第十四話 新しい一歩
Eランクになって、初めての依頼。
受付嬢から紹介されたのは、街道からさらに離れた場所にある中規模の魔物討伐だった。以前の僕なら挑むことすら許されなかった依頼だ。
「オークの討伐ですか」
「はい。数は三体ほど確認されています。Fランクでは手に余る相手ですが、今のノクトさんなら問題ないと思いますよ」
その言葉に、少しだけ誇らしさを感じた。
森の奥の指定された場所に着くとオークたちはすぐに見つかった。
以前のコボルトやゴブリンよりも一回り大きな体躯。手には棍棒ではなく粗末な斧を携えている。正面からまともに受ければこちらも無事では済まないだろう。
僕はすぐには飛び込まず、周囲を確認した。木々の間隔。地面の傾斜。逃げ道になりそうな場所。それから、オークたちの動きを観察する。
「……まずは、一体ずつ」
こちらに気づいたオークが、斧を振り上げて突進してきた。僕は横へ飛び退き、攻撃をかわす。斧が地面に叩きつけられ、土が跳ねた。
その隙に右手へ意識を集中させる。黒い霧が、指先から薄く広がった。力を込めすぎない。必要な分だけ。オークが斧を引き戻す前に懐へ踏み込み、右手を振り抜く。
――一体目。
倒れたオークを確認し、すぐに残りの二体へ視線を向けた。けれど、二体目は一体目よりも動きが速かった。斧を振り下ろされ、避けたつもりの身体がわずかに遅れる。
「――っ!」
斧の刃が服をかすめた。心臓が跳ねる。あと少し遅れていたら、危なかった。
僕は無理に攻め込まず、木々の間へ移動した。大きな身体のオークは、木の間を通るときに動きが鈍る。その一瞬を見逃さず、攻撃をかわして距離を詰める。黒い霧を右手に集め、急所へ一撃を叩き込んだ。二体目が崩れ落ちる。
残る一体も、焦らず動きを見極めて対処した。やがて、三体すべてが地面に倒れた。
「……終わった」
荒くなった息を整えながら、周囲を確認する。多少の緊張はあった。けれど、以前のように力任せに戦うことはなかった。地形を見て、相手の動きを見て、必要な分だけ力を使う。これまで学んできたことが、少しずつ身についている。
「……ちゃんと、力になっている」
小さく呟いた。討伐証明を回収し、僕は街へ戻った。
*
ギルドで報告を終え、掲示板の前に立っていたときだった。近くで、何人かの冒険者が立ち話をしているのが聞こえた。
「そういや、最近ヴェルステット公爵家が王都で――」
「おい、その話は……」
途中で、会話が途切れた。
「……ヴェルステット?」
思わず、足が止まった。久しぶりに聞いた名前だった。
父。兄。姉。一瞬だけ、あの屋敷の光景が脳裏をよぎる。冷たい視線。閉ざされた扉。最後に見た、夜の闇に沈んだ紋章。
「……」
会話の続きを聞けば、何か分かるのかもしれない。けれど、僕は何も聞かなかったことにして、受付へ向かった。
――もう、僕には関係のない家だ。
そう思った。そう思おうとした。それだけだった。会話の続きが何だったのか、気にする余裕は、自分から断ち切った。
*
「ノクトさん」
受付嬢の声に、我に返る。
「次の依頼、何か希望はありますか」
「……少し、聞きたいことがあって」
「はい、何でしょう」
「Eランクだと、ダンジョンにも挑戦できるんですよね」
受付嬢は小さく頷いた。
「ええ。この街から近い場所に、初心者向けのダンジョンがあります。王都方面にある大規模なものとは違って、比較的浅く、Eランクやそれ以上の冒険者が経験を積むのに向いていますよ」
「……危険度は」
「適切な準備をしていれば、問題になることはほとんどありません。実際、多くの新人冒険者が、最初のダンジョンとしてそこを選びます」
その説明に、僕は少しだけ安心した。
「行ってみようと思います」
「分かりました。簡単な注意事項をお伝えしますね」
受付嬢は資料を取り出し、ダンジョン内での注意点や、持っていくべき道具について説明してくれた。僕は一つずつ確認しながら、説明に耳を傾けた。
依頼をこなす日々の先に、まだ見ぬ場所がある。実力を試せる場所。何が待っているのか、まだ分からない場所。
ダンジョン。
その言葉を、もう一度心の中で繰り返した。
*
宿に戻った僕は、受け取った資料を机の上に広げた。必要な道具。持ち込む食料と水。そして、守るべき注意事項。一つずつ確認しながら、必要なものを書き出していく。
剣。地図。薬。
荷物はできるだけ軽くしたい。けれど、必要なものまで削るわけにはいかない。
「……準備を整えてから行こう」
焦る必要はない。今まで学んできたことを、ここでも忘れなければいい。僕は資料を畳み、明日に備えて荷物をまとめ始めた。
胸元のEランクプレートに、そっと触れる。ここまで、一つずつ積み重ねてきた。だからこそ――次も、自分の足で進みたい。
「……ダンジョンか」
小さく呟く。
それは、誰かに決められた道ではない。僕自身が選んだ、次の一歩だった。




