第23巻、未来はめでたしの後で
前回のあらすじ3行。
「ダブルクロスコネクターのダブルダブルで召喚された桃太郎を眼前で溶岩によってやられてしまい、金太郎を喪った時のトラウマが蘇るアルジだったが、キネシスの放った拳とヘンゼル・グレーテルの出したお菓子のお陰もあり、無事に正気を取り戻した」
「巨人化したアウフフォッカー・スルトとの対決で魔力を使い果たしたグレーテだったが、夫のペーターと再会。十年以上変わらない絆と奇跡により、変身の嘘が真実の愛によって上書きされたことで老婆だった姿から31歳に若返った」
「ヘンゼルとグレーテルの幸福呪文によるパックアップもあり、アルジのキャストサーチで新たに変身した謎の主人公・アドフォルテとキネシスのダブルクロスコネクターを用いたブレーメンの音楽隊とシグルドの融合体の同時攻撃により、村を吞み込まんとする災厄は完全に消滅した」
チュンチュンと、窓の外からスズメの鳴く声がした。
「ふわ〜あぁぁ……。おはよう、キネシス」
「おはよ、アルくん。……昨日の今日だけど、やっぱり出発するんだよね?」
木こりのゲストルームにあるシングルベッドに差し込む朝を告げる陽光。
爽快さのある疲労感とともに心地良い匂いのする冷気で目を醒ますと、潤んだ青い眼が此方の顔を覗き込んでいた。
「そうだな、(吐きそうになる程コイツにビール呑まされた)昨日の(二日酔い&頭痛になった)今日だな」
「あはは……。なんか、めっちゃ含みのある言い方だね……」
アイスドールの体を得ている雪女のキネシスはオレの髪に細い指を絡めるように撫でてくると、うっとりとした表情で瞳の先をじっと追いかけてくる。――ふと顔の下を見ると肩から胸元に掛けて隔たりなく肌色が続いているのが見えてしまった。
(……え、待って。もしかして今、キネシス、この布団の下……何も着てない!?いや待て待て待て……、意識したらダメなやつだってばこれ……。ていうかなんで裸?まさかオレ、ヤらかした?酔っ払ってる間にキネシスと?でも微塵も記憶にないし、何ならオレの服も飲んでた時の格好のままだし。そ、それとなく聞いてみるか……?)
「あの、さ。昨晩に此処まで連れ込まれてきたところまでは憶えているんだけど、寝ちゃったのかその後の記憶が無いな……。なあ、キネシス。オレ、変な事言ったりしたりはしてなかったか?」
すると、冷気を閉じ込めた布団を絡め取るなりグルグル巻きの状態となりながら顔を真っ赤にしてしまう相棒は、そこに顔を埋めてはブンブンと頭を横に振っている。
「なんか、見ているこっちまで恥ずかしくなってくるなおい……」
心なしか、足元のシーツが濡れている気がした。
寝起きのオーバーオール姿のオレといつもの死に装束に着替えたキネシスの手を引きながらゲストルームを出てダイニングに来てみると、長テーブルで朝食の準備をしていた白髪の若い魔女を見かけたので声を掛けることにした。
「お、突然若返ってたグレーテじゃん。おっは〜」
「おっはー、じゃないよ。まったく……。ところでキネちゃん、こっちこっち」
「えっ。あっ、はい…」
昨日の今日で慣れた呼び方をする31歳に戻った魔女に手招きされたキネシスが向かうと、何やら耳打ちでヒソヒソ話をし始めた。
(何話してんだ、あの二人?)
