第80話 リリ・ハン国の運営方針(2)
「街道の整備について、順調な様でなによりです」
報告を受けたわたしは、居並ぶ廷臣たちに言った。
「現在は『火の国』での整備となりますが、今後は今回編入された『日登りの国』への延伸も考える必要があります。この地を治める左日逐王とも連携して、引き続き進めて下さい」
「承知いたしました」
コアクトたち文官が頷いた。
「堅い岩盤を削らねばならない場所。そして山を切り通さねばならない場所。そうした場所では、わたし……朕の能力が役立ちます。直接赴きますので、対応が必要な地点を提示して下さい」
「承知いたしました」
コアクトが頷いた。
「そうした難所につきまして、現在ピックアップ作業を行っております」
コアクトが、地図上で何カ所かの山を指し示しながら言った。
「日程を調整いたしまして、後日改めてハーンのお出ましをお願いする事になるかと存じます」
「わかりました」
そう。わたしの「採掘」であれば、こうした土木作業を手伝う事ができる。
普通の作業であれば削るのが困難な岩盤や山肌も、わたしの能力であれば削ることができる。
通常の道路建設についてはゴブリンの各部族や「灰の街」の人間たちにお願いしつつも、難所についてはわたしの「採掘」の能力でサポートするというのが、わたしたちの計画だった。
「こうした作業は民衆たちに、ハーンのお力を直接お見せになる機会になるかと思います。また、ハーン御自らが『火の国』各地に行幸されることは、国土の実情を把握されるためにも有効かと考えます」
「そうですね。どうか手配を宜しくお願いしますね」
「承知いたしました」
わたしの言葉に、コアクトは一礼した。
……………
「続きまして、情報連絡網の整備についてご報告いたします」
コアクトが続けた。
「幹線道路建設に先行しまして、『文烏』による連絡網、そして早馬の駐留拠点につきましては、ほぼ『火の国』各拠点への整備が完了しております。
『文烏』の通信は、最北端である『灰の街』からの連絡が半日で、早馬につきましても一日でヘルシラントまで到達できる体勢が整っております」
「ありがとう。それは上々ですね」
コアクトの報告に、わたしは頷いた。
「今回、『日登りの国』中~南部が編入されましたので、これらの地域への『文烏』と早馬の整備につきましても、早急に進めて参ります」
「お願いしますね」
「リリ・ハン国」の情報収集や連絡伝達を行う伝達網は、着実に整備されつつある。
国土のどこか……特に、国境沿いで変事が発生したとしても、早期に把握する事で的確な対応ができる様になるだろう。
着々と進んでいる「火の国」の……「リリ・ハン国」の開発状況に、わたしは喜びを感じていた。
……………
「続きまして、軍編成についてご報告いたします」
弓騎将軍のサラクが進み出て言った。
「りり様……ハーンご自身の直属部隊となる『近衛軍団』につきまして、編成を始めております」
サラクの言葉に、わたしは頷いた。
基本的に現在の「リリ・ハン国」の構成は、王位を持つ各部族がハーンであるわたしを支持し、服属する形になっている。つまり、各部族……イプ=スキ族、マイクチェク族、そして今回編入された「日登りの国」の諸部族が自前の軍勢を持った状態で、ハーンに従っている形となる。
現在の「リリ・ハン国」の軍とは、諸部族の独立した軍勢を寄せ集めたものであり、有事の折にはハーンであるわたしの指示で、各部族がそれぞれの軍勢を動かす事になる。
ハーンであるわたし自身は、ヘルシラント族の軍勢を直属部隊として持っている。
だが、「リリ・ハン国」全体を統括するハーンとして、直接指揮する軍勢としては少ない。「リリ・ハン国」の全軍を統率するためにも、新たにハーン直属部隊が必要であろうと判断されたのだ。
「編成については順調ですか?」
わたしの言葉に、サラクは一礼して続けた。
「はい。現在のヘルシラント族中心の部隊に、イプ=スキ族、マイクチェク族から抽出した兵士を加える形で編成を進めております。
両部族に募集を行っておりますが、ハーンご自身の近衛部隊に所属できるのは大変な名誉だという事で、多くの応募が集まっております。応募者から、精強な者を選んで編入する予定です」
「わかりました。引き抜き過ぎて両部族の軍勢に影響が出ないよう、バランスを考慮した人選をお願いしますね」
「承知いたしました。左谷蠡王様……矛剣将軍殿と調整して、編成を進めて参ります」
サラクの言葉に、わたしは頷いた。
「近衛部隊」は、中核となるヘルシラント勢に、イプ=スキ族の弓騎兵、屈強なマイクチェク族の歩兵を加えたバランスある、精強な部隊となりそうだ。
