第十話 梅雨の訪れ。
ショッピングセンターから神奈川方面に、南西約10キロメートルほど離れた場所へ、ワープゲートを繋げた。
長距離のワープを行った反動で、春馬の体力は大きく消耗していた。
だが、荒い呼吸のまま、茉琴の無事を確認する。
「はぁ、はぁ、はぁ。茉琴さん…怪我……ないですか?」
「私は大丈夫。それよりも、春馬。腕が……。」
「…っ!!めちゃくちゃ痛いですけど、ワープゲートを下に作ったんで、一緒に運んできたはずです。」
すると春馬は、近くに転がっている自分の右腕を探す。
少し見回したあと、「あっ、あった。」と呟き、切れた腕を拾う。
「貸して!治してあげる!!」
春馬から受け取った腕を、茉琴はすかさず、自身の異能で治療を始める。
そんなやり取りをしている最中、とっくに閉じてるはずのワープゲートが、閉まってないことに気がつく。
「おかしい……なんで閉じないんだ?」
荒い呼吸が少し整い始めたころ、春馬の懸念は嫌な方へと傾いていく。
ワープゲートがやっと閉じようと縮まり始めるが、動きが一時的に止まり、二つの影が落ちてくる。
先程攻撃してきた、黒い着物の女と大柄なスキンヘッドの男だった。
「うおっ!…っと。通るとこんな感じなのか。」
「……。」
少し着地ミスしそうになる大柄男と、逆に完璧に着地する着物女。
その後、体勢を立て直した大柄男は、春馬の方を向き、ニヤけながら声を掛けてくる。
「なんだよその顔。まさか、逃げ切れたと思ってたのか?
もしそうなら、残念だったなあ。」
春馬は混乱していた。
なぜなら、今までこんなことが起きたことなんてなかったからだ。
どうやったんだ?
ワープゲートは、僕が通ればすぐ閉じるようになってる。
なのに、全く閉じなかった。
奴の異能はそういう能力だったのか?
いや、ワープする前少し見えたが、男の方は鎧か外骨格みたいな能力だったはず。
なら女の方か?
でも、僕の腕を切ったのは確実に女の異能だった。
そっちはちゃんと目視したんだ!間違いない。
なら、どうやって?
堂々巡りの思考が、春馬の集中をわずかに乱す。
そんな考えをしているうちに、腕の治療が終わっていた。
茉琴の異能でくっついた腕は、まだ違和感は残っているが許容範囲内だ。
握ったり開いたりしながら、春馬は動作確認をする。
その光景を見た大柄男は、着物女に文句を言い始める。
「おい!あいつの腕、切ったんじゃなかったのか!?ついてんぞ!」
「いや、切った。おそらく、横の女の仕業だろう。」
「ん?そういや、女がいたな。」
敵二人の視線が茉琴に向く。
それは興味を示すような視線というより、標的を捉えるような鋭さがあった。
まずい!治癒能力持ちは、真っ先に狙われる!
春馬はすぐさま移動し、茉琴の前に立つ。
同時に得物を取り戦闘態勢に入る。
まさか、ついてくるなんて思わなかった。
さっきの長距離移動の疲労はあるけど、呼吸は整えられた。
またワープゲートを作って、茉琴さんだけは逃す!
でも代償のせいで、長距離ワープは体力的に、できてあと二回…。
慎重かつ、最速でやらないと。
僕の異能では守りきれない。
そう思った春馬は、右手を後ろに回し、携帯で晴明に連絡をいれる。
事前に設定しておいた甲斐もあってか、見えていなくてもスムーズに連絡を入れることができた。
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同時刻
神奈川県鎌倉市。
晴明の携帯が鳴る。
「おい!何で任務に持ってきてんだ!?」
遠征任務に赴いていた晴明は、連携している他の隊員に指摘される。
しかし、晴明は冷静に対応した。
「後輩がストーカーに悩まされててな。緊急事態になったら、連絡する約束をしてたんだ!
