第24巻、終幕の余韻《アフターグロウ》
前回のあらすじ3行。
「脅威、ブラウニー・ブラウニーを退治したDorf im Schwarzwaldでは爽やかな朝を迎えた」
「アルジは新村長に就任したペーター・ホルツマンの頼みを受け、設置型の自動翻訳機を開発」
「新たな主人公の力を獲得すべく、アルジとキネシスはヘンゼルとグレーテルの世界に別れを告げて次の物語へ旅立つのであった」
「ずっと視界レインボーで気持ち悪いな……。ちょっとくらい、吐いちゃってもバレへんか……」
「ダメだって!見ているこっちだって気持ち悪くなっちゃうしぃ~」
現在オレとキネシスが移動中の次元移動空間はいつも波打つ虹色をしている。
「大丈夫だって。どうせこの手に掛かるモザイクも大体レインボーなんだから、同化とかされてるって。きっと」
「いやいやいや!わたしだけ無修正なんだからそういうのは本当にさぁ~!!」
此の空間は良く言えば煌びやかなのだが、この景色が一時間半も続いてくると何というかこう、気が滅入ってくる。もう少し〇ラえもんのタイムマシンに乗ってる時の色々な時計でも浮いているような視覚的に楽しめるものが欲しいところだ。
「そういえばアルくん。次の世界っていつの時代?」
「えっ、なに?しりとりやりたいって?アレならもう十数回やったろ……」
「言ってないっての!次の!時代は!いつの時代って聞いてんの!!」
深紅の帯と淡い水玉模様で飾られた死に装束、雪だるまの髪飾りと結いおさげのある青みがかった長い銀髪をした享年二十歳である旅の相棒、雪女のキネシス。
そんな相棒への返答が適当過ぎたせいか、ガンギマリの青い瞳をカッと向けるなり耳元で強調したように叫んでくる。
「わぁーたわぁーた、2030年の2月だって。前回のヘンゼルとグレーテルの世界が大体1300年代の夏頃だから、移動にはあと30分は掛かるかもな」
座標、2D4A5D1A3L6Y。
飛びこんではみたものの、キャストパスの位置情報アプリで見た限りかなりの距離があるらしい。
生身だが飛行しているような移動方法のため体力的疲労は無いのだが、長時間同じ空間に居続けるのは精神的な意味で健康に悪い。
「ふぅ~ん。時代の開きがあるとその分、世界同士の距離も空いたりするのかな」
「研究があまり進んでいないのか、理由は未だ判明しちゃいないからなんともだな。でもまあ、今までは時代の開きがない世界同士だったから30分前後で動けていた可能性はあるな」
今までの物語はむかーしむかしと言っても過言ではなかった世界ばかりだったが、今回は一気に約700年後ときた。
(せっかくの2000年代だ。光子からの生成物だけじゃなくて、実物で物作りに使えそうな部品とか見て回りたいかな……)
「あっ、そうだ。アルくん、どうせ未来に行くなら着替えとかまたしよーよ」
開発欲に駆られ始めていたところへ、キネシスからそんな提案を受けた。
「あ~、この前のブレーメン行った時みたいなヤツか。今のうちに2030年の流行って……、いや流石にデータにないか。まぁカジュアルに行けば間違いないだろ」
オレの発明の一つである携帯端末キャストパスには生活をサポートするアプリケーションを備えている。
元々オレの居たブックワールドでは昔から降ってきた本のページをわざわざ千切って縫合することで衣服を作っていた過去があり、エネルジオプティマス由来の光子技術で衣服生成が可能なフィッティングルームなどが造られたりと、それまでの当たり前が急激な進化を辿ったというわけだ。
「向こうは2月だっけ。また厚着しないとだね〜」
「…何だよ、何見てんだよ」
オレを見るなりニヤニヤした目付きをしてくるキネシス。
「ふふふ、あん時のアルくんの服かっこよかったからな〜って」
「うっせ。……そんなことよりアドフォルテだろ。勘に従うなら、あんな目立つドレスで街中ほっつき歩いたりしないだろーぜ」
(あっ、ヤバい。キネシスがあからさまに機嫌悪そうな顔になった)
「ねえ、アルくん?」
「あっ、はい」