「…キネちゃんも、昨晩の夜這い作戦は上手く行った?」
「…はい。おかげさまで、既成事実バッチリです」
それはビールを注ぐ途中で度数が極めて高い、黒い森名物チェリー酒を混入させることで男性陣を昏睡させている間にヤってしまおうという計画だった。
「よかった。あとそうだわ、キネちゃん。私も作戦通り旦那に跨ってベッドにギシギシ言わせていたんだけど、結構キネちゃんの気持ちよさそうな声が壁越しに聞こえてたから、ボリュームちょっと気をつけた方がいいわね。隣室で普通に子ども達も寝てたんだから」
「あっ……はい。すみません、初めてでしたがあまりに興奮しちゃってつい……。今度する時は口押さえながらしますね…」
全然聞こえない声量で話し終えたキネシスが悶々とした表情でトボトボと隣へ戻ってきた。
「何話してたんだキネシス?」
「ナニかとかじゃなくて……、その、うん。ごめん、なんでも…ない……」
いつもバカみたいにテンションの高いキネシスだったが、妙に大人しいというか潮らしく俯いてしまっていた。
「まあいいわ。……アルジ。先日の黒幕退治といい、色々とありがとうね。おかげで本当の居場所を取り戻すことだって出来たわ」
「おう、どういたしまして」
十年にも及ぶDorf im Schwarzwaldの人々を苦しみ続けていた、二年毎に行われていた龍神に捧げる生贄儀式という因習。
そしてブラウニー村長の偽物こと、妖怪アウフフォッカーの暗躍。
儀式の悉くはオレ達の目の前にいる亜麻布のエプロンを着用した勇敢な魔女、グレーテの手によって初回以外の犠牲者はゼロ。
それにアウフフォッカーについてもグレーテとその子ども達、ヘンゼルとグレーテルの助力もあって漸く討伐することに成功した。
「さあ、そろそろ朝ごはんが出来るからアルジは子ども達を起こしてきてちょうだい」
「あいよ~」
一宿一飯の礼も兼ねて、グレーテのお願いを聞き入れようとダイニングを後にしようとすると、
「キネちゃんは食器並べるのを手伝ってね」
「分かりましたぁ~」
背後にピッタリ付いて来ていたキネシスは呼び止められ、そのままグレーテから木製の皿が手渡されている場面を尻目に今度こそ兄妹の寝室に向かった。
「パパもう仕事で出ちゃってるんだ」
「昨晩に新しい村長を引き受けたはいいけど、あの怪物のせいで村中めちゃくちゃになっちゃった村の補修工事の指示出しに駆り出されちゃってて忙しいみたいね」
先日の夜に呑んでいたのはそのペーター・ホルツマン新村長の就任祝いでもあった。随分隣のグレーテにビールを注がれていてオレ同様に今日は潰れているものだと思っていたのだが、村長としての初仕事がそれを許してはくれなかったらしい。
先程起こしたばかりのヘンゼルは手の甲で目を擦りながら、そんな父親の行方を尋ねていた。
「ねえねえ、アルジにいとキネシスねえ。今日は何して遊ぶの?」
ワクワクした表情でパンを頬張りながらオレ達の返事を待つグレーテル。
「実はオレ達…、今日此処を出発する予定なんだ」
そんなことを聞いて、思わずショックで皿にパンを落としてしまった子どもがもう一人。
「ええっ、兄ちゃんたちいなくなっちゃうの!?」
「……ごめんね、ヘンゼル。でも、わたし達には行かないといけない理由があるから…」
オレの両親、そして戦いの師匠であった金太郎の仇敵である元勤務先の企業・エネルジオプティマスへの復讐のためにも、少しでも多くの主人公の力を手に入れなくてはならない。そのためには何より時間が惜しかった。ただ……。
「ヘンゼル、グレーテル。二人の旅立ちを邪魔しちゃ悪いわ」
「いいや。気にしないでくれグレーテ。それに、出発するのはさっきの補修工事を手伝ってからにしようかなーと思っていたところだったし」
右隣でナッツを摘んでいたキネシスの左手の上に掌を置き、声に出さずに意思を伝達する。
「(そういうわけだ、キネシス。正直言うと、此処を去るのが名残惜しいと思ってる。急で悪いけど、オレの我儘に付き合ってくれないか?)」
「(アルくんとの旅に出ている時点でとっくに付き合ってるでしょ?わがまま。……出発したら、アイスキャンディー三本だから)」
「(はいはい、いつものソーダ味な)」
