第26巻、魔域に響く狂想曲《ラプソディ》(甘口版)
前回のあらすじ3行
「ゲームセンター、アニメイト、サンシャインシティへアルジとキネシスを連れ回す、見た目はダウナー素顔は元気なオタ系JKの七星綾瀬」
「サンシャインシティに隣接する公園に出現したトラックバグジャマーに対し、アルジはテンションのおかしい渡辺綱に変身。これをハィィーーー!!と一刀両断」
「戦いを終えて喜んでいるのも束の間、ゴスロリ姿で出現した七星綾瀬のそっくりさんことアラクネ・マザーを前に、綾瀬は1年前のトラウマを再発させてしまう――」
※注意:今エピソードは本来の表現をマイルドに修正したものです。完全版をご覧になりたい方は某外部の姉妹サイトにて同名タイトルもしくは第26巻、魔域に響く狂想曲(辛口版)からご覧いただけますと幸いです。また、後書きは甘口版と辛口版とでそれぞれ別バージョンとなっております※
2030年2月10日、昼過ぎの東池袋中央公園中央にて。
「『イファンシアラクネリボン』――あ~、そうじゃそうじゃ。恨烙変異」
アルジ・キネシス・七星綾瀬3人と対峙する蜘蛛の怪物の名を語る妖しげな少女。
アドレディ世界の主人公・七星綾瀬と同一の顔立ちと声帯で呟いた直後、全身が漆黒に塗り潰されるように子蜘蛛のような悍ましく黒い光が集結すると、刹那にて黒いゴスロリ姿から紫色のドレスへと身なりを改めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『恨烙変異!――それはプライドインセクト使用のコマンドだ。では、変異プロセスをもう一度見てみよう!』
「……なんだいまの」
アドフォルテへのキャストサーチで聞き憶えのあった人の心がない王のような音声が何処からか謎のナレーションとしてアルジの耳に入ると、ちくわ大明神でも見ているかのような表情を浮かべていた。
『アラクネ・マザーの恨烙変異コマンドを受けて限界点を超えた同調係数が、インセクト内に凝縮されたゾフォスロンエキスと融合。展開された変異空間の中、僅か0.05秒でネガレディドレスへと投射成形され、恨烙変異を完了するのだ』
深い森の洋館のような暗闇の空間に包まれる鉄板で継ぎ接ぎだらけの女、アラクネ・マザー。
五線譜を模した蜘蛛の糸が飛び交う世界の中、今にも優雅に変異が始まる。
最初に蜘蛛の巣がデザインされた日傘とアルジから取り上げた変身キャストドライバーは空間内で垂れ下がった白糸に釣り上げられる形でフェードアウト。
◇
『タン♪タン♪タタタン♪』
持っていた黒いカスタネット状のアイテム・プライドインセクトを顔の隣で鳴らす。
一筋の光も通さないような長い黒髪は一瞬白く染まり、途端に鮮やかなアメジストのようなカラーへと流れるように変貌する。
地雷系を思わせるゴスロリ衣装も末端が蜘蛛の巣の意匠が見受けられる暗い紫色のレースドレスへと切り替わった。
◇◇
再びプライドインセクトを軽快に鳴らす。
闇の女王を彩る蜘蛛の刺繍が施されたドレスシューズに黒いマニキュア。
そしてハイライトを失っていた瞳もアメジストパープルの虹彩を放つように大きく変化。
◇◇◇
そして三度奏でられるあの打音。
直ぐさま全身に貼られた鉄板が一斉に剝がれ落ちるとそれらは混ざり合い、金色のティアラ・耳飾り・蜘蛛のペンダントとしてアラクネを名乗る少女を煌びやかに飾る。
露出した焼け爛れの痕、表情を裂く傷、至る箇所の縫い合わせたような継ぎ目。
それを隠すように、蜘蛛糸の白い包帯や黒と紫にグラデーションされたタイツが出現。
最後に日傘の先端が蜘蛛の黒脚のように変形。
ふんわり上から舞い降りたところを掴んだことでドレスアップのプロセスを完了した。
「恨めし烙印、差す落陰……。アラクネ改め、『ネガフォルテ』」
それは、深淵より甦りし復讐者の戴冠式と呼ぶに相応しい光景であった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「こんな敵、初めてみたな……(ていうか台詞で韻踏んでるし)」
