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13-1 -ユーリ-

 ジェイコブから渡された手紙には、「抹消」とだけ記されていた。


「教会が関知しない集落で、何があろうが係りない。むしろ今さら知るというのは問題だ」


 ジェイコブはファブリカのユーリ大聖堂の蝋印が施された手紙をユーリに渡すや、そう言った。


「それも相手はパスクワーレの残党で、ランベール教司の殺害に関与している」


 カイルとともに、ユーリはこの男を厳しい眼差しを向けていた。


「初めからなかったことにするように。まあ、そういうことだ」


 カイルがぽかんとだらしなく口を開けていた。言葉の意味が捉えられなかったのがわかった。


「それが教会の決定なのですね。ランベール教司の殺害やベルグラーヴの襲撃は」

「パスクワーレの残党が野党となって、ベルグラーヴを襲った。そう記すように指示が出た」


 エンフィールドの外れに設けられたレンガ積みの祠のような掘っ立て小屋の中。ジェイコブは巨躯を椅子にどっかりと乗せて言い放つ。彼の背後にはファブリカ大聖堂がある。国と国との間を取り持つ調停役にして、人心の拠り所として控える教会。


「聖職者も容赦ないのですね」


 言いたいことだけを言い放って、ジェイコブはさっと掘っ立て小屋から出ていった。その背中を睨みながら、カイルが吐き捨てた。


――教会は関知していない。


 その言葉を反芻させていた。喉に刺さった小骨のようであった。パスクワーレの残党とともに、加担した者がいる。ジェイコブの口ぶりから、その意をくみ取った。そうでもしなければ、ベルグラーヴ襲撃であれだけの被害は出せないだろう。それはユーリも読んでいる。


――パスクワーレ側が何人いるのか。どこが拠点となっているのか。


 逡巡しても結論もめぼしもつけられない。ベルグラーヴの果て、ドライゼとアトラスの国境の際。未開の樹海と峻険なる山々。自然が作った国境線として広がっている。この辺りに人は暮らせるのか。しかし、その辺りにある程度の数の人が暮らしていると推察して、彼らがベルグラーヴの襲撃に加わったと算段すると、単純できれいな線が描けた。ただ確信は抱いていなかった。


――ジェイコブは何か知っている。


 彼が消えた扉を見つめながら、下唇を噛んだ。追いかけて問い詰めたところで、彼は何も話さないだろう。ただ教会の決定と告げるだけだ。この掘立小屋にカイルとともに連れ込まれる前から、余計な口を挟ませない。そういう隙が見えなかった。


――やってくれるな。


 舌打ちを放つ。それでも現状は変わらない。ただ蝋印の刻みが重たかった。ユーリに拒む選択肢はなかった。


 協会からの手紙を懐に納めて、本島よりベルグラーヴに渡り、カーライル邸へと馬で駆け飛んでいった。そうしてフェリルより報告を受けた内容で符合した面がある。


――フェリルは納得していないようだったな。


 穿った眼差しでユーリを見上げていた。彼女としては珍しい表情だと思った。ユーリは頑なに顔色を崩さず、割り切った応対を心掛けた。


――アレでは期待できまい。


 フェリルの疑心の眼差しを受けながら、心の奥底で、これからの算段していた。


 隊を率いながら、森を歩く。ベルグラーヴ襲撃の折に、エンフィールドの隊が一度探査をしている。その際には、内通者の策略により集落にたどり着けなかったと聞いた。


 谷を越えて、山を越えて。木々の並ぶ森の中をひた歩く。なるほど、案内がなければ難しい。そう思えた。


――ジェイコブは知っていた。


 一歩、また一歩と足を進めるたびに、ユーリは確信を強めていった。


 アディとレヴィンの二人が集落へと向かっていった際に、心のどこかで息を吐いている自分を発見した。このまま二人が教司を連れて戻ってくるのが一番理想的である。


 ユーリの視線の先には、わらわらと粒のように動く者がいる。集落の者たちなのだろう。先導が避難先へと連れて行こうと呼びかけている最中なのか。一人、また一人と集まっていくさまが筒抜けだった。


