参
「ヒャッハー、ここは通さねえぜ!」
聞こえた訳でもない台詞が頭をよぎる。世紀末に迷い込んだはずもない…
世紀末に居そうなその人は、窓から身を乗り出して俺たちに向かって手を伸ばす。
「掴めるか?」
その人の外見と行動のギャップに一瞬戸惑いを覚えたが、人を外見で判断してはいけない。
差し出された腕との距離を目測する。ジャンプすれば届きそうだ。
━ただ、それは俺の場合であって170センチの俺から見ても、随分小さく見える彼女では踏み台が必要になってくる。
だが、それは俺が用意した踏み台である必要もない。俺自身が踏み台になればいいことだ。
「俺が踏み台になる。先に上がって」
言葉少なに要件だけを伝え、両膝と右腕を床に着く。
彼女も理解してくれたようで、すくっとその場に立ち上がり、短いスカートをパンパンと手ではらった。
「乗りますね。」
声が少し震えている。まだショックなのだろうか、それとも俺を怖がっているのかはわからないが、無言で頷いて返答とした。
背中に彼女の体重がかかる。やはり軽い、左腕が使えず踏み台としては不安定なのか、バランスをとるのに苦戦しているようだ。
上で手を伸ばし、様子を見ていた世紀末さんが声をかける。
「落ち着け、大丈夫だから。」
その言葉に冷静さを取り戻したのか、先程まで背中の彼方此方にぶれていた重心が安定した。
「よし、じゃあ引き上げるぞ!しっかり掴まって。」
背中の重さが不意になくなり力が抜ける。
ゴロンと仰向けになるように転がり、俺は窓を見上げた。
彼女は世紀末さんの腕の中でまた泣いているようだった、世紀末さんもそれを宥めている。
そんなことより俺も早くここから出してくれよ…と思いつつも、身体に力を入れ直して立ち上がる。
少し待てば彼女も落ち着き、世紀末さんが俺も引き上げてはくれるだろう、それでも俺は自分で積み上げた死体の山の前に戻る。
力任せに積み上げた死体の山。つかなくていい傷もつけてしまった、かろうじて繋がっていた腕も裂いてしまった。嘔吐まで撒き散らし穢してしまった。
自分が犯した罪を背負うには、俺はこの死体の山を踏み台にして生き残らなければ意味が無い。これはただの俺の自己満足。
それでもやる。一歩一歩中身のない、意味のない言い訳を繰り返しながら冷たく固く不安定な「道」を登っていく。
右腕だけでバランスを保ち、勢いをつけて窓をよじ登る。
電車の外は暗く、砂埃が舞ってはいるがオレンジ色の光が見える。トンネルの生きているライトもあるようだ。
救助隊がモヒカンだったなんて話は聞いたこともない、ある程度予想はできていたが外からの救助はまだ来ていないようだ…
あたりを見渡すと事故の壮絶さが見て取れる。トンネルは衝撃で崩れ、土砂が塞ぎ4両ある車両は先頭車両を始め俺が乗っていた3両目までが大破していた。
半分以上が土砂に埋もれた車両と3両目の惨状を考えると、1両目と2両目の生存者は恐らく居ないだろう。
4両目は脱線はしているものの目立った破損は見られない。生存者も多いのだろうか…
「一人で出てこれたのか、すまんな」
世紀末さんは何故か俺に頭を下げた。
「いえ、その人を引き上げてもらえただけでも十分助かりました。」
世紀末さんの背中に隠れるようにしている彼女に目を移しつつ、こちらこそと礼を言う。
「他にまだ生きてるやつはいるか?」
「多分居ません。俺が確認できた限りでは」
「そうか…」
一瞬、悲しい顔をして唇が細む。それでも努めて明るく世紀末さんは続けた。
「二人とも歩けるな?このままレールを辿って行けば外に出られる。」
世紀末さんが指刺す方向に目を向けつつも、疑問が沸く。
「え、出られるんですか?」
俺がこの質問をした時どんな顔をしていたのかはわからないが、可笑しかったのか世紀末さんは笑いながら答えた。
「出口が塞がっていても入り口が塞がれた訳じゃないだろ?」
確かに最もだ。自分でも納得ができると最悪な状況ばかりを考えてしまっていたためか気が抜けてしまった。
「まだ気は抜くな、お前にはこの子を出口まで連れてってもらうからな。頼んだぞ!」
何故だろう、この人に頼まれるのは誇れる気持ちにさせる…
「押忍!」
小さくではあるが、気合を入れた返事で答えることがやけに心地良かった。
━━オレンジ色のライトが点滅する中、壁に身体を預けつつ道を進む。
トンネル内はシンメトリーを意識しているのか、均等な距離に電灯が設置されていた。歩けど歩けど同じ景色、脱出を意識している俺にとって気が重くなる景色である。
時折後ろを振り返り、着いて来る彼女を確認する。
進むにつれて光が明るくなってきている感覚がある。出口は近いのかもしれない…
しばらく進み、カーブを曲がると奥から馬蹄形の光が見えた。足音しか聞こえなかった沈黙も破られる。
「出口だ。」
伝えようとした訳ではない、ただ言葉がこぼれた。
自然と歩く足も早くなる。
トンネルを抜けると、燦々と夏の日差しが降り注ぎトンネルの中では聞こえなかったセミの鳴き声がジリジリと騒がしい。
出られたんだ、と実感が湧き立つ。
━ふと、後ろに居た彼女のことを思い出し咄嗟に振り返る。
暗闇の中では気がつかなかった綺麗な黒髪が風にそよぐ。泣いて崩れた化粧と赤くなった目じりを差し引いても可愛いと思える程の女の子がそこには居た。
一瞬、視線が交差するもすぐに逸らす。
任されたのは出口までの案内。俺が彼女にかけられる言葉なんてない…
無事だということは確認できた。それでいい。
一人納得してその場から少し離れる。
あたりを見回してみると出口付近の草むらで仰向けに寝転がって居る体格の良い男性が一人。服に大量の血が付着しているが生きてはいるようだ。
離れた木陰にはスーツ姿の男性が一人。腕を組み木に寄りかかっている。
確認できるのはたったの2人。
世紀末さんを含めても4両目の生存者は3人ということなのだろうか…
余りにも少なすぎる…
電車の車両は4両編成。俺が乗った3両目の車両も、混んではいなかったにしても30人以上は確実に乗っていたはず。
その中で生き残ったのは俺を含めて2人、あの中の惨状を見れば今でも生き残れただけでも奇跡に思える。
しかし、4両目は脱線はしているものの損傷は軽いようにも見えた。それでも生き残ったのは3人…
━生まれてこの方事故に会ったことはなかった。ニュースなどで耳にすることはあったが、他人事のように思えて仕方が無かった。
実際、今この状況に立たされていてもどこか違う世界の話のような、そんな気さえもしてくる。
多くの人が死んで、数少ない生存者として自分は生き残った━
やめよう、何を考えても次々に不快感が襲ってくる。俺は生きている。
うん、それだけで良いじゃないか。




