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phase6-2

 紗世たち三人を見送って、千慧はひとまず安堵でため息を吐く。それから気を引き締めるようにストレージからナイフを取り出し、逆手に握った。


 師匠……信司から教えてもらった人間のストレージの位置を検索するコードを使って調べたけれど、この方角からは五人ほどの兵士が攻めてくるはずだった。


 もっとも近い者で、ここから三十メートル。千慧は目をつむって、自分の呼吸に耳を傾ける。


 ここから先は、いつもの自分のままでいてはいけない。ただただ、氷の刃のように、機械のように、集落を襲う「敵」を殺すのみ。


 目を開き、コードを展開する。


 直後、千慧の姿はかき消え、音さえもその存在を示さなくなる。そして一気に飛び上がり、標的のいる場所へと接近する。


 相手は、二人。片方を始末するのに時間をかけていたら、もう片方に気づかれて、このコードを打ち消されるだろう。


 降り立った場所は、二人の兵士から五メートルほどの木の影。千慧は息を整え、自分が森の一部分であるかのように体のリズムを作っていく。


 運良く、二人の兵士は同じ方向を向いていて、背後はとれそうだ。しかし、その様子に千慧は違和感を覚える。


 兵士たちは、その場に留まっているのだ。もし集落を陥落させることを目的としているのなら、こんな場所で待機する必要はないはずだ。


 とはいえ……絶対にないだろうけれど、もし完全に集落が陥落してしまった場合、逃げながら戦線を作る必要がある。その際、ここの付近の道は退路として機能するのだ。だから、ここで待ち伏せさせるのはかなりまずい。


 どちらにせよ、始末することに変わりはなかった。


 千慧はぐっと息を詰めると、一気に兵士たちに接近した。まずは一人、体を密着させんばかりの距離まで近づき、背後からストレージを解放。相手の正面から、弾丸のごとき運動エネルギーを持ったナイフを左胸に向かって発射する。


 この兵士からしてみれば、突然、目の前からナイフが現れ、自分を刺し貫いたと思ったことだろう。もしかしたら、それにも気づかなかったかもしれない。


 突然の襲撃に、もう一人の兵士がナイフの飛んできた方向を向く。これを期待して、千慧は背後からひと突きするのではなく、わざわざ接近してストレージから放ったのだ。


 コードを使って加速し、一息でもう一人の背後をとる。心臓めがけてナイフを突き出すが、今度は抵抗があった。


 千慧たちが戦闘時に使っている防御用のコードは、運動エネルギーや熱エネルギーを、空気を介してコードに変換するものだ。だから、コードの処理能力が続く限り、攻撃はほとんど止めることができる。


 しかし、それを常時使っているわけにもいかない。コード化したエネルギーはどんどんストレージに貯まっていき、すぐにパンクしてしまうからだ。


 だから、拓人や千慧が使っている隠密用のコードは、相手からしたら脅威だ。初撃だけは、何らかの方法で事前に感知しないかぎり、防げないのだから。


 しかし、千慧は一人を攻撃した結果、すでに自分がここにいることを知られてしまっていた。だから、今度は師匠に教わった技の出る幕だ。


 ナイフによる刺突を防いでいるコード、通常は見えないけれど、ストレージの干渉できる範囲まで近づけば、その構造を見破ることができる。千慧は邪魔なコードに自分のコードをぶつけ、一瞬だけ防御を停止させた。


 同時にコードによってナイフを加速し、一気に相手の体を貫く。返り血をコードでブロックしながら、千慧はさっとその場から離れた。


 こんな無茶ができたのも、相手が、千慧がいることはわかっていても、位置までは特定できなかったからだ。だからあの兵士は全身をある程度の攻撃から守るコードしか発動することができなかった。


 もし位置が知られていたら、突進しているところでコードに遮られ、後退を余儀なくされていただろう。いつもの訓練でも、師匠にはそうやってさんざん攻撃を防がれているのだから。