「拘り抜かれた変身というか。アルくん、初パター……」
「――変身ではない。恨烙変異とそう言ったであろう、大馬鹿者め。……展開されよ。神殿空間」
妙に人間臭い反応をしてみせたアラクネ・マザー……ネガフォルテは「げっ」などとリアクションするキネシスを他所にシュルシュルと両手首から大量の白い糸を放つと、公園内に何十本もの柱と隙間を埋めるように糸を紡いで外壁・天井を形成した。
「光亡き世界。ふふ、良いぞ良いぞ……」
それはまるで、ギリシャのパルテノン神殿を彷彿とさせるような……。
「あのアラクネの根城を思い出して、なんか嫌だな……(なんか埼玉の地下神殿みたいだ……)」
綾瀬は呼び起される一年前のトラウマと埼玉県にあるコンクリート柱が並び立つ神殿のような雰囲気の地下施設・首都圏外郭放水路のイメージとで内心板挟みにされている。
「随分豪華な変し…恨烙変異だが、お前さっき『一年前の大蜘蛛からこうして容貌も変わった』とか言ってたよな?一度倒されたんならどうやって復活したんだよ。……まさか、協力者でもいるんじゃないだろうな?」
一瞬だけキネシスと同じ轍を踏み掛けたアルジだったが、ネガフォルテが綾瀬と対面した際の会話内容から気にかかっていた部分について問い掛ける。
「ふふふふ……あはははははは!!会話と状況だけでそこまで推理を進めようとは。――よもや、只のニンゲンではあるまいな?」
「ご明察。オレはアルジ・キミヒト、全ての世界で主人公になる男だ」
こう名乗ってもなお「あっはははは……!」と笑いが止まらないネガフォルテ。
「いやいやいや、そこまで笑うもんじゃねえだろうが」
「そんなにも堂々と見得を切ってくるヤツは初めて見たものでな。せっかくだ、答え合わせとして冥土の土産に教えてやろうかの。――あれは1週間前のことじゃ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『「ん……。生きているのか、妾は」
ちっ、あの小賢しいテントウムシの小娘め。
一年前、ビートアイランドのミューセクト連中に唆されたのかは知らないが、妾が根城としていた洞窟で激しい殺し合いの末にあのアドフォルテとかいう女が全てのバグズリボンを結集させた一撃のお陰で命を落としてしまった――筈だった。
「おっ、反応いいゾ」
「まさかとか思ったけど本当に物語改変光線銃ぶっ放すとか、先輩アタマ大丈夫っすか?」
「いや、ほんとあり得ないです」
目覚めたばかりの妾は正直言って状況を飲み込むのに時間が掛かったが、向かいにいる頭が悪そうなポカン顔の機械鬼ども3人とその手に持っている黒い銃身一丁が視界に入る。
「――妾の眠りを醒ましたのは、汝らか。……座が高いぞ」
平静こそ保っていたが「くっ……これは女子の裸体だと!?」などと今まで当たり前だった一糸纏わぬ自分の姿がむず痒いほど恥ずかしくなり、急ぎで糸を手繰ると即興で寝巻きを編んで着込んだ。
「なんゾあれ、チェンジノイドか?」
「あんな組織の裏切り者みたいなのとは違うっすよ先輩。物語の世界観的にタダの人間じゃないすか?」
「でも、人間だったら目玉は2つじゃないですか?ほら、あの寝ている人間の顔よく見てください。あのメインっぽい両目の下と並ぶように黒い目玉みたいなイボイボが3つずつ並んでるじゃないで……ヒギィッ!?」
なんかムカついたので、妾の糸で四肢を縛り付けてやった。
「ヴァッ!?キミュ・ナギ!――先輩、マズいっす!」
「ウワッチャ……」
8つの眼で睨み付けてやると案の定慌てふためく2人の鬼。
なんというか妾以外にもまだニンゲンではない種族が存在すると思うと、驚きよりも面白きが勝る。
「聞こえなかったのか?座が高いと、言うたであろう」
四肢を縛った仰向けの鬼へ腰掛けると、2人は「「ははーっ」」などと情け無く土下座をしていた。
…………それにしても、この妾の手といい足といい、これではまるで妾もニンゲンではないか。しかも何より胸のボリュームが無いではないか。ニンゲンの女体に変わったとなればそのぐらいは欲しかったのだが、これではあのアドフォルテと同…じ……?