相棒の見慣れた青い瞳が紫色に濁ったのが見えた。大体この状態になると氷の技を繰り出すか或いは、
「わたしと二人きりの時に他の女の名前を出さないで」
病みが表面化した時だ。
「いやもう、分かったから……」
次元移動直前の集合写真撮影中にキネシスからされたキスといい、妙に積極的というか様子がおかしいように思える。
「なあ、キネシス。オレ達ってあくまで旅の相棒なんだよな……?その、変なこと考えたりだとか、してないよな?」
「するよ」
「なんで?」
キネシスにハッキリ即答されてしまった。
「そりゃ、雪山で死んでから50年ぐらい経ったところへ初めて会った方だったし?第一印象はアレだったけど、変身解除した後の姿にこう…一目惚れというか…うん。話してみると変人っぽいけど気楽に居られていいなーだと思ったりもして――――」
「悪りぃ、たぶんもう着いたなこれ」
「…………っへ?」
そうこうしているうちに出口の光が見えた。
人一人は通れる穴の向こう側に映っていたのは、人間が乗り込んでいる車輪の付いた鉄の塊が幾つかと道を行き交う有象無象の人間達。
……あの鉄塊は昔読んだ『乗り物図鑑』とやらで見たことがある。あれが、車というヤツか。
「キネシス、着替えるなら早めに頼む。このゲートが閉じてしまう前に!」
「わ、わかった!」
キネシスに早めの着替えを指示したオレはキャストパス内のドレスアッパーアプリを起動すると、赤いチェック柄のシャツ&青いジーンズのオーバーオールといった服装から白ワイシャツを覗かせる黒の縦ストライプ柄のジャケットにチノパン、シンプルな黒い革のローカットスニーカーといういつものオフィスカジュアル姿に変身を完了する。当然お気に入りの開いた本型の銀色ペンダントも下げている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「それじゃ一足お先に…。うお、すっげー都会だなこりゃ」
案の定キネシスの変装がまだだったためさっさとゲートを抜けてしまったのだが、今までの世界ではあり得なかった黒く舗装された車道やら巨大な建造物やら。
緑の土管を挟んだ四車線を横目に着地したチェンジノイドは周囲を見渡し、その目に映った万物に興味を惹かれている。
「この白い線とか描かれている黒い地面はきっとアスファルトだな。初めて見たが夏場は熱そうだな……。ていうか何だあのデカい建物。一階からめっちゃ人間が出入りしているし」
空間を囲うような横長の建造物にある青と赤の看板には『SEIBU』と表記されており、これが本でしか知らなかった現代日本でのローマ字というヤツかと内心感動まで覚えてしまう。
地上にある仰け反った人間が上下から両手両足を合わせたような奇妙な像の後ろには日本語で『池袋駅』とある。
(ランゲージチェンジャーの翻訳通りなら、あれは鉄道…だったか。なんか、初めて現地で生の日本語を見ているのに実感がまだ湧かないな)
今まで訪れた和の世界では周囲が自然に囲まれていたこともあり、文字という文字は殆ど見かけていない気がする。
……何か後ろから声が聞こえる。
「お兄さんお兄さん、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけどよろしいですか?」
アラサーのニホンジン、おかっぱ頭をした黒服の女だった。
「……お兄さんそれスマホで何やってるんですか?」
「(スマホ?ああ、キャストパスのことか。民間人相手に正直に言うのは不味いな)、先に本題を言ったらどうなんだ」
「ああ、そうですよね。……ところでアニメイトに行きたいんですけど、ここからどこ曲がっていけばいいですか?」
アニメイト?聞いたことがないが、人工肛門ならブックワールドの電子書籍で知っているが、親戚か?
「いや、知らん。そんなことはオレの管轄外だ」
「ありがとうございます。ところで――」
いや、おいおい。案内なんかまだしてねーぞ。全く、勝手なヤツだな……。
「私埼玉の大宮から来たんですけど、お兄さんどちらから?」
――は?出身?
