↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/16

第七話 初依頼

 ギルド登録後の翌朝。僕は、少し早く目を覚ました。安宿の硬いベッド。


 それでも、屋敷の寝台よりずっと安心して眠れた気がする。


「……冒険者、か」


 声に出してみる。まだ、実感が湧かない。昨日、ギルドで渡された木製のプレートがベッド脇に置いてある。


 プレートを手に取る。そこには、僕の名前だけが刻まれていた。


 ――ノクト。


 ヴェルステットの名はない。それが、少しだけ嬉しかった。僕はプレートを首にかける。胸元で小さく揺れた。


「今日から、僕一人で生きていくんだ」


 小さく呟く。誰に言い聞かせるでもない。ただ、自分自身にそう刻みつけたかった。


 *


 ギルドへ向かい、掲示板の前に立つ。昨日登録したばかりの僕にはまだ分からないことが多い。


 掲示板には様々な依頼が並んでいた。薬草採取。街の近くでの素材採取。小型魔物の討伐。荷物運び。


 その中には、明らかに僕には手の届かなそうな依頼も混ざっている。


「……どれを選べばいいんだろう」


 掲示板を眺めていると、昨日とは別の受付嬢が声をかけてきた。


「依頼をお探しですか?」


「はい。ただ……冒険者の仕組みがまだよく分からなくて」


「昨日登録されたばかりですものね」


 受付嬢は淡々と答える。


「まず、冒険者にはFランクからSランクまでの階級があります。登録したばかりの方は基本的にFランクです」


「Fランク……」


「はい。依頼には、それぞれ受注できるランクが設定されています。自分のランクより上の依頼を受けるには、ギルドの許可が必要になります」


 受付嬢が掲示板の一角を指差した。


「Fランクで受けられるのは、主に薬草採取や素材採取、街の周辺に出る小型魔物の討伐などです」


「じゃあ、強い魔物の討伐依頼は……」


「今のノクトさんには受けられません」


 即答だった。


「……そうですか」


「無理に上の依頼を受けて失敗すれば、処分の対象になることもあります。ランクは実績や実力、依頼の達成状況などを見てギルドが判断します」


「なるほど……」


 強さだけで決まるわけではないらしい。


「ちなみに、ランクが上がると何が変わるんですか?」


「受けられる依頼が増えます。もちろん、報酬の高い依頼も増えます。それと……」


 受付嬢は掲示板へ視線を向けた。


「冒険者としての信用にもなります」


「信用……」


 その言葉が、妙に胸に残った。


 僕はこれまで、「災厄」という言葉だけで判断されてきた。


 何をしたかではなく、何を持っているか。


 それだけで、僕という人間そのものを決めつけられてきた。


 でも、ここでは違う。依頼を受けて達成する。それを積み重ねることで、少しずつ評価されていく。


 胸元の木製プレートに触れる。


 ――なら。


「……やってみます」


「そうしてください」


 受付嬢はそれだけ言って、依頼票の並ぶ掲示板へ視線を戻した。


 僕は少しだけ拍子抜けした。もっと何か言われると思っていた。


 けれど、受付嬢は特別に優しくしてくれるわけでもない。逆に、冷たく突き放すわけでもない。


 ただ、仕事として必要なことを説明しているだけだった。


「……ありがとうございます」


「仕事ですので」


 それだけ言うと、受付嬢は次の冒険者へ声をかけた。


 僕はしばらく、その背中を眺めていた。


 ――仕事だから。


 たったそれだけの言葉なのに、なぜか少し不思議な気持ちになった。


 僕は今まで、人が僕に向ける態度には、いつも理由があった。家族だから。災厄だから。役に立たないから。


 でも、この場所では違う。


 僕が何者なのかではなく、冒険者として決められたルールに従って扱われている。


 それが、妙に心地よかった。


 僕はもう一度、掲示板へ向き直った。そして、その中から一枚の依頼票を手に取る。


 ――薬草採取。


 まずは、自分がどこまでできるのか知りたい。


 派手な成果より、まずは自分の足元を確かめたかった。依頼票を受付へ提出すると受付嬢はそれを一瞥して頷いた。


「森の浅い場所なら危険は少ないですが、奥には入らないでくださいね」


「はい!」


 *


 街の門を出る。


 家を追い出されたばかりの頃とは心境がまるで違った。あの時は、いつ誰に殺されるか分からないという恐怖の中を歩いていた。


 でも今は違う。自分の意思で、外に出ている。同じ森なのに、見える景色が少し違って見えた。


 薬草を探しながら木々の間を歩く。地面に生える特徴的な葉の形。ギルドで渡された図鑑と見比べながら、一つ、また一つと摘み取っていく。


「これが冒険者……なのかな」


 思わず、そんな独り言が漏れた。少しだけ、ワクワクしている自分に気づく。


 十年間、何かに心を躍らせることなど忘れていたはずなのに。


 ――僕は、まだ十六歳なんだ。


 そんな当たり前のことを、今更ながらに思い出した気がした。


 *


