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第一話 寂れたCD、捨てるMD。


 善いことをすれば救われると、宗教の偉い人が言っていた。

でも善いことをしていた人はある日、目の前で死んだ。


_____________


 商業ビルが立ち並ぶ裏路地に人影が二つ。

一人は座り込んだまま後退《あとずさ》りし、一人は見下ろしながら、片手にナイフを持って追いかけている。


「ま、待て!俺があんたになんかしたか?したなら謝る!

だから、その物騒なものをしまおう。な?」


 冷や汗とともに吐き出された言葉は、あまりにも軽かった。

見下ろす男は何も言わず、そして止まらない。

やがて追いつき、振りかぶる。


「待て!やめろ、やめてくれー!」


 振り下ろしたナイフが、断末魔を堰《せ》き止めた。

男は一瞥《いちべつ》もくれず、そのまま歩き出した。


_____________


2018年5月7日

池袋のCDショップ。


 池袋にあるこのCDショップは、今では珍しい個人経営のお店だ。

お店は小さいが、昔ながらの風情がある。

中古のMDや、インディーズアーティストのCDなんかも置いてあり、マニアがたまに足を運んだりもしている。

 店内には、レジで仕事をサボっている女性と、それを注意する後輩らしき男性の二人が働いていた。

女性の名前は長谷川《はせがわ》 茉琴《まこと》。

そして男性は北条《ほうじょう》 春馬《はるま》という。


「別にいいじゃん。人なんてこれっぽっちも来ないんだし。

しかも、今の時代にCDを、わざわざこぢんまりした店まで買いにくるやつなんて、希少種でしょ。」


「それでも、品物整理とか掃除の仕事もありますよ?

それにオーナーに聞かれたら、2時間コース確定なのでやめて下さいよ〜。」


「否定はしないんかい。その方が悲しむよ、きっと。」


 茉琴《まこと》は、自分より酷い言い方をする春馬を、目を細め横目で見る。


「だって、寂れてるのは事実ですからね。」


 春馬《はるま》は苦笑いしながらも、手を止めずに答えた。

すると、茉琴が流し見していたミニテレビから、ニュース速報が流れる。


「速報です。池袋駅周辺で、異能による殺傷事件が発生しました。

 すでに3人の死亡が確認されており、犯人は現場から立ち去ったとのことです。

現在も警察と異能対策課が行方を追っています。

 目撃者の証言によりますと、犯人は腕を鞭状に変形させるような異能を使用していたとのことです。

 また、防犯カメラの映像などから、犯人は身長170cm前後、深緑色のパーカーに紺色のジーンズを着用していたとみられています。

 警察は、特徴の似た人物を見かけても近づかず、警察または異能対策課へ通報するよう呼びかけています。

続いてのニュースです——」


 春馬はニュース速報を聞いて、お店の悪い話を違う悪い話で逸らす。


「最近また異能犯が増えましたね。

3年前まではこんなにいなかったのに…。」


 どこか寂しげな表情のまま、春馬の手が止まる。


「まぁ、3年前は人外どもがいたからね。

いつからかピタッと湧き出てこなくなって、正直不気味だわ。

それに、その頃の異能対策課には、鹿野《かの》世代の人たちが沢山居たし、優秀な人材も豊富だったからね。」


 あっけらかんと答える茉琴を見て、春馬は少し気持ちが軽くなるのを感じた。


「そうですね。

前は人外と異能犯どっちも対処しなくちゃいけなかったけど、今は異能犯だけですから、負担は減ったように見えます。」


「でも、人外は知性がなかったけど、こいつらは知性があるから、対処も対策も後手に回らざるを得ない状況じゃない。

人外と同じで、場所関係なく突発的に発生するし、厄介この上ないわ。」


「確かに知性がある分、悪知恵も働きますから。そう思うと異能犯の方が大変ですね。」


 春馬は苦笑いしながら、止めていた手を動かし始める。


「でも、僕たちも一応、鹿野世代ですよ?