「そんなのブッ……」
「ブッ?」
やばい、明らかに主人公でもなさそうな女を相手にブックワールドなんて言ったらどうなるやら……。
「ぶっ…埼玉、です」
「埼玉のどこですか?」
(何に食い付いてんだよしつけー女だなぁ〜!仲間意識ですか、このヤロ〜)
「ああー、はい。東京に近いところで、はい。」
「いや、何処なんですか」
「(◯んで埼玉で地名齧ってただけだからしらねーよ!ええっと……)、わ、蕨ぃ…です」
動物っぽい名前したとこだったからギリ憶えてたけど、これ何の質問なんだよ……。
「ところでお兄さんお兄さん、お仕事って何されてるんですか?」
ところでじゃねーよ!シバくぞ!って、今度は仕事かよ。
「(つっても、あんま社歴で嘘つきたくないしなぁ……。まあいいや)、"今"は無職です」
元商品開発部のリーダーですって言いたかったなぁ……!
「お仕事されていた時は辛いこと沢山あったんじゃないですか?」
「そら(ちょっとした興味本位でエネオプ社内の最高機密知っちゃって命狙われてたし)そう(しかもエネオプに両親と師匠の金太郎までやられて)よ」
「何だか含みのある言い方ですね。――ところで、幸福になれる方法があるんですけど、ご興味ございませんか?」
いや、どうした薮からスティックに。
「というか長いんだが」
この会話にもなっていないような質問の一方通行っていうか。どんだけ『ところで』と言えば気が済むのだろうか。
「お兄さん、その御守りは毒ですよ」
最早返事すらしてくれないアラサー女の視線の先にはオレ自作の本型ペンダントが。
「悪いがコイツはオレの初めて工作した宝物でな。つーか、人に毒だとか言われる筋合いねーんだが」
な、なんなんだコイツ。話のドッチボールがなってないっていうか、急に懐からファイルなんか取り出して来てよ……。
「このチラシお渡ししますんで、これからよければ一緒に」
「――――やめなよ、オバさん」
急に何処からともなく現れた、黒髪ボブのスタジャンを羽織ったミニスカートの少女が怪しいチラシを持つ手首を掴んでいた。
「……オバさん?この、私が?」
「その通り。…ねえ、お兄さん?」
急に腕を回してきた少女は上目遣いでこちらの顔を覗いてくる。何というかその下品なんだがその、女の子特有の良い匂いってやつがする。
「大体アンタ誰よ!私の邪魔しないでちょうだい、このペチャパイ!」
そのあからさまに触れてはならない箇所に対して言及されたダウナーな少女だったが、一瞬俯くと握り拳を作ってバキリボキリと乾いた音を立てていた。
「――いま、ウチのことAカップのド貧乳女って言った?……一発殴られる前に、早く行きなよ」
「チッ……」
途端に走り去るアラサー女。その様子を確認したダウナー少女は途端に絡めていた腕を解いた。
「気を付けなよ。この街賑やかだから、ああやってキャッチセールスとかしてくる変な人結構居るんだよ」
「そうだったのか…。ありがとな、あの――ッ!?」
突然、爪先立ちでオレの肩に手を掛けたかと思えば、耳元に何かを囁かれた。
「……きも、なに勘違いしてんの?ざーこ、ざーこ」
「誰が雑魚だって!……あれ、居ない?」
何だったんだ、今の女の子は……。
――すると、ゲートから遅れて抜けてきた霊体の人影が此方に向き直してきた。
「お待たせ〜。って、アルくんなにボーッとしてんの?見惚れた?」
「いや、そういうわけじゃ……てっ」
着替え終えたキネシスの姿に思わず「おお…」と声が漏れてしまった。
編みおさげと雪だるまの髪飾りはそのままにアラン模様の入った白セーターにスキニーな藍色のデニムと大きめな縁の黒い伊達メガネ、シンプルながら緩急あるファッションで仕上げてきたキネシス。
「どう~?似合ってるでしょ」
キネシスはメガネをクイと直す仕草を見せながら見上げてくる。
(あざといなぁ)と思いつつも、取り敢えず返事をしてみることにした。
「ブレーメンの時もそうだったが、キネシスって格好に季節感反映させてくるの上手いよな」
「アルくん、もうちょっと素直に褒めなよ」
