第25巻、追憶と小夜曲《セレナーデ》(甘口版)
前回のあらすじ3行。
「ヘンゼルとグレーテルの世界から700年以上の時を超えて日本の大都会・池袋へ降り立ったアルジとキネシス」
「横断歩道の子どもを救出し、静かに立ち去ろうとしたダウナー系女子高生に声を掛けようとしたらパフェを一杯奢らされた」
「正体不明の女子高校=七星綾瀬=アドフォルテから主人公の力と引き換えに池袋デートを交換条件として要求されてしまう。その影でアドフォルテへの復讐を誓う女が黒脚を研いでいた――」
※注意:今エピソードは本来の表現をマイルドに修正したものです。完全版をご覧になりたい方は某外部の姉妹サイトにて同名タイトルもしくは第25巻、追憶と小夜曲(辛口版)からご覧いただけますと幸いです※
「カプサイシン カプサイシン、トウガラシが 効いたような~」
2030年2月10日、東京都豊島区池袋、昼下がりのサンシャイン通りにて。
「カプサイシン カプサイシン、ヒリヒリ しちゃう 恋が したい な~」
物語の世界を渡り歩くチェンジノイドの青年アルジ・キミヒトは、昆楽戦姫アドレディの世界の主人公・アドフォルテである七星綾瀬が舞い上がった気分で口ずさんでる横で歩幅を合わせていた。
「綾瀬、さっきから何歌ってんの」
「……ロマンティック・スパイス。推しの歌い手が最近ニカニカ動画に投稿してた曲だよ」
独特な歌詞だなと思って聴いていたのだが、動画投稿の曲か。この時代ではCDのような記録媒体はあまり使わないのだろうか?
「アーくんの故郷って、どんな曲が流行ってたの?」
「それはわたしも気になるかも」
綾瀬の抱いた疑問にオレの旅の相棒・雪女のキネシスも乗ってくる。
「実は、ブックワールドには音楽は無いんだ」
「えっ」
「本当だ、キネシス。……あれだ、綾瀬。オレの故郷に住む種族・チェンジノイドは他所の芸術を享受出来ても、自ら生み出すのは大変苦手なんだ」
だから、オレの働いていたエネルジオプティマスからの技術提供が無ければ、今頃チェンジノイドは未だに原始人のような生活を続けていた可能性が高い。
「でも、アルくんはよく発明品を披露してたよね?全自動翻訳機とか酸素カプセルとか、いろいろと」
「――だから、オレは子どもの頃は他のチェンジノイドには馴染めないままホームレス生活を送ってたんだろうな」
同族から忌諱され続けていたあの頃、アルジ・キミヒトは異端だったのだ。
0から1を生み出せてしまう存在だったから、それが出来ない他者から気味悪がられ、汚物を見るような目で避けられていた。
「ごめん。変に深堀りなんか……」
「――ムカつくね、それ」
キネシスの言葉の前に割って入った綾瀬だったが、落ち着いた声色と相反するように指先が感情を露わにしていた。
「それって…、自分達が出来ないからって妬んでるんだよ、きっと」
「気遣ってくれるのは助かるが、そういう文化の世界だったからな」
……ブックワールドは今頃どうなっているだろうか。
旅立ってからまだ一ヶ月以上経過といったところだが、エネルジオプティマスは何処まで世界の掌握計画を進行させているのだろうか。あんな世界でも、オレにとっては故郷は故郷なのだ。
……まあ、それはそれとして。
「……そういやここ、人通り凄いな。オレ達の目的地はどの辺にあるんだ?」
「ここだよ」
大きな正面入口を構える、高層の黒い商業ビル。
「Grand scape……?」
「とりま、3階いこっか」
「ウエッ、ちょっ」
吊り下げられた建物看板と窓から見えるカフェテラスやぬいぐるみの入った謎の機械を操作する人間を注視していると右腕をグイグイ引っ張られ、エスカレーターで上へ上へと連れて行かれる。キネシスもその後を追う――――。
