第2巻、桃と鬼と異次元人
前回のあらすじ3行。
「飲んだくれた晩に会社の機密に触れて命を狙われ始めた」
「追手を借り物の力で撃破し、大事なモバイルPCを奪還」
「とりあえずブックワールドを脱出!」
「鬼ヶ島へ鬼退治に行ってくるよ」
澄んだ青空の下。立派な黒光りする甲冑に身を包む齢十七の武士が板葺き屋根の平屋の玄関前に居た。
近頃、集落で絶えない鬼の噂。
ここ1年前から、人を連れ去る怪物のような何かを見たという話。
『鬼ヶ島』からやって来るという、不気味な表情、人間離れした巨体と鋭い牙。村中で口々に地獄からの遣いと恐れられるようになったそれらは、いつしか鬼と呼ばれるようになった。
3日前の兎の刻頃。海へ出ていた漁師の目撃により、かの島からその鬼が複数乗り込んだ木舟が備前、此方に上陸していたとのことだった。
「持っていき、ばあば特製のきびだんごよ」
「ありがとう!これで百人力さ」
「絶対に生きて帰ってくるんじゃぞ、桃太郎」
「もちろん。……それじゃ、行ってくる!」
行ってらっしゃい、あの鬼に一泡吹かせてやってくれ、と励ましの言葉と老夫婦に見送られ、桃太郎は鬼討伐の旅を始めたのだった。
3日が過ぎました。
お婆さんから受け取ったきびだんごや道中で釣り上げた川魚を焚き火に囲ったり、道中でだんごを食わせて旅のお供とした犬、雉、猿らと目的地である鬼ヶ島へと向かってお…りま………………………………。
ザーッと、視界を砂嵐のようなものが走り抜けた瞬間。
「何者でござるか!」
「アニマル3頭のお供を連れている、…モモタロウだゾ。我らの新兵器、物語改変光線で削除してやるゾ」
白昼、歯車か何か、ギションギションとした錆びた駆動音と共に得体の知れない何かが桃太郎に迫り来る。経年なのか全身が茶色に薄汚れており、両手には大きく鋭利な5本の爪が存在の凶悪さを示している。某の倍はあろうかという体格に加え、三尺三寸はあろうかという立派としか言いようがない双角を生やしていることから、さては鬼ヶ島からの刺客かと勘繰ってしまいかけたものの、その背後には同じ姿をしたそれが数体…。そしてそのうちの1体は何やら黒くて奴らの角ほどの大きさはあるだろう筒のようなものも携えている。
(…まだ実物を見ていないのではっきりと申せぬのだが、この連中は噂で聞いたところの鬼で本当に間違いないのだろうか)
お供に連れていた3匹が桃太郎の前を囲い、守りを固める。
「—―やれゾ」
妙な語尾の号令と共に先ほどの筒を此方へ構えると、雷でも落ちてきたのかという程の激しい照射音と共に黒い光線を桃太郎目掛けて発射した。が、
「ワォン!!」
嫌な予感が小さなコトン、という落下音の存在を許してしまう。
犬だけではない。お供していた猿、雉すらも何やら四角く小さい何かへと変わってしまっていた。
言葉が出ない。
「え、何だこれ。サイコロみたいになったんすけど」
「知るかゾそんな細かいことは!だがこうもなっちまっては、最早手も足も出まいゾ…」
鬼のような奴らがぶつぶつと話しながらお供だったものを拾いあげようとする。
「お供に触るな!」
咄嗟に腰に差していた刀を引き出し、そのままそいつの手首へと斬り込んだ。
ガシャンと乾いた金属音が響いた。
「渾身の一撃が、まるで効いておらぬ…」
その後何度か打ち込むも通用せず、刃は傷んでいくばかり。
「そんなサムライソードごときが我々のアーマーをどうにか出来るとでも思っていたか?痛覚無いけど多分片腹痛いかもな!」
ボロボロになった刀を払い除け、桃太郎に拳骨を振り翳す。
直前で両腕を交差させて防御の姿勢を構えたが、防ぎきれず背後の突き出た岩まで吹き飛ばされ、激突する。
意識はかろうじて残ったのだが、他の4人から何かが聴こえる。
「あとは首か何か持ち帰れば、ここのミッションはコンプリートだろうさ」
「そうだゾ。今日スッゲエ早く終わりそうだゾ~」