(嫌な予感がする)
鬼どもが困惑する中、妾は必死に自身の顔立ちを探るようにして触れ回っておったのだが、気付いてしまった。
裂けたような感覚のある顔面、そしてそれを覆う堅い板のような冷たい何か。
憶えている。妾が殺したアドクレシェンドの斬撃によるものだ。だが気にしていたのはそれ以上に……。
「おい、汝ども。鏡はあるか?」
「無いっすけど……、あっ、そうだ。ミュラーさん、水筒の中まだ残ってるすか?」
鼻筋に小さなネジが一本突き刺さっている鬼が隣の同族に水筒を要求すると、借りたそれの中身を目の前にダバーっと流した。
「あっ、おい!汲み上げた水場ここから遠いんだゾ!ふざけんなゾ、ダジュール!」
「こんなところで殺されるよりマシっすよ先輩!――それより、アラクネ…様。この水に顔を映してみてくださいっす」
「うむ」と高反発な金属製の鬼の腹から降り、その水溜まりを覗き込む。
「なん…じゃと……」
か細く白い四肢といい、この貧乳といい、何よりこの顔といい……』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「こうして妾は再びこの世に生を受けたのじゃ。――アドフォルテ、汝と同一の姿としてな」
「いや待て待て!?静かに聞き込んじまったが、幾ら何でも情報過多だろうが!(しかも長いし)」
物語改変光線銃や機械の鬼…恐らくマシンオーガ。
聞いた限り、奴はその銃が放ついつもの黒い光線を死骸の状態で浴びたところ、何の因果か綾瀬と同じ見た目に変異して復活してしまったらしい。
「おい、アルジ・キミヒト」
「急になんだよ、ネガフォルテ」
ジトっとこちらの一点を見てくる8つの禍々しい眼。
「ふん。気安く呼ぶな、様を付けろ様を。……それより、鬼どもから聞いたぞぉ~。アルジ・キミヒトは組織の裏切り者、チェンジノイドとな。珍妙な金髪の剣士に化けているところを見ていたが、そのましんおーがとやらから聞いた内容はどうやら間違い無いようじゃな」
ネガフォルテに奪われたキャストドライバーが糸造りの神殿、その天井からぐるぐる巻きにされている状態で吊り下げられた。
「アルくんに手出しするなら、許さないよ」
「手出しは~~~、するかのう。ふふ、存分に掛かって来るがよいわ」
語気を強めるキネシスに対し、自信に満ち溢れているのかネガフォルテはそこへ挑発までする。
「キーさん、気を付けて……」
「大丈夫だって綾瀬ちゃん!こんなやつ凍らせちゃえば、――――絶対零度!」
(絶対零度による瞬間冷凍であのネガフォルテを氷漬けにして、その間に氷弾で四肢を吹き飛ばしてやれば……)
「――――まさか、アドレディですらない冷凍女如きに妾を倒せるとでも思っておったのかのぅ?」
「ひっ……!?」
ネガフォルテは凍ってなどいなかった。というよりも……。
「アドレディの資格が無い者の攻撃なぞ、妾には傷一つ付けられんぞぉ~?世界のアドレディのうち、既にアドモデラートとアドクレシェンドは1年前に殺めてやった。生き残りのアドフォルテも臆病なワンチャンのように震えて変異も出来ず、このザマ。もはや無敵といっても過言ではないかのぅ。ほれっ」
「え、なに……?――うそ……」
(視界が斜めに……。いや、体が動か……!?)
