第十七話 霽月の閑坐、知己は霞散を恃む。
進化を終えた人外は、未だその場から動けていなかった。
鹿野は移動しつつ、進化を終えた個体を見つめながら次の判断を下す。
……進化したか。
だが、まだ動けていない。
その隙に叩く!
進化個体の頭上付近まで到達すると、すかさず追撃を開始する。
「四重連星 カペラ!」
黒紫の球体による攻撃が進化個体を捉える。
しかし、進化個体は重力球を霧散させた。
——っ!!身体変化だけでなく、能力を得たパターンか!
厄介だな……迂闊に飛び込めなくなった。
…どんな能力だ?
鹿野は一度地上に降りるため、眼下に広がる人外たちを処理し、螢と千秋サンの近くに着地地点を作る。
着地場所ができると、自身の頭上にある重力球を解いて地上へ降りた。
「螢、千秋サン。能力を使うところを見ていたか?」
「ああ、見てたよ。」
「私も。でも、どうやって鹿野の攻撃を捌いたかはわからない。」
「同意見だ。」
「……能力の把握が優先だ。一度様子見をしよう。
私は能力の幅を確認する。その間、千秋サンは周りの隊員を連れて人外処理、螢は投擲で私のサポートをしてくれ。」
「「了解!」」
千秋サンは周りの隊員に指示を出しながら二人と離れ、進化をしていない人外の処理を始めた。
鹿野と螢はその場に残り、進化個体を見つめる。
鹿野の攻撃を捌いたあとも、少し硬直していた進化個体は、徐々に体が動き始めた。
鹿野と螢の間に、僅かな緊張感が漂う。
人外は異能者とは違い、進化によって具体的かつ複数の能力を獲得する場合もある。
先に動いたのは鹿野。
周りの隊員を千秋サンが連れて行ったおかげで、光球による攻撃を仕掛けられるようになったからだ。
鹿野の作り出した複数の光球が、進化個体目掛け発射される。
しかし、光球は進化個体を避けるように外れた。
「攻撃を逸らした?……それとも、軌道を変えただけか?いや、別の可能性もあるな。
あれだけではまだ絞れない。」
鹿野が思考を巡らせていると、次は螢が指示を飛ばした。
「斎、もう一発撃ってくれ。死角から投擲してみる。」
「分かった。」
螢の提案により、鹿野はもう一度光球を放つ。
だが、やはり光球は進化個体の周りに逸れていく。
その隙に螢は死角へ移動し、円錐形の針を投擲した。
しかし、それすらも軌道を変え逸れていく。
螢は、死角だった位置から自身に加速を使い、鹿野の居る場所まで戻ってきた。
「やっぱりだめか。」
「そうだな。全方位と見て差し支えないだろう。」
「晴明の能力に似てるな。これは時間かかるぞ?」
「仕方ない。」
鹿野は振り向き、千秋サンたち含む別の人外処理をしている隊員の方へ視線を向ける。
視線の先では順調に人外を処理できており、徐々に数が減ってきていた。
「あちらは順調そうだ。
なら、こちらは奴の能力を分解してから、組み立てていくしかないな。」
「めんどくさいなぁ。羽が生えるだけで終わってくれたら、落として終わりだったのによ。」
「相手も踠いているのだろう。我々だけの特権ではないさ。」
「はぁ……どうする?斎の火力で押し切るか?」
「いや、それは最終手段に取っておく。使うと一体は瓦礫の山になるからな。」
「俺が肉弾戦に持って行ってもいいが……初見殺しで殺られるかもしれないしな。」
鹿野は先ほどの螢の発言を思い返す。
螢は、晴明と似た能力と言ってたな。
私も同意見だが、晴明は死角からの攻撃は受け流せない。
しかし、死角でも軌道を逸らせるというのは、人外の進化なら十分あり得る話だ。
問題は、攻撃と認識しているものだけの軌道を逸らすのか否かだ。
攻撃だけを選別しているなら、奴自身が判断しているのか、能力が自動で判別しているのか……何をもってその基準を定めている?