オレと霊体状態ではないキネシスは体に触れている間だけ、直接脳内で会話をすることが出来ることができる。
……なお、今朝のヒソヒソ話については探りを入れさせてはもらえなかった。
「金太郎、ダブルキャストチェンジ――二重変身!」
強化パーツ、ダブルクロスコネクターの力で二人の金太郎に変身したアルジは、それぞれ石畳などの景観補修の工事の戦力に加わっていた。因みにキネシスはヘンゼルとグレーテルの遊び相手としてそのまま留守番をしている。この世界は夏頃なこともあって氷で形成している体には堪えるだろうし、面倒見もいい性格なので適材適所だと思う。
分身の金太郎が木材をエッホエッホと運ぶ一方で、戦闘中に壊れた石畳の補修をしていると視界に見知った人物が映ったので話しかけることにした。
「おはようございます、ペーター村長」
「やあ。その腰のベルト……。そうか、昨日のアルジくんか。ええ、此方こそ助力いただきありがとうございます。それから、村長はまだこそばゆいのでペーターで構いませんよ」
「そういうことでしたら、お言葉に甘えて…」
昨日の今日とはいえ、肩書きを得た人物が相手だからと思わずエネルジオプティマス勤務時代のビジネスマンのノリが出てしまった。
「先日は村を守っていただき、ありがとうございました。……それにしても、まさかブラウニーさんにあんな化け物が化けていたなんて……」
まあ、そりゃそう思うのも無理はない。
「でもまあ、これでペーターへ意地悪してくることもなくなったんだし、結果オーライなんじゃないか」
「そうですね。お陰様で、子ども達を龍神様への生贄にするなどという話も今回の騒動でそれどころではなくなりましたし」
そう言うと一息ついた新村長は憑き物の取れたような、安堵した表情をしていた。元々双子が悪戯したことで目を付けられたこととはいえ、そんな発言をされては余程ストレスだったに違いない。
「昨日の祝勝会で話した通り、その龍神様……ファフニールは元々人間は食べないんだそうだ。当時の本物な村長は得体の知れない上に言葉も通じないドラゴンなんて目の前にしてしまったのだから無理もないだろうけど」
「……言葉が通じなかったファフニールの『人間は食べない』なんて、何処で知ることが出来たのですか?」
鋭いな、さすがはグレーテの旦那なだけはある。先日の酒の席でも同じような内容を話したのに記憶にないことを除いて、だが。
「オレの腰に巻いているベルト、変身キャストドライバーには全自動言語変換機能が備わっている。他所の世界から来たオレとこうして会話が出来ているのはその為だって言えば、さっきの情報源は解るだろうか」
載せていて良かったランゲージチェンジャー機能。邪神だろうと古代言語を扱うドラゴンであろうとも、会話内の録音したデータを一度装置内でオブジェクト扱いさせることで読み込み、それをベクトル変換したところから同一の声色で翻訳音声を再生成するという専用の翻訳アルゴリズムによって意思疎通を可能にしてしまう。しかもエネオプ社内で開発を進めただけのことはあり、音声データのベースは大体0.0033秒で伝達される光子化状態で即時実行される。我ながら世紀の大発明ではなかろうか。
「よく分かりませんが、そのお陰で会話が出来ていたと……」
(うんうん。いつかこの発明の素晴らしさを理解出来る人物に出会いたいところだ)などと自惚れていたところ、何かを閃いたような顔をするペーター。
「どうした?急にオレのベルトを見て。……さすがにこのドライバーは渡せないぞ?」
次元移動の要ということもあり、幾らお人好し(自称)のオレでもそんなことを仮に言われたところで無理だ。というか、この村長相手にすっかりタメ口で話すようになっていた自分に今更気が付いた。
「それは……、そうですよね」
目的は件の竜とコミュニケーションが取れるようになるこの言語変換機能なのだろうが、個人的には火山にいるあの二人のことを考えると……。
「代わりのものを作ってみるよ」
「可能なんですか!」
「ああ。言語変換の機能をコピーしたものを別の機械に移し替えるだけでいい。その代わり、少しだけ時間が欲しい」