「ズバズバと
………………と
化していた。
白き刃は
糸鋸かな。
……ふふふ。ネガフォルテ、ほんの余興の一首」
「キネシスぅぅーーー!!!!」
「いや…、嫌ぁ……」
立ち直れないほど惨々と傷付いたキネシスを前に、恐怖と悲しみのあまり壊れ始めてしまった綾瀬。
一方のアルジだったが、さすがにショッキングな光景のために嫌な表情こそ表してしまったものの、その実落ち着いた心境で様子を見て思った。
(ていうかこれ、短歌か?伏せ字の入った作品なんて前代未聞なんだが。…いやいやいや、そうじゃなくて……)
――――とにかく圧倒的、高飛車。
しかしキネシスの冷凍攻撃に対する圧倒的耐性といい、瞬間的に対象を切り裂くようなパワーとスピードといい、その過剰なまでの自信にしっかりと裏打ちされたネガフォルテの実力を相手取るようでは、とても変身無しでは太刀打ち出来る相手ではない、と。
「……いやいや、分析よりもう少しわたしの心配をするとかさぁ」
「(だから、ギリのタイミングでアイスドールから引き戻しておいただろ?ていうか、勝手にオレの思考を脳内で文章化するな)」
……と、ポーカーフェイスを保つ一方でオレの中に帰ってきたキネシスと脳内で話していた。
キネシスは元々オレと一心同体の幽霊だから、憑依した氷人形が幾らやられようとも何らダメージを受けることはない。
ただ、かつて人魚の世界でキネシスが受けた雪の女王からの仕打ちを思い出すと手を伸ばさずにはいられなかっただけだと。
「(キネシス。あの氷の粒に戻ってしまったアイスドールの抜け殻っぽいやつだけど、一旦残したままに出来ないか?少なくとも、ネガフォルテはお前の正体が幽霊であることを知らない筈だ。だから、勘違いさせたままオレを囮にして、キネシスはその間にドライバーを回収するんだ)」
「おい」
「危険過ぎるよアルくん!それならわたしがもう一度……」
「(ダメだ!アドレディの攻撃しか通らないという言葉通りなら、動揺している綾瀬を元気付けてどうにかアドフォルテに変異させるしかないが、綾瀬自身は正直ネガフォルテの言葉通りの状態だし、戦えない今の状態で時間稼ぎする方が無茶だ。此処で最悪オレが死んでもキネシスが代わりに――)」
「それが1番、ダメ。出会った頃に言ったよね?『もう独りにはなりなくない』って。アルくんのことは、わたしが守るから」
「キネシス……」
「お〜い、独り言ばっかり呟いて妾を無視するな〜」
「あ〜はいはいって、――――うわぁぁー!?」
突然耳元でボソッと囁かれただけあって思わず縮み上がってしまった。
「ところで、まっさーじちぇあって知っておるかのぅ〜?少しず〜つ背中のコリというコリを剥がしていくありがたぁ〜いマシンがニンゲン界にはあるらしいの〜う。妾の呼び声を無視した汝は足ツボコースからのパワー最大設定ものよなぁ?」
甘えたような声色から放たれた物騒なワードの羅列がアルジを本能的に身震いさせ…る……?