たぶんキネシスからはもっと安直な感想を求められていたのかもしれないが、文句を言う割には口に手の甲を当てながら笑みを含めている。一心同体の古今とて、女子というのは本当に分からない。
「(さっきの女の子ことはもう忘れよう)、そうだな」
「……?やっぱり何かあった?」
「はは…悪い悪い、何でもない。(ママー!お人形さん落としちゃった~!)―――ん、キネシス。今、何か聞こえなかったか?」
不意に聞こえた、不穏な予感をさせる女児の言葉が近くから発せられた…ような気がする。
「なに……って、なにが??」
「小さな女の子の声だ。………あそこだ!あの縞々のある道路の上を一人で渡っている子!」
その声は、交番から駅前の老舗パン屋の店先に掛けて伸びる白い縞々のある道の先から聞こえた。
「花子、赤信号の時は危ないから横断歩道は渡っちゃだめよ…。出ちゃダメ!花子ー!」
母親の制止も聞かず、花子と呼ばれた幼児が黄色いネズミのようなぬいぐるみを拾いに赤信号の横断歩道に飛び出した。
――――車道の先から走る運送トラックが一台見えた。
「危ねぇ!!『変身キャストドライバー』、ここはオレのヘンゼルとグレーテルの力で……」
「…………トライホッパーリボン。――"タン♪タン♪タタタン♪"」
トラックを食い止めるべくグミグミシールドを発動しようとしたその時、トライアングルのような金属音と共に車道の向かいから一息で横断歩道の中央まで跳んできた黒ずくめの少女。
「あ……」
「………」
立ち尽くしていた女児と拾おうとしていたぬいぐるみを両脇に抱えるなり、無言のまま此方側まで颯爽とひとっ跳びしてきた。
「アルくん。今の、見たよね?」
「あ、ああ……。何だったんだ、あの人間離れしたスピードと跳躍力。まるで、
『トライホッパー』
……バッタのようだった」
「娘を助けていただき、ありがとうございます!ほら、花子もこのお姉さんにお礼言いなさい」
「ありがと、おねえちゃん」
「お母さんの言うこと、ちゃんと聞くんだよ」
花子の目線の高さに合わせてしゃがみながら話をしていたようだが、周囲から拍手を浴びると立ち上がり、喧噪から逃れるようにばいばーいとの声を背に受けながらさりげなく立ち去る黒髪ボブの少女。
「若そうなのに所作がカッケーなおい…。(いや待て!アイツさっきの女の子じゃねーか!?)えーと。追うぞ、キネシス」
「う、うん……」
キネシスは乗り気ではなかったようだが、あの固有名詞が聞こえてしまった以上はどうしても追い掛ける必要が出てしまった。
(きっと間違いない。キャストサーチの写真とは別人かもしれないが、恐らくアドフォルテについて何か知っている可能性があるとみた。『ざーこ、ざーこ』、……オレも正直気乗りしないけど)
「うーむ……。キャストオンしようと思ったけど、なーんか違和感あるんだよなぁ」
例の少女を追い掛けながらキャストパスのカメラを向け続けるも、身体の向きとは別の意味でイマイチしっくりこない。
「順調?でもないか〜」
霊の妙女が隣から釣り人みたく調子を伺ってくる。
「画角がどうとかっていうより、あんなに動きがヒーローらしいそれだった割に……何て言えばいいだろう。主人公としての風格的なものを感じないというか……」
(第一、キャストパスの写真では髪は赤いし長いし。何というか、顔立ちもほんの少し大人びている様子だし。1歳上の姉とかだったりしてな)
信号待ちしているその女性の顔を怪しまれないよう距離を置いて横から覗き込んでみたのだが、無表情…というか元気が無いのか覇気のようなものを感じられない。
先程の子連れが横断歩道と呼んでいたあの地面の縞々の前には夥しいほどの人間達が信号を睨み、赤からの映り変わりを待っている。
オレ達も何となくその人間達の真似をしていたところ……。
「……ず〜っと後ろから見てましたよね、ざこのお兄さ〜ん」
あのスレンダーな少女から声を掛けられた。
「あっ、いや、それは、その…」
あまりに突然のことで動揺してしまい、カメラアプリを起動していたキャストパスを握る手が汗ばむ。
隣で「アルくん何やってんの……」とキネシスに呆れられてしまっているが、実は霊体なのでたぶん相手には見えていない。
