phase6-1
雷に似た、割れるような音が響きわたったのを知覚して、信司は反射的に防御用のコードの発動準備をした。
時間は昼過ぎ。たらふく昼飯を食って、よし今日も戦闘訓練をしようかというときだった。
とにかく、今の音は尋常じゃない。なにが起こったのか確かめるため、信司はその場でコードを使い、上空へと飛び立った。
「……おいおい、冗談じゃないぞ」
目に入ったのは、集落の外周に作ってある決して大きくはない城壁が、音をたてて崩れる場面だった。その向こうには、多数の人間が控えている。
その者たちは、それぞれ画一化された武器やら防具を装備していた。コードを使うことを前提として作られた、奇妙な形をした現代の魔法道具。
間違いない。〈街〉の軍隊、それも、『氷牙隊』だ。
彼らの活動場所は主に〈街〉の外であり、このセカイの真実を知るが故に、精神的なものを含めて厳しい訓練を課せられている。〈街〉で除染を行っている兵士も同じだが、コードによって人間を殺すことをためらわず、そして罪悪感を覚えることもない。ただ機械のように標的を始末するだけだ。
今の轟音は、『氷牙隊』で正式に使われている兵器であるコード、「砲撃」だろう。何のことはない。ストレージ内に収納した大質量の砲弾を、コードによって高速で撃ち出すのだ。
しかし、第一声がこれとは、いささか荒い感じがする。集落を壊滅させるなら、内部まで進入して事を起こすべきだ。そんなことは夏希をはじめとする技術班が張った警戒網が許さないだろうが、それにしたって、これでは自分たちの存在を相手にわざと知らせるようなものだ。
いや、やつらはそれが狙いなのではないか。
考えているうち、〈街〉の軍隊はこちらへと近づいてくる。
この轟音で、この集落の住民はなにが起きたのか確認しようとするだろう。もしかしたら、パニックになるかもしれない。そうなれば、住民の護衛は少々困難になる。
信司がそう懸念した直後、集落に大音量の警報が響きわたり、続けて男の声コードによる通信で流され始めた。
『みなさん。落ち着いて聞いてください。現在、奈川渡ダムは東から〈街〉の軍隊と思われる勢力から攻撃を受けています。規模が大きく、僕たちではすべて防ぎきれるかどうか保証はできません。すぐに僕たちの指示に従って、セーフ・ポイントへと避難してください。これは訓練ではありません!』
拓人の声だ。この集落の住民には緊急用の連絡手段として、コードの通信ネットワークを作ってある。できることなら使いたくない代物だが、こういう場面では大いに役に立つ。拓人の判断力には脱帽だ。
「さて、俺は俺の役割に徹するか」
呟き、信司はコードによって銃弾のような速度で飛び立っていく。
『こちら信司。俺はダムの第一防衛ラインの守護をする! 適宜、防衛線を張ってくれ』
『了解』
直後、拓人から返事がくる。おそらく『キャラバン』のメンバーからそれぞれ報告を受けているのだろう。短い返事だったが、それでもよく把握できるものだ。聖徳太子もびっくりの聞き分けの力である。
飛翔しながら、ストレージからブレイカーを取り出す。目指すは俺と同じように飛翔し、集落へとかぶりつかんとしている兵士たちだ。
「止まりな!」
言うなり、『力』を使う。信司の体からは青白いコードの光が濁流のように発され、その威容に二人の兵士は空中で足を止めた。
「まずは、おまえらからだ。この軍隊のやつらを殺す、礎になってもらうぜ」
そして、無数のコードを兵士に向かって飛ばす。大部分は兵士たちが放つ対コード用プロテクトによって弾かれてしまったが、少なからず兵士たちの体に進入することができた。
そして、俺が新たに発したコードによって兵士たちはその浮力を失い、真っ逆様に落ち始めた。慌てて飛翔するためのコードを発生させようとするが、できない。
驚きを顔に張り付けたまま、兵士たちは十メートル以上もの高さから落下し、絶命する。
「いいプロテクトだ。〈街〉にいたやつとは比べものにならないぞ。あの女王様直伝のやつがなかったら防がれてたかもな」
