phase7-1
「ダムの修復に必要な資材は、そっちのルートで確保をお願いします。今は集落の建築士たちにかけあって応急措置はしてありますが、できればコードに頼らないで自立できるようにしておきましょう」
拓人はキャラバンの面々に指示を飛ばし、また事実を確認していく。
ここは、奈川渡ダム内部にある会議室。今回の戦闘で被った被害やその対処について話し合われている。
〈街〉から来た軍隊が本格的な攻撃を始める前に撤退してくれたおかげで集落の住民には被害は出なかったものの、キャラバンの戦闘メンバーには少なからず犠牲が出ていた。
そう、犠牲者が出ていたのだ。人数にして二人。元々この集落で暮らしていた、比較的新しいメンバーだった。数にしてみれば片手で事足りる人数だが、会議室に集まったキャラバンのメンバーの顔はすぐれ
ない。
それに加え、キャラバンの中でも強い二人が重傷を負ったことも彼らの胸を重くしていた。実力は確かだが、まだ戦闘経験の浅い千慧はともかく、キャラバンのエース的存在である信司が完敗したのだ。
次に彼らが来たら、耐えられないかもしれない。その可能性に、皆不安を隠せないでいた。
次々と指示を出している拓人も、内心は同じようなものだった。しかし、そこには二つの希望も混じっている。
その一つは、軍を率いていた男を追い払うに至った、正体不明のコード。信司でさえ手出しすることのできなかったあの男の干渉力を、紗世は一瞬にして消し去ったのだ。剛が同じ場面を見ていなければ、目を疑っていたにちがいない。
キャラバンにG―23地区のセキュリィティーホールの存在を教えた『狂人』が言った『革命の力』とは、おそらくあれのことだと、拓人も剛もほぼ確信していた。
紗世の持つ『革命の力』、あの男がいうには〈ポルガノクス〉らしいが、未だ不確定要素であることは否定できない。しかし、『狂人』はもう一つ重大な情報をこちらに提供していた。
それは、北海道、札幌に作られている、食料生産型の〈街〉の地形図。そして、どこからどのようにセキュリティが張られているのかなどの、詳細な情報だった。まるで、一つ〈街〉を設計しますよと言わんばかり精密さで、その容量の多さに送られてきたファイルに何か仕掛けがされているのではないかと夏希が慎重に解析したぐらいだ。
その国家機密級のデータが、このタイミングで送られてきたことから、拓人は『狂人』の意図を感じざるを得なかった。
つまりは、その〈街〉を襲撃しろということ。『革命の力』と、この情報を以て、自分たちの拠点にしてしまえという悪魔のささやき。
もし、本当にできるのなら、自分たちが長年求めてきた安住の地を手に入れることができる。命をつなぐことができない、セカイという名の牢獄ではなく、人間本来の姿を取り戻すことができる。
そこまで考えて、拓人は誰にも気づかれないように心の中で首を振った。今は、それを考えている時ではない。一刻も早く体勢を建て直し、次に襲撃に備えなければ。
拓人が忙しく仲間たちに指示を出している中、信司は病室のベッドで軽い診察を受けていた。
「ふん、まったく大した回復力だな。戦えるやつらが全員おまえみたいなやつだったら、私なんて必要ないだろうよ」
「どうだかな。さすがにあれは危なかったぞ」
信司がそう返すと、診察をしている女性、智晶はやれやれとため息を吐いた。
「そうだろうな。あの時は紗世が治療したとはいえ、あんな風に吹っ飛ばされてた時点で普通の人間なら死んでいる。やはりおまえの特殊なコードと関係しているのか?」
「わからん。俺の生まれた元々の理由がはっきりしないから、どうともな。だが、奴からは興味深い一言が貰えたぞ」
「ほう、それは親切なやつだな。それで?」
「『人の感情を理解する殺戮兵器』、だとさ」
さすがの智晶も、この言葉には閉口した。
「ふん、悪趣味なやつもいたんだ」
ややあって、智晶が不機嫌そうに呟く。
「ともかく、もうリハビリをしてもいい頃だろう。皆心配しているし、顔を出して安心させてやれ」
「病人に対してその対応はひどくないか? あれからまだ二日も経っていないんだぞ」
「うるさい。普通の人間なら体を動かさないと日常生活に支障がでかねないほどまでお前は回復しているんだぞ。さっさと調子を戻して、キリキリ働くんだな」
一方的に告げ、智晶は信司を置き去りにして立ち去る。残された信司はそんな慈悲の心のかけらもない集落一の医者に対して、気づかれないようにため息をついた。
「さっさと調子を治せ、か。まあ、そうだな」
ただ寝ているだけでは、確かに何の特もない。信司はとりあえず立ち上がり、自分のストレージから着替えを取り出した。
それにしても、だ。
この夏は、本当にいろんなことがあった。今まで侵入したことのないG地区での救出作戦や、未成年を働かせている娼婦館を潰す作戦。そして今回の襲撃。
信司は敗北したことがないわけではない。相手の数によっては物量で押し切られることもあるし、罠にはめられたことだった一度や二度ではない。だが、その度に仲間と共に切り抜けてきた。
しかし、正面から戦って負けたのは初めてだった。それほどまでに、信司の持っている能力は強力だ。
だからこそ、あの男、レイノルドの強さは異常と言えた。
レイノルドには、通常のコードは通用しない。信司のように強力なコード処理能力を持っていなければ、コードを発生しても、その瞬間に霧散してしまう。自分で戦ってみた感触と、剛の目の力で視た経験から推測するに、レイノルドは戦闘中、常に一定の範囲を自分のコードで覆っているようだった。その密度は異常に高く、信司でさえ満足にコードを通すこともできない。
半径十メートル以上もの範囲に、知覚しきれないほどのコードを放つ。そのような芸当が、果たして人間にできるのだろうか?