どうやら、その緊急事態が発生したらしい。」
晴明は携帯を取り出し、誰から来た連絡か確認する。
そこには、春馬と事前に約束していた文字の羅列が映し出されていた。
晴明はすかさず、太一に声を掛ける。
「太一!急いで戻るぞ!!」
「ん?春馬か??」
「ああ!任務は他のやつに任せたらいい!!」
「オーケー!俺らが必要なもんはほぼ終わらせたしな。
最短で行くぞ!」
「分かった!一応、神奈川支部に連絡を入れておく。」
任務の途中だが、二人は離脱しようとする。
しかし、連携してた隊員がその行動に疑問をぶつけてくる。
「おい!どこいくんだ!?まだ任務中だぞ!??」
「急用だ!あとは任せた!!」
「ふざけんな!厳罰をくらいたいのか!!」
「始末書でもなんでも、あとでいくらでも受けてやる!今はそれより、大事なことがあるんだ!」
太一も晴明も、知ったことかと言わんばかりに、警告を無視して脚を止めない。
異能対策課としてはあるまじき行為だが、二人にとって、規則や仕事よりも大切なことだった。
「晴明!海を使っていく、乗れ!」
晴明は無線機を使用しながら、太一が作った水の波に乗る。
支部のオペレーターから、問い詰められそうになるが、晴明は「急用だ。始末書ならあとで書く!」とだけ言い残し、二人は全速力で東京へと向かった。
「春馬、茉琴。耐えてくれ!すぐ行くぞ!!」
太一は冷や汗をかきながら、繊細に波の操作を始めた。
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東京
ショッピングセンターから、10km離れた住宅街の路地。
春馬は戦闘態勢を取ったまま、相手の動きにいつでも対応できるように、警戒心を最大まで引き上げる。
「諦めたんじゃなかったのか?」
「俺らが?いつ??」
「諦めが悪いと嫌われるぞ。」
「がっはっは!とっくに嫌われてるじゃねーか!」
「自覚がある方が、余計に悪いと思うけど?」
「はは、そうだな。でもよ、魅力的すぎるのも悪いと思わねえか?」
「はっ、微塵も思わないね!取り憑かれるやつが悪い。」
「言うねえ。なら、有名税ってことで。」
「そんな税なら、脱税したいねっ!」
「違法だよ〜ん。」
大柄男が突進してくる。
そして、前回の戦闘と同じく、左腹を狙ってボディブローを入れようとした。
しかし、春馬は「そう何度も受けてたまるか」と言わんばかりに、瞬間移動を使わず華麗に避けた。
「おおっ!成長してるじゃないか!おじさん感動しちゃう。」
「そりゃどうも。勘が戻ってきただけだけどな。」
「瞬間移動を使わなかったのは、横の女の子にかっこいいところ見せたいからかな〜?」
「なんとでも思っとけ。」
「なら、もっとカッコつけないとな!」
大柄男の両腕が変形する。
腕を覆うように、何か湧き出てきたのだ。
それが固まって、鎧のように形成された。
やっぱりな。
さっき見たのは見間違いじゃない。
見た感じ、外骨格系の硬くなる異能かもな。
関節部が弱いから、そこを狙うか。
大柄男が攻撃を仕掛ける。
とんでもなく速いが、初見ではなかったため避けることは可能だった。
三度の戦闘で勘が戻ってきたのも、大きく作用しているのだろう。
回避後、春馬は反撃に出る。
肘の関節部を狙い、獲物を振りかざす。
しかし、刃が通るどころか欠けてしまった。
……っ!なんだこいつ!?硬すぎるだろ!!
他の外骨格系の異能者と比べても、何倍も硬い!
どれだけ異能を使ったら、こんなんになるんだよ。
春馬が後退しながら考え事をしていると、着物女が動く。
居合で一閃すると同時に、春馬のいる道路の両脇にある家ごと、上下に真っ二つにされる。
勘だけを頼りに咄嗟に仰け反ったため、春馬は前髪が数本切れるだけで済んだ。
しかし、住宅街のど真ん中。
家の中にいた住民の身体が両断され、宙を舞っていた。
その後、後方をチラッと確認したが、頭を抱えて屈んでいたため、茉琴は無事だった。
くそ!こんなところで!!