 さて、次の標的を定めようかともう一度ストレージの位置情報を探っていると、不意に、背後から猛烈な寒気を感じた。千慧は反射的に防御用のコードを全身にまとい、身を投げ出す。


 一瞬遅れて、氷のように研ぎすまされた刃が、千慧を襲う。一段と強くなった寒気が、全身を覆うのを感じた。


 遅れて、カッと背中に焼けるような痛みが走る。とっさに体勢を落としていなければ胴体を切断されていたかもしれない。


 先ほど千慧が兵士に対してやった手と、全く同じだった。投げ出した身をそのまま前転させ、背後に立つ兵士の姿を観察する。


 驚くことに、兵士は工学迷彩のような姿を隠すコードを使っていなかった。それなのに、さっきのストレージを持つ人間を検索するコードに引っかからなかったのだ。


 どんな方法を使ったのかはわからないけれど、おそらく、最初に使った探査を解析されて、対抗策を作られたのだろう。恐るべき対応の早さだ。


 ナイフを握り、兵士と対峙する。腕を動かすたび、背中に受けた傷が痛み、意識が悲鳴をあげる。


 少なくない量の血が、傷から流れていた。早く傷を塞がなければ、危険だ。


 千慧は短期決戦を決意し、コード解放して突進する。さらに姿を消し、森に吹き荒ぶ風のようになる。


 そして相手がストレージから物質を出せる射程距離に入った瞬間、中空からいくつものナイフを出現させ、発射する。手に持ったナイフを数えれば、合計七本。これら一つ一つは防げまい。


 が、ストレージから飛ばしたナイフはすべて消え去り、手に持ったナイフも剣の柄のような獲物で受け止められた。


 直後、兵士はその獲物の力を起動する。不可視の刃が一瞬で形成され、千慧の左腕を半ばから切り裂いた。


 あわてて飛び退き、腕が切断されることは防いだけれど、左腕には深い傷を負ってしまった。健が切れてしまったのだろう。力を入れても、うまく持ち上がらない。


 それに加え、耐えがたい痛みが全身を貫くようだった。千慧は歯を食いしばり、声が漏れるの防ぐ。


 恐怖は感じなかった。状況を鑑みれば、かなりの劣勢だ。こちらは左腕をほぼ失った状態。それに、相手はかなりの手慣れ。ストレージを直に使った防御は師匠のように鮮やかだ。


 そして、その存在を、千慧は許せなかった。唐突に燃え上がった戦意が、殺意が、憎悪が、この男を殺せとわめきたてる。千慧はほとんど無意識に、突進を開始していた。


「うわあああああああっ!」


 ストレージからナイフを無数に発射し、自身も弾丸のごとく勢いでぶつかりにいく。防御用のコードが張り巡らされ、ナイフととらえてストレージへと収納される。


 千慧はその一つ一つのコードを、千慧は自身のストレージの干渉力を使って、破壊していった。


「壊してやる!」


 無我夢中に、吠える。もはや自制はきかなかった。ただ目の前にある存在を消し去ってやりたかった。焼けるような痛みが、煮えたぎるように心に燃料を送るようだった。


「消えろっ!」


 コードの干渉力による激しい攻防を繰り返し、あと少しで相手の防御を崩すことができそうになる。千慧はまっすぐにナイフを相手の左胸に向け、口から絶叫を迸らせながら突進する。


 その瞬間、千慧の体が不自然につんのめった。相手の目の前でバランスを崩し、そのナイフは兵士の体を貫くには至らない。なにが起こったのかと確認する暇もなく、千慧はその場から吹っ飛ばされた。