信司は、あの男ならできると確信していた。実際見せつけられたといえばそうなのだが、信司はレイノルドの恐ろしさを既に知っていた。
何せ、あいつは……。
いや、よそう。信司は首を振り、思考を霧散させる。今はもっと重要なことがある。それを考えなければ。
信司は自分しかいない病室から、ゆっくりと足を踏み出した。
横たわった少女の体を、文字列の形をした光が駆け抜ける。それは少女の体がどれだけ傷ついているかを紗世に伝え、紗世は思わず顔をしかめた。
コードによって外傷を治療できるといっても、壊れてしまった細胞を再生させられるわけではない。けが人の完全な回復には、休養が絶対に必要だった。
「今のところ、痛いところとか、こわばっているところはある?」
紗世がコードによる診察を終えると、少女、千慧は体を起こして答えた。
「ええと、まだ左腕に違和感がありますね。ここはばっさり切られちゃいましたし、無理もないですね」
あっけらかんと言う千慧に、紗世はなんだか複雑な気分になった。紗世たちと別れてから、千慧はこんなになるまで戦ったのだ。
「……なんていうか……ごめん……」
紗世が申し訳なくなって言うと、千慧はゆっくりと首を振った。
「謝らないでください。紗世さんが治療してくれたから、私はこんなに早く普通にしゃべれるようになったんですよ。それに、私は嬉しいんです」
「え?」
言葉の意図をつかみかねて、紗世は思わず聞き返す。千慧はちょっと気恥ずかしそうに目線を下げた。
「紗世さんたちを、私はちゃんと守れたってことです」
そう言って、千慧はぷいっと顔を背けた。その様子がかわいらしくて、紗世はくすりと笑った。
「うん、ありがと。あとは、ゆっくり休んで」
残りの処置を終わらせ、紗世は次のけが人のいる場所へと向かうべく、立ち上がった。部屋の外に出ようとしたところで、ひとりでに扉が開き、危うく紗世は頭をぶつけそうになる。
「あ……」
扉の向こう側にいたのは、信司だった。
「信司さん! 大丈夫なんですか?」
先ほど診察した千慧があの状態で、信司はもっとひどい重傷を負っていたのだ。こんな短期間で治るはずがない。
「紗世か。まだまだ本調子じゃないが、歩くぐらいなら問題ない」
「だめですよ、あんな重傷を負ったのに……」
紗世が諭すような口調で言うと、信司は苦笑を浮かべた。
「実は智晶先生からも動いていいって言われてるんだ。無理をしているわけじゃない」
そうは言っても、あれからまだ二日も経っていない。それに、智晶の許可というのがなんとなく根性論的なものに思えてならなかった。あの人なら、骨折でも「つばでも付けとけ」と言いかねない。
「それよりも、この後時間取れるか?」
紗世の心配をよそに、信司は事務的な口調で聞いてくる。
「この後、ですか? 診察をするので、一時間ぐらい開けられないんですけど……」
「なら、その時間で頼む。 〈ポルガノクス〉について、ちょっと検証したいことがあるんだ」
信司の言葉に、紗世は身を固くした。一昨日の襲撃で、突然発現したあのコード。あれを視たのは信司、拓人、剛、ソラ、智晶の五人だけで、今のところ公にはしていなかった。紗世も、このコードを手に入れた経緯――理奈のことをまだ話していない。
あの時、〈ポルガノクス〉が発動していなかったら、紗世も信司も生きてはいなかっただろう。だからこそ、紗世はあのコードを恐ろしく思っていた。間接的とはいえ、〈ポルガノクス〉はレイノルドたち
〈街〉の兵士たちを、撤退させるに至ったのだ。
『革命の力』だなんて理奈は言ったけれど、そんな仰々しい呼び名で表せてしまうほど〈ポルガノクス〉は大きな力を持っていると、紗世は確信していた。
でも、その検証に信司がつきあってくれるというのは、紗世にとってとても心強い提案だった。
「はい、わかりました。一時間後に……この通信コードで大丈夫ですか?」
言いつつ、紗世は通信用のコードを発生させる。襲撃があってから、信司や拓人に連絡するコードを教えてもらったものだ。
