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第三話 腐敗と発酵。


2018年5月10日 

とある廃墟。


 廃墟の一室には男が五人、女が二人。


「なんで集めたんだ?せっかく面白れぇことしようってところだってのによ。」


 ソファでふんぞり返っている、チンピラ風の男が舌打ちする。

すると、小柄で童顔な女性が回答する。


「君たちを招集したのは、探していた目標αを見つけたからだ。」


「本当か?なら、もう探しものはしなくて済むな。」


 チンピラ風の男の隣に立っている、キザな雰囲気を漂わせている細身の男が、「やっとか。」と付け足して息を吐いた。


「そして、その目標αを追っていたら別目標のβも見つけた。」


 その情報を聞いた、大柄で筋骨隆々なスキンヘッドの男が、驚きつつ豪快に笑った。


「はっはっは!こりゃ儲けたな!!やっとひと暴れできる!!!」


「これで計画を、次の段階に進められる。でも、まだ行動には移さない。

もう少し情報収集をした後に、動くことにしよう。」


 大柄な男に釘を刺すように、慎重に事を進めようと童顔の女性が指示をする。

その後も、誰が動くか、どこで仕掛けるか—— 細かな指示と計画の修正が続いた。


「今まで裏でこそこそ隠れてたんだ。やっとお天道様の下に出られるってもんよ!」


 大柄な男は懲りずに言葉を吐いた。

その時、目の前にあったテーブルが、ミシッと音を立てて、一瞬にしてヒビが走る。

大柄な男は少し驚いたが、すぐさま冷静さを取り戻し、童顔の女性に向けて謝罪した。


「すまねぇって、ボス。計画を無視して、身勝手に動いたりはしねぇよ。」


 童顔の女性は何も言わずに、視線だけで答える。

それを横目で見ていた、クレイモアを背負ったベージュ色のコートを着た中年男性が、大柄な男の横の椅子に座っている、黒い着物を着た女性に声を掛ける。


「あんたも大変だな…脳筋に振り回されて。」


「はっはっは!俺よりこいつの方が脳筋だぞ?」


「貴様と一緒にするな。」


着物の女性は一言だけ呟いて、沈黙する。


「そうなの?うわぁ…意外。」


 着物の女性にギロっと睨まれる、コートの男。

すかさず両手を上げ降参し、謝罪を述べた。

その光景を眺めていた大柄な男は、腹を抱えて仰け反った拍子に背もたれが耐えきれず、一人掛けソファが後ろへ倒れた。

細身の男は、横目でやりとりを眺めつつ、「こいつらと同じにはされたくないな。」と呆れていた。



 そんな会話を、外から盗み聞きしていた青年がいた。


「なるほど、目標αってのはたぶん、あいつのことか。

ここで手柄を立てたら俺も、正式に組織の一員になれる!」


 興奮のせいか、震える拳を握りしめ、足音を忍ばせながらどこかへ向かった。



 窓際にいた物静かな男が、外に視線を向ける。

だが、ボスはわずかに視線を動かし、物静かな男と目配せをした。

男は何も言わず外への視線を外し、それを見た他の連中も気にも留めず、雑談を続けた。


______________


同時刻 

異能対策課 本部 5階廊下。


 太一《たいち》と晴明《せいめい》が、任務終わりの報告を終えて廊下を歩いていた。

廊下の先には、太一たちより若い後輩二人が立ち話をしている。


「あの人、太一って人だ。」


「横にいる人は、バディの黒井《くろい》って人か?おそらく。」


「最近見なかったけど、なんで本部にいるんだ?」


「遠征任務続きだったから、いなかったんだと。」


「遠征だったのか。あの遠征、何人戻ったんだ?」


「……3人だそうだ。14人行ってな。」


「そのうちの2人か…。」


後輩隊員は、重くなる空気を別の話題で濁そうとする。


「確かあの2人って、例の鹿野《かの》世だ——」


 その言葉を聞いた途端、周りにいた数人の隊員や職員たちが目を逸らしたり、二人に振り向いたりした。

それに気づいたのか、話を聞いていた隊員が慌てて静止する。


「おい!その名前出すな!!最悪、厳罰にされるぞ!?」


「悪い悪い!思わず言っちまった。」


「俺まで巻き添えはごめんだ!言うなら俺のいないところで言ってくれ!!」


「俺も嫌だよ!もう言わねーって。」


 そんな事を小さな声で言い争っていると、廊下の先を歩いていた太一と晴明が、かなり近くまで来ていた。

目の前まで来た太一は、立ち話している隊員に声を掛ける。


「おい、なんか用か?」


「「いえ、任務お疲れ様です!」」


「あっそ。」


 自分たちの陰口を言っていたのに、しらばっくれるのを見て冷たく返答する。

数歩離れたところで、太一は舌打ちをした。


「ちっ、聞こえてるっつーの。」


 苛立つ太一を、すかさず晴明が宥《なだ》める。


「まあ落ち着け、ああいう奴らはどこにでもいる。一人一人構ってたらキリが無いぞ?」


「分かってるよ。でも…ムカつくもんはムカつくだろ?」


「それでも、あいつらに当たってもどうしようもないだろ。」


 しかし、怒りが収まりきらないのか、太一は愚痴を溢した。


「くそ、上の連中は踏ん反り返ってるだけだ!