「ぐ……あ……」


 地面を転がり、息を詰まらせる。そして、千慧は自分が絶望的な状況に陥っていることを悟った。


 さっき千慧を吹っ飛ばしたのは、千慧がラッシュをかけていた相手ではない。増援だった。それも、二人。


「う、あ……」


 うまく呼吸ができない。肋骨が折れているのかもしれなかった。さっきまで燃えるようだった感情は冷め、しくじったという自責の念が頭を占める。


 戦っているときは、背後には常に注意しなければならないのだ。囲まれていることを悟ったときには、すでに手遅れになることのほうが多いのだから。


 また感情的になって、注意散漫になってしまった。これは、師匠に顔向けできないな。


 その三人の兵士たちは、地面に倒れて動けないでいる千慧を、それでも用心して距離を積めている。そんなに警戒しなくてもいいのに。千慧は笑おうとしたけれど、しかし呼吸が苦しくてむせかえった。


 これから、自分はどうなるんだろう。それを考えようとしても、思考は水に沈んでしまったように、形をなさなかった。


 兵士のうちの一人が剣の柄のような装置を作動させる。ああ、もうだめかと思って、目をつむった。


 瞬間、何か巨大なものが足踏みをするような音が、森に響きわたった。思いの外大きな音に驚き、目を見開くと、そこには大きく陥没した大地があり、その底で倒れている兵士たちの姿があった。


 そして、千慧が嫌いで嫌いで仕方のない声が、空から降ってくる。


「よう、千慧。囮、ありがとな。倒しやすくて助かったぜ。ま、この赤竜の右腕の力があれば、なんてことなかったがな」


 反射的に怒鳴り返そうとして、むせる。


 いかにも目に悪そうな銀髪と、着崩した制服のようなスーツ。そして極めつけに、左だけコードで染めた紅い瞳。その体は空中に浮いており、まるで兵士たちをオモチャか何かのように見下ろしている。


「おまえらはこのオレが相手をしてやるよ。まさかさっきの一撃でくたばったとかはないよなあ」


 千慧が顔を見たくもない、キャラバンのメンバー。金宮剛(かねみやごう)の言葉に反応したのかどうかは定かではないけれど、三人の兵士たちは何とか立ち上がった。


「おお、その意気だ。やっぱそうこなくっちゃなあ!」


 剛が言うと、兵士たちはまた耐えきれなくなったというふうに、地面に倒れ伏す。剛の手からは絶え間なくコードが放たれており、それが兵士たちを地面に縫いつけていた。


 千慧も、あれを訓練で食らったことがある。本人曰く、コード名『凝縮された星の強欲ハイグレード・グラビティ』。周囲の重力エネルギーをコード化し、一カ所に集めて解き放つ何の捻りもない技だ。しかしその圧力はすさまじく、千慧のストレージの干渉力では全く押し返すことはできなかった。