(聞き間違いか?なんか今、あまりにも場違い過ぎるワードが飛び出して来たような気がするのだが)
「精神年齢バーさんかよ。ったく、何を急に言い出すかと思えば……ッッ!!」
ネガフォルテは背中から蜘蛛の黒脚を伸ばすと鞭打つような強烈な一撃を浴びせてアルジを吹き飛ばし、蜘蛛糸で編まれた柱へ直撃させる。
「ふふふ~、聞くだけでもニンゲンにしては良い趣味をしておるとは思わぬか?ゾクゾクするとは思わぬか〜?まったく、此の世の力加減といい健康法といい、その快楽ぶりは見ていて興味深い。疲労回復を懇願しようとする哀れな姿勢、……うむうむ、真似したくなる程度には褒めてやれる技術よのぅ(というか妾もやりたい)」
「くっそ……!離せぇ!!つーかチェア要素どこなんだよこれっ!!」
神殿の柱を形成する強靭な蜘蛛糸がアルジの四肢にワサワサと絡みつき、果たしてその柱へと縛り付けられてしまった。
「アルくん!?……もう、我慢できないっ!!」
「おい、やめろバカッ!?」
静止も聞かないまま、冷静を欠いたキネシスが空気中の水分を急速冷凍することで氷の大鎌を生成すると、再度アイスドール化することで死角からネガフォルテへと飛びかかり……かけた。
「憐れにも不意打ちとはな。だが、8つの目と空気センサーの役割を持つネガドレスの前でそのような小細工が通用するとでも?驕るなっ!」
先ほどの黒脚が、今度は完全に視界の外に居たはずのキネシスの足ツボをしっかり狙い澄まし、刺激していた。
「ぐっは……(な、なんて器用な……)」
キネシスを形成していた氷はマッサージの効きが良すぎて再び崩壊すると、それは地上で新たなキネシスへと生まれ変わる。
「たかが冷凍女などと思っていたが、汝は不死身か?それとも妾のおかげで健康にでもなり過ぎたか?」
「違う。わたしはとっくの昔に死んでるだけだよ」
「似たもの同士という訳じゃな」
「一緒にしないで!わたしはアルくんのためなら何だって出来る。もう、アルくんの居ない世界なんてわたしにはあり得ないと思ってる。だから、だからーー!!」
「ふむ、確かに違う。妾と違って、どうやら汝は重い病に罹っておるようじゃ。……ふふふふ、面白い余興を思いついたぞぉ〜」
綾瀬の顔で醜悪な表情を作るネガフォルテが嫌でしょうがないキネシス。
「名付けて、揉み解しゲーム!ぱちぱちぱちぱち〜」
「ネガフォルテ……、もう、これ以上アーくんを嫌そうな方法で癒やそうとしないで……」
両手に顔を伏せ、心から悲鳴を上げる綾瀬。
「(アドフォルテめ、駄洒落でおちょくっとるのか?)…ルールは簡単。妾の攻撃をどうにかしつつ、あの銀色の板みたいなのを無事回収出来たらクリアじゃ。だーが、途中でアルジ・キミヒトがりふれっしゅし切ったら罰ゲーム。汝ら共々、地上の全人類をりらくぜーしょんしてしまうぞぉ〜(かたかな語頑張ったから、誰か妾を褒めるのじゃ)」
綾瀬の声も空しく、ネガフォルテは嬉々として即興で考案した余興について説明を進めていた。
(全員倒したら妾だけ力加減したバージョンで体験してみようかのぉ…ワクワク)
「形はどうあれ、ましんおーがは妾をこの世に呼び戻した。交換条件として『アルジ・キミヒトを生死問わず確保』などと話しておったが、ハッキリ言って気が変わったのでな。――そらっ」
「なんだ?背中で何かが動いて……、――――ッ!!」
柱を形成するザラザラとした蜘蛛の糸の一部がコブのような形状を伴って下へ下へと動き出したような感覚がした。
いや、動いている。しかもそれは体感1秒毎に加速している。強い摩擦のせいで背中が熱い。――痛い!
『ところで、まっさーじちぇあって知っておるかのぅ〜?少しず〜つ背中のコリというコリを剥がしていくありがたぁ〜いましんがニンゲン界にはあるらしいの〜う』
その言葉を思い出した時、いつしか背中から脂汗のようなものが滴り落ちたのを感じた。
「……………」
――――――やべぇ、社畜だったオレには効き過ぎる。ネガフォルテのこと舐めてた。最初は痛いだけだったのに段々感触が心地良くなってきたし……。イメージと違うけど倒すのが惜しくなってきた。……でも!