しかし、こうして睨み合いを続けるわけにもいかない。
螢が言ったように晴明の異能と似てるなら、どこまでが限界値か一度調べる必要がある。
そうしないと、高火力で押し切ろうにも逸らされては別の被害が発生してしまう。
ここはリスクを伴うが、一度接近戦をしてみるほかないな。
「螢、一度接近戦を仕掛けてみる。
意味をなさないかもしれないが、任意のタイミングで投擲攻撃を仕掛けてくれ。」
鹿野は指示を伝えると、ゼロ距離まで一気に距離を詰める。
まず初めに弱い重力で強化した拳を当てる。
しかし、それも軌道を逸らされる。
次に強い重力で強化した拳を当てるが、それもまた逸らされた。
その後、無数の光球を頭上に生み出し『落花星』を放つ。
だが、光球は全て進化個体の周りへ逸れていき、周囲だけが溶け落ちた。
ここまで捌かれるのは想定内だ。
再確認もできた。次は複数方向から攻める。
鹿野は次の攻撃を繰り出そうとした時、進化個体が攻撃を仕掛けてくる。
羽が生えたことにより、距離を詰めることが容易になった進化個体は、あっという間に鹿野を自身の間合いに入れる。
その後、進化個体は鋭い爪を振り翳し、あるいは突き出しながら鹿野へ襲いかかる。
鹿野はそのほとんどの軌道を重力球で逸らし、致命打になりかねない攻撃は、重力球を使い直接防ぐことで威力を吸収していた。
そんな中、進化個体の鋭い攻撃が迫ってくる。
鹿野は、進化個体の間合いから抜け出すために、先程同様に重力球を作り出し威力を吸収しようとする。
だが、威力を全ては吸収せず、少しだけ威力を残して攻撃を受けた。
多少痛みはあるが耐えられる程に計算したため、わずかに距離が開くと、鹿野はすぐさま次の攻撃を繰り出す。
「二重星 アルビレオ。」
進化個体の周囲、上下左右斜めに、二個一組の黒紫の球体が複数展開される。
それにより、あらゆる方向から攻撃を試みることができた。
だが、進化個体が全ての重力球を霧散させたその瞬間——螢が針を投擲する。
しかし、投擲した針は進化個体に当たる直前、反転して螢に向かってきた。
螢は咄嗟に加速を使い避ける。
「あっっぶねぇっ!!」
螢の攻撃まで捌き切った進化個体は、鹿野へ反撃を始める。
鹿野も再び重力球を使い軌道を逸らしながら捌いていると、進化個体が隙を見せる。
そのチャンスを見逃さず、鹿野も『スーパーノヴァ』を繰り出す。
しかし、放った『スーパーノヴァ』のエネルギーが進化個体ではなく鹿野に向かってきた。
鹿野は、即座に重力球を前に作り出し受け止めるが、攻撃の威力を止めきれず吹き飛ばされる。
「斎!!大丈夫か!?」
フェンスに激突した後、建物の手前で止まった鹿野は、何事もなかったかのように立ち上がり螢に返答する。
「大丈夫だ。
右の肋骨に数本ヒビが入っただけで、問題ない。」
「どうだ?何か分かったか?」
「あぁ。奴は晴明のように、受け流している力を利用して攻撃する能力じゃない。
ただ逸らしているだけだ。
それに、先ほどの私の攻撃は、そのまま反転させていただけのように見えた。」
「そうだよな。俺の針も跳ね返るというより、そのまま反転して返ってきたように見えたしな。」
「弱い攻撃は逸らし、強い攻撃は反転しているのかもしれない。」
「なるほどな。
もしそうなら、威力の高いカペラを含む重力球が、反転で霧散したのにも説明がつく。」
「だな。
重力球は引力を発生させている。
それ自体を反転させたなら、同等の斥力が生じて相殺されたと考えれば辻褄が合うだろう。」
「となると……天井が見えたな。」
「ああ、ひとまず分解には成功したってところだ。」
「あとは組み立てか。なら次は、俺の番だな!
——加速!」
螢は自身に能力を使い加速していく。
目にも止まらぬ速さで繰り出した蹴りは、進化個体へ直撃したように見えた。
だが、蹴りが進化個体へ届く直前、螢の身体ごとその軌道が反転する。
斜めに突っ込んでいた螢の蹴りは、その勢いのまま地面へ叩き込まれた。
「なるほど。このぐらいの威力では反転を使うんだな。」
螢は、反転が発動する威力の確認を終えると再び加速した。
そしてもう一度、同じ速度で人外へ蹴りを入れる。
攻撃が当たる直前やはり反転されるが、螢は反転された力を利用してさらに加速していく。
何回か繰り返していると、進化個体も螢に攻撃を当てようとするが、速度が速すぎて追いついていなかった。
「よし、これぐらいならイイのが入りそうじゃないか?」
螢は速度を上げるのを止め、超加速した蹴りによる渾身の一撃を叩き込む。
すると、今度は反転されずに進化個体が自らの肉体で防御した。
攻撃による多少のダメージは与えられたが、それでも致命打には至らなかった。
螢は、戦闘を観察していた鹿野の元へ戻ってくる。
「——ふぅ。かなりの速度で攻撃してみたが、見えてたか?」
「ああ。あれ以上なら反転は発動しないようだな。」
「これで反転できる出力の限界も確認できた。
だけど、俺はこれ以上速度を上げられないぞ。
上げれば筋繊維にダメージが入って、継戦能力が低下する。」
「分かってる。やはり、火力で押し切るしかないのか。」
「そうだな。
もう怒られるのは諦めろ。でも、始末書は手伝わないぞ。」
「はははっ、仕方ない。怒られてくるさ。」
鹿野は意を決して上空へ落ちる。
その後、進化個体の周囲を取り囲むように重力球を作り、上から下への重力でその場に留まらせる。
進化個体も反転で重力球を霧散させていくが、霧散と同時に再び重力球を作り直す。
その繰り返しで進化個体をその場から動けなくした。
「螢!周辺の隊員も下がらせろ!!