「うわ、ひっろ。綾瀬、此処は何なんだ?」
「ここはね、ゲームセンター。お金を入れると遊べるんだよ……やってみる?」
ゲーム、センター……か。
「これが未来の遊び場なんだね……。暗かったり明るかったりして、音も凄いし、わたしの居た世界ではとても考えられないかも」
キネシスはその未知の光景から目が離せないようだ。何というか、好奇心で瞳が輝いている。
そんなゲームセンターに実家のような安心感といった様子の綾瀬に導かれるまま内部へ進んでいくと、ドラゴンともオオカミとも言い難い青緑と灰色の生物を模したようなぬいぐるみがガラス越しに見える大きな機械の前に来た。
「このゲーム…は何ていうヤツなんだ?」
「これね、クレーンゲーム。この中にある景品をアームで掴んで手前の穴まで運ぶやつ。穴に落ちたらゲットだよ」
マシン内の上部にあるレールから3本のアームが生えたUFOのようなものを操作するわけか。
……と、綾瀬が両手を差し出してきた。
「えぇ〜っと……。アーくん、お金ちょ〜だいっ」
状況的にもし「貸して」という言い方であれば現在所持金ゼロの綾瀬には当然返せる余地もなく、単に貰おうとしている辺りに潔さを感じてしまった。
「ほれ、この銀貨数枚あれば足りるか?」
別世界の金銭と両替が出来る携帯装置、カワセンジャーMB3でブックワールドの貨幣であるペジルの一部を日本円に変換して綾瀬に手渡した。
「ありがと。ーー待っててねぇ〜、ジャルガオルガ希少種ぅ……」
綾瀬はそう言いながら、コイン投入口に硬貨を投入した。
「ジャルガオルガ希少種?」
「うん。ウチが最近家でやってる狩猟ゲームの終盤に出てくるんだけど、ステルスしながら尻尾叩きつけたり電気を纏った毒針まで飛ばしてくるめっちゃ強いモンスターなんだ」
透明化しながら尻尾を叩き付けるばかりか、電気を纏った毒針の飛び道具攻撃か。聞いただけでヤバさが伝わってくるな。
綾瀬の手元にある小さな液晶画面に60と表示され、1ずつ減少し始めた。それを見るなり、桃色の丸い持ち手が先端に付いたレバーであのUFOみたいなものを慣れた手付きでグラグラと操作し、動かしている。
「…………ここだね」
時々マシンの右横へ向かっては景品のZ軸を確認していた綾瀬。撫でるようにレバー横のボタンに触れ、そのぬいぐるみの首元と翼の付け根にピッタリとアームが突き刺さる。
「「おおー」」
見事な操作捌きの結果、無事にジャルガオルガ希少種の捕獲に成功した。
「へへ、二人に良いところ見せられたね」
ぬいぐるみを抱きしめると、その顔に頬擦りする綾瀬。
「……アーくん、そこのお菓子のやつでやってみる?」
「よっしゃ〜、ボクダッテカッコイイトコ見セテヤルゾ〜!」
「あっ…(察し)。ほんとに大丈夫かなー、アルくん」
その後、ブレーメンでの輪投げ屋台を思い出してしまったキネシスのよからぬ予感は的中し、棒状のチョコ菓子に挑んだアルジと握り締めた800円で無を取得することとなった。
「次はここだよ、アニメイト」
あのゲームセンターから少し歩いたところで青を基調とした外壁とガラス張り、何かのイラストが飾られた大きな建造物が三人の前に現れた。
「あに…めいと?」
(あ、アニメイトって医療器具じゃなかったんだ)
「うん。アニメグッズとか本とかい〜っぱいあるんだ」
「――――本が、いっぱい?」
キネシスの疑問に綾瀬が答える傍らで聞き捨てならないと反応を示すチェンジノイドの男。
「うわぁー、すっげぇー!!」
建物内にある勇ましい様相の巨大フィギュアの横に設置されているエスカレーターを登ったアルジはその光景に興奮していた。