異能犯が来ても軽くやっつけられますよ。」


 そう言いながら、さっきまでの暗い顔からは一転、明るく笑いかけた。


「そうね。お互い辞めたから予備役だけど。」


 茉琴も、先程までのしかめ面から笑みが溢れる。

 機嫌が良くなったからなのか、茉琴は掃除の手伝いを始めた。

そして、その後も客足は少なく、時間だけが過ぎていった。

 あまりにも暇だったため、オーナーに許可を取り、早めに閉店した。


_____________


同日 

17時20分頃。


 春馬は、帰路にあるスーパーに向かう道中で、人だかりを見つけた。

いつもならこんなに人はいないのだが、今日はやけに人が多かった。

各々の顔に、焦りや安堵の表情を浮かべる人もいれば、笑っている人もいる。

状況は分からなかったが、気にはなりつつもその場を後にした。


 歩みを止めずに進んでいると、三人組の男子学生の笑い声が、薄っすらと聞こえて来た。


「おい!さっきの撮れてたか?」


「撮れた!撮れた!!見てみ?」


 三人とも同時に画面を覗き込む。


「おー!くっきり撮れてんじゃん!すげぇ〜。」


 興奮と驚愕が混じった会話が聞こえてくる。

何かを撮ったらしく、スマホの画面を見て騒いでいた。


 この辺でイベントでもやってたのだろうか?


春馬はそう思いながらも、スーパーへ向かった。


 軽く買い物を済ませ、家へと続く道を進んでいくと、事件は起こった。


さっきとは明らかに違う、異様な雰囲気が漂う人だかりができていた。

罵声と悲鳴が飛び交い、場はパニック状態になっていたのだ。

胸の奥に、わずかな違和感が残る。

 春馬は『何事だ?』と思い、「すみません。」と言いながら人混みを縫っていく。

騒動の中心が見える位置まで近づくと、そこには一人の女性を人質に取った男がいた。

深緑のパーカーに紺色のジーンズ。

どこかで聞いた特徴だと思ったが、すぐには思い出せなかった。

すると、近くの人の話し声が耳に入る。


「あれって、今朝のニュースでやってた犯人じゃない?」


「え!?なんか事件あったの?」


「知らないの!?池袋駅の近くで3人も殺されてるんだって。

それでね、その犯人の特徴が目の前の人と似てるのよ!」


「え?じゃあ、その人じゃない…?」


「そう思うよね!?でもその犯人、異能犯だって言ってたよ?

今のところ、異能を使ってないから似てる人なのかも?」


「そうかな〜?絶対その時の異能犯だよ!」


「そう?でも、もしそうだったら、今すぐ離れた方が良くない?」


「……そうだね。」


 近くにいた買い物帰りの女性たちは、会話を終えると慌てた様子で、その場を離れていった。

春馬は、会話を聞いてやっと思い出した。


 朝のニュースで聞いた特徴と一致する。

だが、能力ばかり気になっていたせいで、服装までは記憶の端に追いやられていた。


 あの異能犯、まだ逃走中だったのか。


 自分の失敗を反省しつつ、『異能は能力情報が大事だ!』と開き直った。

 内省している時、胸の奥に引っかかっていた違和感が、嫌な予感へと形を変えた。


男の腕が、わずかに動く。


——次の瞬間。


 切り裂くような悲鳴が、人混みの奥から響いた。

犯人が伸ばした腕を振り回し、人質の右足首に叩きつけて骨折させたからだ。

 

 その光景を目撃した人たちは、自分たちがどれだけ危険な場にいるかをやっと理解したのか、悲鳴と共に一斉にその場から逃げ出していく。

周りから人が離れていくと、足首を折られた人質は涙を浮かべた瞳で人混みの中を見る。

その瞳と目が合った春馬の呼吸は、ほんの少し止まった。


 春馬は立ち止まったまま、逃げ出す人々に巻き込まれるように肩がぶつかり押し戻されていく。

しかし、逆にぶつかった相手が転倒していた。

春馬は「大丈夫ですか?」と声を掛け、「できるだけ遠くへ!」と伝えたあと、自分は異能犯に向き直る。


 ……どうする?

