第二話 温い炒飯セットとのびる飛行機雲
2018年5月8日
異能対策課 本部
都心にそびえる地下4階、地上10階建ての建物は、ガラスで太陽光を跳ね返しながらも優雅に佇んでいるように見えた。
幾度か倒壊した過去があるが、そのたびに強度が増しているという。
そんな、威圧感すら感じる建物の1階、ロビーに繋がる自動ドアを通り抜ける。
先日の事件で、本部から呼び出しを受けたので足を運んだのだが、ロビーに入ると複数の視線を感じる。
「あいつが……出しゃば……規則違反じゃないか……」
何やら噂話をしているように見えるが、単語だけが断片的に聞こえる。
あまりいい話をしているようには見えなかった。
気にしていても仕方がないので、手続きをしに受付へ向かった。
受付で申請をし、許可証と異能対策課バッジを付けること等の注意を受けてから、本部長室に向かう。
はぁ…昨日の件で呼ばれたけど、呼ばれるほどのことがあったかな?
事件の詳細は、昨日の内に報告したんだけど。
助けた女性からクレームが入ったとか?
最後まで睨まれてたしな〜。
最悪の場合だと、一時拘束とかもあるのかな?
予備役が勝手に動いて被害が拡大した時は、拘束されたって話を聞いたことがあるけど、今回は被害は広がってない…と思うし。
それにしても、ここにはもう二度と来ないと思ってたのに。
気分が乗らないな…。
そんなことを考えていると、あっという間に目的地に着いてしまった。
本部長室に着くと、三度ノックした後に「予備役の北条 春馬です。」と伝え、ドアを開ける。
扉の向こうには、本部長と数名の職員が待っていた。
目の前に座っている太った男が本部長で、横に立っている数名の男女たちは、おそらく処理班の事務員だろう。
観察していると、本部長が声を掛けてきた。
「北条くん。呼び出しの要件は伝達されているな?」
「はい。予備役の身でありながら、独断で事件の対処に当たった件についてです。」
「そうだ。報告書によると、君が到着した頃には、すでに犯人が対象に危害を加えていた。
そして、対策課の隊員が到着するまでに数分〜十数分程かかると判断し、これ以上の被害が出る恐れがあった為、現場判断で対処を実行した。と記載されているが……本当かね?」
「はい。」とだけ答え、続きを待った。
「ふむ。しかしだね、黒井含む2名が到着にかかった時間は、そこまでの誤差がなかったとも記載されているが?」
確かに太一さんと晴明さんの到着は、戦闘開始から実際には7分ほどだった。
それでも、その7分間で人質の女性が最悪の場合、殺されることもあり得る。
しかし、それを指摘したところで本部長は納得しないだろう。
だから、自分本位な言い方で答えることにした。
「それはあくまで、結果論ではありませんか?
人質女性が亡くなっていれば、『現場判断の低さだ!』と言って、自分に責任を問う可能性もあるのではないですか?」
「はぁ、北条くん。それも結果論なのだがね〜。
それに、対象は生存している。問題はそこではない。
仮に現場の判断が正しかったとしても、それが組織にとっての正しさになるとは限らない。
一人の身勝手が、全体を壊す要因にもなり得るのだよ。」
確かに、予備役が『現場判断だ。』と言って好き放題能力を行使してしまえば、異能犯罪者との線引きが曖昧になってしまう。
そうなると組織全体、果ては社会全体での問題になってしまいかねない。
それで被害が出れば、尚更だ。
だが、見捨てれば——きっと後悔する。
だから僕は、「そうですが…」と言い返そうとするが、相手の言い分も間違ってはいない部分もあると判断したため、続く言葉を口にすることはなかった。
「まぁ今回は現役時の功績と、予備役になってから初めての事案だったということを踏まえ、大目に見て不問としてあげよう。
しかし、次からは通報して本部の判断を仰ぐように。
わかったかね?」
「わかりました…。」
「それと、これは今回の件とは別件なんだが。
現場に復帰しないかね?」
まさかの提案に春馬は少し驚いた。
「対策課は今でも人手不足なのだよ。頭の痛い問題だ。
だから、少しでも人手が欲しくてね、予備役に声を掛けているんだ。
どうだ?復帰する気はないか??」
少しの沈黙の後、春馬は口を開く。
「今のところ…ありません。
人手が不足しているのは理解していますし、大変さも身に染みて知っています。
それでも、生き残れる保証がない場所に戻る程の、大きな理由がありません。
まだ死にたくはありませんし…。
ですので、復帰はしません。すみません。」
深くお辞儀をしつつ、きっぱりと断った。
「そうか、それは残念だ。
今回の呼び出しの件は以上だ。
もう帰りたまえ。」
「わかりました。ありがとうございました。」
そう言って再びお辞儀をし、本部長室をあとにした。
_______________
「死にたくないからか……そんな人間は事件には絡まんがな。」
処理班の事務員も去ったあと、一人になった本部長はうっすらと含み笑いをした。
_______________
本部長室からロビーまで降りてきて、再びバッジを見せたあと、許可証を返却した。
手続きを済ませて帰ろうとした時、任務帰りの太一さんにばったり会った。
「おーい!春馬!」
「あ、太一さん。」
軽快に声をかけながら、大きく片手を左右に振っている。
それに気づいたので振り返り、春馬も挨拶を返した。
「なんで春馬が本部にいるんだ?」
「本部長に、昨日の件で呼ばれまして…。」
「あんな大したことない事件で呼ばれたのか!?なんでだ?」
太一は予想していなかったのか、かなり驚いた様子だった。
「予備役なのに、勝手に行動したって言われました。」
「はははっ、こじ付けみたいな言い分だな!