火力で押し切る!」
「了解!!
——お前ら!退避だ!!巻き込まれるぞ!!」
螢は他の隊員たちに指示を出し、千秋サンたちを連れて一斉に退避させていく。
まだ数十体、処理しきれていない人外が残っていたが、螢が殿となり、自身を加速させたスピードで全て薙ぎ倒した。
「斎!こっちはもう大丈夫だ!!」
鹿野は螢たちの方向へ視線を移して確認する。
視界には隊員たちの姿は見えず、螢もすぐさま加速して退避していった。
確認を終えた鹿野は、進化個体へと向き直り攻撃を開始する。
進化個体の周囲にあった重力球を一斉に解き、無数の光球を作り出す。
進化個体は鹿野目掛けて跳躍しようとする構えを見せるが、その前に光球を半球形に成形し、進化個体を高密度のエネルギー球に閉じ込めた。
進化個体は跳躍をやめ、反転と逸らしを使いながら、内部を満たす高密度のエネルギーに耐える。
全方位から来るエネルギーを、まるで殻に閉じこもるように耐え忍んでいると、進化個体の目の前に小さな光球が一つ現れる。
その後さらにもう一つ、今までとは異なるオレンジ色の小さな光球が現れた。
進化個体は、二つの光球も反転しようとするが、反転は発動しなかった。
「反転できんだろう。
そいつはお前の反転できる出力を上回るパワーだからな。
さあ、眠る時間だ。」
「孤影悄然、八苦は萬の理なり。
——孀娥の死慕!!」
止まっていた小さな二つの光球が動き出し、衝突した。
すると、高密度のエネルギー体が爆発し、逃げ場を失った膨大なエネルギーが内部で一気に解放され、エネルギー球の中は灼熱に満たされた。
威力だけはエネルギー球に留めることができたが、その衝撃までは留めておくことができず、鹿野がいる爆心地から衝撃波が発生した。
その影響で無数の建物のガラスが割れ、爆心地に近い建造物が次々と崩れていき、周囲は瓦礫の山となった。
爆発が収まると、鹿野はエネルギー球を解く。
その中心には焼け焦げて塵になり、霧散している最中の進化個体の姿があった。
鹿野は一息ついたのち、静かに地上へ降り立つ。
「ふぅ……。これは、始末書だな。」
周囲の瓦礫の山を見たあと、鹿野は空を見上げた。
_____________
進化個体の処理が終わり、鹿野が戦闘処理班に連絡をし終えた頃、螢が戻ってきた。
「ご苦労さん。それにしても、こいつは〜……やり過ぎたんじゃないか?」
「……かもな。
これでもセーブしたんだけどな。
周囲の被害を考慮しなければ、もっと早く処理できるんだが……。」
どれだけの損害が出ているのかは、戦闘直後の鹿野には把握しきれていない。
だが、周囲の惨状を見れば、おそらくかなりの件数にのぼることは想像できた。
苦笑いしながら答えたあと、鹿野は螢の体調を尋ねる。
「それより、身体の方は大丈夫か?
千秋サンもそうだが、かなり異能を連続使用しただろ?」
「ん?ああ、連続使用による副作用のことか?