「ああ、問題ない。俺は仲間の顔を見てくるから、ゆっくり診察してくれ」
紗世は頷き、部屋を後にする。後ろで信司と千慧が言葉を交わしているのがわかったけれど、なにを話しているのかまではわからなかった。
一通り診察が終わって、紗世が信司に通信を飛ばすと、集落の南の端で落ち合おうという返事があった。今の時点では、みんなに〈ポルガノクス〉のことを知られないためのようだった。
急いでその場所まで行くと、既に信司はそこにいて、紗世にこの世界の歪んだ構図を教えたときのように背中を向けていた。
「信司さん」
紗世が呼ぶと、信司は振り向いて笑顔を浮かべた。いつもの彼からは想像もできない、なんだか気の抜けた、優しい笑みだった。
「悪いな、そっちも忙しいのに。じゃ、さっさと始めようか」
「はい」
紗世が返事をすると、信司は地面にあった手のひらサイズの石を拾い上げ、軽く放り投げる。石はきれいな放物線を描き、そして落下の途中で止まった。
「今、俺はこの石の運動エネルギーをコード化した上で、重力による加速度を奪い続けている。それがわかるか?」
信司の問いに、紗世は石に意識を集中させる。すると、信司と石の間に文字列のやりとりがあることを見ることができた。通常見えるコードというのは、物質をコード化したり、コードを物質に戻したりするような、情報量の多いコードだ。小石程度の重力エネルギーをコード化するだけではかなり情報量が少ないので、普通は目に見えない。また、信司たちが普段使っている防御用のコードも、発動していなければ見えないのだ。
「見えます」
「そうか、智晶先生に聞いたんだが、〈ポルガノクス〉にはコードに対する感受性が強化される効果があるようだな。じゃあ、次はこいつに、一昨日レイノルドに当てたやつを使ってみてくれ」
「あ、はい……えっと」
コードを使うときに癖として、紗世は右手を石にかざしたけれど、あの赤いコードはどうやって使えばいいのだろう。
「使い方がわからないのか?」
「……はい」
信司の言葉に、紗世は少し肩を狭めた。
「まあ、ストレージにそういうタグ付けがないなら無理もないか。そうだな……」
普段紗世が使っているコードは、ストレージから物を出したり入れたりするものだ。それは〈街〉のG地区での教育課程で与えられた、実体のないウィンドウのようなものを開いて、そこから選択することが多い。一応ウィンドウを開かなくても物を出すことはできるけれど、それは出す物のことをイメージしなくてはならない。
「レイノルドに対して〈ポルガノクス〉を使ったときに、なんて念じた?」
他にあてもないので、信司の言葉から一昨日の出来事を思いだそうとする。あの時はとにかく必死で、いつの間にか〈ポルガノクス〉を発動させていた。
「えっと……」
あの時、信司をレイノルドの剣から守ろうと必死になって、叫んだ。それは、否定の意志を持った言葉で……。
紗世はとりあえず、信司がコードで浮かせている石にむかって、「だめっ!」と念じながら手をかざした。
すると、紗世の手から赤い文字列が放たれ、石にぶつかった。その瞬間、石と信司をつないでいたコードが消え、石が地面に落ちた。
「できた!」
紗世はなんだか嬉しくなって、信司に向かって小さくガッツポーズを見せる。しかし、それを見た信司はなんだか複雑そうな表情をしていた。
「ああ、よくやった」
しかし、すぐに信司も笑顔になる。
「とりあえず今のところ分かっているのは、〈ポルガノクス〉にはコードを『視る』力があることと、コードを『打ち消す』力があることだ。それで、もう一つ確かめておきたいことがあるんだが……」
「なんですか?」
「その〈ポルガノクス〉を、盾の形にできないかってことだ。そうすれば相手のコードによる攻撃を完全に防げるし、球の形で盾を構成すれば、一時的にせよ〈エーテル〉からの干渉を受けなくなるかもしれない」
「〈エーテル〉からの干渉を受けないって……それって、この世界の〈情報化〉を解けるってことですか!」
「そういうことになるな。だから、〈ポルガノクス〉で盾を作るのは、かなり重要なことになると思う。ちょっと試してみてくれないか?」