「巧くいきますかね」


 隣に立つカイルが呟いた。ユーリは無視をした。安直な期待は往々にして裏切られる。より一層、唇を固く結び、気を引き締めさせた。


 銃声が響いたのは、その時だった。


 肉眼では粒にしか見えなくても、縦に立っていた者が横に倒れるのはわかる。


――仕掛けたのか。それとも仲間割れか。


「砲撃準備!」


 ユーリは叫んだ。躊躇うことは拒否している。


「早くしろ。この集落をなかったことにするんだ!」


 腹の底から叫ぶことで、頭の中に駆けまわる情報を拒絶する。


 銃声は続いていた。集っていた者たちが次々と倒れていく。


「装填、完了しました」


 カイルの声が聞こえてきた。勢い任せのやけっぱちな声調だった。


「一番手前の小屋に向けて、撃て。それを合図に突撃を開始せよ。すべてを焼いて、荒れ地に戻してしまえ」


 言い切った。直後に轟音が響いた。熱風が身体を襲う。銃を構えた傭兵たちが集落へと駆けて行った。カイルは次弾装填にむけて砲を整えている。


「集落で銃を持っている者がいれば、それが敵だ。教司様と守護士。レヴィンとアディ。それ以外は撃ってよし」

「フェリル様はそれを――」

「これは教会とエンフィールドの命令である」


 カイルの言葉を遮って言い放った。カイルには言葉を続けさせない。口はふさがずに、音と圧で押しきった。声として外に出してしまうと、心が少しばかり軽くなったような気がした。


「正気、ですか」

「うるさい。正気に戻してくれるな」


 カイルの震える声を払い飛ばした。聞いてはならない言葉とした。


――狂人走、不狂人走。


 フェリルに教わった言葉である。彼女の好きなザイカの格言と聞いている。


――狂いに狂って、先頭をきって駆けるべき。


 唸り声を上げながら一考した。まだ足りないと察した。いくら頭の中でそう言い聞かせても、身体が動かなければ意味がない。


「砲をあるだけ撃ち込め。それからお前らも突撃だ。延焼剤も準備しておけ。焼き尽くすぞ」


 銃を構えなおして、双眼鏡で集落を見つめる。ユーリは皴の翳りを深くさせながら、葉を強く軋ませて、戦況を見つめた。


 煙が立ち上がり出した。一本、また一本と雲に覆われた空へと灰煙が立ち上り出している。火の手も昇り、集落が明るくなってくる。砲弾が命中して、崩れた小屋もあった。


 砲弾は全部で十発。撃ちきったようだった。


「進むぞ」


 ユーリは銃を構えて、集落へと向かっていった。


 概ね、終わっていた。集落の者たちだろう。避難のために一か所に集めていたのが仇となったのか、銃で撃たれ、重なるように死んでいた。


 傭兵の一人が存命の女を見つけて、羽交い絞めにして小屋に入っていく所が見えた。ユーリはその小屋に近づき、小屋へ油を撒き、延焼剤を投げ込んだ。より囂々と音を立てて燃える小屋から傭兵の男が飛び出してきた。そこを銃で仕留めた。


「そのような行動は認めていない。余計なことをするものは容赦しない」


 誰に向けたわけでもない。しかし大声で言い放った。小屋は火に包まれて、崩れ落ちていった。傭兵に羽交い絞めにされて連れ込まれた女は、出てこなかった。


――何をしているのだろうか。


 そうささやく声が聞こえる。これで良いと心内は納得している。分裂している自身に気づいた。

 銃に弾丸を装填して、引き金に指をかけた。銃口は虚空にむけて、引き金を絞った。弾丸が空を貫いていく。響く音が心を雲の向こうへと放ってくれると信じた。


「本当に殺すんですね」


 カイルがそばに寄ってきた。灰や煤で汚れている。硝煙の匂いもするが、彼に血の汚れはなかった。


「お前はどこで何をしていた」


 ユーリの言葉にカイルは眼を丸くして、背を反らせた。


「何をって――」


 それ以上の言葉は出てこなかった。遊んではいない。ただ炎と銃声、血の匂いにあてられて、ふらふらと彷徨っていたのだろう。何をすればいいのか、どう動けばいいのか、わからないまま、状況に飲まれていた。


――それは俺も同じか。


 また一棟、小屋が崩れていった。ユーリの元に傭兵たちが集ってきた。ただ一角に、銃を構えた女が歩いていた。ふらふらとした足取りながら、顔に覚えがあった。


「あれはそのままでいい。カーライルの従者だ」


 視線を向ける者がいた。ユーリはそれだけ言って応えた。色のない顔をしていた。ユーリたちの傍まで歩いてくる。銃を両手に構えて、ざすざすとつま先を引き摺るような歩き方をしている。瞳の奥が真っ黒である。