「おーおー、なかなか耐えるじゃねえか。じゃあ、これならどうだ?」


 言うなり、剛は頭上にコードを発生させ、巨大なコンクリートの柱を出現させる。そしてさらにコードを展開し、コンクリートの柱はミサイルのような速度で落下を始める。


 さすがに、兵士たちも抵抗した。防御用のコードを何十にも張り巡らせ、一時は柱を空中にとどめることに成功する。


 が、剛はさらにコードを発生させ、柱を落とそうとする。それぞれのコードが運動エネルギーとしてぶつかり合い、強大な摩擦を発生させ、耳障りなノイズが放たれる。


 が、少しずつ剛の方が押しているようだった。重力の上か下かの違いはあるものの、三対一の状況で全く遅れをとっていない。あきれるほどのコード処理量だった。


 そして、ついに柱は兵士たちの防御を貫通する。防御用のコードによってストレージ内に貯まったエネルギーが、その容量をオーバーし始めたのだ。


 だめ押しとばかり、剛は空気を熱し、そして凝縮した砲弾を柱の頭へと撃ち込む。爆発が巻き起こり、柱はついに兵士たちを飲み込んだ。


 ぐしゃっ、と気持ちの悪い音が響き、それを最後に兵士たちの発生させていたコードが消え去る。


 剛は細かいコードの操作が苦手だ。しかしそれを補ってあまりあるほどのストレージの容量があり、大規模なエネルギーの扱いが可能だ。


 針に糸を通すような、戦術に戦術を重ねた攻撃ですら、その圧倒的なパワーの前には無力。剛のその戦い方が、千慧は吐きけがするほど嫌いだった。


「ふっ、星の欲望にかかれば、命など軽いものよ」


 無駄に意味のない言葉を並べつつ、剛は千慧の前に降り立つ。


「名誉の負傷だな。君はいま、集落のセーフ・ポイントで治療を受ける片道切符を手にした。拒否権はない」


 言うなり、剛はストレージから担架を出し、千慧を乗せる。簡単な止血だけ済ませ、そのままコードで担架を操り、運んでいく。


 担架への乗せ方といい、その運び方といい、手荒にもほどがあった。不自然に加速や減速を繰り返し、そのたびに傷が痛む。


 止血のおかげで命の危機はなくなったが、痛み止めとかをくれてもいいだろうに。しかし、剛がそういった気配りを持っていないことを千慧はよく知っていた。


 じとっとした目で剛をにらんでいると、突然、剛が笑いだした。


「ああ、いい目だ。人の憎悪というのは、時に美しさも備えると思わないか?」


 やっぱり、この男は嫌いだった。







 紗世たち三人が集落の城壁にたどり着いたのは、千慧と別れてから十分程度経ったころだった。すでに集落では戦闘が始まっているようで、至る所から爆発や地響きが聞こえてくる。信司たちのようにコードを使って飛翔できないのが歯がゆかった。


「……そうだな。ここから先はやつらに狙われる可能性も高くなるだろう。紗世、これをもっておけ」


 不意に智晶が言い、紗世に拳銃の形をした……しかし明らかに銃弾を飛ばすための機構を持っていない金属の固まりを手渡す。金属でできているためか予想外に重く、紗世は危うく取り落としそうになる。


「これ、なんですか?」


「『ヘヴィパルス』だ。コードを使った麻酔銃みたいなものだと思えばいい。もしこの先で兵士と遭遇したら、私がそいつの攻撃を止める。その隙に、おまえはその引き金を兵士に向けて引くんだ。相手がコードを使用しているとこに撃てば効果が高い」


