第20巻、双子の剣士と「これより、宝物摘出手術を開始する」
前回のあらすじ3行。
「火山洞窟にて北欧神話の英雄ジークフリートとシグルドの双子コンビとの本物偽物対決を制したアルジ&キネシスコンビ」
「ジーク・シグルド達から事情を伺っていたアルジだったが、その背後から龍神様と呼ばれていた邪竜ファフニールが姿を現した」
「体内に神々の宝物を封印していたファフニールだったが、しろわから依頼されていた品物を十年前に遭遇した謎の怪物から口内へ放り込まれてしまっていたことを知り、驚愕するアルジなのであった」
「……………………」
黒い森にひっそり佇むお菓子の家を見上げる、一人の黒い影。
「チッ…、まだ痛むか。あの顔面リンゴ人間め…」
『「――――無意味な答えを得ようとする滑稽さこそは不条理。そこに逃げ場は無く、ただ選び背負い在り続けるこそは実存の刑。崇高なる幻想は剥ぎ取られ、残る血肉、臓腑、腐敗こそは低級な唯物。意味なき世界、存在、物質の証明を開始しよう……」
「………………………(なんだ、あの三色の強い輝きは……!?あんなものが命中してしまったらひとたまりもない!)」
「放つといい!『不条理にして実存せし唯物の一矢』」
迫り来る灰色、朱色、土色が入り混じる光の矢。
・・・・・・…………』
(あの放たれた一撃、確かに脇腹を掠っただけだったハズだ。痛みも感じない。なのに――)
右手で恐る恐る患部に触れようとして、しかしそれをやめる。
その脇腹は抉られたように骨肉の断面を露わとしていた。
あの矢の影響か、掠った箇所から崩壊が侵食していたのだ。
あの時モロに食らっていたなら今頃どうなっていたのかと思い出すたび身震いする。
「回復、しなければ……。あのクソどもが帰ってくる前に…!」
乾き切った、それでいて怒りの泥を塗りたくったような暴力的な声色の主は、そのギラついた紅い眼にとある家屋を映していた。
「ヴェハハ…あの時、森の入り口から後を付けて正解だったわい。この家、匂いは一見見たまんまのお菓子そのものだが、目を凝らすと小さく顔が浮かんでいるではないか。やはり、人間なのだな」
血管が浮かび怨恨に歪ませていた表情は一変、尖った大きな鼻に甘いそれを嗅ぎ収めると恍惚の色に染まる。
菓子の隅に見える顔のような模様に、灰色の怪物は絶頂でも迎えたかのように鼻息を荒くしている。
「あの黒ずくめのババアめ、散々ワシの食料を横取りしよって…。昨日、家の外から盗み聞きしていたのじゃぞ」
『「これ、食ってもいいかな?」
「魔女狩りから人殺しになりたいんならな」
「えっ」
(ほう…?)と聞こえた男と老婆の話し声に耳を傾ける、グミグミとした紫色の窓から覗く影。
「ああ、コイツは元魔女狩り。普段は人に魔法を打ったりはしないんだけど、正当防衛ってことで見逃しておくれ」
「えっ、ということはこの家を形作っているお菓子って……」
「全部じゃないが、部分的にその正当防衛で得た建材で補修しておるがな。人由来は匂いこそお菓子だが、中身は変わらんから食ったら血肉の味に変わってしまうでな」
(いいことを聞かせてもらったぞ……)と存在を悟られないうちにその場を後にしたのであった』
「根城が見つからず年月も随分掛けてしまったが、間抜けの殻となった今がチャ〜ンス!腹一杯に喰ってやるぞ、人間どもォォ!ヴェハハハハハハァーーー!!」
転倒で負傷していた右足を引き摺りながら距離を詰める。
板チョコレートの壁に鋭利な爪を立て、齧り付くと飛散する鮮血と肉片を一目見て、悪魔の形相で舌舐めずりをする怪物。
お菓子で出来た窓、玄関扉、内装に至るまでを貪る。
「ケッ、このソファーもお菓子に見えたが堅くて食えんな。他だ他…」
やがて家屋が大きな音を立てて倒壊した後も、ポテトチップスの屋根をバリボリと無惨な姿に変えていく。
「ふぅ〜、満足満足。へへっ、ザマーねえぜ魔女のババアがよぉ!ヴェハハハァー!………」
(――足りない)
その傷を完全に癒すには、不足しているものがあった。