「ふ~ん、JK相手にスマホカメラ向けてるなんて~。ふふっ、もしかしてお兄さんって…痴漢?」
「ちゃうわ!ていうかこれスマホ?じゃなくてだな…」
「いや、何処からどう見てもスマホでしょ」
待っていた信号の青ランプが点灯した。内心、無性に此の場から逃げ出したくなっていたが。
「ねえ、痴漢のお兄さん。あそこのお店でパフェ奢ってくれたら特別に見逃してあげるけど、どう?」
目を細める少女が指差した先にあったのは兎のシルエットが描かれた蕎麦屋……ではなく、その上にあるパーラーだった。
―――――――――いらっしゃいませ〜、3……2名様ですか?―――――――――
―――――――――――――――あっ、はい――――――――――――――――
―――――――――――――……お席にご案内いたします―――――――――――
「お待たせいたしました、牡牛座と乙女座のパフェとフローズン‘’いちごみるく‘’、それからアイスコーヒーでございます。ごゆっくりどうぞ~」
昼間の冷たい空気の中を歩いてきた池袋の通りが一望出来るガラス張りの店内。
週末なのか行列で入口の階段がエラいことになっていたこともあり、整然とした白い円形テーブルとイスにぐったりと身を任せていると、ウェイトレスさんが豪華なパフェとドリンクを運んできた。
「へ~。和風が気になって注文しちゃったけど、おいしそ~」
抹茶とバニラのアイスがそれぞれと白玉に加え、半分にカットされたどら焼きも二枚突き刺さっている。パフェという枠組みの中で完成されたクリームあんみつのような仕上がりだ。
「本物のパフェなんて初めて見たけど、見ただけでワクワクしてくる不思議な感覚がするよな……」
「へぇ~初めて、なんだ。ウチより年上っぽいのに意外かも。…んでも、お兄さんの乙女座パフェもすっごく美味しそう」
オレの正面に鎮座しているパフェを一言で言い表すなら、ダイナミックと呼ぶ他無かった。
中心部に位置するソフトクリームとストロベリーアイスを挟むようにサクサクとしたようなワッフルが設置されており、その前にはヒンヤリとしたベリーがゴロゴロとトッピング、更に青紫色のソースと練乳まで掛かっていて食欲を大変そそられる。
「いいな〜、アルくんのそれ」
「(霊体なんだから味覚共有でもしとけ)」
「ちぇ〜」
隣の椅子に腰掛けている風に浮遊しているキネシスは膨れっ面だったが、それなら最初からアイスドールでも出していればいいのにと思う。
「食べよ、お兄さん」
「そうだな」
(確か日本で食事する時は……)
「「いただきます」」
食事前のお約束を完了したオレとJKとか名乗っていた名前も知らない少女はパフェにスプーンをやる。
「んん〜、抹茶アイスさいこ〜」
「へぇ〜、これはなかなか…」
苺の酸味とソフトクリームのなめらかさと甘さが口内で相乗効果を生み出している。
「よっしゃ便乗して味覚共有……。未来の日本ってこんな美味しい甘味があるなんて、感激…!圧倒的、感謝…!」
感動し過ぎて一瞬どっかのギャンブラーみたいな鼻の尖り方をしてしまっているようだが、それは置いといてパフェに舌鼓を打つ少女に疑問を投げかけることにした。
「そういえばお互い何も知らない状態でパフェ食ってる状況なわけだが、名前はなんていうんだ?」
「ああ、あの時は言ってなかったか。……ウチは七星綾瀬、今度から高校二年生になるんだ。…名乗ったんだから、今度はそっちの番だよ」
ナナホシ、アヤセ…か。
「あの綾瀬さんっての、すっごく馴れ馴れしかったけど、アルくんの知り合い?」
「(まあな。実はキネシスがこっちに来る直前にさ、変な人から助けてくれたんだよ)」
「へぇ〜。それだけには見えないけどなー」
いや、本当のことを伝えただけなんだが。
「早くしてよ。またボーッとしてるし」
「ああ、ごめん。――オレはアルジ・キミヒト。全ての世界で主人公になる男さ」
綾瀬が咥えていたストローの吸引が止まった。
「(名前が日本人っぽいし、)なにそれ、中二病?子供っぽいところあるんだね」