利権に取り憑かれたゴミどもが。」


「太一、やめとけ。また無理難題を押し付けられるぞ。

せっかくこの間戻ってきたばかりだって言うのに…。」


 太一は、"戻ってきたばかり"という言葉を聞いて、やっと冷静さを取り戻した。

今回の遠征も、相手は組織的に動くタイプだった。

一人対処しても、次がすぐ出てくる——そんな面倒な任務だった。

思い出すだけで、また疲れがぶり返しそうになる。

それでも太一は、晴明に言葉をぶつけた。


「はあ…気分悪いわ。」


「同感だ。

……それにしても、嫌われたもんだな。」


「鹿野世代ってだけで嫌われんだよ。上層部とバチバチだったからな。」


「蒼井《あおい》や俺たちは、筆頭だったから尚更だな。」


 愚痴から昔話に変わった時には、エレベーターの前まで着いていた。

下へ降りるボタンを押し、エレベーターが開いたので2人は乗り込んだ。

一階のボタンを押しながら会話を続ける。


「螢《けい》といやこの前、夏乃《なつの》に会ったぞ?」


「そうなのか?

もう東京から引っ越したんじゃなかったのか?」


「なんか埼玉の友達と遊ぶからって、旅行に来てたんだと。」


「へぇ〜、元気そうで良かったな。」


「あいつが元気ない時なんてないだろ。」


 太一のツッコミで思い出したのも含めてか、晴明は思わず笑ってしまった。


「はははっ!確かにな!

蒼井のやつ、いつも一緒に居たな。性格合わなそうなのにな?」


「高校からの付き合いって言ってたからな。期間が長いと、波長も合ってくるんじゃね?