「おのれ魔女め、ガキを変えたお菓子がねえじゃねえか。期待させやがって…」
右足の痛みは失せ、体力は完全に戻り筋骨隆々となった怪物だったが、肝心の脇腹にある負傷が治らなかったのだ。
(体力だけなら人間の大人の肉でも構わんが、コイツを治すにはやはり、明日の儀式の生贄を喰らうしかあるまいな…)
大食漢の怪物は左の脇腹に爪を刺すと、空気を抜いて膨張した身体を窄ませていた。
……。
…………。
(伝えなくては…。家が、得体の知れない化け物にやられた、と…)
お菓子の家跡地にて、ガタガタと歯形の残ったクッキーのソファーが震えていた。
一方その頃、黒い森を抜けた先の火山、その最深部。
「なあ、ファフニール。いつまでも腹ん中に宝とか詰め込んでたら食事も碌に摂れないだろ」
「そう…だな。我が盗みを働いた神々の気配も感じられぬとなれば、取り出せるものならばそうしたいものだ…」
此処へ行く切っ掛けとなったしろわこと黄衣の王の依頼の品を体内に投げ込まれたことには最初こそ目玉が飛び出るほど驚いてしまったが、神々から取り上げた曰く付きの宝を封印するためとはいえ、少なくとも十一年以上は恐らく飲まず食わずなのは気の毒に感じてしまった。
それにあの竜と、横にいるジークフリートとシグルドは知らないだろうが、たぶん彼らの世界ごと持ち主の神々も消失していることを思うと、最早奪われないように守る行為は意味を成さないとまである筈だ。
「どうするの?アルくん」
「ファフニールが宝を取り出したいと言うなら、やる事は一つだよな。キネシス」
「う〜ん??」
相棒に意図が伝わっているのか不安なところだが、やるしかない。
「みんなー、集まってくれ!伝えたいことがあるんだ!」
溶岩の見える洞窟内に反響する呼び掛け。
その声に応じて、竜の尻尾で遊んでいた双子の子供たち&剣士、老魔女グレーテがアルジと円陣を組む形で集結した。キネシスは集まりの上で浮遊している。
「例のお菓子ドカ食いなんちゃらは結局どうなったんだい?」
老魔女グレーテはアルジ考案の作戦の行方を心配していた。
「ああ、悪いがあれは中止だ。あのファフニールは倒すほど悪そうなやつには見えないし、村の因習解決の糸口も見つかったしな。……ジークとシグルドも倒さない方向で構わないか?」
「構わねえよ。なあ、シグルド」「問題ありませんよ、兄貴」
グレーテと双子の剣士は否定もなく頷いてくれた。
「それでどうするの?中止ってことはお菓子は食べないの?」「おにいの言う通りです」
続いて双子の子ども達からも質問が飛んでくる。
「食べる目的ではないんだが、実はお菓子も使いたい」
そう、最初にグレーテと出会い交戦した際の戦術から閃いた運用方法があった。
「ほほう、詳しく聞かせてもらえんかの」
「おう、グレー…じゃなかった。ばあさん」
「も〜う、グレーテルはワタシだよ?アルジにい」
「あはは、悪い悪い(あっぶね…!)」
ばあさんことグレーテは溜息を一つ付いた。
「んで、此処からが新たな作戦になるんだが……うんぬんかんぬん…」
皆が落ち着いたところでいよいよ作戦会議だ。
「よくよく考えたら『うんぬんかんぬん』って、なに?」
キネシスの脳内には?で出来た海原が広がっていた。
約五分後。
「待たせたなファフニール!――よーし、此処からは作戦通りだ!ヘンゼルとグレーテル、魔女のばあさんはファフニールを挟むように横に回って!ジークとシグルドは剣を構えてスタンバイ!」
各自から了解の合図が聞こえた。
「我を囲って、これから何をするつもりなのだ」
「お前を苦しめている原因を取り除くんだよ。そのために、一旦眠ってもらうからな!」
「は、はぁ…」
今更ながら、作戦内容をこのドラゴンにも伝えておけばよかったと軽く後悔している節はあるのだが、此処まで来たからにはもうやるしかない。
「オレは…、――キャストサーチ」
(なんか眠らせるやつこい!なんか眠らせるやつこい!なんか眠らせるやつこい!なんか眠らせるやつこい!なんか眠らせるやつこい!)