(ブックワールドで空から落ちてくる書籍なら幾らでも見てきたが、ちゃんと本棚に整頓されて収まっているのは初めて見た。そしてそれ以上に圧巻の種類よ。いや、感動した。感動し過ぎて語彙力無くしかけた)
「アルくん、興奮してるね」
「これが冷静でいられるか!何なんだここ、本の楽園か?」
「ふふ。アーくん、キーさん、色々見て回ってみようか」
綾瀬に導かれたアルジとキネシスは本棚の並ぶ2Fフロアに足を踏み入れた。
「異世界転生、異世界転生、一つ飛ばして異世界転生、異世界転生。えぇ……」
「アルくん…、長ったらしいタイトルの本ばっかりじゃないですか、ここ」
ライトノベルコーナーでジャンル被りまみれの書籍タイトルに愕然とするアルジ・キミヒトとキネシス。
「あぁ〜、所謂なろう系ってやつだよね。ラノベもマンガも最近そういうの多いんだ」
そう言って綾瀬が指差したタイトルは『異世界転生した俺が神スキルで美少女ハーレムした件。』などという一作。
「まあ、この時代の流行ってやつなのか?ちなみに他には何があんの」
「そうだね~。悪役令嬢ものとか、普通に恋愛系とか……」
綾瀬はおすすめしようとヒョイヒョイと本棚から『二天一流の悪役令嬢』などの書籍を引き抜いていく。
「『黒鉄のアレス!』は〜〜〜、作者が1巻目で敵キャラの設定盛り過ぎて速攻エタっちゃったからナシとして……」
不思議と赤の他人とは思えない、白いワイシャツ姿の橙色の眼をした金髪男性が表紙を飾る書籍が棚へと即戻される。
「これ、この前配信で観たアニメの原作で気になってたんだ〜」
「へぇ〜、『ヤンキーちゃんとメガネくん』か」
表紙にはひ弱そうな学ラン姿の男性と、背後から首周りに両腕を回している金髪の女性…如何にもヤンキーちゃんといったような人物が正面を向いている構図が表紙の一冊。
「綾瀬さん、これってどういう作品なんですか?」
「えっとね〜、ヤンメガは学園ラブコメだよ。日暮くん……あっメガネくんのことね。その子が席替えで隣になった、教科書を忘れてカリカリしていたヤンキーちゃんこと鳴時さんに開いてたページを見せるとこから繋がりが出来るんだけど、普段ツンツンしている鳴時さんが日暮くんの純朴なところにどんどん惹かれていく感じで読んでてキュンキュン来るし、それと何よりあの日暮くんが告白しようとして緊張していると鳴時さんが両手で震えている日暮くんの手を握ってる場面とかもエモエモだし、それにそれに……」
綾瀬が今までにない速度で手にしたライトノベルについて目をキラキラと輝かせながら熱く語っている。
「すげえ熱量だなおい」
「昔ってほどでもないけど、色々あって辛かった時に本屋さんで見かけたんだ。最初は現実逃避に読んでいたんだけど、段々ハマっちゃってね」
(よく知らんけど、綾瀬にも色々あったんだな)
「綾瀬、それ買うよ。そんなにハマってるぐらいなら、面白そうだなーって思ってさ」
「あはは、お買い上げどうも〜」
会計後、空き時間に一読してみようと思ったアルジはジャケットの内ポケットに収納した。
「綾瀬さん。次はどちらに向かうんですか?」
「やっぱり池袋なら一度は行っとかないとってところ、あるんだ」
キネシスの質問に自信満々に答える一文無しの綾瀬。
「着いたね。池袋といえばやっぱりここ。サンシャインシティ〜!」
メインストリートの先にあった家具屋の横から地下に続くエスカレーターを降り、地下道を抜けると大きな商業施設へと辿り着いた。
「すっげえ人多いなここ」
「まあ、日曜だから尚更だよね」
