第14巻、夢見る暗黒、饗宴にて深淵に座すは原初の混沌
前回のあらすじ3行。
「一組目のペリカンことシャクビー&アルパカのあっくんだったが、完成したバター半分でギトギト料理の『俺たちのルルイエ』に審査員である生ける炎クトゥグアこと、赤神のクトさんも思わずイヤイヤ顔」
「二組目のポメラニアンことしろわと黒猫のくろくろはまさかの和風料理に挑戦。『思いを強く抱きしめん』は季節感といい完成度といい、概ね高評価だった」
「いよいよ三組目、トリで残ってしまったチェンジノイドのアルジ&様子のおかしい雪女キネシスの調理が始まった……!」
「それでは三組目、ゲストのアルジさん&キネシスさんペアです!」
(オレ達の覚悟は、決まった!)
「やるぞー!」「みんな〜楽しんでってね!」
身に付けていた家庭科にありがちなドラゴンのイラストがプリントされていた黒いエプロンの腰の結び目を締め直すと、アルジは相棒である雪女キネシスとアイコンタクトをとる。
うん、瞳は紫色。ピンクのエプロン姿は実にお似合いだが、正気度0は相変わらずだな!
「よーい、スタート!」
全身真っ青のペリカンことシャクビーの合図で二人は今日の戦場であるアイランドキッチンの正面、カプセルマシンの前へやってきた。
「何が出るやら…」「――そーれそれそれグルグルだ〜!!」「ファッ!?」
ダイヤルに手を伸ばそうとしたところへキネシスが割り込み、一気に3回ぶん回していった。
出てきたカプセルを恐る恐る開けるアルジだったが……。
一枚目、ジャガイモ。二枚目、生クリーム。三枚目、タマネギ。
「うわ、生クリームか。この具材らときて生クリームかよ、よりにもよって」
「うぇ〜ぶ、うぇ〜ぶ!」「ウェ〜ブ、ウェ〜ブ!!」
キネシスとシャクビーが隣でふざけ合っている。
しかしこの空間、狂っていて嫌過ぎる。
(どうする…?回す権利はあと二回あるが、引いたもの全てを必ず使用というルール上、ここで余計変なものを引いて首を締めてしまえば本末転倒。回すべきか、回さないべきか…)
残り時間九分を割ろうとしていたとき、
「(――ジャガイモの冷製スープだ。具材を増やすリスクを回避したいなら、これが一番だ)」
え……?
突然脳内に吹き込まれた言葉。
ふとテーブル席に視線をやると、赤い鬼面を斜めに被った白いポメラニアン犬ことしろわが他メンバーに見えないようテーブルの陰から此方にサムズアップのような手付きを見せている。
(料理初心者だから、こういうの助かるな)
「(あと、このメッセージに返信することはできないからな、諦めろ)」
でしょうね。
「キネシスはジャガイモを頼む、こっちでタマネギ薄切りにするから」
「はーい!」
兎にも角にも調理を進めなくてはと思い、各自ガチャ食材の皮を剥いて包丁を入れていく。
「(具材を切り終えたらそれらの食材と水で中火にかけて煮込むんだ)」
聞こえていることをアピールすべく、なるべく自然にしろわへ頷くアルジ。
その後も、
「(風で撹拌してやるから一旦火を止めてくれ。あと、俺がやってるってバレないようになんか適当に技名叫んでくれない?)」
(ええ……?)
謎のリクエストに困惑するアルジだったが、なんとか即興で付き合うことにした。
コンロでかけていた火を止め、具材を煮込んでいる鍋へ右手を翳すと、アルジは意を決して言った。
「レッドブルーマウンテンブラスト!!」
………………………………………………………………。
「その技名、なんかあっくん味強いな(風、送っときますか)」
「わかるわ~しろわ。絶対こいつ、ゲーム実況でそういうこと言いそうだよな~」
「いやお前それは……。よくわかってるじゃねえか、おい」
「いやー、三組目のごはん楽しみっすね~」
スベリ覚悟で放った技名だったが、何故かBEENの面々が盛り上がっている。
「アルくん、なんか中二病っぽいね」
「うっせえよ!」
その直後、空気でも読んだように下降気流のような風が調理中の鍋に吹き込んだ。
「(んじゃ、仕上げだ。ガチャ食材の生クリームを加えて塩と胡椒で味を調節したらしっかり目に冷やすんだ。そうすれば、あとは皿に盛り付けるだけで完成だろう)」
アルジはしろわへお礼の返事が出来なかったのでさり気なく会釈をすると、説明された行程に入る。
(……それにしても発想力といい知識量といい、見習う部分が多いな。いや、ほんとに)
そんなことを考えながらの作業で体感は完成まであっという間だったが、卓上時計の表示を見ると残りあと三十秒。
「急げ、急げ!――キネシス、スープ用の皿を!」
「今持ってき――、きゃあっ!?」
棚から皿を持ち出したキネシスだったが、足元の撮影器具のコードに足を取られて転んでしまう。
持っていた皿もガシャンと音を立てて割れてしまった。
「うわぁぁ…、ごめん。アルくん……。あれ、ここどこ?」
アルジはうずくまっていたキネシスを見て残り時間への意識などかなぐり捨ててそっと手を伸ばした。
「立てるか、キネシス。痛いところとかないか?」
「ありがと。アイスドール素体だから痛みも怪我もないけど……、ちゃんと気にしてくれたんだね」
「当然だろ?オレの大事な相棒なんだから。そらっ」
掴んだ右手を引いて立ち上がらせた時の表情は気持ちニンマリしていたように見えた。
「時間が無い、キネシス。悪いけど氷で皿を作れるか?」