春馬の異能は、全ての盤面に応用が効くほど万能ではない。
だが、今の春馬は茉琴も住民も守らなくてはならない。
守るものが多い分、思考が分散しやすかった。
そんな状況を、敵二人は大いに利用してくる。
「ははっ!こういう時、正義のヒーローは辛いよなぁ!」
春馬が大柄男と対峙している時、着物女が周りを切り倒していく。
倒壊する建物と住民の悲鳴で、場は混乱の渦と化していた。
「…っ、おい!お前らが欲しいのは、情報なんだろ!?
なら、僕だけ狙えばいいじゃないか!」
「ひゅー、熱いねぇ。でも、この状況を利用しない手はないだろ?
君だって、こっち側なら使うだろうに。」
「犯罪者どもが!モラルを身につけろ!」
「愚問だな。ないから犯罪者なんだろぉ?」
嫌味ったらしい笑みを浮かべながら、悠々と春馬の相手をする大柄男。
以前の秋葉原の戦闘より状況が悪く、春馬は周りの全てを助けられる余裕がない。
そんな時、着物女の標的が住民から茉琴に変わる。
「待て!——っ、お前っ!どけ!!」
春馬は慌てて瞬間移動し、茉琴を抱えて着物女の攻撃を避ける。
「ちっ、ハゲ。何をしている?」
「ああ?ハゲだが、スキンヘッドって言え!」
「どうでもいい。それより、あの小僧を止めておけ。」
「分かってんだよそんなこと。でもあいつ、パッと消えるから、全部は止められねぇんだよ。」
「……使えん奴だ。」
「聞き捨てならねぇな?なら、さっさと女の方仕留めろよ。」
着物女と大柄男は、目の前で言い合いをしつつも動きは止まらない。
大柄男は目に見える分、幾らかは避けられるが、着物女の方は原理がまるで分かっていない。
だから、勘で避けるしかない。
今でも胴体が繋がっているのは、かなり運がいいとしか言いようがなかった。
それか、着物女の技量の高さゆえ、わざと死なない程度に抑えているのか…。
ダメだ、このままじゃいつかやられる!
相手の動きから予想するに、情報は一人だけでいいと思ってるのかもしれない。
二人とも逃げるには、早くゲートを作らないといけないのに、作る余裕がない。
どうやってワープゲートを作るか、少し考えながら攻撃を避けていると、抱えている茉琴から謝罪される。
「ごめん、私が何もできないから。」
「いや、茉琴さんは悪くないですよ。
絶対、100%!あいつらが悪い!!」
とはいえ、このまま抱えた状態で戦い続けるわけにもいかない。
だからこそ、茉琴を逃すにはワープゲートを開かなければいけなかった。
抱えたまま瞬間移動を重ねたからか、茉琴の顔色が悪くなっていく。
それを確認した春馬は、意を決して行動に移すことにした。
仕方ない、このままじゃジリ貧だ。
博打を打つしかない!
「茉琴さん!下すんで、じっとしてて!」
茉琴を地面に下ろしたあと、すぐさま大柄男の間合いに瞬間移動し、攻撃を仕掛ける。
その後、大柄男のカウンターを避けると同時に、着物女の方へ瞬間移動する。
移動直後、間髪入れずに獲物を振りかざす。
着物女はそれを、悠々と手に持った刀で受け流した。
その結果、春馬は体勢を崩し、その隙を逃すまいと着物女が追撃してくる。
大柄男も、春馬の崩した姿勢の先に回り込み、攻撃準備に入る。
着物女の刀が、春馬の首を捉えようとしたその時——
春馬は崩された力をそのまま活かし、前転するように首を下へ動かして、自身の股先から後方へと視線を移した。
そして瞬間移動し、素早く茉琴を抱える。
すかさずワープゲートを開き、潜ろうと駆け出す。
よし!うまくいった!!