「アーくん!?」
「綾瀬!オレは綾瀬の前では絶対に気持ち良くならねえから!だから…、これ以上自分を見失うなッ!!」
「あ、アーくん……(でも顔が恍惚になり掛けてるよ……)」
綾瀬の変な不安をどうにか払拭しようとしてみたものの、やはりこれでは説得力に欠けるか……。
「くっ、キャストドライバーさえ回収出来れば……」
暗黒の天井から吊り下げられた生命線と呼ぶべき銀のベルトが視界に映る度に嫌気がさし、もどかしくも立ち尽くしているキネシス。
常時見える位置に出しておきながら、仮に近づいたとしても先程のような何故か一個人にだけ厳しい攻撃が続いてしまっては……。
幾ら無敵のアイスドールといえど、これでは埒が開かない。
しかしそれでも決心が固まったのか、真っ当にあのベルトの元へ一直線に走り出してしまった。
(不味い、今のキネシスは作戦があるわけでもなく、ただただ揉まれて悶えることしか考えていねえ!)
「ふっ、とんだ猪突猛進ぶりよ。これは癒しがいというものもあるかの」
そう言ってネガフォルテが手にしたのは蟹と蠍がまぐわうような様が描かれた不気味な意匠の赤黒いリボン。
「確か、このアスロポドリボンは元々『キミュ・ナギ』とか呼ばれておったかのぅ〜。――シザーピオンリボン」
持っていた黒い日傘を足元の地面へ突き刺し、『タン♪タン♪タタタン♪』とプライドインセクトが乾いた音色を鳴らす。
その黒いカスタネットのようなそれをドレスのポシェットへ仕舞い日傘を右手で引き抜くと、先端の蜘蛛の黒脚はみるみるうちに甲殻類の鋏を思わせる形状に変化した。
ネガフォルテは左手首から白い糸を発射してドライバー最寄りの柱に貼り付けると、手首の発射口へ糸を引き戻すことで高速移動をする。
「あの瞬間移動のような速さはあの移動手段によるものだったのか……ッッ!!」
背後でキュインキュインと勢いを増しながら背中を徹底的に揉み解すプロ級テク。
(やはりおかしい。こんな口ぶりしておいてマッサージ攻撃?元々生きてなかったから、例の物語改変光線の影響で戦い方まで変わったってのか……?)
「もうやめて!ネガフォルテ!(今更だけど、ネガフォルテってこんな戦い方するやつだった……??)」
「ふふふふ、あははは!
――――ネガフォルテは……止めない」
最早綾瀬を敵とすら認識しなくなったネガフォルテは遂に走るキネシスへ追い付くと、日傘の先端にある鋏を刺又のようにその首を捕らえてうつ伏せに押し倒した。
「離…して……!ぐっ!」
それでもまだ抵抗を続けるキネシスだったが、その横顔を上からドレスシューズで踏み躙られ、ひび割れ始めていた。
諦める言葉が脳内辞書に無いキネシスは全身から白い冷気を立ち込めさせる。……しかし。
「冷凍女は雑魚な上に馬鹿とまで来たのだな。妾にはアドレディの力しか通用せぬ故、汝の攻撃で凍り付くことなど到底ありえぬわ」
攻撃が何一つとして効いていないネガフォルテは言葉通りの無敵そのものと言える様をまじまじと見せ付けていた。
「くっそ……!オレの相棒を、キネシスに手を出すんじゃねぇぇー!!――――あぁぁ!!!!」
滴り落ちる脂汗、剥がれ落ちた肩コリ、デートの疲労の数々。拘束された上に背中に何個ものもみ玉を押し当てられ、それを一斉に動かしているかのような快感の連続に何度も意識がぶっ飛びかける。
「はあ、こんな生ごみ相手に直接手で触れるワケなかろ?正直な話、足一本で十分よのう」
どういうわけか相棒にだけやたら当たりが強く、グリグリと顔を脚で押し潰されながらもジタバタと暴れるキネシス。
「死にかけの虫のようで邪魔よな。……そうじゃ。――ネガレディ・オーバーレイジ・クルセイド!」
ネガフォルテは固定のため乱暴にも鋏でキネシスの首元を抑えながら神殿を形成する糸の一部を操り、プロマッサージ師のような技術で右足、左手の甲、右手の甲、左足の順にむくみ改善のツボである陥谷、ストレス緩和の神門、首・肩に効く外関、トドメに高血圧改善となる親指付け根の行間を的確に癒してゆく。
「悔しい…!でも、でも…、幽霊…なの…に……!」
「キネ…シ…ス……」
オレの視界で霞掛かる闇の空間の中、絶望を味わった。