ハワイアンな飲食店が面している受付スペースですら人だかりが出来ている。慣れないと人間酔いしそうだ。
「一旦噴水広場まで行ってみようか」と綾瀬に案内されるまま、アルジとキネシスは逸れないよう着いていく。
「もう少し空いてたらキーさんと下着のお店とか覗いてみたかったんだけど……(支払いは当然アーくん持ちで)」
サンシャインシティ地下1階から3階まで吹き抜けとなっている噴水広場。
「日曜にしては道中もやたら混んでいると思ったら、そういうことか〜」
横並びの噴水前は広いステージ舞台のようになっているのだが……。
『心の 鼓動シューティング!(Hey!)集まれ リーフレーミーング!(Say)――』
何かのイベントなのか、女性アイドルと思われる2人組ユニットが歌とダンスを披露している。噴水前の通路は人の海でエラい状態だ。
「なんかここ、活気に溢れてるよね…アルくん」
「活気というより、コール&レスポンスだよな。キネシス」
噴水上の液晶画面に表示されているユニット名と同じ刺繍が施されたタオルを振り回す観客が最前列で見受けられる。
「……落ち着かないから、屋上、行こっか」
「そ、そうだな……」
綾瀬は少し残念そうにしていたが、3人は人混みを避けながらエスカレーターに乗り込んだ。
「『SHOWTIMEさ メロディ! 昆楽戦姫 アドレディ!』……お友達のみんな〜、聴いてくれてありがとー!!」
――――サンシャインシティの屋上は変わった格好をした人間とカメラを構える人間とでごった返していた。
「道中コスプレイヤーの方が沢山いたから予感はしていたけど、やっぱそういう日だったかぁ〜〜〜」
どうやら月に一度のコスプレイベントの真っ最中らしい、と貼られていたポスターでその存在を知ったアルジ。
緑のエプロンを着用した白髪のふくよかなメガネ男性がシャープペンシルを片手に決めポーズをしていたり、赤い衣装が特徴的で如何にも爆発魔法でも使いそうな魔女がカメラに向かって右手を突き出していたり、ピンク髪と青い髪の双子のようなメイド姿の女性ペアまで居たり。中にはピッチピチの紫色のヒトデのような5人組までおり、会場中ではシャッター音と話し声が飛び交っている。
やはり、此の池袋という街は静寂とは縁遠い、活気の代名詞と呼べるような場所なのかもしれない。
「綾瀬、とりあえずそこのベンチ座ってなよ。向かいの自販機で飲み物買ってくる……、どうしたキネシス」
「あの横にある機械の写真、もしかしてアイス……?」
「あれは…確かにアイスの自販機かもな」
そう答えた瞬間、キネシスはアルジの右腕に引っ付いた。
「アルく〜ん、アイス買って!」
上目遣いに迫って懇願してくるキネシス。
(一体アイスの何がキネシスをここまで突き動かすのやら)
「絶対言うと思った……。分かった、1本買ってやるから(3本!3本が良いっ!)。こ、こいつ……。ところで、綾瀬は何か希望はあるか?」
「あったかい緑茶かな」
「オッケー。ちょっと待っててな」
(そういや2月だったか、この世界……)などと今更思い出したアルジは腕にしがみ付くキネシスと自販機へ歩いて行った。
「……ただの家出だったのに、なんか凄いことになってるな」
日常から解き放たれたい、ただそれだけの突発的な理由だった。
…………解放?違う。
あの一年前の惨劇から、ウチは逃げているんだ。
――――――――「生きている限り、汝の罪は消えないわ」
「え……?」
突き放すような声の主。
小さく息を飲んだ時、その黒い影が視界を横切った気がした。
「綾瀬ー、は〜いお茶のホットで合ってたよな?……どうした、頭抱えてるけど体調悪いのか?」
自販機からの買い出しから戻ってきたアーくんからオレンジ蓋の緑茶を手渡される。