とはいえ、このようにストレージ自体を乗っ取ることができるのは、ここが〈街〉の外だからだ。『生存権』の一環なのか〈エーテルタワー〉の圏内では他人のストレージに干渉するのは難しい。できたとして、相手の発生させるコードを解析するぐらいだ。
信司はさきほど撃墜した兵士たちの使っていたプロテクトを解析し、スムーズに抜け穴を探せるようにしておく。一発で弱点をつけば、もうあんなふうに無駄にコードを発生させる必要はなくなるのだ。
「よし! 防衛開始っと」
気合いを入れるように言い、信司は飛翔を再開し、しかし慌てて地面に降りることになった。
「……っ! あいつは!」
視線の先にいたのは、五人ほどの兵士を引き連れた、長身の男だった。機械的なコード発生装置を装備した兵士たちとは異なり、その腰には豪奢な装飾の施された剣を下げられている。
信司は、その姿に見覚えがあった。
相手が「この男」なら問答無用。さっさと取り巻きと倒さなければこっちが危ない。
信司は効率など完全に無視して、再びコードを大量に発生させる。さきほどの兵士たちから入手したプロテクトの情報を交え、一撃で殺すつもりだった。
信司の狙い通り、「その男」以外の兵士たちは崩れ落ちるように一斉に倒れる。相手のコードを利用して自身の脳を焼ききるものだ。自分のコードで自傷をした場合は、本人の処理能力の限界から防御することは不可能だ。
しかし、「その男」には全くこのコードが通用しなかった。
「なぜお前がここにいるんだ! レイノルド!」
信司が言うと、「その男」、レイノルドはこちらに向き直る。ゆっくりとした動作だが、そこにはいかなる隙も見いだせない。
「ほう、我々のことを知っているのか。ふむ……そうか、君はあの『実験体』か」
そのすべてを悟ったような瞳に、信司は自分の思考が読まれているのではないかと直感する。だが、そんなはずはない、態度だけでそのような感覚を与えるのが、この男なのだから。
レイノルドは、〈街〉の治安維持局のトップ。つまり軍の頭だ。だからなのかは分からないが、相当の実力を持っている。先ほどのコードが通じなかったのがなによりの証拠だ。
しかし、なぜそこまでの者がこんな場所にいるのだろうか。とはいえ、信司がとるべき行動は一つだけだった。
「お前を、この先に通す訳にはいかない」
信司が言うと、レイノルドは愉快そうに言った。
「ふむ、君はこのあたりではなかなか有名な戦士なのだそうだね。ならば、我々を楽しませてくれるだろう」
レイノルドは鞘から剣を抜くと、こちらに突きつける。
「いざ、行かん」
レイノルドが言うと同時に、二人とも大量のコードを発生させ、ぶつけ合う。
直後、周囲を巻き込む大爆発が巻き起こった。
とはいえ、信司はそれで相手が倒れるとも思わない。自分も防御用のコードで爆発の衝撃を吸収し、その場から一歩も退いていないのだから。
そして、だからこそ、信司は戦慄していた。
今行った攻撃は、単純に膨大な熱エネルギーを保存したコードを高速で撃ち出した、いわゆる空気砲。そして相手のストレージに進入し、それを乗っ取るハッキングのコードによるものだった。
土煙の中から、ゆらりと長身の男が姿を現す。その表情には動揺や戦慄もなく、ただぎらぎらとした戦意が瞳に宿っている。
あれだけのハッキングを食らっておきながら、信司のコードはストレージの乗っ取りはおろか、その内部の情報や構成さえ読みとれなかった。普通の人間なら、あの熱量をコードとして操り、そして防御もすれば、それでコードの処理能力は限界のはずだ。しかし、レイノルドはそんなものどこ吹く風だとばかり、同時に放たれた不可視の攻撃をも捌ききったのだ。
信司としては、自分の得意な技を封じられたも同然だ。だが、これで手詰まりではない。
「ほんっとうに……」
手にした獲物、ブレイカーの先端をレイノルドに向け、吠える。
「お前は俺が相手をしないとなあ!」
瞬時に間合いを詰め、ブレイカーを振り下ろす。レイノルドは剣でそれを打ち払い、さらにコードで運動エネルギーを付与して切りかかってくる。
信司はそれを防御用のコードでエネルギーを吸収し、いくらか減速させながら身をよじり、避ける。
