3-2 -メリル-
2-1ではレイチェルの視点。
今回はメリルの視点。
レイチェルとメリルとで同じ役職でも、観方が違うことを意識して描いている……つもりなのですが、いかがでしょうか。
出迎えのため、屋敷の外でメリルとレイチェルは立ち並んでいた。僅かな時間で済むと見込んで、ショールを羽織るだけで表に出たことをメリルは後悔した。手の甲を摩りながら寒さをごまかしていたが、隣に立つレイチェルより注意を受けた。冷たい風は背筋まで震えさせた。
昨晩より降っていた雪は、朝には止んでいた。それでも門前から屋敷に至るまでの道は白く積もっていた。サイモンと使用人たちが早くから恙なく歩けるようにと雪かきを行っていた。メリルとレイチェルは、事務室で経理業務を進めていた。
馬車隊が悠々と行進し、フェリルの乗ったキャリッジも門をくぐり屋敷の前まで乗りつけてきた。
「ご苦労」
キャリッジを降りながら、フェリルが二人にそう声をかける。メリルは深々と頭を下げたが、レイチェルは並び歩く馬車隊の――従者たちの姿を視線で追うばかりだった。珍しく目を丸くさせているようにメリルには見受けられた。従者に含まれている褐色肌の男女と、片腕や片足のない者たちを見ているようだった。事前に送られてきたリストの中にも、確かにそのような人材が含まれていると記載されていた。メリルもレイチェルも目を通している。そして、レイチェルがそのリストを見て頭を抱えていたのも、メリルはしっかり見ていた。
――大変ですよね。
そう声をかけると、恨めしそうな視線をメリルに向けてきたのでよく覚えている。ラウレルやマウリアでは現地の者たちを積極的に雇い、経理や総務の仕事を任せているとメリルは聞いている。ベルグラーヴを新規の開拓地と見立てて、アダム・カーライルが彼らを寄越したのだろうと、メリルは考え、それ以上深い推察はしなかった。彼らも単に共にベルグラーヴで働く同僚である。それは使用人のエドと変わりない。メリルはそれ以上の感慨を抱いていなかった。
「どうした?」
フェリルがレイチェルの顔を覗き込むように近づくと、我に返ったようで、一歩退いてから、深く頭を下げた。
「申し訳ございません。また、お待ちしておりました、お嬢様」
「そうか。それならいいのだがな」
フェリルは腕を組んで未だ頭を下げているレイチェルの様子をうかがう。小柄な身体つきだが、背筋がまっすぐに伸びて、胸を張っている様には気風の良さをメリルは覚えていた。
「予算のことだろう。心配なのはわかる。でも心配ばかりしていても、何にもならないだろう」
「――申し訳ございません」
「謝るのはいい。それより、これからのことを先へ進めよう」
そう言って、レイチェルの肩を軽く叩いてから、フェリルは屋敷の中へ入っていった。続いてルシアナ、アーネスト、そしてランスで新しく雇われた少女――エレーナが入っていった。合わせるように、レイチェルとメリルも屋敷へと戻った。
フェリルたちは二階へと昇っていき、メリルとレイチェルはそのまま廊下を進んでいった。事務室へ向かうためである。
使用人たちは到着した荷物の整理や、フェリルの世話のためにバタバタと廊下を駆けまわっている。実際にカバンや箱を抱きかかえている使用人たちとすれ違う。レイチェルの顔が尖りを帯びているのが見えた。――全くとの嘆息が聞こえてくるようだった。
「廊下を走るのではありません」
サイモンの声が響き渡っている。メリルはちらと声の元へと振り返った。紺色と白のエプロンドレスを着た少女が布巾を片手に応接間へと駆けこむ姿が見えた。長い金色の髪を一つに結わえて、わたわたと二階廊下を走っていった。
つい一週間前にサイモンが新たに雇った少女――アンナと紹介を受けた。新人教育もできるベテランを採り入れたく、それなりの額を用意して補充要員を募ったのだが、花嫁修業のためにとカーライル家の懇意の商家からねじ込まれたと聞いている。料理洗濯掃除のどれも、これまで一度たりとも手を付けたことがないらしい。
「あの子、いっそのことこっちで引き受けた方が良いのではないでしょうか?」
先へ進むレイチェルにそう声を掛けてみた。幼少の頃から、家庭教師が着いて一通りのことは習っていることは伝えられている。しかし、レイチェルはふんと荒い鼻息でメリルの言葉を払いやった。