「い、いや……。何でもない……」
(疲れているのかな……)
「らいひょうふ、らいひょうふ。ひょふわふぁんふぁいへりょ、ひんへい、りゃふりゃりゃふふぉはりゅっふぇ」
「ありがと、キーさん。でも、アイス食べながらじゃ何言ってるか分かんないや。ごめんね、キーさん」
どんな時でも食い意地が張る女、それがキネシスである。
アルジとキネシスは綾瀬を挟むようにベンチへ腰掛けた。
「ねえねえ、アーくん。その、キーさんとは付き合い長い?」
「いや、1週間もあるかないかぐらいか。雪山近くのボロ小屋で家系ラーメン啜ってたらいつの間にか居たんだ」
「いつの間にかって、あれ自宅だったんだけど」
(いや彼女さんのお家のことボロ小屋呼ばわりって。まあいいや)
「意外と知り合って間もないんだね、お2人さん。ていうか何で付き合うことになったの?」
「(あ〜、相棒との馴れ初めな)、放っとけなかったんだよ、キネシスのこと」
「(えぇ〜、アルくん!?わたしのことやっぱり最初から一女性として見てたんだ…!)まあそりゃあね、何だかんだ優しいから。コイツっ」
「羨ましいねぇ〜。あーあ、ウチもそろそろ彼ピとか作った方がいいのかな」
「(ん、カレピ?何かの工作か?)やってみようか?そのカレピってやつ」
綾瀬の隣でタイル床を凍り付かせてイライラし始めるキネシス。
「は?アーくんさぁ、そんな(出会って)数時間で簡単に出来るわけないじゃん」
綾瀬の発言にホッと胸を撫で下ろすキネシス。
「いやいや(発明ぐらい)出来るって!(名前だけで構造とか知らんけど)やってみなきゃ分かんないだろ」
「はは、きも。……ウチのことよりさ、キーさんのこともっと大事にしてあげた方がいいよ」
「??。まあ、それは…そうだな」
2人の会話内容のせいで情緒不安定なのか、キネシスの足元では霜が立ったり砕けたりを繰り返していた。
「せっかくだし、ウチらでこの後カラオケ行って……ーー!?」
――そんな時、サンシャインシティ横にある東池袋中央公園から人々の悲鳴が上がった。
「バッグ……ジャマァ~~~!!」
公園の歩道に乗り上げる形でセコイアの木々を薙ぎ倒しながら進入していく2トントラック。
「なんだあのトラック。いや、トラック……??」
運転席が見える筈のフロントガラスに映っていたのは世界をギョロギョロと見やる一点の眼球、フロント上部からシンメトリーに曲線を描く黒光りする触角。
四方から先端にタイヤを生やした4本の黒脚がなんとも言えない生物感を嫌というほど見せつけてくる。
「まさか、トラックバグジャマー……!?いや、でも、そんなハズは……。だってあの時、根源のアラクネマザーは倒したのに……」
冷静にも目視で観察と分析を始めるアルジ・キミヒトと、顔がすっかり青ざめ動揺が抑えられないでいる綾瀬。
「とにかく、被害が拡がる前に急ごうよ二人とも!」
キネシスはアルジと綾瀬の右手首を引っ張ると、大急ぎで大階段を下って仮装した人々が逃げ惑う荒れ果てた現地へと急行した。
「ほらほら〜、横の道路から避難してー!」
駆け付けた三者のうち、アルジとキネシスがハンドサインで避難誘導をするなか、綾瀬はその手に握り締めたあるものへ視線をやると、拒絶するように首を横に振っている。
「早くみんな逃げろー!――――綾瀬。さっきバグジャマーとか呼んでいたみてーだが、倒し方は知っているのか?」
「あ、アドレディの力で浄化……浄化すれば……、その……」
手の上のピンクのカスタネットのようなものとテントウムシを模ったようなリボンを見つめるなり、動かなくなってしまった。
(アルくん?)