このままでは、異能犯が人質を殺して逃げるかもしれない。

 一応、サイレンは近づいてきてる。警察もじきに到着するだろう。

でも、ただの警察官では異能犯に太刀打ちできない。

異能対策課の到着を待つしかないが、来る気配がない。


 僕はもう予備役だ。

予備役の行動規定上、対処は可能——だが、独断での介入は処分対象になる。

しかも、相手の能力の全容がわかっていない以上、無闇に突っ込むのは悪手だ。


見逃せば人質が死ぬ。

向かえば自分が危険。


 ほんの少しの逡巡の末、それでも、人質を見殺しにはできないと判断した。

女性の怯える目を見て、引けなかったからだ。


「くそっ、行くしかない!!」


 覚悟を決め、人質と異能犯の間に視線を移し、瞬間移動する。

そのまま相手の右側へ回り込み、振り向こうとした隙に右腹部へ蹴りを叩き込んだ。

異能犯は左後方へ吹き飛び、壁に激突して瓦礫に埋もれる。

確認するより早く、春馬は人質の女性を抱えた。


「少し気持ち悪くなると思いますが、許して下さい。」


 人質の女性は、「え?」と言いながら困惑していたが、そんなことに構っている余裕はないため、容赦なく視界に入る範囲で、最も安全そうな場所へ瞬間移動する。

 着地と同時に、抱えていた女性を下ろす。

女性は息を乱しながら、力が抜けたように膝をついた。

そして、苦痛に顔を歪めながら口を開く。


「もっと早く助けてよ!なんで今な——」


 次の瞬間、込み上げた吐き気に耐えきれず、その場で嘔吐した。

それと同時に、背後で瓦礫が崩れる音が響く。

 振り向くと、異能犯がすでに立ち上がろうとしていた。


「すみません…。

他に被害が出る前に戻らないと。

動けないなら、その場で助けを呼んで下さい!」


 そう言い残し、春馬は再び異能犯の場所まで瞬間移動する前に振り返る。

すると、近くにいた女性と男性が、人質の女性に駆け寄っていた。

人質の女性は、涙で滲んだ目で最後まで春馬を睨んでいたが、春馬はその視線を振り切り、異能犯へと意識を戻した。


 壁に激突したはずの異能犯だったが、大したダメージは与えられていなかった。

それでも、人質救出の目的は達成した。

だから、ダメージのことは切り捨てる。


 考えろ、今できる最善手。

異能対策課が到着するまで、僕が時間を稼ぐのが一番現実的だ。

 それか、いっそ異能犯に対処することだが……。

でも、僕の瞬間移動は性質上、攻撃手段に乏しい。

座標指定でワープゲートを開いて、得物を取ることはできる。

ただそれをすると、能力を晒して異能の性質を特定されるだけだ。

……最初の案で行くしかないな。


 そう覚悟を決めると、一度呼吸を整えるため大きく深呼吸し、瓦礫を払いのける異能犯に意識を向ける。


 異能犯は、瓦礫を振り払い終えたあと立ち上がり、苛立ちを見せながら春馬を睨む。


「くそが!近くに異能者がいたのか!!

油断したぜ…。」


 それにしてもあいつ……。

人質の位置を正確に割り、躊躇なく踏み込んできやがった。

不意打ちの精度と判断の速さ——ただの異能者じゃない。

場数踏んでるやつの動きだな。


「お前、対策課の人間か?」


「だったら何だ。怖気付いたか?

やめるなら今だぞ。」


 挑発してみるが、あまり効果が無いことも理解している。

なぜなら、そんな挑発に乗る奴はすぐ死ぬからだ。

それでも、少しでも冷静さを欠いて能力を使ってくれれば、情報を得ることができる。

その代わり、初見の能力を捌く必要がある。

まさに、ハイリスクハイリターンだ。


「はっ、そんなんで怖気付くかよ。

むしろこっちのセリフだぞ?

わざわざ立ち上がるまで待ってたってことは、追撃できなかったんだろ?」


 異能犯が分析したことを含めて挑発し返してくるが、それに乗るほど愚か者ではない。

しかし、その言葉から、この異能犯が覚醒したての新人ではないことが窺える。

異能戦を経験して生き残ったやつは、能力情報の重要性を知っているからだ。


つまり——こいつもいくらか場数を踏んでる。


 やることがチープな割に、異能戦の経験があるのは引っかかるが、今は重要なことではない。

こいつ、厄介だな…。


春馬は心の中で呟いた。


「いいや、追撃できなかったんじゃなくて、追撃してあげなかったんだ。

ハンデだよ、ハンデ!