キャストパスの液晶画面に映るランダム表記に注目していたのだが、
「……ロミオ&ジュリエット」
(えっ。なんか眠らせるやつなんてあったっけ)
脳内の物語ライブラリに意識を逡巡させるが思い当たるモノが見当たらない。
「アルくん。とりあえず変身してみたら何かわかるかも!」
「そうだな、キネシス。――キャストチェンジ」
相棒に促されるまま、腰に巻いている変身キャストドライバーにパスの情報を読み込ませ、チェンジスロットに差し込んだ。
……直後、その場全員の視界が真っ暗となった。
「な、何が起きているんだい…」と魔女グレーテを始めとする皆が狼狽、困惑する中、舞台の幕が上がった。
ファフニール達の前に現れたのは石レンガ造の低層の塔。
そして何処からともなくスポットライトの当たるそのバルコニーに姿を現したのは、淡い青のロングドレス姿のキネシスだった。
「ロミオ。……そこに、いるのでしょう?」
真っ暗な洞窟内の端に突如現れた草むらのハリボテから黒のクロークを羽織った深紅のダブレット姿の人影が姿を見せる。
「ええ、ここに。キネ…じゃなかった、ジュ、ジュリエット」
噛み噛みじゃんアルジ兄ちゃんだの、我は何を見せられているのだとか、さっきから何やってんだなどとのジークの声もツッコミがその耳に入ってくる。
「……時間ないから急ぐよ?――ロミオ……どうして、あなたはロミオなの?そのお名前をお捨てになって、このわたしの全てと仮死の薬をお受け取りになって頂きたいの。そーれっ!」
ジュリエットの両手投げで放り投げられた小さな薬瓶。
「よーしキャッチ!――(入っているのは粉薬タイプなのか……。それなら)――キネシス、料理対決んときの氷の皿を出して!あと魔女のばあさんは皿が完成したら、そこに果物の汁とかが入っていないドロドロにしたゼリーを流し込んでくれ!」
グレーテは首を縦に振ることで返事してみせた。
「アレだねアルくん!手出して~!」
促されたので薬瓶のフタを咥えてから両手を前に出すと、あのひんやりとしたスープ皿が瞬間的に出来上がる。
と、同時にキャストサーチ変身の時間切れでアルジは変身が解け、キネシスも実体を失いいつもの和服姿に切り替わった。
「その皿だね!幸福呪文、ジュレッとゼリー!」
すると、不思議な光景だが氷の皿底から温泉のように液状のゼリーが沸きあがってきたので、足元にそれを置くと瓶を手に取り、捻って中の白く濁った薬液を赤い無果汁ゼリーに振り掛けた。
「お待たせ。ファフニール、これを飲むんだ」
「うむ……」
ドラゴンは器用に爪先で皿を掴むと、中身をサッと舐めとった。
「これはた…しかに……眠…くな……」
(いや盛っておいてなんだけど何ちゅう効き目の速さだよ。……じゃなくて!)
「今だ!ヘンゼルとグレーテルは倒れてくる方向にあのグミを!」
「おにい、出番だね!」
「だね!」
兄妹は両手を突き出し、魔法を放つ体勢に入った。
「「幸福呪文、グミグミシールド!」」
微睡むファフニールは仰向けの姿勢でグミグミシールドが何枚も並んだ中に倒れ込むと、静かに寝息を立て始めた。アルジには体型的にいびきでもかきそうに見えたせいで意外に感じてしまっていた。
「いよいよ出番だ。ジーク、シグルドはオレとファフニールの腹を切り開くんだ」
「よっしゃあ!」「…いや声おっきいですよ兄貴」「いやスマンスマン、起こすとこだった」
うっかり顔で頭を搔く兄と困り顔を浮かべながらメガネを正す弟だったが、気を改めたのか表情を切り替えて剣を振り翳す。
「オレもだな。――チェンジスラスター」
専用アプリを起動してベルトの右手側、チェンジスロットへキャストパスを挿入する。
アルジの目の前で光の粒からその名を冠した武器が現出する。
剣身から半円状のスキャニングボードへかけて青白いエネルギーラインが走る剣装状態の柄を手に取ると早速キャストパスを読み込ませた。
「ラストアタックチェンジ・スラッシャー」
アルジが二人に「行くぞ!」と声を掛けると、その三人はファフニールの腹へ斬りかかる。
「これより、宝物摘出手術を開始する!」
「おらァーー!!」「ハッ!!」
アルジのエネルギーラインから青白い輝きが激しく迸るチェンジスラスター、ジークフリートが握る紫風を纏った魔剣バルムンク、赤き焔風が渦巻くシグルドのグラムは揃って竜の腹を全力で切り裂いた!