そして、新たなハッキングのコードは放った。
直接ハッキングしてだめなら、接近戦で相手の気を引きながら、隙をみてやるしかない。いつも千慧とともに鍛えている剣術を、存分に使うときだ。
その時、レイノルドはブレイカーを受け止めながら、呟くように言葉を紡いだ。
「人の心を持った、殺戮兵器、か」
紗世たちが急いで集落へと戻るさなか、再び割れるような爆発音が響く。
「こいつはまったく、うかうかしてられないな」
舌打ちとともに智晶が言い、紗世も頭を振って同意する。
拓人からあった通信で、だいたいの事情はわかった。相手はあの〈街〉から来た軍隊。今まさに、信司たちが全力で阻止しているところだろう。
けれど、集落から離れておけば安全だという保証はない。軍勢として襲ってきている以上、包囲されている可能性も高いのだ。ここは開けた場所ではなく、森のなかにあるちょっとした道だから、すぐに襲撃されることはないだろうけれど。
住民がひとかたまりになって籠城すれば、キャラバンの全勢力をもって迎撃できる。そもそも、奈川渡ダムでこのような大規模な集落か形作られたのは、電力の事情もあったけれど、それ以上に砦として優秀な構造だったからだ。
それに、智晶と紗世はコードによる治療を行える。キャラバンの中にはコードを使わず外科手術をすることのできる者もいるそうだけど、やはりコードを使ったほうが確実で迅速だ。
しかし、事態はそう簡単ではなかった。突然、横から突風が吹いたと思ったら、地面をえぐるような衝撃波が襲ってきたのだ。
智晶がすんでのところで防御用のコードを発生させ、防ぐ。
「まずいな……」
智晶は顔をしかめ、現れた〈街〉の兵士をおぼしき男を睨む。
兵士が続けてその剣の柄のような機械を振り下ろすと、今度は細い線のような長い刃が現れ、紗世を襲った。
とっさに防御用のコードを発生させるが、相殺しきれず、肩口を軽く斬られる。
「くっ!」
遅れて焼け付くような痛みが走り、紗世は声を漏らす。が、兵士はかまうことなく、続けてその獲物を振り下ろそうとしていた。
今度は、智晶が紗世をかばうようにして、防御用のコードで守る。
が、兵士はさっと手を翻し、智晶が紗世を守るために離れてしまったソラのほうにその牙を向ける。
「だめ……」
紗世が絶望とともに吐き出した呟きも空しく、細い線のようなものでできた刃はソラへと吸い込まれるように飛び……。
中空で、粉々に砕け散った。
「大丈夫ですか!」
同時に、甲高い声が響く。瞬間、ソラに刃を振り下ろした兵士の左胸から生えるようにしてナイフがつきだした。
遅れて、兵士の背後から紫色の髪の少女が姿を現す。
それに気づき、智晶は負傷した紗世の手当を素早く行う。コードの光がぱっと瞬き、薄く削られた紗世の体細胞を表面から修復していく。
「ここは危険です! みなさんはこちらへ!」
「千慧ちゃんは!」
紗世が叫ぶと、千慧は首を大きく横に振って答えた。
「私はここにくるやつらの相手をします。早くセーフ・ポイントに行ってください!」
「わかった。おい、行くぞ」
千慧が指示し、智晶が同意する。
「でも……」
「あんまりあいつに心配かけるんじゃない」
そういうと、智晶は強引に紗世の手を引き、ソラもそれに追従する。
「お気をつけて」
「ああ! こいつらは責任もって送り届けるぞ」
智晶が男前すぎる声で言い、さらに走るスピードをあげる。
「いいんですか?」
「ああ、あいつは見た目によらず、強いぞ。何せ信司直伝のコード干渉と、拓人に教わった隠蔽術をどっちも使えるんだからな。さすがにストレージまではハッキングできないが、コードを打ち消すのはかなり得意だ。加えて、あの身体能力だからな」
智晶はふんと鼻を鳴らすと、紗世を安心させるように笑いかけた。
「私たちキャラバンは、そうやわじゃない。だから、心配するんじゃなくて、協力してくれよ」
智晶にそう言われては、反論の余地はなかった。
でも、千慧はまだ十四歳だ。あんなふうに人を殺して、心に傷を負わないのだろうか。
紗世はどうしようもなく、不安だった。