人質を取るような異能犯が、強いわけないからな。」


 相手に情報を与えてやるメリットは薄いと判断した春馬は、首を横に振り、肩をすくめながらさらなる挑発で返した。

それを聞いた異能犯が、これ以上の言い合いは無意味と判断したのか、攻撃を仕掛けて来る。


「そうかい!なら一発、お見舞いしてやる。」


 腕がしなる。

——いや、わずかに"引き伸ばされている"ようにも見えた。

それを瞬間移動で回避するが、回避場所にもすかさず攻撃が来る。

 何度か繰り返し攻撃されるが、それでも避けに徹する。

その行動を見ていた異能犯は、笑いながら問いかけてくる。


「お前やっぱり、攻撃できないんだろう!?

さっきから避けてばっかりだもんな?」


核心を突かれるが、悟られないように嘘を吐く。


「避けてるから攻撃できないと思うのは、安直じゃないか?

思い込みは油断を生むぞ?先輩からのアドバイスだ。」


そう言ってる間も、攻撃を避け続ける。


「何がアドバイスだ!異能犯にアドバイスする対策課がどこにいる!

攻撃できないとわかりゃ、恐れることは何もないぜ!」


嘘が下手だったのか、すぐにバレてしまった。


 やべっ…余計なことを言っちゃったか?

これは、時間稼ぎがさっきより大変になるな。


心の中で少し焦りつつも、表情や態度には出さず、思考を回す。


 対策課の到着までには、まだ少し時間がかかりそうだ。

──あ(﹅)れ(﹅)を使うか?

いや、まだ早い。

数が限られている以上、ここで切る手じゃないな…。


 そう結論づけた直後だった。

攻撃が激しくなり、ついに一発、攻撃を受けてしまった。

 「うっ!」と息が漏れ、そのまま吹き飛ばされる。

直後、壁に叩きつけられた。

背中に衝撃が走り、肺から空気が抜け視界が揺れる。


 しまった、考えすぎて能力の発動が遅れた。

早く移動しないと、戦況がひっくり返る!


 間を置かず追撃が来るが、立ち上がるより先に瞬間移動で回避する。

 そして着地と同時に息を整えつつ、再び思考を回す。


 危なかった、油断は禁物だな。

ふぅ、鞭ね……そんな具体的な異能は、見たことないんだけどな。

時代の変化か、それとも見落としがあるのか。

……鈍ってるな。


 思考が追いつく前に、もう攻撃が来ていた。

次はよく観察してみる。

すると自分の認識が、少し違うように感じた。


 鞭のように見えるが……妙だな。

腕が"しなる"というより、"伸びている"ようにも見える。


「おらおらおら!

どうした?さっきまでの威勢は!」


「はっ……!びびってないって言ってくせに、攻撃が来ないと怖くないってか!

やっぱり、びびってたんじゃないか!!」


 軽口を返すが、相手の様子は変わらない。

高らかにと笑う異能犯を横目に、戦闘範囲の外へ瞬間移動する。


 攻撃範囲は、目測で5m前後。

ブラフの可能性はあるが、躊躇していたら動けない。

この距離なら届かないな。


そう判断し、呼吸を整える。


 今、何分稼いだ?


だが、時計を見る余裕はない。

やはり、到着まで耐えるしかないのだ。


 いっそのこと反撃してみるか?

いや、まだ異能が確定していない。

隠し玉があるかもしれない以上、懐に入るのは危険だ。

それでも、このままでは削られるだけか……。

やっぱり、得物を取るか。


 そう決めて、ワープゲートを開こうとした——その瞬間。

安全圏のはずの位置に、攻撃が届いた。


 「は?」と思った時には、すでに宙を舞っていた。

不意を突かれ、無防備なところに直撃を受けたのだ。

宙を舞っている春馬に追撃するため、異能犯が跳び、叩きつけてくる。

間一髪でガードするが、勢いは殺しきれず落下速度が増す。

 地面に激突する直前、再び瞬間移動し、後方へ流れる勢いを脚で殺した。


 ……伸びた?


 さっきまでの5m前後を基準にしても、明らかに倍近い距離まで届いていた。

攻撃跡を見てみるが、やはり伸びている。


 伸びるなら、鞭じゃない——伸縮か?

いや、でもまだ確信は持てない。


思考を巡らせつつ、回避は続ける。


 反撃が来ないことで安心したのか、それともアドレナリンのせいか、相手の動きが単調になり始めている。

最初に挑発した甲斐が、今更出てきたのかもしれない。

好都合だが、相手の動きが単調になっただけで、こちらの不利が消えたわけではない。

 吹き飛ばされた際の痛みをこらえながら、呼吸を整える。

そして、春馬は時間を稼ぎつつ、確信を得るためにカマをかけてみることにした。


「お前の異能、伸縮だろ?