(駄目だ。何があったか知らないが、綾瀬はあのバグジャマーを一目見た途端にビビり出してしまった。こうなれば……)
手首で触れていたキネシスとの脳内会話で相談したかったアルジだったが、強張る綾瀬の様子からして矢張りこの手に限ると言わんばかりに銀色のベルトを取り出すと、携帯型変身補助端末・キャストパスを静かに起動した。
『キャストサーチ、――――渡辺綱』との機械音声を確認すると、腰に装着した変身キャストドライバーに翳す。
『自身は……』
(まあ、そう都合よく例のアンドロイドは来ないよな)
幾度となく夢の中で出会っていた白いアンドロイド。
(キャストサーチで引き当てることさえ出来れば座標を取得出来るのだが、……そんなこと言ってたら、せっかく力を貸してくれた主人公に失礼だもんな)
「『キャストチェンジ』――――いま綾瀬が戦えない以上、オレがやるしかないな……。変身!」
アルジはキャストパスをベルト帯にあるチェンジスロットに装着し、変身動作を完了した。
「バグ……、ジャマー?」
刹那、自慢の一振り『鬼切安綱』を携えし金髪の散切り頭の武将が眩き閃光の中から出現すると、トラックの姿をしたバグジャマーの眼前に立ち塞がった。
「オッス、おすおすおすぅ……。ども、渡辺綱……です」
眼前の怪物を相手にお辞儀をする奇妙な雰囲気の男、渡辺綱。
「え、えぇ……。まるでアルくんと別人みたいなんだけど……」
あまりの人柄の変貌ぶりに困惑しているキネシスをよそに金髪の武士は剣先を自身の膝まで降ろし、下段の構えを取る。
「バッグジャマァァ〜!!」
バグジャマーはその巨体でのし掛かろうと上から迫る。
「甘いっすナァ〜。こちとら反撃の綱、なんでぇ……」
綱は刃で二輪の攻撃を一身に受け止めると、それを一気に弾き返した。
「バグジャ……マァァ〜!?」
「凄い……。あの変身したお侍さん、発言の割に強い……」
キネシスは思わず感嘆を漏らしていた。
「いやぁ〜この開けた歩道!一条戻橋みたいな道幅で、マジ尊敬っすよぉ~」
続くバグジャマーの車輪を突き出す連続攻撃を飄々とした身のこなしでバックステップしながら回避していく。
「バッグ!バッグ……ジャマー!!」
トラックバグジャマーは興奮したのか、背中のコンテナ部分が割れて格納されていた翅を展開することで上空へと飛行すると、綱へ一直線に飛翔。
「お~う、もうエエて!もう、エエて!……もうこうなったら、やるしかないっすナァ!『ラストアタックチェンジ・渡辺綱』」
渡辺綱扮するアルジもキャストパスを3回ドライバーに翳し、チェンジスロットへ再装填する。
背後の樹木の幹へ一旦足を預けてから、向かって来るバグジャマーまで跳び上がった。
「――――これもう勝ったろ。『鬼殺の腕斬』、ハィィィーーーー!!!!」
「バグ……ジャマァァァァーー!!」
綱は両手でしっかりと握った鬼切安綱を水平に向け、殴りつけようと伸びてきた右前脚ごと横切りざまにバグジャマーを一気に切断。
池袋の青い空に火花と鉄屑を散らしながら、やがて切り捨てたバグジャマーの残骸を背後に公園内へと着地を完了した。
「じゃあな、変身のアルジ。向こうの世界で、金太郎とお前が来るのを待ってっから」
群青と金色の着物を纏いし武将・渡辺綱はそう言い残すと、キャストサーチの制約による変身解除で姿形と精神をアルジ・キミヒトへと返還した。
「まさか単身で意識を乗っ取りにくるとは、どんだけ自我強いんだよあれ。しかも金太郎って……」
腰に装着している銀のベルトを取り外すと、それを上へ掲げる形でキネシスと綾瀬へ手を振る仕草をしてみせた。
「――――妾の糸にまんまと掛かったようじゃな。愚かな者どもよ」
妖しい声色が公園にて囁かれたと思えば、次の瞬間、アルジが手にしていたキャストドライバーに粘着性のある白い糸が貼り付いた。
「なっ、オレのドライバーが!?」