信司が真剣な表情で言うので、紗世はとにかくやってみようと、手の平を見つめる。しかし、どうすればそんなことができるようになるのか、検討もつかなかった。
「まあ、いきなりは無理か。それについては、今後練習することにして……今日は〈ポルガノクス〉の力をいつでも使えることが分かっただけでもよしとしよう」
「そうですね。でも、わたしがこんな力を持っているなんて、なんだか信じられないです」
「だろうな、それは誰だって驚くさ」
信司は軽い口調で返し、しかし唐突に口を閉ざす。何か驚いているとか、話す話題がなくなったとかじゃなくて、何か質問を躊躇している感じだった。
「なあ、紗世」
「なんですか?」
信司の表情から紗世は真剣な空気を感じ取って、じっと信司の言葉を待つ。
「今更なんだが、いったい、そんなコードをどこで手に入れたんだ?」
紗世は思わず、目を大きく見開いた。信司の言葉を引き金にして、自分がこの集落にやってきた経緯が次々と思い出される。
「言いたくなかったら、いいんだが……」
そんな紗世の様子に、信司は困った顔で言う。
「いえ、言いたくないわけじゃないんです。でも、なんだかあんなことが自分に起こったってことが、うまく信じられなくて」
紗世が返すと、信司は苦笑を浮かべた。
「〈街〉の外に出てから、そんなの日常茶飯事だろ?」
一歩間違えば不躾な言葉だったけれど、今の紗世にとってはくすっと笑いたくなるような、実感に満ちた言葉だった。
「ええ、そうですね。要領を得ないかもしれませんけど、いいですか?」
「ああ、いいさ。長くなっても、ちゃんと聞く。これはかなり大事な話だからな」
そして、紗世は〈街〉での出来事を、一つ一つ話した。元々、紗世はG地区のごく普通の高校生だったこと。転校してきた瀬戸理奈という少女のこと。彼女から、〈ポルガノクス〉を『授けられた』こと。そして、その次の日にG―24地区が軍隊によって蹂躙されたこと……。
思えば、あれがすべての始まりだったのだ。理奈が紗世に〈ポルガノクス〉を渡したこと。きっと、理奈はG―24地区があんな風になることを知っていた。
「そういうことだったのか……」
信司も、驚きを隠せずにいる。しかし、その驚きには新鮮さがなく、なんとなく予想していたような色があった。
「実は、G―24地区が軍隊からの侵略を受ける前日に、とある人物から俺たちに接触があったんだ。コードによる通信で、『狂人』と名乗っていた。そいつが、Gー24地区が軍隊に侵略されることと、『革命の力』を持つ人間がいることと、G―24地区にあるセキュリティホールの存在を俺たちに教えたんだ。その情報がなかったら、俺たちは紗世さんを助けることはできなかっただろうな」
「『狂人』……」
彼女なら、そう名乗っても不思議じゃないなと思った。とても楽しそうに、革命を謳う彼女なら。
「紗世さんに〈ポルガノクス〉を授けた瀬戸理奈というやつが、『狂人』で間違いないだろう。まあ、協力者がいたとしてもおかしくはないが」
紗世は背筋に寒気が走るのを感じた。理奈は、すべてを知っていたどころじゃない。この、紗世がこの場所にいること事態が、理奈によって計画されていたことだったのだ。
「理奈……」
「彼女の狙いがなんなのかは分からない。もしかしたら、紗世さんが危険にさらされる場面も多くなってくるかもしれない。現に、軍隊に襲われているしな」
信司の言葉に、紗世はますます身をかたくした。
「でも、そのときは俺たちが守ってやるよ。……といっても、一昨日にボロボロにやられちまったけどな」
そう言って頭をかく信司に、紗世は首を振った。
「それでも、わたしたちを守ってくれたじゃないですか」
紗世が言うと、信司は照れくさそうに、柔らかい笑みを浮かべた。
「そう言ってくれると、俺としては嬉しい。皆を守れてよかったと思えるよ」
千慧もそうだったけれど、キャラバンの人たちは誰かを守ることを大事にしている。そんな彼らを、紗世はとても心強く思った。