その新村長が感謝と困惑の入り混じった視線を背中に向ける中、金太郎の変身を解除すると人目に付きにくい黒い森に入っていった。
『お帰りなさいませ。アルジ・キミヒト様、認証成功』
「おう。王国マリネリアの病院の庭以来だな」
お菓子の家跡地があることを思い出して戻ってきたところで唯一残っていたソファーを足で退かすと、手のひらサイズのボール状カプセルをその場に放り投げてカプセルハウスを展開したオレは早速翻訳機作りのため、そのまま父の遺した開発用ルームへ入室する。一瞬ソファーから「痛ってえ」などと聞こえた気がするが気にしないものとする。
「キャストドライバー内の此れをコピーして……、後は本体だな」
デスクに固定された4枚の各ディスプレイにソースコードと設計図、3Dパースを表示する。
「機械に慣れていない人を相手にする商品開発部の経験が生きるかもな」
右手を伸ばし、壁面に設置されている資材生成AIパネルで保存されている光子から銅、ガラス繊維、樹脂等を選択し、その下にある3Dプリンターに素材情報を転送する。
「この世界は夏だから機械が熱暴走しやすいし、時代が時代だからオレらが退去するとそれで故障でもされたらメンテできるやついねーよな……。そうだ!」
簡単な造形、求められるタフさといい、アイディアをひり出し形にするのはやはり容易ではない。
しかし、なんだろう。
人に求められると、性で血が騒ぐのか作業の手が止まらなくなり、室内に設置していた意識検知型全自動ドリンクサーバーから合成コーヒーを啜りつつ集中力を高めていた。
――――三時間は経過しただろうか。それが一頻り完成した時には昼頃を迎えていた。
「そうだ。この際だから自分用にブランクのものを幾つかと……」
開発の度に此の工房があるカプセルハウスを出すのが面倒に感じたので、以前此処で作った自身のパワーアップアイテムことダブルクロスコネクターの設計図に目をやると、空腹すらも忘れて只管キーボードに指を這わせていた。
「Foooo!!物作りた~のし~!」
第三者からすれば今のオレの眼はクレイジーに映っているかもしれないが、脳内がドーパミンに溢れたこの状態を止められるものなど……。
「――――アルくん、いつまでやってるの!早くお昼ご飯食べに来て!!」
「ファッ!?キネシス、何故ここに」
背後を見ると、扉と重なっている霊体状態の相棒が割烹着姿で此方をキッと睨み付けているではないか。
「せっかく留守番中の子ども達とご飯作ったのに、アルくん補修作業から全然帰ってこないから一旦アイスドールから抜けて戻って来ちゃったよ。……というか、ここどこ?」
「此処はカプセルハウス。居なくなった両親の形見でな」
尤も、幼少期に掛かったロックを解除して使えるようにしたのは人魚姫の世界でキネシスが連れ去られた後なのだが。
「ふ~ん……(ていうことはここってアルくんの実家!?あぁ~、アルくんのお父さんとお母さんが居たら外堀埋めたり出来たのかなぁ~)」
昼食のために呼びに来ていたというのに、一心同体状態に戻っているキネシスの止まない妄想が脳内に流れ込む中、アルジは無心で開発を続けるのであった。
「満足……したぜ」
「アルくん、もう夕方じゃん……」
オレンジ色の空の下、開けた黒い森の道に伸びる二人の影。
右手には自慢の発明品を、左手にはアイスドール化したキネシスの冷たくて柔らかい手を握り、その足は元来た村へと向かっていった。
黒い森に繋がる村の入口まで辿り着くと、補修工事に参加していた村民とホルツマン一家、そして姿を見るのは火山振りな双子の剣士ことジークフリートとシグルドに、何とファフニールまで出迎えていた。
「アルくん連れてただいま戻りました~」
「……まさか、アンタらまで村に来ていたとはな」
「よう、アルジとそのガールフレンド。腹減ったからコイツらと山を下りてたら、賑やかそうにしていたもんで来ちまったよ」
そう言うジークは「あはは……」と呆れ笑いを浮かべるメガネの弟と巨大な翼を翻すドラゴンに目をやっている。
「いや火山の距離だぞ、どんだけ視力あんだよジーク」
黒い森を挟んでいる上で村人の様子まで見えるとは、その千里眼はさすが異世界の英雄なだけのことはある。
