第79話 リリ・ハン国の運営方針(1)
「日登りの国」諸侯たちへの謁見が終わった。
わたしは無事に?終わった事に胸をなで下ろしながら、立ち上がった。
身体に浴湯を掛けて、べたべたする白濁した鎖骨酒を洗い流す。
そして浴槽を出て、リーナの用意してくれたタオルで身体を拭き、服を身につけると、皆が待っている薄幕の前まで出て行き、用意されていた玉座に座った。
入朝した「日登りの国」の諸侯たちは退出したが、左日逐王となったオシマ族族長、グランテだけはまだ残っている。
……というより、先ほどのまま仰向けに仰け反り、ビクビクと身体を震わせ続けている。
侍従たちが出てきて、震え続ける彼の身体を持ち上げ、部屋の端の方へと運んでいった。
その様子を見ながら、わたしはコアクトに話しかけた。
「この行事、やっぱり恥ずかしいのですけど……」
「この様な事はございませんわ」
コアクトがさらりと答える。
「ハーンとして諸侯への謁見を行い、王位と爵位を授与されるお姿。臣コアクト、感服いたしました」
「でも……裸になる必要はあるのですか……?」
「今回は諸侯入朝という重要な場です。ハーンご自身が、穢れ無きお姿、ありのままのお姿で謁見に臨まれる事が必要なのです。それに、絹幕で覆われているので、お身体を見られることはないではありませんか(裸のシルエットだけが見えるシチュエーションも素敵ですぅ)」
何か心の声も聞こえた様な気がする。わたしは続けてコアクトに言った。
「で、でも……お風呂のお湯を飲ませたり、それに……肩にお酒を注がれるとか……すごく、恥ずかしいよ……」
「何を仰います!」
コアクトが反論した。
「先ほど見ていただいての通り、そしてごらんのとおり!」
部屋の片隅で絶頂し続けている、グランテを指しながら続ける。
「ハーンがお与えになった玉湯、そして鎖骨酒に、諸侯たちもグランテ殿も喜んでいます! この様な素晴らしい下賜を受けて、彼らは感激しております。今後、ハーンに絶対の忠誠をお誓いする事でしょう」
「喜んでくれるのは良いのですが、反応が怖いのですけど……」
グランテは未だに恍惚の表情を浮かべ、涎を垂らしながら仰向けでビクビクと身体を跳ねさせている。
「これがハーンの……りり様の玉湯の、そして鎖骨酒の効能なのです」
コアクトがさも当然であるかの様に言った。
「湯やお酒に入っている成分は勿論ですが、ハーンの……りり様成分が、滋養や神気が溶け込んでいるという事が、これだけの効果を出しているのです! ハーンであるりり様のカリスマ性があってこその効果なのです」
「……………」
「特に鎖骨酒は、白い液体をりり様のすべすべしたお身体に注ぐところがすごく眼福……、いや、これだけの効果があるのです! お勧めした甲斐がありました! お酒を鎖骨に溜めたりり様の表情、とても素敵でした! さすがはハーンです!」
早口になって、鎖骨酒について力説するコアクト。
「鎖骨酒も好評でしたし、今後の新たなる儀式として『太股酒』はいかがでしょうか!? また、お酒は大尚書である私自身がお口で掬い取るのがいいと思います!」
「そ、それはさすがに恥ずかし過ぎるので却下です」
「ええ……何故ですか!? 太股は、脚は、魂パーツですよ!?」
興奮するコアクトに、わたしはため息をついた。
かつて彼女の伯父であるアクダムも、わたしの身体で鎖骨酒をやろうとしていた事を思い出した。
そして、アクダムの姪であるコアクトも、鎖骨酒に並々ならぬ意欲を持っていて、わたしの身体にお酒を注いで大興奮している。
共通する性癖。よく見ると似ている様に感じられる表情。やはりコアクトも、根底ではアクダムと同じということなのだろうか。
ともあれ、コアクトのペースに乗せられているうちに、いつの間にか玉湯も鎖骨酒も公式行事化されてしまっている。これ以上過激になる前に、どこかで歯止めを掛けないといけない。
「りり様……いえ、ハーン!」
コアクトが、大陸の地図を指し示しながら続ける。
「我が『リリ・ハン国』は、建国から間もない、大切な時期です。
そして『日登りの国』は、不安定な地域であると同時に、我が国の成長のためには絶対に押さえなければならない地です。
りり様から醸し出される湯を、そしてお酒を下賜する事で、こうして彼ら諸侯の支持を……忠誠を得ることは不可欠なのです」
「で、でも、わたし、恥ずかしい……」
わたしがそう言うと、コアクトは窘めて言った。
「りり様! 『わたし』は臣下の言葉です! ハーンが使ってはなりません!」
