第221話 ヤッチロの街制圧
突撃したタヴェルト候軍の戦車部隊であったが、両翼から現れた伏兵たちから放たれた矢が降り注ぐ事となった。
マイクチェク族自慢の精強な体躯を誇る兵たちによる強弓、そして貫通力の高い焔鉄製の矢。
空中に紅い軌道を描き降り注ぐ矢の雨は、戦車部隊の金属装甲装備を、そして騎乗する兵たちの鎧すら軽々と貫いていく。矢に打ち抜かれたタヴェルト軍の戦車兵たちは次々と倒れ、戦車を曳く騎馬たちも矢に撃たれて次々と転倒していった。
戦車兵たちはマイクチェク族の陣地に辿り着く事すらできず、次々と倒れていき壊滅状態である。その様子を見て、タヴェルト候ドーゼウは呆然とした表情を浮かべた。
「そ、そんな……我が戦車部隊が……」
随所で落馬し転倒し、もはや戦列とは言えなくなった戦車兵たち。完全に陣形が崩れた事を確認して、ウス=コタはマイクチェク族兵に再前進を命じた。
マイクチェク族軍の前衛部隊が再び前進し、転倒して孤立した戦車兵たちを飲み込み、次々と討ち取っていく。
慌てて転進しようとした一部の戦車兵たちも両側から弓兵に狙い撃ちされて、次々と矢に倒れ、あるいは騎馬を倒されて転倒していく。脱出できた戦車兵たちはほとんどおらず、ほぼ全滅という有様だった。
「こ……こうなれば、地竜だ! 地竜でゴブリンどもをなぎ倒せ!」
焦ったタヴェルト候か叫ぶ。その命令に応じて、本陣から歩み出た地竜の巨体がマイクチェク族の方へ歩み出していった。
「回廊の戦い」でほぼ全滅したため、残っている地竜は一体のみである。しかし一体のみとはいえその巨体は強い迫力を持っており、ずしずしと歩く大きな体躯が醸し出す強い圧力がマイクチェク族の軍勢へと迫って行く。
しかし、ウス=コタ率いるマイクチェク族の者たちは、地竜に怯えたりはしなかった。
「ほう……あれが地竜か。一匹しかいないなら、大した敵ではないな」
次第に迫ってくる巨体を見ながら、ウス=コタが呟いた。
そして、周囲のマイクチェク兵たちに向かって叫ぶ。
「我らにとって丁度いい獲物だ! あの竜を討ち取って、ハーンに献上するぞ!!」
勇猛なマイクチェク兵たちが、一斉に「応!」と応える。
「お前たち、動きを封じろ!!」
ウス=コタの号令ともに、マイクチェク兵の一団が一斉に大盾を構えて前進する。
そして、迫り来る地竜に向けて突進して行った。
地竜が大きな唸り声を上げて、目前のマイクチェク兵たちに前脚を振り下ろす。
振り下ろされた前脚に薙ぎ払われ、大盾を構えたマイクチェク兵たちは仰け反り、一部の者たちは後方に吹き飛ばされた。
しかし、マイクチェク兵の戦列は崩れない。
「押さえつけろ!!」
体躯が大きく、屈強なマイクチェク兵たちが一斉に地竜に向けて突進する。掲げた大盾を押しつけて地竜の動きを封じる。一部の兵たちは前脚に組み付き、押さえつけようとした。
多くのマイクチェク兵たちに一斉に組み付かれて動きを封じられ、地竜が不快の叫びを上げる。
次の瞬間、後衛のマイクチェク族たちが一斉に矢を放った。
戦車兵たちを倒した貫通力の高い焔鉄製の矢が、地竜に降り注ぐ。
雨の様に降り注ぐ矢に射ち抜かれて、地竜の背中に立っていた騎乗兵が倒れ、地面へと落ちていく。
その一方で、焔鉄の矢ですら地竜の「竜の鱗」を貫く事はできず、弾き返される。
操縦する騎乗兵を失った地竜であったが、攻撃された怒りで咆哮を上げ、本能のまま眼前のマイクチェク兵たちを倒そうとする。組み付いているマイクチェク兵たちを振り払おうと腕に力を込め、そして首を振り回して眼前のマイクチェク兵を咬み殺そうとした。
しかしその時、前方から鋭い風切り音とともに回転しながら飛んできた戦斧が、大きな鈍い音とともに地竜の額に突き立った。
投擲された戦斧は、地竜の鱗を叩き割って額に突き刺さる。だが、頭蓋骨を叩き割って貫通するには至らず、地竜の頭蓋骨に突き刺さり、額に突き立つ形になった。
戦斧が突き刺さった頭部から血が噴き出し、地竜が苦悶の咆吼を上げて暴れる。
「ふむ……即死とはいかないか。まだまだ、ペリオン殿のアックスショットには及ばないな」
そう言いながら、戦斧を投擲したウス=コタが得物である蛇矛を持ち直す。
そして、苦悶の叫び声を上げて暴れる地竜に向けて踏み出した。
「おらあっ!!」
声と共に渾身の力を込めて突き出した蛇矛は、喉元を貫いて深々と地竜に突き刺さる。
喉元から首を貫かれた地竜が、声にならない断末魔の叫びを上げる。身体を激しく痙攣させながら腕を振り回して周囲に取り付くマイクチェク兵たちを振り払おうとする。