「ふむ、人げ…アルジ・キミヒトよ。その手にある鉄の塊のようなものは何なのだ」
今コイツ人間とか言いかけたろというツッコミを飲み込んで「コイツは新村長リクエストの全自動翻訳機。これがあれば、アンタらはオレらが居なくなっても言語の壁を越えて会話が出来るようになる」と伝えたところ、ファフニールは感心したような反応を見せた。
「このラジカセみてーな本体は熱に弱いから直射日光は避ける形で、なるべく室内に設置しておいてくれ。ただ、此処からコードで繋げてあるこのソーラーパネルは日当たりの良い場所に置いておく必要がある。汚れてくると発電効率が悪く…動きが不安定になるから、時々表面を軽く拭き取るなどの掃除を忘れないようにしてほしい」
オレの使い方説明が終わると、シグルドから提案が上がった。
「この村に空き家はありますか?もしよろしければ私達が住居として使わせていただく代わりに、その翻訳機の面倒を引き受けようと思いますが」
帰る世界が消失してしまっている二人の現状を思うと、それが自然だろう。
「ペーター。あの双子の剣士は強いのよ?あの竜だって村人を襲うつもりもないだろうし、村の警備を任せておけば安心じゃない?」
「悪くないね、グレーテ。――――お三方、それでは元村長の空き家をお使いいただく代わりに翻訳機の管理と村の警備をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「任せてくれ、村長。――やったな、シグルド!これで無職のホームレスは免れたぞ」
「そうですね~、兄貴」
ファフニールはともかくとしても、二人は火山に住み着くわけにはいかないだろうし、ついでに空き家の扱いも解決できて納得のいく着地点ではある。
「また遊んでね、ドラゴンさん!」「おいらたちが魔法でまたお菓子作ってやるからな!」
「うむ、良い子達だ」
この世界を訪れる前からは想像も付かないような状況だが、仲良くやっていけそうな雰囲気なので問題はないだろう。
「ヘンゼル、グレーテル。最後に一枚だけ、集合写真を撮ってもいいか?」
「あれだよね、時間を切り取るやつ!」「撮ろ撮ろ!」
火山での会話、憶えていたようだ。
皆が集まったところで藁を纏めた束にキャストパスを横向きにして立て、十秒のタイマー機能をオンにしてから急ぎで皆の元へ駆け寄る。
「ほれー、アルくんこっちこっち」
「ども~」
キネシスが指差した隣に促されるまま並んだところで、
『4、3……』
「アルくん、こっち向いて?」
「えっ、何を……―――!!」
『……2、1』
「「Ameisenscheisse!!」」
皆の掛け声とシャッター音の聞こえる夕暮れの中、その唇の感触に時が止まったような感覚がした。
「(キネシス、一体どういうつもりで……!?)」
「(――アルくんの初めて、も~らいっ!)」
撮影が完了して直ぐに顔が離れたキネシスは頬を赤らめながら微笑む傍ら、両手が震えているのが見えた。
それを「キネちゃん積極的~」と背後から見ていたグレーテは「あ、そうだわ」と此方を見るなり何かを思い出したような表情をしてみせた。
「そういえば、この世界には何か目的があって来ていたんじゃなかったかしら?ほら、落とし物がどうこうって」
「やっべ…忘れてた〜」
反射的に右ポケットの感触に触れると、火山のファフニールの腹から見つかった例の黒い箱を思い出した。
『「必要ならさっきの落とし物、見つけてこようか?世界の位置さえ判ればだけど」
「いけるのか!外見は黒光りしていて赤い線が走る如何にもな宝石なんだが、黒い箱の中で7本ある支柱に支えられて浮いているのが特徴なんだよ。あれは俺たちの信奉者からもらった大事な宝物でな……」
「テキレバティ?」
「そう。そのテキレバティを見つけて空に掲げてほしい。そうしてくれりゃ、俺の風の力で回収しとくからさ」』
此処へ来る前のオレと黄衣の王との会話……、今思えば途中でクトゥルフが口走ったテキレバティってなんだよと吹き出しかねなかったが。
その箱を夜が近づく空へ掲げてみる。
『あ~悪い。一旦ボイチャ中断するから、そのままちょっと待っててくんない?』
……………………???