飛散する鮮血。
「うわっ!めっちゃ返り血浴びちゃったぜおい」
「私の眼鏡が……」
「覚悟はしてたが、なんか汚れちまったな……。って、アレらか!腹ん中の宝ってのは」
赤黒く汚れた三剣士。
……一方で、切開されたファフニールの腹中に見えたのは黄金の輝き。
「本当にお宝を飲み込んでいたとは……」
子ども達の視界を覆うように両手を回すグレーテも、その光景に目を疑っていた。
「よし、二人とも。あの中の宝、全部取り出すぞ!」
「おう!」「はい!」
双子剣士らは剣を鞘に納め、アルジもその武器を近くに投げ捨てて宝の運搬作業に入った。
大中小……と様々なお宝。
黄金のワイングラスやら甲冑一式に、壺やらダイヤ、その他金銀財宝がざっくざくと見つかっては運び出される。そんな中、
「あった!これだ、遂に見つけたぞ依頼の品!」
ハスターに頼まれた、一際異彩を放つ謎の黒い箱を発見したアルジ。
「ぜってーこれだろ。……そういや、これを上に…って。まあまだ洞窟内だし、色々片付けてからだな」
回収に成功したその宝物は一旦ポケットに仕舞い込んだ。
「キャストサーチ………、フランケンシュタイン」
(おっ、あの死体継ぎ接ぎ人造人間か)
「キャストチェンジ、――変身!」
「アルジのやつ、今度は何に変身するつもりなんだい」との老婆の声を背に、アルジの全身が光に満ちた途端にそれは完了した。
ところどころ解れた毛が飛び出す、柔らかく波打つ栗色のシニヨンヘア。
緩んだ襟元に巻かれるリボンタイ、インクのような黒染みで薄汚れた袖口のヨレた白衣を身に纏う、丸メガネを掛けたアラサー女性。
「(あ、そうか。フランケンは人造人間じゃなくて博士の方の名前だったか。失敬失敬…。ていうか作中の博士って男性じゃなかったっけ。……じゃなくて)アタックチェンジ、フランケンシュタイン」
気を取り直してから一連の動作を終えると、現れたのは縫合手術に使うと思われる強靭そうな糸と太い縫合針だった。
「行くぞ!」
アルジが変身した白衣の女は裂けたファフニールの腹上に飛び乗ると、「そりゃそりゃそりゃそりゃー!!」とかなりのハイペースでその縫合を着実に進めていく。
「アルくんすっご……」と作業ペースに感動していたキネシスだったが、直後の「これは変身後の技量が凄すぎんだよ!」というアルジの発言で納得を得ていた。
「はい、手術完了!お疲れ様でした~」
背後のファフニールの腹部は綺麗に縫い合わされていた。
鮮やかなフランケンシュタイン博士の手術の手腕に一同はおお……という良い意味での声を上げていた。
だったが……。
「どうしたアルジ?ボーっとして」「アルジさん?」
変身解除まで残り二十五秒。
ジークフリートとシグルドが無言で俯くアルジの元へ駆け寄った。すると……。
「ジークさんって、こう見えて襲い受けっぽいですよね。ふひひ……」
「は?」
丸メガネの奥で熱に浮かされたように潤んだ瞳の主の早口な呟きにジークの表情が歪んだ。
「アルジさん、ちょっとさっきから何を……」
「――うーん、シグルドさんも雰囲気健気受けみたいなので、邪道っぽいですが此処にタチの竿役を立てて3Pものにするのもアリでしょうか…くく」
「え゛っ゛っ゛」
シグルドの反応を見てから、急に子供たちの両腕のホールドをより強固にし出したグレーテ。
「ばあちゃん痛いよ~」「おばあちゃん、受けと竿ってな~に~?」
「お前たち、絶対に見聞きしちゃダメだよ!」
キネシスから(いままでで一番母親みたいなことしてる……)などと思われてしまった。
「(くっそ、突然体が言うこと聞かなくなったし、剣士の二人が薔薇に囲まれたように見えてくるし、あらぬ妄想まで脳内に溢れるし、しまいには変な事まで言い始めるし……、誰か止めてくれー!!!)」