俺たちも、最初の頃はもっと酷かったし。」


「そうだな…大変だった……。」


 太一は横を見ると、晴明が遠い目をしながら、滲み出ている疲労感を纏《まと》っていた。

そんな姿に、太一は思わず口を開く。


「いや、俺も大変だったわ!」


「どう考えても俺の方が振り回されてただろ?」


「いや俺の方が——」


 二人は顔を合わせ、太一は続く言葉を飲みこみ首を横に振った。


「はぁ、こんな言い争いは不毛だな。」


「そうだぞ。労力の無駄だ。」


「鹿野みたいなこと言うな。」


「……そんな似てたか?」


「なんでちょっと嬉しそうなんだよ……気持ち悪りぃ。」


 ニヤつきそうな顔をしている晴明から、太一は物理的に距離を置こうとするが、エレベーター内なので半歩程しか離れられなかった。

そんな太一を気にも留めず、ぽつりと呟いた。


「俺たち世代のスターだからな。憧れもするさ。」


「そうだな。」


 エレベーターが一階に着き、自動ドアが開く。

二人はエレベーターから降りて、ロビーの方へと歩き出した。


_______________


2018年5月11日 

池袋のCDショップ。


 春馬《はるま》は三連休を経て、シフトの出勤日。

先に着いていた茉琴《まこと》に挨拶をし、制服のエプロンだけ身につけて、バックヤードからレジへ向かった。

すると開口一番、バックヤードで椅子に座りながら携帯を触っていた茉琴に、この前の事件の話を聞かれる。


「あんたこの前、事件に首突っ込んだんだって!?」


「なんで知ってるんですか?」


「そら、ニュースでやってたからよ!しかも、春馬バッチシ映ってたし。」


「僕、映ってたんですか!?」


 まさかの事実に驚きを隠せなかった。


 先日見たニュースには映っていなかったので、僕とは別の放送局を見たのかもしれない。

避難に遅れた人がいたのは現場状況で知ってはいたけれど、まさか動画を撮られていたとは思わなかった。


そう考えていると、茉琴から追加情報が来る。


「そうよ。能力を使ってるところは映ってないけど、異能犯と対面してるところがスマホ映像で。」


「全国ネットデビューってことですね!いやぁ、有名になっちゃうな〜。」


「いや、ならないでしょ。」


「流石になりませんよね。」


 顔が映っていたのなら、知り合いには僕だとわかってしまうのは当たり前だ。

「でも、こんな形で全国ネットに出たくはなかったな。」と、苦笑いをする。


「怪我しなかった?」


「怪我はしてないです。」


「それならよかった。

もし怪我しても、治してあげる。」


「異能使ったら怒られますよ。僕みたいに。」


 自分を引き合いに出しながら、茉琴の笑いを誘った。

そのあとも長時間、雑談をしつつ通常業務をこなしていると、お客さんがやってくる。


「いらっしゃいませー。」


 春馬がレジの中から、お客さんに向けて挨拶をする。

茉琴はバックヤードの椅子に腰掛けたまま、間口に立って辺りを見回しているお客さんを、覗いて確認した。

 男は何かを確かめるように、春馬を見たあとすぐさま視線を外し、出入り口から左へと曲がって、奥のCDコーナーに進んで行った。

少し経ったあと、彷徨《さまよ》うように棚を見ていた男が、レジの方に寄ってきて商品を渡してくる。


「これください。」


「お会計、2500円になります。」


「カードで。」


 会計を済ませると、男は商品をポケットに突っ込んだ。

少しはみ出しているが、気にした様子はない。

出入り口を出る直前、一度だけ振り返り、そのまま店をあとにした。

見送ったあと、奥にいた茉琴が話し掛けてくる。


「物好きもいるもんだね〜。こんな小さくて寂れたCDショップに来るなんて。」


「掘り出し物とか探しにきたんじゃないですか?

うち、中古MDとかも取り扱ってますし。」


「でも、割と新しいCD買っていったじゃん。

しかもシングル。」


「シングルだっていいじゃないですか。」


「アルバムの方がお得感あるじゃん。」


「それは……そうですね。」


アルバムの方がお得と言われ、納得してしまった。

それでもシングルの良さを考えていると、再びお店に誰かが入ってくる。


「二人ともお疲れー。」


 春馬は振り向くと、そこには小太りの壮年な男性が立っていた。

このお店のオーナーである、小西《こにし》 陸蔵《りくぞう》さんだ。

僕も茉琴さんも、学生のうちに異能対策課に入ったせいで、まともな社会経験がない。

そんな僕たちを、あっさり雇った物好きだ。

後から聞いた話だと、趣味の延長線で始めたお店だけど、客も来ないし暇だから、家に居たいだけらしい——そんな変わった人だ。


「お疲れ様です。」


「おつかれ〜。」


「茉琴ちゃん、なんでバックヤードで堂々とサボってるの?」


「だってやる事ないし。」


「掃除とかは?」


「春馬がやった。」


「陳列とか仕入れと———」


「春馬がやった。」


「………。春馬君、たまには休んでいいんだよ?」


「まあ、そんなに負担にはなってないですし、茉琴さんもたまに手伝ってくれてますよ!」


「それなら…いいけどさ。」


 不服そうな小西さんとは裏腹に、茉琴は強気に出る。


「コニさんが言える立場なの?

そう思うなら、たまにはお店に出なよ。」


 茉琴の一撃が小西さんにクリーンヒットしたのか、慌てて言い訳を考え始めた。


「いやー、僕はあの、ほら!他にもやることがあるからさ!ね?」


「「うそつけ。」」


 茉琴ならわかるが、春馬でさえ思わず口に出してしまった。


「…春馬くん?」


 小西さんから、悲しみを含んだ疑いの視線を送られるが、気まずさのあまり視線を逸らす。

その気まずさから解放されたくて、春馬は話題を変えた。


「今日は天気いいですね!お散歩日和だ!!」


「今日は曇りだよ…。」


「……曇ってた方が日差しも強くないし、歩きやすいですよー!」


 小西さんにジト目で見つめられる。

冷や汗が出てくるが、絶対に目は合わさない。

誤魔化し合いの応酬をしていると、16時30分になったので、蛍の光が流れ出した。

小西さんが来たのが16時頃だったのに、話していると、いつの間にか時間が過ぎていたみたいだ。

すると、バックヤードで悠々と休んでいた茉琴が立ち上がり、物凄いスピードで閉店作業に入り始める。


「茉琴ちゃん……。」


 小西さんの悲しみを超えた感情を無視して、茉琴はドヤ顔をしながら答える。


「今日!売り上げ出たから!!」


小西さんはその言葉を聞いて、悲しみから反転、喜びが滲み出てくる。


「ほんと!?いくら?」


「2500円!!!」


 左手を腰に当て、ピースサインを突き出しながら、堂々と宣言した。

小西さんの顔が、真顔になった。


「そう。帰ろうか…。」


 その一声で僕たちは、猛スピードで閉店作業を行った。


 お店を出て二人と別れた後、帰り道を歩いていると、自分と同じ方向についてくる人影を感じた。

振り返ってみるが、誰も居ない……。


——気のせいか。


そう思って歩き出した瞬間、背後で足音がひとつ、遅れて鳴った。


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