「いやいや、本当だって!(あっ、そうだ。写真見せてみるか)。ほら、この写真とか」
キャストパス内のデータから浦島太郎・ウミガメから変異したバイクことカメーン・相棒のキネシス・人魚のデヴィガイオらと撮影した集合写真を見せてみる。
「そこの竿持ってるやつが浦島太郎で…」
「へ〜、コスプレ?完成度高いよね」
「本物です…」
よくよく考えたら絵面が浮世離れし過ぎて、一周回ってリアリティに欠けていたかもしれない。
「浦島太郎と変なバイクに、人魚姫っぽいのとアルジ…さんと……、この着物の人は?」
「――わたしだよ」
「えっ!?」
オレの隣に着席する形で実体化した写真の人物。
「あ〜、紹介するよ。雪女のキネシスだ」
「雪女ってことは、えっ、つまり妖怪!?」
「声大きいって七星…さん」
無理もない。そりゃ昔話に出てくるような存在が目の前に現れたのだから、現代人なら殊更たまげるだろう。
一瞬此方に向いていた視線もいつしか感じなくなったところで話を続ける。
「これで信じてもらえたかな、なにゃほ…」
アイスで呂律が回らなくなっていたこともあり、うっかり先方の名前を噛んでしまった。
「ウケる、綾瀬でいいよ。その代わりに、ウチもこれからアーくんって呼ぶことにしたから」
なんかウケてしまったらしい。しかも向こうからの呼び名まで決まってしまった。
「実はウチ、家出初日なんだよね」
「は、はぁ………、は?」
急に何を言い出すんだ、この人間は。つい隣で訝しんだ表情をしたキネシスと思わず目が合ってしまう。
「なのに財布も持たずに飛び出しちゃってさ。やっちゃったなーって」
財布ないわってか。
クールな顔して碌でもない発言が飛び出してくる七星綾瀬とかいう女。
「スマホに入れてる交通系ICで改札は無事通れたんだけど、ご飯とか色々どうしようかなーって悩んでたところなんだよね」
コイツ、計画性0というかマイナスに振り切れてやがる。
「……まさか、それでここを提案した、と」
「そういうこと〜。奢りを提案した身が言うのも難だけど、アーくんって日本円持ってるの?マンガかラノベにあった異世界転生だか転移だかっぽいけどさ、この店は現金しか使えないから困っちゃうかもよ」
「現金はまあ…、問題ないが」
手のひらサイズの携帯収納器キャリーカプセルにしまってあるアイテム、カワセンジャーMB3の手にかかればブックワールドの通貨ペジルをあらゆる世界の金銭に両替可能だ。
「え〜、アルくん金蔓になっちゃってるじゃん」
そう言うと、キネシスはオレの食べかけを横取りして食べ始めた。
「まあまあ、人助けだと思ってさ」
(綾瀬さぁ……)
「だったら交換条件だ。この世界の主人公、『アドフォルテ』について教えてほしい」
――――カシャン。
「…………………………………」
そのワードを耳にした綾瀬のパフェを掬う手が止まった。
「あ〜〜〜、初対面で急に変なこと聞いちまったな。いや、ごめん。無理に答えなくても…」
「――待って、」
配膳されていたお冷を口にすると、覚悟を決めたかのように一息挟んでから話し始めた。
「…………そのアドフォルテっていうのはね、ウチ…のことなんだ」
(やはりか)
「横断歩道で子どもを助けてた時に聞こえていたんだ、トライホッパーって」
「耳良いね、アーくん。ボソッとしか言ってなかったのに」
キネシスからも何か聞くことないかと思い一瞬視線を向けたが、さっきのパフェをじっくり味わっている様子。こりゃ会話には参加してくれなさそうだ。
「まあな。……それより、綾瀬がアドフォルテの正体だっていうんなら頼みがあるんだ」
「たにょみぃ?」
タイミング悪く抹茶アイスのラスト一口を咥えたタイミングで声を掛けてしまった。
「オレはあらゆる物語の主人公に変身出来るんだが、その力を得るにはこのキャストパスで撮影する必要があるんだ。もし問題なければ、変身後の姿で一枚撮らせてほしいんだが……」
「うーん。アーくん、どうしてアドフォルテの力が必要だったり?」
そういえばまだ理由を言ってなかったな。
「仇討ちだ。オレの両親と戦いの師匠をエネルジオプティマスっていう企業にやられたんだ」
