


床も。


天井も。


景色はゆっくりと白い光へ溶けていった。


「神宝が……。」


コハクは小さく呟く。


「最後の記憶を見せてくれてる。」


世界が白く染まる。


やがて光が晴れていくと――


そこには、崩れた宝物庫があった。


瓦礫が散乱し、薄く砂埃が舞っている。


石室の扉の前には、なお立ち続ける王妃。


その先には、ゆっくりと歩み寄る鬼神面の姿があった。


鬼神面は静かに王妃を見つめる。


「退け。」


王妃は首を横へ振った。


「退きません。」


その声に迷いはなかった。


「この扉の向こうには、多くの人の願いが眠っています。」


「あなたには渡せません。」


鬼神面は静かに王妃を見つめる。


仮面に隠された表情は見えない。


ただ、赤い瞳だけが僅かに揺れた。


「命に代えてもか。」


王妃は微笑む。


「私が始めてしまったことです。」


「だから最後まで、私が守ります。」


鬼神面はしばらく黙っていた。


宝物庫へ静寂が流れる。


やがて低い声が響いた。


「願い。」


その言葉を噛みしめるように呟く。


王妃は静かに頷いた。


「この神宝は、人と妖を繋いでくれました。」


「人間界では、多くの方に助けていただいたんです。」


「争いではなく、手を取り合える未来もある。」


「私は、それを信じています。」


鬼神面は小さく笑った。


愉快そうではない。


どこか諦めにも似た、乾いた笑いだった。


「綺麗事だ。」


低い声が響く。


「人は裏切る。」


「妖もまた裏切る。」


「争いは繰り返される。」


王妃は静かに首を横へ振る。


「それでも。」


「私は信じます。」


「人と妖が笑い合える日が来ることを。」


鬼神面は王妃を見つめ続ける。


長い沈黙。


やがて静かに右手を石室へかざした。


「……開け。」


赤黒い呪術が南京錠を覆う。


一つ。


また一つ。


鎖が軋み始めた。


しかし。


石室の奥から漏れ始めた光は、夜明けのように静かに広がり、何重もの南京錠を優しく包み込んでいく。


王妃はその光を見つめ、小さく微笑んだ。


「あなたが……。」


震える声で呟く。


「応えてくれたのですね。」


まるでその言葉を待っていたかのように、光は一気に膨れ上がった。


眩い閃光が宝物庫を包み込む。


鬼神面は咄嗟に腕で顔を庇る。


次の瞬間。


轟音とともに光が弾けた。

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