じゃないと、さっきまで5mしか伸びてなかったのが、急に倍も伸びるなんて変だもんな!」


「能力がわかったからって何になるんだ?

どっちみちお前は、たいした攻撃ができねーんだからよ。

それに、お前の異能も大体わかったぜ。

避けることしかせず、一瞬で移動する。文字通り移動系だろ?

そういうタイプは、基本攻撃力が低い。

どうだ?図星だろ??」


 誇らしげに笑っているが、最後には問いかけてくる。

確信を持てないでいる証拠だ。


「いや、速度が上がるタイプかもしれないだろ?」


 軽くブラフを返す。

だが——


「速度が上昇するタイプなら、人質を切り離した時の一撃がもっと重いはずだ。スピードが乗るからな。

それがない時点で違う。」


 また見抜かれたか。

さっきのブラフといい、詰めが甘いな。

そんなにわかりやすかったかな?


春馬は、『鹿野《かの》さんみたいにはできないな。』と苦笑する。


……状況は悪い。分かってたけどな。


「よくよく考えたらお前、さては対策課の人間じゃないだろ?

普通、ニコイチで動くって聞いたことあるぜ?

でもお前は1人で、時間が経ってもバディが来ない。

なら、お前は現役の対策課の人間じゃなく、予備役か少しできる配置前の新人だろ?

そして、今は現役の人間が来るまでの時間稼ぎってところか?」


 遂に目的が相手にバレてしまった。

流石に出し渋りすぎたようだ。

本当に鈍ってるな。

こうなったら四の五の言ってられない。


 再び覚悟を決めると、ワープゲートを開き得物を手に取る。

それを見た異能犯は「やっぱりな!」と叫び、猛攻撃を仕掛ける。


 そこからは攻撃の応酬が続く。

だが、互いに急所を捉えきれない。


 すると異能犯の動きが変わった。

先ほどまでのフェイント混じりの攻めから、

距離を取るような立ち回りへと切り替えてきた。


「ちっ、このまま時間を稼がれてたまるか!」


 吐き捨てるように言い、異能犯が距離を取る。


 体感で10分弱か。

そろそろ来てもおかしくない頃合いなんだけど……。


 その時、異能犯が背を向けて走り出した。

それを見て「逃すわけにはいかない!」と判断し、逃走経路を塞ぐように瞬間移動しつつ、得物で攻撃を繰り出す。


「邪魔だ、どけ!」


 捌かれてはいるが、焦りから相手の動きは粗くなっている。

このままいけば押し返せる!

そう思って攻撃しようとした時、相手の伸びた腕が体に巻きつき、遠くへと投げ飛ばされる。


 しまった!やつはもう、攻撃が目的じゃない!


 追いつくため、着地と同時に座標を指定し、ワープゲートを開こうとした瞬間——


目の前の人影が、視界から弾き飛ばされた。


 遅れて鈍い衝突音が響く。

ほぼ同時に、質量のある何かが春馬の横を掠めていった。


「な、なんだ?何が起こった?」


 反射的に振り返る。

通り過ぎていったそれの正体を捉えようと、視線を向けた、その時だった。


「——よっ、春馬!元気にしてたか?」


 不意に背後から声が掛かった。

困惑している春馬を気にも留めずに、軽快に挨拶してくる一人の男性がいた。

声の方へ振り向くと、そこには見知った顔があった。

鹿野さんと同期に当たり、現役時代の先輩である、清水《しみず》 太一《たいち》という人だった。


「太一さん!お久しぶりです。元気でしたよ。」


 太一の顔を見るや否や、春馬は戦闘態勢を解く。

先ほどまでの緊張がほどけ、春馬は安堵の笑みを太一に向ける。

それを見た太一が、笑いながら肩を組みおちょくってくる。


「ははははっ!それにしても酷い様だな〜。

サポート役だったにしても、やられすぎじゃね?」


「いやいや、これでも頑張ってたんですよ?