新たな軍編成も順調な様だ。この先「日登りの国」の人員も加えるか考えていく必要もあるが、当面は現在の編成で問題ないだろう。
……………
「今回『日登りの国』地域が編入され、領土も増えましたので、外交面も考えなければなりませんね」
わたしは言った。
今回の諸侯入朝で、「日登りの国」の南部~中部地域が「リリ・ハン国」に編入された。そのため、「日登りの国」南部に隣接している半島「隅の国」が、新たに「リリ・ハン国」に隣接する事になる。
また、南部~中部地域までが編入された事で、「日登りの国」北部も「リリ・ハン国」と隣接する地域になる。
いずれもゴブリン部族が支配する地域で、「隅の国」は「シブシ族」というゴブリン部族が。そして「日登りの国」北部は「カチホ族」という部族の支配地域である。
これら部族との外交的な対応を考える必要があった。
「勿論、対応は準備しております」
コアクトが言った。
「まず『日登りの国』北部のカチホ族ですが、先般の『クリルタイ』、そしてハーンのご即位の際に、使節を派遣してくれています。つまり、我が国との関係をある程度重視しているものと考えられます」
「そうでしたね」
そういえば、使節団の表敬訪問を受けた気がする。当時の事を思い出しながら、わたしは頷いた。
「そのため、少なくとも友好関係は樹立できると考えられますし、ゆくゆくは『日登りの国』中南部の諸侯と同様に、我が国への入朝、そして編入を促す事も可能であると考えます」
「編入を無理強いする事はできませんが、良好な関係を結べればいいですね」
わたしの言葉に、コアクトは頷いた。
「『日登りの国』中部…ユガ地方の諸侯たちとの間で、交易関係もあるとの事です。まずは当面は、編入された『日登りの国』中南部について安定した運営に努めれば、自然と北部の『カチホ族』との関係も良好なものになるものと考えられます」
「そうですね」
わたしは頷いた。
「『日登りの国』南部のオシマ族や、中部ユガ地方の各諸侯との交易活動などを通じて、友好関係の構築に努めましょう」
「続いて、『隅の国』のシブシ族との関係ですが……」
コアクトは、少し心配げな表情で言った。
「こちらはこれまで使節等の往来はありません。『クリルタイ』の際も招待したのですが、使節の派遣はありませんでした」
「そうでしたね……」
「『日登りの国』南部、オシマ族との間で国境紛争があったと聞いておりますし、対応に注意が必要だと考えております」
引き続き端の方で震えているオシマ族の族長グランテを見ながら、コアクトが言った。
「まずは国交を樹立すべく、使節団を派遣したいと考えておりますが、よろしいでしょうか」
コアクトの言葉に、わたしは頷いた。
「そうですね。何とか友好関係を結びたいと思いますので、宜しくお願いしますね」
「承知いたしました」
わたしの指示に、コアクトが一礼した。
「こうした対応には第一印象が大切だと考えますので、規模の大きな使節団を派遣したいと考えております。多数の贈答品と様々な交易品を用意した、シブシ族への使節団を手配したいと思いますが、ご許可いただけますでしょうか」
「許可します。宜しくお願いしますね」
コアクトにそう答えた後、わたしは改めて皆に向き直って言った。
「わたし……朕の使命は、そして願いは、大陸全てのゴブリンたちの守護であり、皆が仲良く幸せに暮らせる国を作る事です。
今回の『日登りの国』諸侯の入朝に続き、カチホ族やシブシ族とも良好な関係を築く事ができれば、この理想により一歩近づく事ができると考えます。
我が国をより良いものにするため、これからも宜しくお願いしますね」
その言葉に。
「「ははっ!!」」
皆は一斉に頷き、一礼してくれたのだった。
……………
それから暫くの期間は、「火の国」の開発への対応で、日々が過ぎていった。
主にヘルシラント近辺の開発状況について、足を運んで視察を行う。
着実に石畳が敷かれ、街道ができあがっていく様子に、わたしは充実した気分を感じていた。
ヘルシラント近辺の土壌は施工しやすい柔らかい土であるが、北の方では堅い地盤や山地など、難所が多いと聞く。先々はこうした方面へも足を運び、わたしの「採掘」で岩や山を削るなど、助力が必要になるだろう。
また、イプ=スキ族やマイクチェク族の領域にも足を運び、領土の状況を直接確認してみたい。
近日中に北方への視察、巡幸についても実施すべく、コアクトと相談して手配を進めていた。
……………
そんな日々が続いた、ある日。
視察が一段落し、ヘルシラントに戻っていたわたしは……
かつて見たのと同じ、不思議な夢を見たのだった。
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