「ダメよ。読み書きそろばんよりも、家事を覚えさせるよう、大奥様から厳命を受けているから」
「カーライル様は適材適所って常々」
「それが本当に思い通りに配置できれば、苦労なんてしないわ」
そう言いながらレイチェルが髪をかき上げて、頭を掻いた。苛々と眦を鋭くさせている表情がメリルには容易に想像できた。
――その大奥様だって、物干し台の前も台所にも立たないのに。
メリルは首を傾げながら、紹介を聞いていた。それはレイチェルも、レヴィンも同じだったようであった。サイモンが彼女に着いて、階段手摺の拭き方や、衣類の洗い方を教えている姿を見ながら、二人とも渋い表情を向けていた。
アンナは商家の長女だとメリルは聞いている。そうなると地方貴族や役人の正妻にあてがわれるのが常である。家には少なからず使用人が雇われているものである。地方の小役人の娘だったメリルの家にすら居た。狭い家だったが、掃除洗濯料理をこなし、幼かったメリルの子守もしていた。メリルの母は外に出て顔を売るか、書籍を読んでいるのが常だった。
これ以上、この話題に踏み込まないと決めて、静々とレイチェルの後について事務室へ入っていった。
ベルグラーヴの収穫高の計算の途中だった。これより租税を納めるための割合を算出しなければならない。机と数字にだけ向き合っていればいいのでメリルは楽だった。むしろ、ときおり唸り声をあげながら、予算を計算するレイチェルに同情すら覚えた。あの書類を持ってきて、この損益通算を計算してと乱暴な指示が出る時があるが、メリルは黙って従っていた。
ベルグラーヴの収穫高は去年の数値を下回っていた。マーク・トンプソンの襲撃と教司の殺害の事件のこともあった。ベルグラーヴの村全体が落ち着かなかったのだろうとメリルは見ている。そして、事実だけを計算することを努めていた。レイチェルは数値を見る度に眉間に皺を寄せていたが、そんなことで額が増えるようなことはないとメリルは割り切っていた。
いつもの椅子に腰をかけて、額の検算を進めてようとするも、レイチェルの唇から重いため息が出てきたのが、どうしても気になった。片手を額に当てて、視線は机上を向けたまま。書類やペンは傍らに置かれたまま、木目ばかりを見続けている。
「どうしたものかしらね」
「私も手伝いますから」
「ありがとう。ごめんなさいね」
小さな声が返ってきた。メリルの耳にようやく届くような、力のない声だった。
「リストを貰ってから、判ってはいたけれども、ね。一体全体、カーライル様は、ここをどうするつもりなのかしら」
愚痴事がレイチェルの口から漏れ出てきた。人を雇うにしても、物を運ぶにしても、水を汲むにしても、カネがかかる。その総元締めをレイチェルは任されている。出費が続く中でも、予算調整し、施策のための蓄えを作り続けてきていた。そのために自身の給金にまで手を付けて、レヴィンに注意を受ける姿をメリルは見ている。
「まさか傷病人まで来られるとはね」
嘲を多分に含んだ鼻息を吹いた。メリルは咄嗟にエドを呼んだ。そして、お茶と焼き菓子を持ってくるよう手配をした。
「一息つきましょう」
「――そうね。そうしましょう」
重たげにレイチェルが顔を上げた。しかし瞼は半分下りており、目下には隈ができているようだった。
「気が詰まったままですと、余計にしんどくなりますから」
机の上の書類を片付けながら、レイチェルに言う。彼女はぼうと窓の外へと視線を向けていた。窓越しからでも抜けるような青さで広がる空が見えた。レイチェルはその空の向こう側でも眺めるようであった。
「待たせた、すまない」
ノックもなしに扉が勢いよく開いた。弾むような声の調子に、メリルの背筋が瞬間的に伸びた。
フェリルが立っていた。背後には盆を持ったルシアナが控えて立っている。
「お嬢様!」
レイチェルの声が聞こえた。メリルには彼女がピンと真っすぐに立ち上がっている様が横目で見えていた。フェリルは事務室の中央へと歩みながら、淡々と手を振って、座るよう促した。
「すみません。ルシアナさん。エドに頼んだのですが――」
「そのエドに代わるよう指示を出したのは私だ。気にすることはない。彼を叱らないでやってくれよ」
フェリルはレイチェルを見やりながらそう言った。