「あっそうだ。帰ったら飲み会でもやりましょうよ!先輩この前、美味いヴィンテージ物の化石ガソリン酒を買ったんで他と飲み比べとかさぁ〜」
「なら夜は焼き基盤っしょ!」
止めを刺せるであろうこの状況で何やら宴のような話をしている。
…まるで歯が立たなかった。だが、このままではお供達にみすみす文字通りの犬死にをさせてしまう。
しかし…。
全体重を乗せた一撃を食らわせた筈が傷一つ残らないなどという事実が、桃太郎に恐れを抱かせている。
「すまぬ…。ばあや、じいや、生きて帰れそうにない」
「――――ここのマシンオーガは…8、9、10匹かー、骨が折れるなオイ」
何処からともなく声がする。
「誰だ!」
全身カラクリの鬼はそう叫んだが…。
「金太郎」
腹巻のようなものに白い木簡のようなものを翳している。
「キャストチェンジ」
人が出しているとは思えない、何とも言えない未知の声色が響いている。
「どうせ部署違いで顔知らねえだろうがな…。通りすがりの元同僚だ、変身」
キャストパスを右手で三回転させた後、チェンジスロットに差し込んだ。
「アァーイ!マサカリ 担いだ 金太郎!」
赤い腹掛けには大きな白い丸とその中心に金の一文字、下には金色の水干、そして逆立った金髪に加えて筋骨隆々とした別人へと変貌した。
「何者なんだ…。それに、あのましんおうがとは一体…」
突然のことで気が動転しかけたし、何か思わず声まで掛けてしまった。
「オレは全ての世界で主人公になる男。いや、自己紹介は後だな」
「…しゅ、主人公…?」
キャストパスをスロットから取り出し、金太郎のアイコンをタッチしてからキャストドライバーに2回読み込ませ、
「アタックチェンジ・」
チェンジスロットに戻した。
「金太郎」
桃印の鉢巻をした1人の侍に返事をすると、その辺の人一人分はあろうかというぐらいの巨大なマサカリを発現させ、カラクリの鬼に力強く踏み込んだ。
「セイヤァァァァーーー!!!」
まずは1体。正面からマサカリを叩き込み、それは断末魔を上げる間も無く真っ二つに叩き割られた。
「コイツ…!よくも焼き基盤好きのジグロウを」
「許さんゾ~これ」
「アシらの飲み会スケジュールが台無しやろがぁぁ」
「(今言うんすか?いやどんだけ行きたかったんすかこの先輩ら)」
「ま~だ9体か…」
キャストチェンジとは異なり、キャストサーチで変身出来るのは各主人公一人につき一度のみ。あらゆる次元の中から最適を自動選抜するために初回分のみで変身用リソースを使い切ってしまう。再び変身するには本人を直接キャストパスのカメラで撮影し、そこからデータ採取を行う必要がある。普通のチェンジノイドですら直接見たものにしか変身出来ないのだから贅沢は言えない。しかも、本来ならば親鳥が自身の子どもに飛び方を教えるようなもの。適正がよりによって物語等の主人公限定の上、幼少から身寄りがおらず一度もコツを教わらなかったオレが変身ともなると、どうしても自ら開発したこの能力補助アイテムが必要となるわけだ。
「単独対大人数が可能な、広範囲攻撃を使える主人公を引きたいところだな(キャストサーチ………)」
ここら辺は正直お祈りである。どうしてこんな仕様にしちゃったんだろうな、オレ。
「――イカロス」
誰だっけ誰だっけ…。そうだ、思い出した!
「連続変身!」
金の字の真っ赤な腹掛けが目立つ格好が、真っ白なウールの一枚布とサンダルに切り替わる。
(キャストサーチの変身持続時間は僅か一分。それまでに主人公の特徴を捉えて効果的に扱わねば…)
「確か蜜蝋で翼作ってたギリシャ神話の人だったよな。…ほーう」
イメージ通り、背中から蜜蠟製の立派な翼が生えてきたので羽ばたかせてオーガ軍団の上まで飛んでみる。
そういえばさっきから両手から蝋がドロドロと出続けているせいで痒い天パ白髪の頭皮が掻けず不満なのだが、おかげで良いヒントになった。(翼が行けるなら…。)そうだ、これで武器をイメージすれば!