俺たち世代は、当たりがきついからなー。」
「それに、現場に復帰しないか?って提案されました。」
「あ?なんだそりゃ?そっちの方が本命っぽいな。
人手が足りないからって言われたのか?」
「はい、だから復帰してくれと頼まれました。でも…断りました。」
「春馬のような移動系の異能は重宝されるからな。
迅速に対応するために、1秒でも早く現場に着かなきゃいけないし。
それに、いくら異能が覚醒して、身体能力が上がったって言っても、結局能力には勝てないからな。」
太一の言う通り、異能の覚醒と同時に、異能に耐えうる肉体変化が起こるため、身体能力や肉体強度が向上する。
それでも、相当なことが起きない限り能力には及ばない。
「それに復帰するかは春馬の自由だ!気に止むことないぞ?」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、気持ちが軽くなります。」
「でも最近、同期を滅多に見ないからな。
同世代でも見かけるとテンション上がるなー!」
「そうなんですか?
対策課の情報は全く入ってこないので、知りませんでした。皆さん本部にいないんですか?」
知らないので疑問を口にしたのだが、太一表情が先ほどよりも暗くなった。
「いや、まあそうだな……居ないな。」
一瞬、間があったが、すぐにいつもの明るい雰囲気に戻った。
しかし、それを見逃すほど鈍ってはいなかった。
「なにかあったんですか?同世代のよしみで教えてくださいよ。」
春馬は、先程の同世代という言葉で攻めてみた。
すると観念したのか、「春馬は口が堅いし、まあいいか。」と言い、太一は答えてくれた。
「最近、鹿野世代の連中が、次々と任務に失敗して死んでってる…。
ここ2年ぐらいで、俺たち含めて数人しか残ってねぇ。
だから、今復帰するのはおすすめしない。」
春馬が予備役になる前には100人近くはいた鹿野世代が、たった2年で数人しかいなくなったという事実に、驚きを隠せなかった。
「2年でそんなに!?」
あまりに驚いたので、大きな声で答えてしまった。
その声を聞き、周りの職員が一斉に振り返る。
多くの視線を感じて太一は、慌てて静止する。
「しーっ!声がデケェよ!!