「そっか、アーくんもか…」
刹那、綾瀬の表情に陰りが現れたように見えた。
「どうしたんだ?」
「…いや、大丈夫だよ。ちなみにそのお願いって、ここのパフェ代とは別でいいよね?」
別、か。今度は何をお願いされるのやら――――。
「それじゃ…、ウチとデートしてよ」
綾瀬の一言を聞くなり隣のキネシスがパフェを噴き出した。正直その反応の方に驚きを持っていかれてしまった。
「大丈夫〜?キネさん」
呑気にキネシスが汚したテーブルを布巾でゴシゴシしている綾瀬。
「ゲッホゲコゴッホ……。綾瀬さん、聞き間違いじゃないよね…今の」
テーブルの下でキネシスの手が強張り、パフェグラスに薄く霜が張る。
「うん。ウチはどのみちお金無いし、アーくんも現役JKと都会でデート出来る上にウチの力も使えるようになるワケだし、Win-Winでしょ?」
都会デート云々はどうとしても、流石に主人公の力を得るのはタダでは行かないらしい。
「……分かった。その約束さえ果たせば、さっきの写真の件は可能なんだな?」
「その通り。それじゃ、満足させてもらおうかな。アーくん」
綾瀬はオレの手を手繰り寄せると、その熱のこもった目で此方の視線を追ってくる。
「(本当に…するの?ははは……、見たくなかったな。アルくんが他の女とデートするところなんて)」
テーブルの下で弱々しくオレの太腿に触れ、念話で拒絶の意思を伝えてくる。
「(ごめん、キネシス。だけど条件さえ飲めばアドフォルテの力が手に入るかもしれないんだ。……割り切っちゃもらえないか?)」
オレはキネシスのことを旅の相棒として見てきた。そりゃ途中途中で色仕掛けのようなことをされたりしたこともあったが、あくまで共に戦う仲だと認識していた。……ただ、なんだろう。オレとキネシスとでは互いの距離感というものに相違があるのかもしれない。
「(………………しょうがないなぁ〜。それに、初対面だから変な気なんて起こしたりしないだろうし……起こさないよね?)」
「(つっても向こうは単純にお出掛け程度としか考えていないかもしれないだろうしぃ……)」
ましてや目的は主人公の力を拝借したいだけだ。キネシスにとっての不安の種は杞憂に終わる筈……、
「一日よろしくね、ダーリン」
だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここは池袋の或る路地裏。
『最近、日傘を差す黒白のゴスロリ衣装の美少女が昼間に現れるらしい』
いや、池袋なんだからそんなの何処にでもいるだろ、と。
……と噂をすれば、傘もタイツも蜘蛛の巣みたいなデザインが入ったそれらしいヤツが歩いてきた。
(本当に居たのかよ。……でも、顔が見えないな)
体の至る箇所に鉄板のようなものが張り付いているが、最近の地雷系ファッションなのだろうか。
それに黒い日傘で表情が隠れていて見えないが、まあいい。
(どんな女だろうと関係ねえ。いつものテクニックで誘い出してやるぜ!)
「どうも~~~、君カワイイねぇ!これから俺と近くのサ店でお茶しなぁ〜い?」
後は流れでその辺のホテルに連れ込むだけだ。
未成年だったらヤバそうだけど、まぁロマンにリスクは付き物だからな。
「………………………………」
……?、反応が無い。
「どうしたの〜?おい、緊張してんのかよ。取り敢えず向こうの店行ってさぁ〜、………………ッ!?………………」
ずぶっ、という重く湿った音とともに178cmはあるナンパ男を下から口先まで貫く鋭利な黒脚。
男の前歯は砕け、舌は裂け、喉の奥でぐぼぐぼと血泡が弾ける音が響くと、卑しい視線と向けていた目玉が飛び出しては虚ろに揺れている。
「良きにはからえ、愚かなニンゲンよ」
人通りの無い暗がり、ビル間の白い壁面を噴き出した鮮血が赤黒く染めていく。
「実に穢れた噴水よのう。全く、見るに堪えんわ。ハハハ!」
嗤笑するゴスロリ衣装の女は背中から伸ばしていたその脚で串刺しにした男だったものを壁に叩き付け、股からズバッとそれを引き抜くと零れ落ちた大腸が発する特有の生臭さが路地を満たしてゆく。
「ニンゲンは汚いのう、汚いのう……汚いのう……」