救えなかった、あんなに怖がっていた綾瀬のこと。
護れなかった、オレのことを支え続けてくれていたキネシスのこと。
(癒されても癒されきれねえだろ。エネオプへの復讐すらまだだってのに、まだオレは何も成し遂げられていねえってのに。こんな馬鹿みたいな方法で負けるなんて、幾らなんでもあんまり、だろうが……)
気力でどうにか耐えていたアルジだったがとうとう事切れたのか首が俯き、一帯にはゴリゴリと凝り固まった背中を揉み揉みする音ばかりが響いていた。
「ウチに、ウチにまだ、出来ることは……」
頭では理解していた。
再び自分がアドフォルテになれば、ネガフォルテに対する世界で唯一の特攻にもなる。
…………しかし、実行する勇気が出なかった。
レディバリンリボンとチューニングインセクトを握り締める両手に負の感情が押し寄せている。
ウチが変異したところでまた動きを封じられ、その間に2人が澄み切ってしまったら?
ウチが仮にネガフォルテをこの手で倒したところで、今日のように甦ったら?
……それとも、挑めば施術のことなんか忘れて今度こそウチは殺されるのでは?
――――舞と南の最期を見つめる映像が脳裏に浮かぶ。
「ほーう、それが本物の変異用アイテムか」
「えっ!?……キャッ!」
突如眼前に出現したネガフォルテに腹部を日傘で殴られ、綾瀬は柱に体を強く打ち付けた。
「ふふ、だが今はもう要らん。今の妾には究極の変異アイテム、プライドインセクトがある故な」
「くぅ、…っ……。痛ったぁ……っ!」
ウチが初めから勇気を振り絞れていたならば。
「何度揉んでも気持ちよくならない肢体なんぞつまらんぞ、この生ごみめ」
「そこを揉むのはアルくんじゃなきゃ…だめぇ…だめなのにぃ……!」
ウチが過去に囚われてさえいなければ。
「あーあ。アルジ・キミヒトめ、とうとう満足したのか壊れて声も出んくなったか。……飽きた」
ウチが、『アドフォルテ』になってさえいたならば。
ネガフォルテが指を鳴らすと同時に柱でアルジを拘束する4箇所の糸が解け、完全に無気力となった体がバタリと重力に従った。
「くっ……うう、いま、行く…よ……!」
氷の体なのに血行促進されたような、それでいて紅く蕩けたような表情のまま這いつくばることでどうにかこうにか最愛の彼の元へと辿り着いた。
「憐れんでやろうか?……ほう、返事する気力も残っておらんか」
アルジとキネシスは大元では一心同体の身。
アルジの意識が続かなければキネシスは力の供給が断たれてしまい、新たにアイスドールを生成することすらままならない。
……回復するためのマッサージなのに本末転倒である。
「最期に添い遂げられるという希望を与えられ……」
日傘の先端が度重なるマッサージの末に緩み切ったアルジの背中、鼓動の続く心臓辺りを目掛けて絶命のツボを刺激しようとする。
「――そして、それを奪われる。……おっと。目を逸らすなよ、アドフォルテ。妾はお前の最悪で最高な表情を見たいがためにここまでやってきたのだからな」
……終わった。
「これで施術完了じゃ。『タン♪タン♪タタタン♪』――ネガレディ・ストロングプレッシャー・ポイント」
ウチが不甲斐なかったばかりに2人を見殺しにしてしまう。
このままでは舞と南のように、歴史が繰り返されて…………。
(――――何かがおかしい)
「………………?押して、おるのよな?あれ、あれれ?えい!えい!――こんな筈では……」
ネガフォルテは確かに止めを刺すつもりで日傘の鋏を突き立てたのだが、その潰えぬ鼓動に困惑を禁じ得ないでいる。
「くっそ~!おのれましんおーがめ!チェンジノイドがここまでの強心臓など聞いておらんぞ!!」
何度も刃に力を込めてもアルジの健康になった背中にやんわりと押し返されてしまい、上手くいっている筈なのに失敗ではないか!とネガフォルテの中でふつふつとフラストレーションが募っていくのを感じる綾瀬。
「どうして気持ちよく息の根を止めさせてくれぬのじゃ!こんの!この、この、このぅ!!」
アーくんが虚ろな表情であることに変わりはない。
でも、その奥底では未だ命の灯は消えていない。
――アーくんはまだ、諦めちゃいないんだ!