慣れない四体変身だったブレーメンの音楽隊や寄生体のロビンフッドならまだしも、単独で此処まで自我を発揮して抗ってくるタイプの変身先は流石に初めてのことで、アルジは残り時間のことすら忘れて内心焦っているほどだ。
「ああ…、出来ることならワタクシの人造同人達で再現実験を始め…、って時間切れか。じゃ~ね~オス犬たち!」
白衣の腐女子系アラサー変態メガネ博士から新品同然のオーバーオール姿となったアルジ・キミヒトへと元通りとなった。
「いやオス犬ってなんだよオス犬って。まさしく腐乱犬ってか」
「……アルくん、わたしより寒いものをお出しするのやめてください…」
「わざとじゃねえよ!?」
その後、フランケン博士に人格を乗っ取られかけていたアルジは、ジーク達に情状酌量を求めるべく謝罪と釈明にせわしなくしていた。
「やれやれねぇ……」
老魔女は頭を抱えていた。
仮死の薬で眠るファフニールと洞窟中に召喚されていた大量のお菓子を後にし、一同は火山の外に出ていた。
「アルくん。あの竜は解決したけど、これからどうするの?」
「そうだな……。ファフニールの一件は解決したし、一旦お菓子の家に戻ってからあの村に行ってブラウニー村長に今回のことを報告しようと思う。それで儀式も無くなれば一件落着なんだが……」
喉に刺さった魚の小骨の如く、ハッピーエンドまであと一歩だというのに何かが引っかかる。
「どうしたんだい、アルジ」
「…ああ。ファフニールが話していた、最初の生贄の行方だよ」
此処でひとまず、ファフニールの証言について思い出してみた。
『「ファフニール。十年前、最初に此処へ連れてこられた子どもを憶えているか?」
「ああ、あの臆病だった子か。憶えているとも。連れてこられてから一週間は供え物の果物を与えたり遊び相手になってやったのだが、ある時妙な姿の化け物がやってきてだな、その子どもを攫ってしまったのだ……」
「最初は保護者が連れ戻しにきたのかと思っていたのだが、ニンゲンにはあんなに裂けた口や鋭利な爪なんてものは無いことは分かっていた故、抵抗するつもりだったのだがな……」』
裂けた口、鋭利な爪が特徴の妙な姿の化け物。
(……そういえば、この世界に来たばかりの夜に出会ったあの黒い影は?顔は見えなかったが、まだ何処かにいるかもしれないな)
アルジと交戦した黒い影。
あれからまだ一度も姿を現してはおらず、行方知らずのままだ。
「おいおいシグルド。全身の返り血が消えてきているぞ!」
「それを言うなら兄貴もですよ!これ、まさか竜の血液が全身に取り込まれたんじゃ…」
ふと、剣士の間から妙な会話が聞こえた。
「どうしたんだよ二人とも。さっきから血がどうとか…」
双子の視線が今度はアルジにベッタリと付着していた全身のファフニールの血…、
「な、なんだ!?返り血がオレの体内に吸収でもされてんのか!?」
見た目上ではその浴びた面積が段々と萎縮し、着用しているジーンズのオーバーオールも元の青さを取り戻したように見えている。
……心臓の鼓動が強く、早くなっていることに気が付いた。
「アルくん、大丈夫?」
頭に触れようとしたキネシスに心配を掛けまいと、
「あ、ああ…。そうだ、さっき言った通りお菓子の家に戻ろう」
アルジは平気なフリをしていた。
全身の筋肉が強い脈動を得ていたことを隠して。
アルジは行きと同じくカメーンを浦島太郎のアタックチェンジで呼び出し、再び荷車を取り付けるとそこにヘンゼルとグレーテルを乗せ、自身の後ろにグレーテを乗せる形でカメーンを発進させていた。
相変わらず「ハシィーーン」などと奇声というか鳴き声のようなものを上げていたが。
火山のふもと、枯れ木の間を縫うようにして荒れ果てた土地を駆け抜ける。
「アルジ、出発前にあの剣士達と何の話をしていたんだい?」
アルジとカメーンに同乗して背中にしがみついている魔女、グレーテからの質問だった