背中から追加で三本もの脚を生やすとグサグサと、グチャグチャと辺り一面に血肉と臓物を撒き散らす。
「ほんの戯謔よな」
一寸の光すら差すこともない、女の冷たく真っ黒な瞳には遺体と呼ぶにはあまりにも惨烈なそれが反射している。
「……次はお前の番よ、アドフォルテ。――くっ……!」
1年前に受けた顔面を走る創痍を覆う鉄板を摩ると、岑岑とした疼痛が蘇る。
「……ふふふふ、あの二人と同じ目に合わせてやろうぞ」
嘗ての仇敵への感情を露わとした女は、生臭い暗がりから踵を返して去っていったのだった。
幕間『パーラーのお支払い』
せっかくのランチタイムだったのだが、此の世界の七星綾瀬との会話中に食べかけだった乙女座のパフェをキネシスに食べられてしまった。
正直空腹だったこともあり、メニューを見て気になっていた『たこ焼きグラタン』を追加注文してみることに。
「はふ、はふっ……。グラタンに乗っている丸い生地みたいなのがメニュー名にあるたこ焼きってやつか」
ブロッコリーやハム、ペンネがゴロゴロとしているグラタンの上に鎮座する異形の具材。
早速フォークで貫いた丸っこい物体を前歯で割いてみると、トロトロの生地に揉まれた吸盤のような感触のある具材に触れた。初めて食べたが、此の柔らかな食感は悪くない。
「うわ、熱そ~」
「そりゃ雪女のキネシスじゃ手も出せまいて。う~む、この上に掛かっているのはマヨネーズか?」
グラタンのホワイトソースとの組み合わせは中々に斬新だが、コク深く濃厚な味と網掛けされたマヨの酸味の相性は意外に悪くない。だが温度が温度なので、隣のキネシスも此れには手が出せない様子だ。
「それ、美味しそうだね~。ダーリン、一口貰ってもいい?」
そう言ってきたのは対面席で料理を見つめている七星綾瀬だ。
「熱いから気を付けろよ。…あと綾瀬、ダーリン呼びはやめてくれ」
フォークにたこ焼きを一粒刺して、それを綾瀬に手渡そうとする。
「ふふ、じゃあやっぱアーくんで。あーんはしてくれないの?」
「えっ、それは……」
ふと隣に視線をやると、キネシスが頬杖を突きながらジト目で此方を見てくるのが見えた。
「早く~。たこ焼き冷めちゃうよ?」
「わ、わかったわかった!……ほら、あーん」
観念したところで期待している表情の綾瀬に一口咥えてもらうことにした。
「あ~む。……ふ~ん、ほいひい」
綾瀬のやつ舌鼓まで打って、なんて美味そうに食べるのだと思いながらホワイトソースに沈むペンネを掬っている。
「アルくん、わたしにも一口ちょうだい」
今度はキネシスからお呼びが掛かる。綾瀬にだけあげるのは不平等に感じてしまったので仕方なく献上することにした。
「まだ熱いと思うけど、」
「じゃあ、フーフーして?」
雪女だから熱いままじゃ食えんかと思い、ちょうど提案しようとした矢先に言われてしまった。
息を吹きかけ冷ましたところでキネシスの口にペンネを運ぶ。
「ん~、おいし~!」
「お熱いね、アーくん」
「いや冷ましたし……、ああ、そういうことか……」
此方を弄っては小さく微笑みかけてくる綾瀬であった。
「ごちそうさまでしたっと……」
その後、結局グラタンの半分程度は二人に分けてしまった。というか、あの味見の一口が一口で済まなかったのが致命的だ。
「牡牛座と乙女座のパフェとフローズン‘’いちごみるく‘’、それからアイスコーヒーと追加分のたこ焼きグラタンで、お会計が5841円です」
事前に両替アイテムのカワセンジャーMB3で故郷ブックワールドの通貨ペジルの残高の一部を日本円に変換していたため、そのまま現金払いで決済を完了すると、三人は店先の行列を躱してパーラーを退店した。
「ふぅ〜満足満足。アルくん、ゴチ!」
「どうも〜、アーくん」
楽しげな二人の女子の背後で出費を気にする男、アルジ・キミヒト。
「今日これから綾瀬とのデートとなると、今の会計といい、幾らになっちまうかあんま考えたくねぇな……」
池袋、二月の寒空。
右手のキャストパスに表示したペジル残高を見るなり、腹六分なアルジは白い息を吐いていたのであった。