それを言うなら、来るのが遅いですよ太一さん。」


おちょくられたので、事実で言い返してやった。

太一は『遅い』と言われたが、けろりとした態度で答え返す。


「だって、晴明《せいめい》がトロいんだもん。

俺のせいじゃねぇ。」


そう言っていると、太一と同じく現役時代の先輩である黒井《くろい》 晴明《せいめい》が、遅れて到着した。

その後、春馬は晴明にも挨拶をする。

晴明も「久しぶりだな。」と春馬へ軽く返す。

そして晴明は、太一に向き直り文句を言い放つ。


「なら、お前の能力で作った波に、俺も乗せてくれたらよかっただろ。」


「そしたら、移動したところがビショビショになって、またお偉いさんに怒られるじゃん!

俺やだよ、そんなことで怒られんの。」


「いや、もうびしょ濡れだぞ…。」


 晴明は言い訳をする太一を睨むが、太一は口笛を吹きながら、スッと視線を逸らした。

まだ異能犯への対処が終わっていないのにも関わらず、この緊張感の無さである。


「それよりも、あいつの処理終わってないですよ。」


 春馬に指差された先を見て、そういえば異能犯を始末するのを忘れていたことに、二人は気づく。


「さっ、お片付けお片付け〜。」


 太一は、スキップしながら異能犯の処理に向かい、遅刻したのを晴明のせいにしたまま逃げた。

「はぁ…。」と大きなため息をついた晴明も、後を追うように歩き出す。

しかし、途中で立ち止まり、春馬の方に振り返る。


「あとは俺たちに任せろ。

春馬は、もうすぐ来る警察の事情聴取に協力してくれ。」


「わかりました。あとはお願いします。」


「ああ、ご苦労様。ゆっくり休んでくれ。」


そう告げたあと、晴明は止めた歩みを再開した。

 やっと終わったと思い、大きく息を吐くのと共に地面に座りこんだ。


 相手の動きが粗くなった時、仕留められると思って欲をかいた。

鹿野さんなら、あんなミスしなかったはずだ。

全体的な判断は間違ってない。

……ただ、行き当たりばったりで、結果が伴わなかっただけだ。


 反省していると、遅れて警察が到着したので、事情聴取に協力してから帰宅した。

その頃には陽が落ちており、すっかり暗くなっていた。

もうご飯を作る気力もなかったので、冷蔵庫にあるサラダチキンだけを食べた。

その後、シャワーだけ浴びてソファに座り込む。

置いてあるリモコンを手に取り、テレビをつけると、ニュース番組が流れていた。


「——続いてのニュースです。

 今朝、池袋駅周辺で3人を殺害し逃走していた異能犯が、異能対策課によって対処されました。

 犯人は対策課到着前、人質を取って逃走を図っていたということですが、現場に居合わせた予備役の方の尽力により人質は解放され、その後駆けつけた異能対策課によって無力化されたとのことです。

 今回の事件で、人質となっていた20代女性一人が重傷を負い、病院へ搬送されました。

 女性は右足首を骨折するなどの怪我をしていますが、命に別状はないとのことです。」


 ニュースを見たところ、あの女性は近くの人に助けられて、無事に病院に搬送されたようだ。

足首を折られたけど出血も酷くなかったし、大丈夫だろうとは思っていた。


救助した場面を思い返していると、助けた際に言われた女性の言葉が蘇る。


——『もっと早く助けてよ!』


 助けたはずなのに、感謝はされなかった。

別に感謝されたくてやったわけじゃない。

それでも、自分は善いことをしたと言えるのだろうか?

結果だけ見れば、そう言えるかもしれない。

だが、過程を見ると断言はできない。


 あの状況、あのタイミング以外での異能の使用は規則違反だ。

予備役が勝手に動けば、被害が拡大することもある。

確かに、もっと早く助けることもできた。

しかし、それはあくまで結果論だ。

それより前の段階では、まだ情報も状況も確定していなかったのだから。


 沈みそうな思考を振り払い、テレビを消してベッドに向かった。

だが、頭から離れてはくれなかった。

そんな気分とは裏腹に、横になった途端、物凄い睡魔に襲われた。

久しぶりの戦闘で疲れていたのだろう。

なので、そのまますぐに眠りに落ち、寝入る前後の記憶はあまり残っていない。


 翌日の昼に目が覚めると、異能対策課本部から電話があり、昨日の件も含めて話があるからと出頭命令が下された。


 処分があるのか、それとも——何か別の理由か。


 春馬は昼食を諦め、本部へと向かった。

第一話から長めの話となっていますが、最後まで読んでいただきありがとうございます。


この先、「アストレアの堕天秤」がどのような物語になっていくのか、引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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