「さっきのファフニールの件で、ちょっとな」
「?」
『「あのファフニールなんだが、使った仮死の薬の効き目はロミオとジュリエットの世界観のままならおよそ二時間程度だ。あの洞窟内にはたらふく食えるだけのお菓子があるから、もしソイツが目を醒したらゼリーかプリンみたいな柔らかいものから勧めてやってほしい」
「了解だ、アルジ。…色々世話になったな」
「助かったのはオレ達のほうだ、ジーク達」
「アルジさん。先程のファフニールの返り血でしたが、変な事は起きませんでしたか?」
「シグルド。実はなんかあれから、不思議なぐらい全身の筋力が強くなったような気がするんだ」
「やはりな。俺達もそんな気はしてたんだよ」
ジークのそんな返答に、シグルドも隣でそうだそうだと頷いている。
「あっ、そうだ。二人ともついでに話しておきたいことがあるんだ。…うんぬんかんぬん、うんぬんかんぬん…」
「おーん…」「ほう。アルジさん、詳しく…」
「うんぬんかんぬんって、やっぱり何なんだろぉ〜…」
やはりキネシスにはそのヒソヒソ話は理解不能だった。』
「お疲れカメーン。……あれっ、此処だったよな?お菓子の家があったのは」
ジークフリートとシグルドに一旦の別れを告げて戻ってきた、筈だった。
「此処で間違いないよ!いやいやいや何てこったい!まさか帰ってきたら家が無くなっているなんて」
「うわぁぁーん!ばあちゃんがホームレスになっちゃった!」
驚嘆するグレーテと、あまりの惨状に泣きじゃくる兄ヘンゼル。
無理もない。まさか帰宅していたらあの家がゴッソリ消失していたのだから。
「なに泣いてんのおにい。…あれ、あそこのソファー」
妹のグレーテルが唯一残っていたクッキーで出来たソファーに手をやる。
「うわぁ!ソファーがガタガタしてる!?」
「見せてくれグレーテル!」
異常を感じたアルジは咄嗟にグレーテルをソファーから引き離すと、ふと何かに気付いた。
(歯形…?何者かに襲われたのか、此処は…)
「――オマエ、社内手配書にあった元エネオプのアルジ・キミヒトだな」
「うわっ、ソファーが喋った!」
「第一声がそれかよ!」
(そりゃそうだろ)
背もたれの歯形の横。
よく見ると小さなマシンオーガっぽい牙を生やしたような顔が確認できた。
「えっ、お前ひょっとしてこの世界の工作員だったりした?やーい、魔法でやられてやんの」
「うっせえ!…それより、お前達に話さないといけないことがある。この、ヘンゼルとグレーテルの世界の危機なんだ」
「世界の消失エネルギー目的のエネオプ社員が何を言うかと思えば、とんだ皮肉なもんだな」
(お前らのせいでキネシスの居た世界が崩壊したというのに)
「今は冗談を言っている場合じゃないんだ!」
ソファーの後ろで屈んでいるアルジを怪しんでか、魔女グレーテとヘンゼル、キネシスも集まってきた。
「さっきから騒がしいけど、何事だい?って、四日前に魔法で変えてやった変なデカゴブリンじゃないか」
大物の首でも獲ったようにグレーテはニヤニヤしていた。
「ゴブリンじゃなくてマシンオーガだ!あと、あっしの名前はオシカーだ!全く、光線銃を盗まれて途方に暮れていたらそこの老婆にやられてこのザマとは……。あっしも此処でおしまいじゃ~」
「待て、光線銃?もしかして、物語改変光線銃のことか?」
「?、そうだが」
(そうだが、じゃねぇぇぇ~~~!!さすがにマヌケが過ぎんだろうがコイツはよぉ~)
隣のキネシスも呆れてモノが言えない。
「なあオシカー。銃を盗んだヤツの外見とか憶えてないか?」
「それが全身黒い布切れに身を包んでいるようでな、あっしの見た限りじゃ尖った大きな鼻がフードの中から飛び出していたんだ」
(大きな、鼻……)
「それともう一つ。そいつはお前達が此処に来る少し前にお菓子の家を平らげやがったんだ。あっしも噛み付かれてな、たいそう痛かったんだな~これが」