「えっ、でも、わたし……」
「また『わたし』を使われていますよ! ハーンの位に就かれたのですから、至尊の地位にあるお自覚を持っていただかないと困ります!」
「で、でも……」
「我が『リリ・ハン国』を適切に運営するためには、君臣のけじめをつける事は不可欠なのです! 全ゴブリンを統率する、偉大なるハーンとしてのお自覚を持って下さいませ!」
コアクトがじっと見ながらそう言うので、わたしは仕方なく言い直した。
「ち、朕は……、あまりこうした事をするのは恥ずかしいのです……」
そんなわたしの表情を、コアクトは満面の笑みで見つめていた。
(りり様が、恥ずかしそうに、ちん ちんって言うの、可愛いですぅ)
「……何か言いましたか?」
「何でもありませんわ」
「そうですか……」
キリがないので、わたしはため息をついて、話題を変える事にした。
……………
「今回『日登りの国』が編入された事で、領土の交通状況改善は、益々重要になって来ます。開発については順調ですか?」
そう言うと、コアクトと文官たちは一斉に頷いた。
「ハーンのご指示通り、『火の国』の開発は順調に進んでおります」
コアクトは、地図を指し示しながら報告した。
「『火の国』を縦断する幹線道路の建設は順調です。カイモンからヘルシラント、イプ=スキ、チラン、そしてマイクチェク族の本拠地リシマ、更には『灰の街』まで結ぶ道路の整備は、計画通り進んでおります」
コアクトの報告に、わたしは頷いた。
「火の国」を南北に縦断する幹線道路の建設は、統一直後から進めている、わたし肝入りの政策だった。
各拠点を結ぶ道路は、これまでは曲がりくねった砂利道レベルの細い街道しか無かったが、整備して、荷車を引いた馬車が問題無く走ることが出来る様に、石畳を敷き詰めた街道を整備する。
また、馬車同士が支障なくすれ違う事ができるだけの、十分な幅を確保する。
更に、これまでの道路は地形の影響により迂回ルートも多かったが、今回は邪魔になる地形を削り、各拠点間を直線的に、できるだけ最短距離で接続する形で街道を設置する計画である。
この幹線道路を整備する事によって、「火の国」の交通は格段に便利になる。
各拠点間を最短距離で結び、更に馬車が走行できる石畳で作られた街道が整備されるのだ。
住民達の生活も便利になる筈だし、交易も活発になる。また、軍勢の迅速な移動にも役立つ筈だ。
「最終的には馬車のすれ違いが可能となる二車線の整備が目標となりますが、まずは開通させる事を優先し、片側一車線を先行して整備する形で作業を進めております。
今年中に、ヘルシラント~『灰の街』間で一車線を完成させる予定で、『火の国』を縦断する街道の建設作業を進めております」
コアクトの進捗報告に、わたしは地図を見ながら言った。
「『火の国』を最短距離で縦断する道路が完成すれば、民達の生活は格段に便利になります。皆の取り組みに期待します。
ただ、作業に参画する各部族に過度の負担とならぬよう、くれぐれもお願いしますね」
「勿論でございます」
コアクトは頷いて言った。
「各部族には、対応可能な人数に絞った上で人員を動員して貰うとともに、作業員には十分な休息と報酬を与えております。また、同様に『灰の街』にも、十分な報酬を提示した上で作業員を募集、確保しております」
「わたしたち、イプ=スキ族の者たちも、無理の無い人数の動員で、十分な待遇を受けていると聞いております」
作業状況について、イプ=スキ族を代表して右賢王サカが口添えしてくれる。
「それは上々です」
わたしは頷いた。
強国であっても、民に多大な負担を掛けた大事業を行い、その結果国力を疲弊させて民衆の支持を失い、反乱などで傾き倒れた国は数多い。
わたしが、そしてコアクトがこれまで読んできた歴史書に幾度も書かれていた事だ。
その轍は踏んではならない。
将来の国力増大や民衆のために役立つと思っていても、良かれと思って行う事業であっても、急進的すぎて民衆達に多大な負担を掛けてはならないのだ。
そうした点はわたしは勿論わかっていたし、コアクトも十分認識した上で、実務の手配をしてくれている。
こうした対応ではわたしの意を汲んでくれて、決して誤らない。その意味で、わたしはコアクトを信頼していた。
(変な性癖さえなければ、実務は本当に優秀なのだけどなぁ……)
わたしはそう思いながら、改めてコアクトを見つめたのだった。
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