あっさりと奪取されたそれは、右手首から発射された糸を手繰り寄せた女の手に渡った。
そして、公園中央に落ちたトラックバグジャマーだった破片の運転席から子蜘蛛が這い出てきたかと思えば、黒い煙となり消滅してしまった。
「ほう、珍妙な板であるな。……して、汝らだな。妾の子供を害めたのは」
継ぎ接ぎされたように至る箇所を鉄板のようなもので覆われている、暗黒を体現したようなゴスロリドレス姿の黒マスク女は問う。
「今のが……子供、ですって?」
「バグジャマーつったか。随分育ったサイズにも見えちゃいたが、あんな巨体で無理矢理公園に入ってくるなんざ親の躾がなっちゃいねーんじゃねーのか?……って、綾瀬?」
当然の反応を示すキネシスの横でバグジャマーの母親を名乗る初対面の女を相手に煽り出すアルジだったが、そんな2人の背後で怯えた様子の綾瀬。
「…………顔の傷を見てもしやと思ったけど。――あの時倒した筈なのに、アラクネ・マザー……」
顔面に走る亀裂の痕を覆うように上から鉄板が釘打ちされたその女へ、綾瀬は確かにアラクネ・マザーと呼んだ。
女は確信を得た笑みを一瞬見せると、その瞳孔の無い真っ黒な眼差しで綾瀬を睨み付ける。
「ふっ、食えないテントウムシめ。一年前の大蜘蛛からこうして容貌も変わったというに……まあよい。今度こそ、地上のニンゲンを駆逐してやろうぞ。その前に……」
顔半分を覆っていたアラクネ・マザーの黒マスクに人差し指が掛けられると直ぐさまそれは宙を舞い、露わとなった素顔を見た一同は驚愕する。
「アラクネ、マザー……?」
これまでにない綾瀬の動揺。呼吸を荒げ、今にも気を失いかねない様子でついに踞ってしまう。そして……。
「アルくん、これって一体……」
「綾瀬と同じ顔…だと……!?」
七星綾瀬と瓜二つの顔立ち、そして斜めに貼り付けられた鉄板の奥から見え隠れするその面を引き裂く深い切り傷、6つの小さな単眼がギョロギョロと蠢く異形の貌。
1年前の記憶が、 まい、みなみのように……
(どうしてアラクネはウチと同じ顔、同じ声でよみがえ……? 大事な友達を また、 失うの?)
フラッシュバックする。 アーくんとキーさんも……
『貴方だけでも生きて……。綾瀬さん…だい…す……』
『やだ…やめて……。死んじゃやだよ…、舞ぃーーー!!!!』
ふとした時、脳裏にフラッシュバックする親友の最期。
『最期まで、ゴメン。はぁ…、はぁ……。へへっ…、綾瀬……おれ、もう、ダメかも……』
『南……。嘘、だよね…?嫌ぁ…、嫌ぁ……。一人に、しないで……!』
今でも脳裏に焼き付いて離さない、悪夢のような光景。
舞はウチを庇ったせいで地の底へと堕ちてゆく。
南はアイツの顔に切り傷を作るも、受けた反撃が致命傷となり帰らぬ人となってしまった。
蜘蛛の糸で四肢を拘束されていたあの時のウチはただ、それを見ていることしかできなかった。
南の母親からは娘を連れ帰れなかった事への怒り、憎しみが罵詈雑言となって胸を突き刺していた。
『そんな、舞はもう……』
『舞……、舞……!七星さん……。嫌ぁぁぁぁぁ!!!――――。」
『奥様…、奥様、しっかりして下さいまし、奥様!」
件の報告で血の気が引いたのか、玄関ホールに倒れ込む舞の母親とそれを支える執事の姿。
だが、その背負った罪から逃げることは決して許されない。
ウチは、
親友である北扇子舞と本木南を
見殺しにしたのだから。
「はぁ…はぁ…、んっはぁ…はぁ……」
「――汝らは此処で抹殺する」
アラクネはアルジから頂戴したキャストドライバーを小脇に挟み、腐ったような笑みを浮かべる。
しかし懐から白黒の蜘蛛のような装飾が施されたリボンを引き出すも、使い方を知らないのか急に「う〜ん」などとあどけない声で唸っている。
「おい!オレのドライバーを返せ!聞こえねえのかよ!!」
「そういえばあの毒虫は何て言ってたかのぅ~~~。確か、このプライドインセクトを使う時は変身じゃあなくて……」