 紗世は『ヘヴィパルス』をしげしげと眺める。映画とかで見るように構えてみて、一応腕で支えられることを確認する。


「それでいい。引き金を引いている間はずっとコードを発射し続けるから、有効に活用しろ」


「はい」


 紗世はなんだかどぎまぎしながら答えた。となりにいるソラの視線が、じっとヘヴィパルスへと注がれているのを見て、がんばらなくちゃ、という気になる。


 それから数分後、紗世たちは思いもよらない場面で〈街〉からきた兵士に接触することになる。


 すでに、集落の城壁の中だった。ダムの前部分の開けた場所を視界におさめながら、慎重に壁沿いを歩いていく。


 一人の男が降ってきたのは、そろそろダムの下にある入り口に入ろうという時だった。〈街〉の兵士だろうか、一瞬身を堅くしたけれど、その人は紗世のよく知る人物だった。


「信司! どうしたの!」


 見ると、体中に傷を負っていた。あわてて屈み、状態を見る。出血がひどい。いったい、どうしてこんなことに……。


 考えて、ここは戦場なのだと思い出す。しかし、あれほどの強さを持つ信司がこんなふうになるなんて、想像もできなかった。そして、目の前にはその傷だらけの信司がいる。


 紗世がすぐにその傷を治そうとした瞬間、少し離れた場所に降ってくる者がいた。


 背の高い男だった。男はさして音をたてることもなく地面に着地し、紗世と信司を見下ろす。


「信司といったか。まったくすばらしい戦闘能力だな。まさかあそこまで足止めをくらうとは思わなかったよ」


 そう言って、男は右手に持った剣を突きつけてくる。その言葉と、男から放たれる強烈な殺気に、紗世は直感する。


 この男の人が、信司をここまで傷つけたんだ。


 不意に、信司が声をあげる。傷つき、息も絶え絶えのかすれ声だった。


「紗世さん……か、に……げろ……」


 紗世は首を振った。いまにも死にそうな人間を残して逃げられるようなら、医者など目指してはいない。


「おい、こいつはやばいぞ……」


 智晶が切羽詰まった声でいう。それには紗世も心の中で同意した。なにせ、相手は信司をここまで追いつめた当人なのだ。紗世など、相手にもされないに違いない。


 紗世はせめてもの抵抗として、男をきっと睨んだ。それに対し、男は何の感情もこもっていない瞳で、紗世を見下ろす。


「邪魔はしないでほしいものだな。これは我々と彼の戦いなのだから」


 言いつつ、男は近づいてくる。


「嫌だ!」


 紗世は叫び、男の進路上に防御用のコードを張ろうとする。コードを使えば、相手にはならないまでも時間稼ぎぐらいはできるかもしれない。智晶とソラも同じ考えだったようで、三人で同時に手をかざす。


 しかし、そこから男を止めるために発せられるべき光が、出てこなかった。


「コードが……発生しない!」


 驚きとともに叫ぶ。もう一度発生させとうとしたが、だめだった。さらに『ヘヴィパルス』の引き金を引くが、効果がない。


 その間にも、男は紗世と信司に近づいてくる。


「一つだけ、言っておこう」


 男はどうでもいいような声音で言った。


「君たちは、コードというものがどんなものだか、全く理解していない。〈情報化〉とは何なのか、知ることはできない。だから我々に勝つことは絶対にできんよ」


 そして、信司の元までたどり着き、剣を振りあげる。紗世は必死になってその間に割り込もうとしたが、コードの光がぱっと瞬いたかと思うと、見えない手に押し退けられるように一メートルほど飛ばされた。


 そして、男の剣が振りおろされる。


「だめ―――――っ!」


 紗世が絶叫する。剣は信司の首に吸い込まれるように剣線を煌めかせ……。


 何か堅いものが当たったかのように、はじかれた。


 初めて、男の顔に感情らしきものが表される。それは、驚愕の表情だった。


「え……」


 驚いたのは、紗世も同じだった。なぜなら、今、紗世の視界いっぱいにさっきまで見えなかった大量の文字列の群が現れていたのだから。これでは前がうまく見えない。目の前には、真司をここまで追い詰めた張本人がいるのに。沙世は反射的に、手を払って文字列をどかそうとした。


 その瞬間、赤い光を放つ文字列が紗世から放たれ、その文字列をすべて消し去った。男の目が、さらに驚愕で見開かれる。


 その直後、またしても紗世の体は見えない手に押し出されるように、吹き飛んだ。遅れて、さっきまで男がいた場所にコンクリートの柱が爆音とともに突き立てられる。


「よう、あんたか、俺たちの許可なく城壁の内部に入ったのは」


 コンクリートの柱のてっぺんに、一人の男が立つ。確か、キャラバンでもかなり強い戦闘能力を持つ、金宮剛という男。


 しかし、やはりというか長身の男は生きていた。柱から少し離れた位置で、剣を構えている。


 と、男が急にバックステップをして、その場から離れる。直後、男がいた場所を銀色の剣線が切り裂く。


 遅れて姿を表したのは、紗世が集落にきてから最初に会った人、天寺(あまでら)拓人たくとだった。いつも人の良さそうな笑顔を浮かべているその顔は、今は真剣そうにしかめられている。


 いかにも手慣れな二人を見て、男が苦笑した。


「まったく、君たちキャラバンはすばらしいな。本当にそのようなコードが存在するとは」


 男は、紗世に視線を向ける。その獲物を狙う鷹のような瞳に、紗世は体の芯がすうっと寒くなるのを感じた。それを察して、拓人が紗世を背後にかばう。


「さすがは、〈ポルガノクス〉。コードのことを知らないのは、我々も同じだったようだな」


 〈ポルガノクス〉。その名前を聞いて、紗世は雷に撃たれたような衝撃をうけた。今、この恐ろしい男の力を防いだのは、〈ポルガノクス〉の力だという。


「仕方あるまい、撤退だ」


 男が言い、コードを発生させ始める。


「させるかよ!」


 しかし剛がその行く手を遮るように大量のコードを発生させた。が、男はそれを意に介す風もなく、宙へと飛び立ち、剛のコードをすべて粉々に砕いた。


 いくらなんでも、おかしかった。二人のコードの使い方もそうだけれど、普通、防御用のコードや常時発動させているコードは見えるはずがないのだ。たとえ見えるとしても、それは全体のほんの一部のはずだ。今見えている情報量は、明らかにおかしい。