これで——
ゲートを潜るあと一歩の距離まで来た、その時だった。
目の前のワープゲートが、左右に割れた…。
「……っ!?なっ——」
状況を整理する前に、右後方から攻撃を受ける。
抱えた茉琴ごと春馬も吹き飛ばされ、壁に激突した。
…かはっ!……何が起こった!?
春馬は全く理解できなかった。
ワープゲートが強制的に閉じられる経験など、したことがなかったからだ。
しかし、その答えは着物女の言葉ですぐにわかった。
「私がいるのに、飛べると思うなよ。」
「がっはっは、そうだぜ?そう簡単に逃げられると思われちゃ困るな〜。
この前は逃がしてあげたが、今回はそうもいかないんだ。」
「小僧、情報を吐け。
そうすれば、気づかぬ間に殺してやる。」
ゲートが閉じたのは、どうやら着物女の異能の力によるものらしい。
確かに、よく考えれば真っ二つにすることができるのは、直近の出来事を思い返しても着物女ぐらいだ。
だが、その事実は春馬にとって大きな影響を与えた。
ゲートを切れるのか!?
なら、ワープはもうできない…。
作っても切られるなら、体力を消耗するだけだ。
クソ代償め……体力を持っていくなら、せめて潜った後にしていけよ。
晴明さんに連絡は入れたけど、まだそんなに時間が経ってない。
事前の話し合いでは、こんなところで立ち止まってる想定じゃなかったのに。
「茉琴さん!大丈夫ですか!?」
治癒能力の異能だとしても、一般人より数倍は硬いのでおそらく無事だとは思うが、一応確認する。
すると、瓦礫の中から出てきた茉琴が答える。
「げほっ、げぼっ。…うん、なんとか動ける。」
「ワープが使えなくなりました。なら、ここで時間を稼ぐしかありません。」
茉琴は「二手に分かれるか」と提案したが、春馬は却下した。
茉琴が動き回れば、危険な時に助けに入れない。
それに、止まっていた方がまだ対応しやすいからだ。
さらに言えば、敵二人を同時に抑えられる余裕なんて無い。
なので、茉琴に次の指示を伝える。
「一緒にいる方が、まだ助けに入りやすいです。だから、僕の後ろに。」
その後、春馬はどうやって時間を稼ぐか。
あるいは別のアプローチで隙を作り、再びゲートを開くべきか思考を巡らせる。
すると、すぐに一つの案が思い浮かぶ。
あれを使うか…。
春馬は懐から、何かを取り出した。
それは以前、晴明たちと話をした際に取り出した、金平糖が入った袋だった。
「ん?なんだそりゃ?」
「金平糖さ、パワーアップするためのな。」
「がっはっは!さて君は、赤い帽子の配管工みたいになれるかな?」
「確かめてみろ、その目でな。
腐ってなきゃ見えるだろ。」
「……。」
大柄男はどっしりと構えて、いつでも防御できるような態勢に入る。
着物女は刀を鞘に戻し、眼前で構えて攻撃を行う準備をする。
袋から、透明の小型容器に入った金平糖を取り出し、手の平で握り潰す。
直後、一瞬眩い閃光が走り、複数の小さな光の球が敵二人に向かって一直線に飛んでいった。
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同時刻
東京湾海上。
鎌倉市から海伝いで、横浜市を越えようかという地点まで来ていた。
しかし、その後の連絡が途絶えたことから、話し合いで決めた予定地点に着けていない可能性が浮上していた。
「太一!もっと速度は出せないのか!?」
「これが限界だ!これ以上は操作が効かなくなって、波を維持できなくなる!」
「……くそっ!間に合ってくれ!!」
第十一話を閲覧して下さり、誠にありがとうございます。
次回、第十二話は8月21日(金)20時に投稿いたします。




