第十五話 初めてのダンジョン
翌朝、僕は早くに目を覚ました。
昨夜まとめた荷物をもう一度確認する。剣。地図。薬。水と携帯食料。足りないものはないか、一つずつ指でなぞりながら確かめた。
「……大丈夫」
宿を出て、受付嬢に教わった道順を辿る。街を抜け、しばらく歩くと、これまで依頼で訪れてきた森とは違う、深い木立が見えてきた。
木々の合間を進んでいくと、やがて苔むした石造りの入口が姿を現した。古びた石組みに、所々魔力の痕跡らしき淡い模様が刻まれている。長い年月、この場所がここに在り続けてきたことを感じさせる佇まいだった。
「……ここが」
思わず、足を止める。期待と緊張が入り混じり、胸の奥がわずかに高鳴った。
入口付近には、他にも何人かの冒険者の姿があった。慣れた様子で出入りする者、仲間同士で笑いながら準備をする者。誰も、僕のことを気にする様子はない。ここでは、僕もただの一人の冒険者として、その光景に紛れていた。
僕は深く息を吸い、石造りの入口をくぐった。
*
中へ入ると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
通路は石造りで、壁のあちこちに淡く光る鉱石が埋め込まれている。外の光が届かないはずなのに、ほのかな明るさが足元を照らしていた。
「……綺麗だな」
思わず、声が漏れる。
僕は懐から地図を取り出した。受付嬢が用意してくれた、このダンジョンの簡易図面だ。現在地を確認し、進むべき道を頭に入れる。
――もう、迷わない。
講習で学んだことを思い出しながら、分かれ道のたびに印をつけ、帰還経路を意識して進んだ。
しばらく進むと、通路の奥から小さな唸り声が聞こえた。
緑色の小さな影。ゴブリンだった。森で何度も相手にしてきた魔物と、見た目に大きな違いはない。
「……落ち着いて」
右手に闇を薄く纏わせ、必要な分だけの力で応戦する。一撃で仕留め、すぐに周囲を確認する。他に気配はない。
倒したゴブリンの傍に、小さな鉱石のようなものが転がっていた。
「……これが、魔石?」
拾い上げると、淡く光を放っている。ダンジョン内の魔物からは、こうした素材が得られると聞いていた。地上の依頼とはまた違う実感に、少しだけ心が弾んだ。
*
探索は、思っていたよりも順調に進んだ。
現れる魔物はこれまで森で戦ってきた相手と大差ない。油断せず、けれど力を使いすぎず、一つ一つ着実に対処していく。
通路を進みながら、僕はふと、壁の一部に目を留めた。
「……?」
石壁のごく一部に、小さな変色があった。黒ずんだような、不自然な染み。
これまで見てきた、植物や魔物の死骸に現れていたものと、似ているようにも見えた。でも、ただの経年劣化や、カビのようなものかもしれない。断定はできなかった。
近づいて確かめようと、一歩踏み出したときだった。
「おーい、こっちだ!」
通路の奥から、別の冒険者たちの声が聞こえてきた。複数人のパーティのようだ。
「……」
僕は壁の変色から視線を外し、先へ進むことにした。今は、探索を優先する。気になることは、頭の片隅に置いておけばいい。
地図を確認し次の分かれ道へ向かう。壁の変色のことは、すぐに意識の外へ追いやられていった。
*
いくつかの小部屋を抜け予定していた探索範囲の終わりが見えてきた頃には時刻は昼を過ぎていた。
僕は地図に印をつけながら、来た道を振り返る。迷うことなく、確かな足取りで歩いてこられた自分に、小さな手応えを感じた。
「……今日は、これくらいにしておこう」
無理をする必要はない。初めてのダンジョンだ。今日の目的は様子を知ることで十分だった。
魔石や素材をまとめ、僕は帰還経路を地図でもう一度確認する。来た道を一つずつ目印を辿りながら戻っていった。
入口の光が見えてきたとき、僕は小さく息を吐いた。
「……また、来よう」
まだ見ていない場所がある。まだ知らないことがある。それでも、今日一日で確かに何かを掴んだ気がした。
僕は陽の光の下へ戻り、ダンジョンを振り返った。古びた石造りの入口は、何も変わらず静かにそこに佇んでいた。