 紗世の戸惑いをよそに、拓人は緊張から脱したように安堵の表情を浮かべていた。紗世もそれにつられ、緊張であがった肩を下ろす。


 その直後、大量に見えていたコードの光が、激減した。びっくりして、再び緊張に身をこわばらせると、また大量のコードが目に入る。


「どうしたんだい?」


 そんな紗世の様子に、拓人が心配そうに聞いてくる。


「おい、今の……赤いコードって……」


 さらに、智晶が信じられないようなものを見たように聞いてくる。そんな視線を受けても、沙世はただ茫然とするしかない。


「要するに、あんたは力を持っていたってわけさ」


 そこに剛が割り込んできた。全員の視線が、剛に集中する。


「なあ拓人さんよ、俺は関東圏の〈街〉での救出作戦の報告で、ひとり、訳の分からんコードを持っている奴がいるって言ったよな?」


「うん、そうだけど、それがどうしたんだい?」


「さっき、まさに使われたコードが、それってわけさ。あんたも感じただろ? あの人間とは信じられないほどの干渉力が、一瞬にして消え去るのを。オレもあんたも、あの干渉力のせいで不用意に近づけなかったんだからよ」


「確かにそうだけど、それを彼女が?」


 今度は、紗世に視線が集まる。紗世はどうしていいかわからなくなって、ただおろおろと視線をさまよわせるしかない。


 と、足下から苦しそうなうめき声があがった。


「あ! 信司さん! はやく治療を!」


 重傷の人間を忘れていたことを恥じ、紗世は大急ぎでコードを展開する。まずは体の損傷具合をコードで走査し、どこにどのような治療が必要なのか、頭にインプットしていく。


「信司さん! 聞こえますか! これから治療を開始します。途中で痛みを伴うかもしれないので、いったんストレージの防御機能とかを、オフにしてください!」


 紗世が呼びかけると、信司はゆっくりと頷いた。その動作はひどく弱々しく、紗世は思わず唇を噛んだ。


 数秒で、信司を覆うコードの数が、目に見えて減る。この鎧だって、前まで見ることができなかった。こうやって普通は見ることのできないコードが見えるようになるのも、〈ポルガノクス〉の力なのだろうか。


 治療そのものは数分で終了した。時折痛みを耐えるように体が痙攣したりしたが、ショック症状などの類の兆候は見られず、紗世はひとまず安心した。


「よかった……」


 紗世はそのまま、信司の上体をささえ、髪をなでてやりながら、彼の意識が落ちるのを持った。


 一連の作業が終わると、気まずい雰囲気が一同を満たした。みんなからの視線を感じて、紗世は今更ながら自分が信司という同世代の少年を抱いている状態であることを意識し、顔を赤くする。


 拓人がわざとらしい咳払いをし、話し始める。


「とにかく、〈街〉から来た軍隊はあの男が言ったとおり、退却したみたいだね。なんとか防衛には成功したけど……」


 拓人は集落のシンボルともいえるダムを眺めながら、気の抜けたような笑みを浮かべた。


「結構、ダムの損傷が激しい。はやく直さないと、ちょっとまずいかも。それに、どこまで死傷者がでたのかもわからない。智晶さん、それに紗世さん。こんなところ悪いけど、手伝ってくれないかな?」


 愚問だった。紗世も智晶も、強く頷く。その横には、なにやら納得したような顔でうんうん頷くソラの顔があった。





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