ここじゃあれだ、外行くぞ。」
春馬は「そうですね。」と答えると、2人は本部のロビーを抜けて外へ出た。
道路に出ると、歩きながら行き先も決めずに話し始める。
「太一さん昼ご飯食べました?」
「いや、まだだけど?」
「なら夕さんのとこ行きましょ!今、中華の気分なんで。」
先程までの暗い話を隠すように、強引に話題転換しつつ微笑んだ。
「オーケー。久しぶりに兄貴の顔でも拝みに行くか。」
太一もそれを察したのか、少しの間のあと誘いに乗ってくれたので、足早に歩き出した。
____________
太一の兄、夕の中華料理店。
本部からかなり離れた場所にある、こぢんまりとしたお店だ。
スライド式のドアの前に掛けられている赤色の暖簾を潜り、ガラガラと音を立てながらドアを開ける。
中からは油や香辛料などの匂い、焼いているであろう料理から漂う、香ばしい匂いが鼻腔を突き抜けていく。
お昼時だが、正午ではないのもあってピーク時よりも人は少なかった。
「いらっしゃい、何名様で…」
店主の夕が、来店したお客に声を掛けようとしたのを遮るように、太一が声を掛けた。
「ゆーう!食べに来てやったぞー?」
「お前か…別に来なくてもいいぞ。」
「そんな寂しいこと言うなよ〜?泣くぞ?」
「勝手に泣いてろ。」
「久しぶりに弟に会えて嬉しいだろうに。
この照れ屋さんめっ!」
「うるさいのが来て煩わしい。」
「相変わらず愛想なっ!」
夕と太一のいつもの軽口を言い合う姿を見て、春馬は思わず微笑んでしまう。
久しぶりのはずなのに、緊張はどこかへ消えていた。
そんなやりとりを眺めていると、春馬は挨拶をしていないことに気づき、すかさず夕に挨拶をする。
「夕さん、こんにちは。」
「おー!春馬。久しぶりだな。」
「そうですね。3ヶ月ぶり?ぐらいですね。」
軽く言葉を交わし、2人はカウンター席に腰を下ろす。
「注文は?」
「炒飯セット2つ。ピースサインを添えて。」
「そんな追加オプションねーよ。」
「ねぇ、ちょっと!遊んでないでこっちの火見て!!」
太一のおふざけに付き合わされている夕に対して、厨房の奥から女性の声が響き渡った。
声の主は夕の妻である、結花だ。
「おひさ〜、結花ちゃん。」
「太一くん。今忙しいんだから夫と戯れないでくれる?」
「すんません…。」
「ん?春馬くんもいるじゃん。久しぶり。」
「お久しぶりです。お邪魔してます。」
「どうぞ、ゆっくりしていってね。」
「はい。」と答えた後、声をかけ終えた結花は、再び厨房の奥へと帰っていった。
夕は、結花が離れるのを確認したあと、会話を再開する。
「今日は会う予定でもあったのか?」
「いえ、対策課本部でばったり会って、その流れで帰りにご飯でもと。」
「本部帰り?もう予備役だろ?」
「それがこいつ、この前の池袋の事件に首突っ込んで怒られたんだよ!」
春馬を指差しながら笑う太一を、夕は冷ややかな視線で太一を一瞥し、春馬に振り返った。
「それで本部に呼ばれたのか。」
「はい。他にも復帰しないかって言われたんですけど……断ってきました。」
「…そうか。
戻る気はないって言ってたもんな。それに、異能対策課なんて死ぬ仕事だろ?
異能を生で見たことあるが、人が扱える範疇を超えてるように感じたけどな。」
死ぬのが嫌なのは本当だ。誰だって死ぬのは嫌だろう。
それに、戻らない理由は他にもある。
だが、それを口にする気にはなれなかった。
少し重くなった空気感を察したのか、太一は間に割って入った。
「まあまあ、俺は才能マンだから?生きてるけどな!」
「そうやって驕ってたらすぐ死ぬぞ。」
「あらやだ、優しい!見ましたか?春馬さん、夕が珍しく優しい言葉を…。」
春馬の肩に手を乗せながら、春馬と夕を交互にチラッと見てふざける。
それを見ていた夕は、目を細めてジッと太一を見つめながら、この場で最も重い言葉を吐く。
「お前だけ飯抜きな。」
「ごめんなさい。もうしませんお兄様。」
謝る太一を無視して、夕はすかさず春馬に声を掛ける。
「とはいえ、怪我がなくてよかったな。」
能力情報が少なかったのに無事だったのは、運が良かっただけだ。
「ありがとうございます。助けた女性には睨まれましたけどね…。」
「命があるだけ、ありがたく思ってもらいたいもんだな。」
横から太一は冷たい言葉をいうが、春馬は何も言わず微笑んだ。
太一に絡まれながらも手は動かしていた夕は、炒飯セットの盛り付けを終えていた。
「ほら、炒飯セット、先に1つできたぞ。どっちから食う?」
「太一さんから。」
「まじ?センキュー!」
「ちょっとは遠慮しろよ。」
「先輩なので!」
春馬は苦笑いし、夕は「ごめん。」と春馬に謝りながらため息をついた。
その後は他愛のない話をしつつ炒飯セットを食べ終え、春馬は夕と結花に別れの挨拶をしたあと、太一とも解散した。
帰り道の街中は騒音が響いているが、春馬の心はやけに静かだった。
見上げると、そこには夕暮れに染まるオレンジの空と、晴天を切り裂くような飛行機雲が、一筋伸びていた。
その雲はまるで、自然の雲のように、そこに取り残されていた。




