伍
自己紹介も終え、若干ではあるが打ち解けてきたような気もしてきた。
皆が一様に他愛も無い世間話をしだす。
なんとなくではあるが、この人たちの人となりは多少理解できた。
まあこれも俺自身での理解でしかないんだけど。
━だけどなんだろう、人と会話をすることにここまでの安心感があることに驚いてしまう。
少し前までは現実とは思えないような光景を目にして、そして体感してきたのだ。
人の死というものを意識したことはなかった。
精々、近所の誰かのお年寄りが亡くなった時に通夜に出る母親を見送った程度。
死体というものを見たことすらなかった。
これはただ、今までが幸運だったということになるのだろうか。勿論、生きていれば人の死に直面することはあるだろう。それくらいは理解している。
ただ生きている人間が死者に対してできることはあるのだろうか…
ご焼香やお経、今ではこれは死者に対するものでなく生きている者の為の行いの様な気さえしてくる。
━駄目だな、また自分のやってしまったことの正当化の為の言い訳を繰り返してしまう。一人で考え出すとこうなってしまう…
でも、あの人たちと話している時はこんなことを考えずに済む。
そうだ、今はこれからどうするかを考えるべきなんだ。
頭にかかるモヤを振り払い思考を切り替える。
事故が起こってかなりの時間は経っている、だが救助が来る様子はなく
携帯も繋がらない。
トンネルの出口は土砂で塞がっている。周りは木々が生い茂る山中。
やはり線路を沿って歩いて戻るしかないんじゃないだろうか。
とりあえずは俺の意見として、皆の答えを聞いてみるか。
「俺はこのまま線路を歩いて戻るのが一番手っ取り早い気がします。」
「まあ、そうなるわな」
大さんからの同意を得る。
他の人も頷くなり相槌を打つ。
ただ一人、南貴さんだけが浮かない表情で切り出す。
「それはお勧めできないかな。」
確かに、自分の力で歩けそうにない怪我をしている南貴さんには酷な提案かもしれない。だが、勿論それはナンキさんの状態を理解した上での提案だ。
ナンキさんをひとり残して置いていくはずがない。俺一人でもナンキさんを背負って歩いていける自信はあるし、大さんや米良さんの体格を見る限り背負って歩く分に不都合は思えない。
「勿論南貴さんは男手でなんとかしますよ。」
自分の言葉足らずだったことに反省しつつ付け加える。
「いや、そうじゃないんだ。皆のことは短い時間での付き合いなのだけれど信頼しているつもりだよ。」
疑問が浮かぶ。そのことでの心配をしている様子はないようだ、なら何故この提案に異を唱えるのか…
南貴さんは浮かないな表情を変えないまま続ける。
「異様なんだよ、この状態が…こんな大事故が起きているのに救助がこない、携帯も繋がらない。普通じゃありえないことなんだよ。」
確かにそれは俺も考えていたことだ。考えて、答えが出なくて考えるのをやめてしまった。その不快感を紛らわせようと逃げてしまっていた。
━また、その不快感が襲ってくる。
「そうだな、だが何もしなければ何も変わらない訳だ。とりあえずなにかをやってみるしかねえ、なにかあったらそこでまた考えればいいだろ。人生はそんなもんだ!」
米良さんが自分の人生観を語るかのように豪語する。
多分、この人はそんな生き方を体言しているんだろう、発した言葉には重みのようなものすら感じられた。
「まあ、とりあえずはやれることをやってみるってことで良いか。遼の案は多分皆考えてたことだしな。」
大さんが話をまとめ、南貴さんは苦笑ながらも同意する。
「…そうですね、考え過ぎて時間を使っても、良い案が私にある訳でもないですし。」
話が纏まると同時に、皆が腰を上げる。
今まで言葉を挟まなかった三郎さんがぼそっと声を漏らす。
「ここでも俺は皆に合わせるさ。歯車のようにな…」
━━「流石にそろそろ交代してほしいんだが…」
額を汗で滲ませ、肩で息をしながら歯車は回る。いや、歯車こと三郎さんが抗議する。
彼此20分程はこの炎天下の中、大の男を担ぎ歩き続けた歯車さんの顔からは疲労の色が見てとれた。
出発前のいらない一言さえなければ、男性二人で南貴さんを担ぐ予定だったのだが、何故かその場の流れで三郎さん一人で南貴さんを担いでいる。
大人になろうがそんな子供染みたその場の『ノリ』で決まってしまう不幸もあるのだと、良い勉強にはなった。
「そろそろ代わるか、次は俺が担ごう。」
大さんは肩を鳴らししゃがみこむ。
「すまないね。」
南貴さんは礼を言い、申し訳なさそうに身体を預けた。
よっと、勢いをつけ南貴さんを担ぎ上げ大さんは歩き出す。
「しっかしまだこの山は抜けられないもんなのかねえ。」
肩の荷が降り、延びをしながら歯車さんは首をかしげた。
━確かに、まだそれほどの距離を歩いた感じはないのだが一向に景色の変化が見られないのはおかしい。
携帯の電波も未だに入ってこない…明らかに、異様なこの事態に不安は増す一方だ。
「歩いて行けば何処かには出るやろ。道は何処かしらに繋がっているもんやで。」
こんな状態でも米良さんはあっけらかんとしていた。
血で染まった柄シャツを肩にかけ、どこか時代を感じるメロディーで鼻唄を歌いながら先頭を歩いていく。
その背中からチラチラと見える動物の絵について触れるものは誰一人居なかった。
厳つい顔をした狛犬から目を逸らしつつ後ろを振り向くと、最後尾には千波ちゃんの姿がある。
この暑さが堪えるのだろうか、顔は上気し足取りは重そうだ。
こんな時なんて声をかけてあげればいいのだろう…いや、然り気無く休憩を提案してみるべきなのか?
答えが見つからず、一人悩んでいると頭にポツッと水滴のようなものが当たった気がした。
雨か?と空を見上げてみるとそこには雲一つない真夏の太陽が燦々と輝いているだけ…
「きゃああああ!!」
耳に響く甲高い悲鳴。
それが千波ちゃんの悲鳴だということは直ぐに理解できた。
だけど何故?それも理解するのは一瞬あれば充分だった。
今の今まで照りつけていた太陽が隠れ、身体を打ち付ける水滴からは鉄の臭い。
終いには空からボトボトと腐臭の立ち込める死体の雨が降ってきたのだ。
「なんだよこれ…」
辺り一帯の地面は血に染まり、嫌な臭いが鼻の奥を刺激する。食い縛る唇の隙間からは血が入り込み口の中を鉄の味で満たす。
胃液が逆流し、既に空っぽな胃の中身を吐き出そうと収縮を繰り返す。
血すらも混じっていそうな嘔吐も血の雨に霧散する。
身体が震え目が霞む、立っていることすらままならず地面に倒れる。
降ってきた死体たちと同じ目線。
死体達はゾンビ映画宛らにゆっくりとではあるが動き出し俺に群がってくる。
動かない身体、群がる死体。
喰い散らかされる激痛と共に、俺の意識は遠退いていった。
『ごめん、親父━』