「蜜蝋の矢雨弩砲!!!」
頭上で四角形のガトリング砲のようなものを生成し、そこから一度に100発分の矢を放射状に放つ。
重火器のようなものを抱える兵士を守るようにフォーメーションを組んでいる8体だが、速く重い連続砲撃により穴だらけになる。
「ロウは熱せられると当然溶ける。その液体状から更に熱を加えると気体に変わり、それが空気中の酸素と混ざり合うと炎となって燃焼する。――言いたいことは解るな?(キャストサーチ…)」
「イワン王子」
再びの連続変身により、今度は斜め掛けの赤いラインが特徴的な群青色の如何にも王子様の衣装に切り替わる。両肩で金色のペリースをたなびかせながらアタックチェンジをし、召喚した魔法の絨毯へ華麗に着地すると生え変わった金髪を左手でかき上げる。
再度の「アタックチェンジ・イワン王子」で今度は金ピカの鳥籠を呼び出す。その中には真っ赤な鳥が。
「火の鳥よ、あの鬼らまで飛んでいけ!」
鳥籠から火の鳥を開放し、嗾ける。もう30秒ほどしかないので急ぎのアタックチェンジで立て続けに灰色の狼と銀色の魔法剣クォデネンツを召喚する。狼に跨り「任せた!」と呼びかけると地上まで飛び降り、黄金の尾羽を翻す真紅の鳥が羽ばたくたび火の粉を振りまいてマシンオーガを燃やしていく中、駆け足で身勝手に斬りつける自動剣によって熱いと悲鳴を上げる弱り切った鬼軍団へ更なる追い打ちを仕掛けた。
「何という…。姿形はコロコロと変わるばかりか、矢の雨を降らせたり燃える鳥やら大きな狼やらと…」
まだ立てそうにない桃太郎はただ目の前で起きていることに驚くばかりだ。
「くっそ、後はワシだけすか!どうにか仇取ってやるっすよ!うおおおー!!」
あれだけ居た鬼もとうとうあと一体。謎の黒い兵器を構えるマシンオーガがやる気を出しているが、イワン王子の変身が時間切れで解除された金太郎はその健気を無視してマサカリを上空へ思い切り放り投げると、キャストパスにある金太郎のアイコンをタッチしてからキャストドライバーに3回読み込ませた。
「ラストアタックチェンジ・」
「—―お前のエピローグは、決まった!」
「金太郎」
チェンジスロットにキャストバスをセットすると地面を強く蹴り、投げたマサカリ向けて一息で飛び上がった。
落ちていくマサカリの柄を捕まえると両手で握り締め、縦回転しながら最後の1体の頭部目掛けて突っ込んでいく。
「雷…墜とし」
「ぬわあぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」
それは最早、斬るというよりも叩き潰すという表現の方が正しいのかもしれない。
鬼のようなそれは頭上から強烈な一撃を貰う。稲光を発しながら切れ込みが深く入りつつも全身が正に上から押し潰されたような形となった。
さっきまで鬼だったものが辺り一面に転がる。
「立てるか?」
変身を解除し、岩にもたれ掛かる桃印の鉢巻した変なヒューマンに手を伸ばしながら声を掛けることにした。中性的且つ端正な顔立ち、オレの世界に居たら間違いなくモテるような奴との第一印象。
「あ、ああ」
まだ気が朦朧としているようだ。立ち上がらせてみたが、頭を左手で抑えながら足がふらつきかけているように見える。
「先ほどはすまぬ…」
「何処に謝る要素があるんだよ。大体、今のはマシンオーガどもが変に絡まなけりゃこうはならなかったんだしさ」
それだ。ましんおうがとやら。このザンギリ頭の恩人には色々と尋ねたいことがある。
「あのカラクリのことか?急に襲ってくるだけならまだしも、何故名乗っていないはずの拙者の名まで知っておるのだ?」
「奴らはマシンオーガ。ここに来る前の世界で聞いた限りじゃ、物語毎にいる該当の主人公を無力化して次元ごと『資源化』するために動いているんだとか。ここは『桃太郎の世界だから』あんたが狙われたんだろうな」
その該当の主人公くんが呆然としてしまい反応を見せないので、そのまま続きを話すことにした。
「オレもあいつらの組織に追われたんだ。色々あって復讐したいんだけど、他所の世界も似たようなことされてんのかなとか思ってさ。対抗できる力を付けながら世界を巡ることにしたんだ。ちな此処で2箇所目な」
方向にアテがあるかは分からんが、桃太郎が何かを握り締めながらトボトボ歩きだしたので横並びに着いて行くことにした。
「鬼退治をして欲しい、とな。恥ずかしながら、内心村の英雄になれるだろうなと、最初からその気になっていた」
桃太郎のことだから恐らく鬼ヶ島へ向かっているのであろう昼過ぎの道中に、そんな心中を隣で漏らしていた。
出会って間もない奴を相手によくそこまで話せるよなと思いながらも、口を挟めば愚の一人と静かに聴きながら歩幅を合わせている。
「甘かった。幼い頃から力持ちだの何だのと持て囃され、慢心していた結果こそが先程のようなことを招いてしまった。そのせいで…」
握っていた四角い3つの何かを見つめ、脚が止まる。
「今頃気にしてたってしょうがねえだろ。まあ、あんたは何も悪くないなどとまで言うつもりはねえけどよ」
「某も、お主のように強くなれるだろうか…?」
「成れるさ。何ならオレより強くなるだろ」
そりゃそうだ。
「…それは先ほどの主人公だから…と?」
そういうことではない。
「それも無くはないけど、ホラ、アレだよアレ。そのお供や村の皆、筋書き通りならおじいさんとおばあさんの為に立ち上がったんだろうが。守る存在が居るヤツってのは特別強いんだよ。絶対に負けられない、負けてはいけない意志が桃太郎を主人公だとこの世界が認めてんだよ。他所の世界でも、物語として語り継がれているぐらいにはな」
それは少なくとも、『今のオレ』に無くて『今のお前』にあるものだ。
鬼ヶ島への踏み込みが一層力強くなったことを足音で感じた。
「この一振りをお主に託す…。こいつで、この世の悪を斬ってくれ」
「そうだ。私こそがお前の…」
「言ったよな。オレは全ての世界で主人公になる、と」