(え、なに?ボイチャってあのボイスチャットで間違いないんだよな?)
よく聞くと、遠くで『あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛』『また射線上に入ってんじゃねえかよ、あっくん!!』『クールダウン10%もいいけど、だめだ、まずドロ率アップも欲しいっす』など、姿こそ見えないものの明らかにゲームか何かしている様子のあっくん・シャクビー・くろくろといった見知った邪神の声が空から聞こえる。
『さっきぶりだな、アルジ・キミヒト。しろわだ』
少なくとも数日は経過していたのだが、此れが神特有の時間間隔というものなのだろうか。
「あ、はい、どうも。なんか作業中だったか?」
『ちょうど今ゾンビのシューターゲームの生配信中でな、視聴中の信奉者を待たせたくないから手短に頼む』
「依頼されていた宝石を見つけたから、風とやらで回収を頼む」
『確かにトラペゾヘドロンだな、よし』
直後、上から強い風が吹き込むと掲げていた黒い箱だけが舞い上がり、空の彼方へ急速に飛んでいった。
「ミッション、コンプリート!さあ、遅くならないうちに移動だ、キネシス」
「うん!……ところでさっきまで誰と話してたの?」
道理で誰も反応しなかった筈だ。
「ディメンションゲート!――――キャストサーチ履歴より座標設定完了」
キャストパスの次元移動用アプリを起動し、直近の変身履歴から行先を追加する。
「やはりあの異様な種類のアタックチェンジは魅力的だよな。アレは見つけてしまったからにはアドフォルテの世界しかねえだろっと」
アウフフォッカーとの最終局面でのキャストサーチで偶然変身した未知の主人公、アドフォルテ。
楽器と昆虫を混ぜ合わせたような生物の力を閉じ込めたリボンの力を使うようであったが、今のところ他の主人公で使える攻撃手段が大体三~四種類程度なのに対し、キャストパス内でのアドフォルテのページを見た限り軽く三十~四十と凄まじく、まさに技のデパートといったところだ。あの一分間では扱いきれなかったが他にフォームチェンジも複数あることから、もしその力を得られればエネルジオプティマスへの対抗手段として大いに活躍が見込めるだろう。
そんなことを思いつつ、アルジは端末をベルト横にあるチェンジスロットに差し込んだ。
『座標…2D4A5D1A3L6Y』
正面で引き裂かれるようにして、座標先へ続く穴が開いた。
「いよいよだね、アルくん」
「長かったんだか短かったんだか、だな。――――色々ありがとな、みんな!」
別れを惜しむあまり、見送る面々にキネシスと手を振る。
「また来てね、アルジ兄ちゃん、キネシスねえちゃん!」「バイバイ、アルジにいとキネシスねえ!」
この兄妹、笑っちゃいるがすっげえ涙ボロボロじゃねえか……。
「まあその……出会いは最悪だったかもしれねえが、色々変身してて凄かったぜ。また戦おうぜ、アルジとそのガールフレンド!」
「あの~今更ですが、わたしキネシスという名前で……」
「兄貴は名前を憶えるのが苦手なので、そのうちガールフレンドに戻ってしまうと思います」
「そんなぁ~」
どのみち直ぐ出発してしまうので、忘れたところでいつ顔を合わせる機会があるのかとは思う。
「お菓子のお家は失ってしまったけど、皆のお陰で十年越しに大事なものを取り戻せたわ。なんてお礼を言えばいいのやら……」
「お二方、私の家族が大変お世話になりました。今後のご活躍、心より応援しています」
「こちらこそ。あと、復興作業あんまり手伝えなかったけど、お役に立てたんなら何よりだ」
問題解決のために勤しんでいた大変な数日間だったが、その分、沢山の人々との出会いもあり充足感も大きかった。今の旅を終えたらまた寄ってもいいかもしれないという気にすらさせてくれる。