「――――”自分を見失うな”ってさ。負けてられないなあ、もう。……ウチは二度と、現実から目を逸らしたりなんか、しない」
――その時、不思議なことが起こった。
「え……!?」
肩から提げていたポーチから黄緑と青の輝きが飛び出した。
「エレギートルに、モルフォード!どうしてって……!!」
青いエレキギターに脚が生えたようなカブトムシのミューセクトとキーボードのような柄をした紫色の美しいチョウのミューセクトにそれぞれ、人影が重なっていく。
緑と黄色のカブトムシのドレスを纏った彼女はアドクレシェンド。
そして青いモルフォチョウのようなドレスを着たアドモデラート。
「舞…、南…!……うん」
2人は無言だったが、ウチのレディバリンリボンを持つ右手に手を添えてくれた。
2人はずっとそばにいてくれたんだ。
「そうだね。今ここでウチが屈してたら、二度とお天道様に顔向けなんて……出来ない!!」
「アドフォルテ、その手にあるのはまさか……?!」
ふふ、ただいま。一年振りだね、みんな!
「ミューセクトのみんな。もう一度、ウチに力を貸して。――――昆楽変異!」
沈んだはずの太陽が、夜を超えて帰ってきた瞬間だった。
Next episode title…………
第27巻、『復活の天道』
幕間【すまん。やりすぎた】
「うむ、妾じゃ。今章のラスボスことネガフォルテじゃ。
この場で一つ謝罪したいことがある。
皆のお察しの通り、この『アドレディ編』は妾の諸行が全ての原因で…ううっ……。
確かにぃ!やり方をマッサージにしてぇっへっへっへっへぇ〜んん!!
うわぁぁ〜あぁ、あぁ〜あん!
ツボ押したりしてぇ!おんなじやおんなじや思ってたんじゃぞぉ〜!うぇっへっへんへぇ〜ん!!」
「ネガフォルテ……。だからって、そんな古いネタで記者会見しなくたっていいじゃん。
え〜と、天道様新聞の七星綾瀬だよ。
…….それにしたって、ウチの友達を痛めつけて来たくせになんでアーくんとキーさんにはあんな好待遇なんだっての。ウチに至ってはレーティング的に問題ないからって直されてないせいでただの殴られ損だよ。……家に連れ帰って一生皿洗いさせるから。親友をあんだけ酷い目に遭わせておいて、タダじゃ済まないからね」
「うう…すまぬ。すまぬ。今度はもっとあの2人には容赦なく行くから……」
「……ありがとうございました」
「いや、何がありがとうございましただよ綾瀬!?ぜってーマッサージの方が良いに決まってんだろうがぁ!!キネシスもさ、なんかこう言ってやれよ?」
「病み病み雪女新聞です。わたしの初めては、アルくんが良かったのに……ぐすん。ぐすん」
「誤解させるような言い方すんなってキネシス!しかも最後わざわざ口で言ってるし……」
「んまぁ〜そのとにかくじゃ!妾の今後のためにも、次回も読んでもらえるとその…励みになる。ちゃ〜んとガチバトルしてるとこ、見てて欲しいぞ!それじゃ……」
「またな!」「またね!「次もよろしく〜」「あんだけやってて、負けたりせぬよな?妾ぁ……」