 薬草を探して森の中を進んでいると、茂みの向こうから、耳障りな唸り声が聞こえた。


「……っ」


 足を止める。緑がかった、小柄な人型の魔物が二体、こちらへ向かってくるのが見えた。


 ――ゴブリン。


 図鑑で見た姿と一致する。一体が、粗末な棍棒を振りかざして飛びかかってくる。


「……っ!」


 とっさに避けようとするが、身体の反応が追いつかない。


「速い……!」


 棍棒が肩をかすめ、鈍い痛みが走った。


 ――おかしい。


 訓練場では、あれほどの力を出せたのに。全力を出せば、きっと簡単に倒せる。そう思って、右手に闇の力を集めようとする。


 けれど、渦を巻く黒い靄は、思うように定まらなかった。狭い森の中で全力を放てば、周囲の木々ごと巻き込んでしまうかもしれない。


「くっ……」


 躊躇いが、動きを鈍らせる。


 もう一体のゴブリンが、横から回り込んでくる。


 ――どうすればいい。


 あの日、狼を倒したときはただ生きたい一心で力が溢れ出しただけだった。


 今は、加減をしなければならない。それだけで、こんなにも難しくなる。


 *


 二体のゴブリンに挟まれ、僕は息を荒くしながら考えた。


 ――巨大な一撃じゃなくていい。


 あのときのような、全てを薙ぎ払う力じゃなくていい。


 僕は右手を軽く握り、意識を集中させる。


 手のひらいっぱいに広げるのではなく、指先だけに、ほんの少しだけ闇を纏わせるイメージ。


「……少しだけ」


 黒い靄が、細い刃のように、僕の腕へ絡みついていく。


 飛びかかってきたゴブリンへ向けて、腕を振るう。


 闇を纏った一撃が、その身体を捉えた。


「――ギィッ!」


 ゴブリンが短い悲鳴を上げて崩れ落ちる。


 もう一体も、勢いのまま踏み込んできたところを、同じように迎え撃った。


 しばらくして、辺りは静かになった。


 僕はその場に膝をつき、荒い息を整える。


「……疲れる」


 全力の一撃よりも、遥かに神経を使った気がした。


 それでも、確かな手応えがあった。


「大きく出すより……こっちの方が使いやすいのかもしれない」


 思わず、そう呟く。


 あの日、訓練場でガルドに見せた力は、ただの破壊でしかなかった。でも、この加減された使い方には、まるで違う可能性がある気がした。


 ――この力は、育てていけるものなのかもしれない。


 そんな予感が、胸の奥に静かに広がった。


 *


 薬草採取を再開する。


 しばらく歩いていると、他の草花とは明らかに様子の違う草花が目に留まった。


 葉の縁が、黒く変色している。


「……何だろう、これ」


 図鑑には載っていない特徴だった。


 しゃがみ込み、恐る恐るその葉に触れる。


 ――その瞬間。


「……っ!?」


 指先が、ぴりっと痺れた。


 次の瞬間、闇の力がひとりでに反応するように黒い靄がわずかに漏れ出した。


「……今の、何だ?」


 慌てて手を引く。


 植物は、何事もなかったかのように、そこにあるだけだった。


 僕はしばらくその場に立ち尽くし、黒く変色した葉を見つめた。


 何かが引っかかる。


 でも、それが何なのか、見当もつかない。


 ……深追いはやめよう。


 今の僕には、まだ分からないことが多すぎる。


 その草花には触れず、僕はその場を後にした。


 *


 夕方ギルドへ戻る。


 採取した薬草を受付カウンターへ差し出すと、受付嬢が丁寧に数を確認してくれた。


「初依頼、お疲れ様でした」


 そう言って、彼女は小さな革袋を差し出す。中には、硬貨が数枚。僕はそれを、じっと見つめた。前世でも。ヴェルステット家にいた頃でも。僕はずっと、誰かに与えられる側だった。食事も、着るものも、居場所さえも。


 すべて、他人の気分次第で与えられたり、奪われたりするものだった。でも、今、手のひらの上にあるこれは違う。


「……僕が、稼いだ」


 小さく、けれどはっきりと呟く。たったそれだけの言葉が、これまでのどんな出来事よりも、僕の胸を熱くした。


 *


 ノクトがギルドを出ていったあと。受付カウンターに残った薬草の束を、受付嬢は改めて整理していた。


 品質を確認しながら、一枚ずつ丁寧に仕分けていく。その手が、ふと止まった。


「……あら?」


 薬草の葉に、ごく小さな黒い斑点が浮かんでいる。ほんのわずかな染み。


 最初からあったのかどうかさえ、分からないほど小さい。


 受付嬢は眉を寄せた。


「この森で……こんな変色あったかしら?」


 もう一枚。


 その隣の薬草にも、同じ黒い斑点が浮かんでいる。


「……?」


 彼女は首を傾げながら、その二本をそっと脇へよけた。


 けれど――そのとき。


 彼女の視界の端で、黒い斑点がほんの一瞬だけ、脈打ったように見えた。


「……今のは……?」


 受付嬢が顔を近づける。


 しかし、薬草は何事もなかったかのように静かにそこにある。


 窓の外では、夕日が街並みを赤く染め始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。