「そんな、私は」
「神経質になっていたのだろう。無理をさせて済まない。どうにもレイチェルのマジメさに頼りすぎていけないな」
ルシアナが楚々と進む、事務室に設けられたテーブルの上に盆を置いた。カップと取り皿4つを適当に配して、ポッドよりお茶を注いでいく。大皿には焼き菓子が詰まれ、その小脇のボウルにはホイップクリームが用意されていた。蕩けてしまいそうな甘い匂いがメリルの鼻を撫でていく。
「取り敢えず、今現在の資金状況を知りたい。すぐに出せるか」
「それは――もちろん」
レイチェルが机の上から一冊の綴りを取り出して、フェリルに手渡した。フェリルとルシアナはすでにテーブルの近くに椅子を用意して腰かけていた。メリルも自身の椅子を手持ち、テーブルの側へと寄っていった。
「結構な額の余裕があるな」
茶を啜りながら綴りを開き、フェリルはすぐにそう言った。
「鉄道でも、羅城の壁でもすぐに手が付けられるよう、算出しておりました」
「そうか。ありがたいのだが――そんな心配をしていたのか」
「――はあ」とレイチェルが間の抜けた生返事をした。
「鉄道も羅城の壁の強化も魅力的だが、それらより先に手を付けなければならないことがあるからな――。メリル、人口推移と収穫高の統計書類はあるか」
「はい。こちらに」
メリルはすぐに自身の机に戻り、書類の中に埋もれていた冊子一綴りを取り出して、フェリルに渡した。
「昨年よりも減。人口も減っているようだな」
「保安駐在所や屋敷に移住の届け出を出した限りではありますけど」
「そうか」
視線は冊子に置きながら、斜めに読み進めていくのが判る。手早くページを捲っていき、要所のところだけ、手が止まって、眼差しが細くなる。メリルはそんなフェリルへ顔を向けたまま、べっとりとホイップクリームを付けた焼き菓子を頬張った。
「頬にクリームが付いているわよ」
レイチェルがそう指摘すると、メリルの手元に布巾が差し出された。
「ありがとうございます」
ルシアナが用意していた布巾だった。メリルはそっと受け取り、口元を拭う。ルシアナは黙したまま、軽く頭を下げた。細い眼に口を噤み黙したままであるが、メリルは自分にはない、しなやかさを覚えた。
「やはり一度、戸籍整理と検地をするべきだろうな」
「そこからですか――」
綴りを読み終えると、フェリルはそう軽い口調で言った。すぐにレイチェルの呻くような声が聞こえてきた。
「何、新たに人材を雇う必要はない。連れてきた連中を使えばいいし。その中で技術の研修と習得を進めさせればいい」
「そもそもの測量の技能者はいるのですか」
「勿論だ。マウリアでの計測経験があったはずだ」
メリルはふと褐色肌の兄弟を思い浮かべた。蛮刃や弓矢を持っていたが、フェリルの言葉からは彼の二人と予測した。
「5年内に人口を2倍。収穫高は畑も牧場も縦横に2倍ずつの4倍にするのが当面の目標だ」
「正気ですか」
「勿論だ。メンデス家の頃から微減だったものを上方へと修正するには労がいるのは判っている。しかしそうでもなければ、領地を得た意味がない」
硬質な口調でフェリルが言い切った。メリルの茶を飲む手が止まり、固唾を飲んでいた。レイチェルの表情にも険しさを帯びている。
「苦労を掛けるが、よろしく頼むぞ」
「畏まりました」
重く言葉をかみしめるようにして、レイチェルが答えた。メリルも彼女に合わせるようにして深く頭を下げて了承の意を表した。
「それと残りは砦の修復作業だな。宿舎はできているのだろう。荷物の整理が付いたら、随時、向かわせる」
「そちらについてはレヴィンに確認されるのが一番かと。もうまもなく周囲の木々の伐採と足場組立を始めると伺っていますが」
「そうか。順調そうだな」
満足そうに頷き、フェリルは茶を改めて啜った。
「悠長に構えるつもりはないが、なに、急いて詰めることもない。5年もある」
「でも、5年しかない、ですね」
「――そうだな」
レイチェルの言葉に、にやりと不敵な笑みを携えて、フェリルは答えた。メリルは彼女の表情を見て、改めて背筋を伸ばしてから、残りの茶を啜った。僅かに苦みがあるように感じられた。
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