アルジの叫びに聞く耳を持たない蜘蛛の巣柄のコーデをした不気味な女は肩掛けの小さな鞄から黒いカスタネットのようなものを取り出すと頬杖を突き、何かを思い出そうとする仕草をしてみせる。
「あれは、ウチと同じインセクト……」
同じなのは顔立ちだけではなかったのだと、当然ながら綾瀬は愕然とした。
すると、操作方法を思い出したのかアラクネ・マザーはリボンをプライドインセクトに装着すると、三人にそれを見せつけた。
「『イファンシアラクネリボン』――あ~、そうじゃそうじゃ。恨烙変異」
幕間『七星綾瀬はどこ出身?』
その話題は、サンシャイン通りの端にある大きな家具屋の横を抜けると現れるエスカレーターを下りた先で話されていた。
「おっほほ~!歩道が動いてるぅ~」
地下へ下るエスカレーターを水平にしたような乗り物に男心が擽られるアルジ。
「地元には無いけど、池袋にはよく遊びに行くから慣れちゃったかなー。――あっ、FM79.5だ」
「えふえむ……。綾瀬さん、それってなんです?」
暗い背景をバックに映り込むコンビ芸人と看板
「79.5、埼玉のラジオ局だよ」
FM79.5、埼玉、ラジオ局……???
次々と羅列された聞きなれないワードに困惑する異世界人2名の様子を察したのか、綾瀬は情報を補足する。
「ああ~ごめんごめん。2人は最近の小説でいうところの異世界転移的なのだったよね。埼玉県はこの池袋の近くで、ウチの地元があるんだ」
「埼玉県ならブックワールドで昔落ちてきたマンガで読んだ記憶があるな。あれだろ?埼玉県人ってのがその辺の草食って生きている種族だって」
アルジの発言内容に綾瀬は呆れかえったような反応を見せる。
「えっ、未来の日本ってそんなワイルドなことしてたの!?」
「そんなわけないでしょキーさん。自然と住む環境と交通網が程よく混ざった、生活しやすい街だよ。目立った名物なんかより、そういう安心感こそが埼玉県の持ち味なんだと一新座市民としてはそう言いたいよね」
キネシスのリアクションを真っ向から否定しつつ、埼玉愛を力説する新座市民の女子高生・七星綾瀬。
「あとはFM79.5だよねっと……」
動く歩道が途切れ、少し歩いたところで再開したもう一本の歩道に移るとラジオの話が続いた。
「それって放送局名みたいなやつか。暗号みたいだよな」
「だよね。ラジオだから音声オンリーなんだけど、声優やアニメの番組もやってたり最近の曲をよく流してくれたりして面白いんだよ~。さっき口ずさんでいたロマンティック・スパイスもそうだけど、サビ以外がダルそうな曲調の感情Tanbaring shang shang!!とかTCGが元ネタの歌詞まみれな超融合まで……」
地元や趣味の話になると途端に口数が増加する綾瀬。クールなビジュアルとは真反対のややオタク気質な印象を感じてしまい、そのギャップにアルジとキネシスは面白さを感じていた。
「さっきのラノベみたいに辛いときだったり、手放しで気軽に楽しめるから集中したいときによく聴いたりしてるんだ。……実は番組のお便りコーナーでウチの投稿が採用されたこともあるんだけど、あれは嬉しかったなぁ~。番組特製のステッカーまで貰えたし」
そう言って手にしていたメタリックなオレンジ色のスマートフォンと透明カバーの間に収まっている青い電波塔のようなマークのステッカーを自慢してみせた。
「おお~。ところで綾瀬さんってどういう投稿を送ったんですか?」
「ナ~イショ。ふふっ」
綾瀬はくるっとキネシス達へ向くなり、スマホを持った右手の人差し指を唇に当ててニッと微笑んでみせた。
こんな可愛らしい反応を示されては追及しようがないとアルジとキネシスは根負けしたものの、歩く歩道の終着点に気付かず綾瀬が「っわっとと……」と後ろ向きのまま躓きかけたところで2人揃って噴き出してしまうのであった。