それなら今のところ、手足の痺れも動かしにくさもないな。」
「そうか、それなら良かった。
今回も人数が少ない上に、人外の数が多かったからな。
二人の負担も大きくなってしまった。」
「それを言うなら、斎の方が負担が大きいだろ。
そっちは大丈夫なのか?」
「私は少し、痺れがあるよ。」
螢は鹿野の身体を確認すると、右手が少し痙攣していた。
「ごめん。俺たちがもうちょっとやれてれば、斎ばかりに負担させずに済むのに。」
「いいや、問題ないさ。
副作用はあれど、代償はまだ来ていないからな。」
「代償ね……。俺もまだ無いから、長期潜伏型は不安があるけど、こういう時にはありがたいな。」
「そうだな。春馬のような即時型だと、継戦出来なくなるからな。」
「はははっ。……春馬と言えば、今回こそ居てくれたら良かったのに。」
「確かに。春馬が居たら反転の裏をかけたかもしれない。」
「あいつ〜、肝心な時にいないんだよなぁ。」
「はっはっは!遠征に行ってるなら仕方ないだろう。
でも、もう少ししたら帰ってくる頃だな。」
「春馬は応援の捜査任務だったか。
晴明も春馬も、そっちの方が相性いいんだから、人外任務なんてやらなきゃいいのにな。」
「そうも言ってられないだろ?人がいないからなぁ。」
その後も二人は、現場の引き渡しを行うため処理班の到着を待つ間、他愛のない話をした。
処理班が到着したあと、鹿野は怪我と副作用の検査で医務室に向かう前に、情報解析班へ無線を入れる。
「こちら鹿野。情報解析班、応答願う。」
「——こちら情報解析班。
鹿野一等異佐、どうされました?」
鹿野の無線に、情報解析班の男性オペレーターが答える。
鹿野はすぐに要件を伝えた。
「人外に関することだが……奴らに進化個体の特性を引き継ぐ疑いがある。
調査をしてくれないか?」
「進化個体の特性を引き継ぐ……ですか??
再果実化ではなく?」
「ああ。再果実化とは別だ。」
「わ、分かりました。報告を上げて、調査を検討してみます。」
「頼む。本部長へは私から直接報告しておく。」
「了解しました。」
鹿野は解析班への報告を終えると、医務室へ向かった。
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医務室での検査を終えて問題がなかったため、鹿野は本部長へ報告に行く。
本部長室の扉を三度ノックしたあと、「失礼します。」と述べたのち扉を開けた。
目の前では、太った男が椅子に座り、机に積まれた書類に目を通しながら、判子を押していた。
「鹿野か。何の用だ?」
「本部長。現場を見た私から直接報告すべきと判断したため参りました。」
本部長は手を止め、書類から鹿野へ視線を移す。
「報告事案が発生したと?」
「はい。今まで再果実化しなければ進化個体の特性は、次に生まれてくる人外へ引き継がれなかったはずなのですが、今回戦った人外には過去に再果実化していない進化個体の特性が引き継がれている恐れがあると、現場を担当した隊員の証言がありました。」
「……それで?
その程度の不確かな証言のために、わざわざ報告しに来たのか?」
「恐れがあると申しましたが、直接対処した私の見解では、その可能性は高いと考えております。」
「確固たる証拠があるわけではなく、君の推測による見解だろう。違うか?」
本部長の言葉に鹿野は言い淀む。
なぜなら、図星を突かれたからだ。
千秋サンのことは昔からの戦友でもあり、鹿野は信用と信頼を置いているため、彼女の言葉を疑ったことはない。
確かに千秋サンの証言だけなら推測の域を出ない。
だが、今回の個体にも過去の進化個体と酷似した特徴が現れている。
偶然で片付けるには不安要素が大きい。
だから鹿野も、ここで食い下がるわけにはいかなかった。
実際に現場では、その小さな見落としで隊員が死ぬのだから。
「……はい。ですが、その推測がもし当たっていれば、今後大きな問題に発展します。
ですので一度、本格的な調査を行ってくれませんか?」
鹿野の要請を聞いて、本部長は止めていた手を再び動かし始める。
書類に目を通しながら、鹿野へ答えた。
「検討しておく。」
「本部長!しかし——」
「そんなことよりもだ。今回の被害について、何か思うことはないのかね?」
鹿野の火力押しによる周囲への被害が甚大だったことについて、本部への帰投後、鹿野は知らされていた。
半径2キロ圏内の建物は、ガラスが割れた程度に抑えられたが、爆心地から400メートル範囲は瓦礫の山になったのだから、叱責されるのは当然とも言える。
「申し訳ありません。」
「鹿野一等異佐。君の実力も実績も評価している。
しかしだね、民間人を守る側の人間がここまでの被害を出していては、本末転倒だ。
それに、損害賠償だけでかなりの額を支払うことになる。
財源は無限ではないのだよ。」
「……。」
「はあ、要件は以上か?」
「はい。」
「ならもう下がりたまえ。
それと、明後日までに始末書を提出するように。」
「はい、失礼致しました。」
鹿野は返答すると、本部長室をあとにした。
第十七話を閲覧して下さり、誠にありがとうございます。
次回、第十八話は10月9日(金)20時に投稿いたします。