「そろそろゲートが閉じちゃうから、もう出発するわ。じゃーなーみんな!」
「短い間だったけど、仲良くしてくれてありがとー!!アイスドール解除っ」
キネシスを形成していた氷像が砕け、霊体がオレの体内に吸い込まれた。
旅に出会いと別れは付き物だが、世界を訪れる度にこうだとメンタルにくるものがある。
だが仕方ない。オレの目的は単なる旅行ではなく、あくまでエネルジオプティマスへの復讐。
それまでは決して、どんなに仲の良い人物が出来ようとも歩みを止めることはあってはならない。
村の皆が手を振り声援を送る中、次の世界へ向けてディメンションゲートへ身を投じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ヘンゼルとグレーテルの世界からアルジとキネシスが旅立ってからおよそ四ヶ月が経過した。
「グレーテ、今度誕生日だったろ。ジークさん達と森で大物を捕まえてくるよ」
「別にそこまでしなくたって大丈夫よ?」
木こり兼新村長の家屋、そのダイニングにて食卓と部屋を灯す蝋燭の明かりを囲う四人の家族が居ました。
「え〜、オイラはパパの獲るご馳走楽しみだけどな〜」
「もう…おにいったら。誕生日の主役はママなんだよ?それに……、」
食べ盛りな双子の長男ヘンゼルと妹のグレーテルは母親のある一点に目をやりました。
「お医者様が言うには産まれてくるまでもう暫く掛かるそうだけど、グレーテもそのお腹の赤ちゃんにも栄養は必要なんだしさ」
双子の父であるペーターも、グレーテのお腹の様子が気になるのか優しく手で撫でています。
「楽しみだな〜!弟かな?それとも、妹?」
「ワタシたちみたいに、また双子かも〜?!」
「ふふ、産まれてくるまでのお楽しみね。――さあヘンゼル、グレーテル、ペーター。早く食べないと、せっかく焼いた鹿肉のステーキが冷めちゃうわ」
期待だけでは腹は膨れないと、母グレーテはナイフ・フォークを握る家族を食事に催促しました。
「うわ〜早く食べよ!このデカいのも〜らいっ!」
「あっ、ずるーい!」
「こらこら二人とも、お肉は逃げないんだからゆっくり食べなさい。……そういえば、グレーテ。やっぱりあれから魔法はもう使えないままなんだっけか」
村を脅かし続けていた怪物、アウフフォッカーとの最終決戦の最中で魔力を全て使い切ってからというものの、グレーテの魔力は一向に回復しなくなってしまいました。
「無理し過ぎて一生分の魔力を消費してしまったのかしらね……。でも、今の私にはもう必要ないわ。そんなものよりもずっと大切な、皆んなとの今の生活があるんですもの。私にはそれさえあれば十分幸せよ。――ほーら、ペーターも早くしないと子ども達に食卓のもの全部食べられちゃうわ!」
「そりゃまずい。……お〜い僕の分も残してくれよ〜!捕まえてきた本人が食べられないなんて、そりゃないよー!」
「「あははははは!」」
それに、誰かを幸せにする魔法ならヘンゼルとグレーテルが受け継いでくれています。
この子ども達ならきっと、ワタシたちの村を幸せにし続けてくれるでしょう。
家族の再会と、やがて幸福で世界を救うおかしな魔法の物語を人はこう呼んだのです。
『ヘンゼルとグレーテル』、と。
「ウチの名前は七星綾瀬!
ある日、テントウムシとタンバリンの妖精『リンリン』が現れてビートアイランドが大ピンチだと告げられちゃった!
人間界にも迫りくるBB×2の魔の手から平和を守るため、
ウチとお嬢様の北扇子舞ちゃん、スポーツ万能の本木南ちゃんの三人はミューセクト達の力が宿ったバグズリボンで昆楽変異!
新番組、昆楽戦姫アドレディ!2028年2月6日、日曜あさ8時30分から放送スタート!アーユーレディ?アドレディ!」