しかし弱った地竜の力で、がっちりと組み付いた屈強なマイクチェク兵を振り払う事はできなかった。
「しぶとい奴だ。くたばりやがれ!!」
ウス=コタが叫んで、更に踏み込んで蛇矛を突き入れる。喉元を突き刺さった蛇矛は更に地竜の身体を突き進み、鈍い音と共に地竜の背中側に刃先が貫通して突き出した。
刃先が貫通した首筋から、滝の様に赤い血が噴き出す。地竜はくぐもった叫びとともに、ピクピクと身体を痙攣させた。
そして少しの間身体を震わせた後、最期の吐息とともに地面へと倒れ込んだ。ずん……と大きな地響きが周囲に響く。
「ふう……」
ウス=コタが息をつきながら地竜を見下ろす。ウス=コタとマイクチェク兵が取り囲む中、絶命した地竜がその巨体を横たえていた。
「者ども、よくやった!! 地竜を討ち取ったぞ!!」
ウス=コタが叫ぶと、周囲のマイクチェク兵たちが歓声を上げた。
……………
地竜を討ち取ったマイクチェク族の雄叫びが、対陣するタヴェルト候の陣地にも鳴り響く。
勝利の雄叫びを上げるマイクチェク族とは対照的に、切り札であった地竜を倒されたタヴェルト軍の士気は低下し、狼狽した雰囲気が陣地全体を包んでいた。
「ま、まさか、地竜が倒されるとは……」
「戦車部隊も壊滅したし、ここからどうするんだ……?」
集まった諸侯や兵士たちが焦りの声とともに、大将であるタヴェルト候ドーゼウのいる本陣を見つめる。
「……………」
その本陣では、地竜が倒される有様を目の当たりにしたタヴェルト候ドーゼウが、茫然自失の表情を浮かべていた。
彼の「後ろの国」における力の、この地を支配する権威と権力の象徴と言える存在であった地竜が倒された。
そしてもう一つの柱でもあった戦車部隊も壊滅した。
東征時にノムト候から供与された魔導兵器の数々も、既に無い。
その殆どが先般の「回廊の戦い」において大地の下に「埋葬」されて失われてしまった。
そして今、僅かに手元に残されていた地竜と戦車も倒されて失われてしまったのだ。
それは、彼の軍事力を、そして権威と権力を支えていた存在が全て失われてしまった事を意味していた。
ただただ呆然として立ち尽くしているタヴェルト候。その眼前で敵軍であるマイクチェク軍の軍勢が動き出していた。
「候! ゴブリン軍が攻め寄せて来ています! ご命令を!」
部下たちが焦り声でタヴェルト候に尋ねた。
「迎撃しますか? それともヤッチロの街で籠城しますか?」
「……………」
その問いに、タヴェルト候は虚ろな目で前方を眺めた。
自分の軍勢に向けて前進してくるマイクチェク族の軍勢。
自軍の切り札であった地竜を、そして戦車部隊を倒したゴブリンたちの軍勢。
次第に迫って来るその姿を見るうちに……底知れない恐怖がわき上がってきて、タヴェルト候ドーゼウは震える声で叫んだ。
「撤退……撤退だ! ヒーゴまで……撤退するのだ!!」
泣いている様な震える声で叫ぶ。
その悲鳴に近い命令を耳にして、タヴェルト軍は一斉に本拠地であるヒーゴの街に向けて撤退し始めた。
それは、撤退というより逃亡……潰走と言っても良い無様な有様だった。
悲鳴と共に、真っ先に逃げ出すタヴェルト候と取り巻きたち。
彼らを追って、部下の兵たちや諸侯たちも、守るはずだったヤッチロの街を放置して逃げ出していく。
そして彼らが全てタヴェルト候の本拠地、「後ろの国」首都のヒーゴの街まで撤退したわけではなかった。
集まったタヴェルト軍のうち、傘下の諸侯たちの中には、この敗戦でタヴェルト候を見限った者たちも少なく無かった。彼らはタヴェルト候とは行動を共にせず、それぞれがめいめいに自分たちの領地に戻るべくタヴェルト軍を離れていったのである。
こうして、マイクチェク軍の目前でタヴェルト軍は逃亡、潰走した。そして数多くの離脱者を出した事で散り散りになり、僅かな時間で戦場から姿を消したのである。
もはやタヴェルト軍が死に体であると判断したウス=コタとマイクチェク軍は、敢えて追撃を行わなかった。
こうして、防衛する筈だったタヴェルト軍が逃亡し消滅した、ヤッチロの街。
目の前でタヴェルト軍の敗退と潰走という有様を見せつけられたヤッチロの街の者たちに、迎撃・防衛を行う気力はもはや残っていなかった。
目の前に迫るウス=コタとマイクチェク軍に対して、ヤッチロの街は戦わずして降伏。
ヤッチロの街はマイクチェク族によって無血占領されたのであった。
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