「だいじょうぶですかね」

「放っておけ」

「いえ、この状況、ですよ」


 カイルは視線を動かした。崩れた小屋、人の遺体が重なり、火の手が上がっている。


――初めからなかったことにしろ。


 ジェイコブから渡された手紙には、そう記されていた。その手紙はユーリからフェリルに手渡ししている。


「フェリル様はここまでことを」

「手紙は読ませた。知っている、わかっているはずだ。覚悟のほどは知らない」


 自身の隊の他に、生きている者はいないだろう。確認のために、指示を出した。散会していくのを確認してから、ユーリも近くの屋敷へ入っていく。


 三つの死体があった。喉元を切り裂かれた少年と、ナイフでめった刺しを受けた細面の男。そして、褐色肌の男は、首と身体が分かれていた。アディの身体である気づくのには一拍の間を要した。


 屋敷から出て、もう一つ、先の女が出てきた小屋を見てみる。薄汚れた女が、鎖につながれたまま、頭部を撃ち抜かれて死んでいた。


――ベルグラーヴに四人の男たちが来た。教司はその四人に着いていった。


 フェリルはそう言っていた。一人は屋敷で見つけた少年だろう。もう一人は集落の民を避難させようと先導していた男だ。ベルグラーヴの住人であるフラッグであるとは、後でわかった。彼は胸と顔に弾丸を受けて絶命していた。


――後、二人。


 屋敷の中で体中を突かれて血まみれとなっていた男を怪しんだが、フェリルから聞いている情報と符合しない。


 集落の中で何が起こったのは、不明である。ただ、非武装であるフラッグが一方的に銃撃を受けている。傭兵たちも発砲はしたが、この一角の者たちは撃っていないと否定した。


 抵抗する者は少なかった。ユーリたちの隊で負傷者は一名。腕を撃たれていた。今は手当てを受けて、集落から離れていると報告を受けている。そして死者は一名。ユーリが殺した。


――熊のような大柄の男と、白髪混じりの中年か。


 この二人の姿を確認していない。聞いた限り、どちらかが集落の長であるとユーリは推理している。続々と戻ってくる傭兵からの報告からも、含まれていない。銃撃は聞こえてこない。


――逃げたか。


 二人こそ仕留めなければ終われない。


「武装を解くな。動くぞ」


 燃え盛る集落を背にして、ユーリは歩を進めた。その後をカイルが追い、傭兵たちも着いてきた。


 銃声はもう聞こえてこない。柵を越えて森の中へと戻っていた。耳を研ぎ澄ましてかすかな音も拾うように集中する。周りの足音の中に混じって、別な音が含まれていないか。目を凝らし、匂いにも敏感であろうと心掛けた。


「ユーリ!」


 正面から声が聞こえてきた。どしどしと大股で近づいてくる影がある。フェリル・カーライルであった。


「やってくれたな」

「初弾は俺じゃねえよ」

「誰がこうまでしろと命じた」

「教会とエンフィールドだ。ベルグラーヴはカーライル領かもしれないが、エンフィールドのものだ。優先順位を忘れるな」


 犬のような唸り声をあげるフェリルが居た。端正な顔立ちだが、眦の尖りが攻撃的だ。彼女の後ろに控えるルシアナがおろおろとなだめて居る。


「さきほど、教司様を保護しました。守護士とともに先にベルグラーヴに戻るよう手配しました」


 ルシアナからの報告だった。続けて、ベルナールなる男が死んだことが告げられた。白髪交じりの中年男。フェリルが先に伝えたベルグラーヴに現れた四人の男の一人であり、集落の長だと加えられた。


「あと一人ですね」

「生きて捕まえろ。いったい何があったのか。ランベール教司の殺害から今日に至るまで、真実を見てきた者は、そいつしかいない」


 フェリルが叫んでいた。その叫びに呼応するように銃声が響いた。尖りに満ちていたフェリルの表情が、情けなく溶けていく。


「真実なんて、どうでもいい」


 吐き捨てるようにしてユーリは言った。


「教司様から聞けるだけ聞いておいて、後はこちらで書く。それが真実だ」


 ユーリは踵を返して、銃声の方へと向かっていった。フェリルとルシアナは動いていない。ただただ自分の背中を睨みつけている。そう感じた。代わりにカイルがついてきているのもわかった。


「なあ、いつぞや預けた拳銃。まだ持っているか」

「あの一発しか仕込めない、掌ぐらいのですか」

「そうだ」


 カイルが自身の背嚢に手を入れてまさぐり、そのものを取り出した。


「返してくれないか。真実を作るために、やらなければならないことがある」


 カイルからひったくるようにして、ユーリは拳銃を手中に収めた。脳裏には一人の男の顔が見えていた。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

これが最終章となります。どうか最後までご愛顧いただければ幸いです。


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