「今の今まで来てたんじゃねえかそいつ!そうならそうと先に言えや!!!」
「しょーがねーだろうが!世界の危機だとあっしは言っているのに、冗談みたいに流しよってからに……」
(そこは確かに、こちらにも非があるか…)
今や仇敵のエネルジオプティマスの名前が出ていたことでカッとなってしまっていたのは事実だった。
「その布切れ野郎はお菓子の家を食ったあと、どの方向へ向かったか分かるか?」
「ハン!さっきからエラそうな態度で聞いてくるし、皮肉まで挟んでくるような奴の言うことなんかもう聞くかって…。(アタックチェンジ、桃太郎)、村の方角です、はい」
桃太郎に帯刀させていたメカニック刀こと桃花を召喚してはソファー姿のオシカーを脅迫し、無事に情報を聞き出したアルジ。
「アルくん…」
相棒が不安そうな表情を見せてくる。
「ああ、キネシス。…取り敢えず村まで戻ってみるか!」
「待ちな、アルジ。アンタとこの子らは問題ないが、私ゃあの村では村長のせいで賞金首扱いなんだよ」
そういやそんな話あったな。
「それならさ、ばあちゃん!オイラ達の家に隠れてればバレないよ!」「おにいの言う通り〜!」
(ヘンゼル達の家か。…いやいや、ちょっと待て)
この兄妹は目の前の老婆を実の母親だと知らないままだ。
「ヘンゼル達のお父さんが聞いたらなんて言うやら…」
「大丈夫だって!分かってくれるよ、たぶん」
何処からその自信が湧いてくるのやら。一方のグレーテは複雑そうな表情を見せている。
アルジら一行は巨木が一本中央に立つ村、『Dorf im Schwarzwald』へと歩き出す。
小さな日常に、最大の非日常という魔の手が迫っていた。
幕間『ジークフリートとシグルド』
仮死の薬の影響で邪竜ファフニールが眠る、お菓子だらけと化した火山の洞窟内。
暇を持て余したとある双子の剣士は雑談に耽っていた。
「なあシグルド。うんぬんかんぬんって何のことだったと思うよ?」
「正直分かった風体を取り繕っていたのですが、実のところ内容がまるで入ってきませんでした…」
「おいおい。つまりその…アレだな。アルジの言ってたアレって結局誰も頭に入っていなかったことになるワケだよな、これは」
「そういうことになるでしょうか…」
「んじゃ分かった。万が一、また会う機会があったとしてだな、そのワードは何を意味していたのか選手権でもやるか?」
「いや選手権って、兄貴。参加人数が我々二人しか居ないので、只の言い合いにしかならないのですが…」
「知らねーよ、そんなの。――『シグルドって、あだ名はやっぱりメガネ呼びとかよくされるのか』とかどうよ?」
「やっぱりじゃないですよ!それにメガネなんて珍しくもなんとも…」
「ところが、あの中だと身に付けてるのシグルドだけなんだわ」
「ぐぬぬ……、そういえばそうでした…」
「ハッハッハ、お前もなんか出してみろよ。案外当たってるかもしれねえぜ」
「それなら、『ジークって髪ボサボサに見えるけど、もしかして寝起き?』とかはどうですか?」
「それはもうお前それ、具体的過ぎんだろ。なんなら割と普段からそう見えてたんじゃねーのかシグルド」
「はい。もう少し水でも使って整えればいいのにと思ってました」
「個性出してたつもりだったんだが、やっぱ髪切っちまおうかねー。…にしてもヒマだな、シグルド。アレやるかアレ」
「アレ?ああ…アレ、と言いますと?」
「いいや、アレだよアレ。ファフニールの血を浴びてから筋肉により力が漲ってきた気がするし、アレ持ってアレするアレつったらよ、やっぱアレのアレしかねえだろシグルド!」
「やれやれ……、これではうんぬんかんぬんと大して変わらないじゃないですか」
その後、兄弟で仲睦まじくしりとりをしながら剣の打ち合いに励んでいたのであった。