残り十秒。
「うん…?うん。よ~し、そりゃ!」
キネシスは気合を入れ直すと、瞬間的にオレの眼前に綺麗な氷の皿を生み出した。
アルジは息を合わせたように、完成物を確認してすぐに鍋の中身を掬い取って流し込む。
「仕上げのパセリを振り掛けて…、完成だ!」
白い表面にパラパラとパセリの緑が掛かったところで時間切れとなった。
「間に合ったぁぁ……」
(ベストは尽くした。時短にも貢献してくれたキネシスと、色々と料理のヒントを貰ったしろわにも後でお礼言っとかないとな)
「料理、運んでくね。わたしの体温なら余熱取りながら皿の形を維持できるし。……アルくんのおかげで今度こそ大丈夫」
「ありがとう、キネシス。あとは任せた」
「――、うん!」
キネシスはすっかり澄んだ青い瞳といつもの笑顔を此方に向けると、参加者が待つテーブルへ向かった。
最終組、オレらが作った料理の審査が始まる。
アルジは台所から持ち出した取り分け用の皿と小さいおたまで5人の試食分を用意して回った。
最初はイカれていたキネシスも段々と落ち着きを取り戻していたので正直ほっとした。
「ジャガイモの冷製スープ、です」
緊張して最近会った人魚、デヴィガイオのような言い方になりかけた。
「んじゃ、早速頂きますかー」
「どうぞどうぞ〜」
最初にシャクビーが一口。
「あの短時間でちゃんと冷えてて、しかも味がいいんだな、これが!」
感想を聞いたあっくんとくろくろもスプーンを伸ばす。あっくんは例の黒い手を背中から伸ばす形だったが。
「ほぉーう。ミキサーも使わずにこのなめらかさとな?」
「(ギクッ!?……)ま、まあ、そこ、はレッドブルーマウンテン、ブラストでその、ちょちょい、ってね!」
一組目からバターを半分料理にぶち込んでいた狂獣だが、本当は料理の腕が良さげなあっくんに怪しまれてしまう。しかし、
「いやあ、このスープ旨いっすねぇ〜」
「ありがとうございま〜す!」
黒猫のくろくろとキネシスに遮られたおかげで無事に流された。
一口啜ってうんうんとするしろわの隣で生ける炎こと赤神のクトさんの試食も始まった。
「旨いと思う。一見地雷っぽかった枠の生クリームも絶妙な匙加減で上手く混ざっててて割とアリだし、あのメンツと違って途中味見もしてたし」
「まじでクトゥグアこいつ〜!」
「いや何百年ビストロ企画やってんだよ這いよる混沌。料理はフィジカルでやるんだろ」
「それは…、バター半分の誘惑がだなぁ〜」
「バターもあっくんのせいにしてるよ、きっと」
「はぁ~!?」「WWWWWWWWWW」
「はいそんじゃですね、そろそろ結果発表ですかねー」
相容れない何かなのか、その二人の会話を遮るようにシャクビーはMC進行を始めた。
「秋の味覚でチーム対抗ガチャ料理対決、栄えある優勝チームの発表を審査員クトさんお願いします!」
アルジ達を含む参加者メンバーはキッチン、円形テーブルの前で一列を為している。
「優勝チームはですね~……」
と視聴者と参加者をじらしながら一同の前へ出るクト。
赤髪のショートヘアーで全身が燃えているような説明し難い容姿に、オレらが着用しているエプロンへ時々パチパチと散る火の粉で引火しないか心配になる。
「接戦だったけど、優勝はBEENチームのしろわさんとくろくろさんだね!」
当然、といった表情のしろわと喜びのあまり両手を挙げるくろくろ。
「悪いな二人とも。氷の皿は良かったが、まあ神様相手に善戦した方じゃないか?」
「オリジナルで行けばよかった……!」
悔しい結果で終わってしまったが、それにしても歯切れの悪そうな表情を一瞬見せたキネシスに違和感を覚える。
その後もBEEN内の各料理について参加メンバーによるコメントが続き、
「ここまでの配信をご覧いただき誠にありがとうございまーす」
「「ありがとうございま~す」」「センキュー!!」
「えっとですね~。ここで告知させていただきたいのですが、次の10月もツアーライブをやらせていただく予定です!詳細はまた後ほど我々のHPをご覧ください!」
「みんな、あとで公式サイト、見とけよ~!」
「それからもう一つ。私ポメラニアンのしろわと黒猫のくろくろそれぞれの写真集と10月専用カレンダーが発売されます。秋のハイキングをコンセプトに色々撮影してきましたので、楽しみにしていただけたらと思いまーす」
「お願いしゃ~す!」
「それではまた次回もよろしくお願いします!じゃあ、あっくんシメて!」
「じゃあ、全ドイツのみんな…ばぁ~ああぁ~い!」
「「「「「「バイバーイ」」」」」」
「え~、ここで一つお知らせがあります!我々BEENのその、正体とはぁ!!」
—―配信終了。
いや正体言わないんかーい。と、無事にエンディングを迎えた。
なお、クトさんは終了直後に「また次も呼んでほしいですね~。皆さんお疲れ様でーす」と言いながら手を振りつつ、全身を炎に包んでスタジオ内から影も形も無く消滅してしまった。
「ねえ」
「キネシス、どうした急に」
無事エンディングを迎えた一同が改めて横並びとなっていたのだが、隣にいたキネシスにそっと話しかけられた。
「アルくん、わたしたちが今いるここって、どこなの」
そういえばさっきもキネシスは転倒したところから立ち上がる前にここどこ云々などと呟いていた気がする。
「そりゃおま、あの迷い込んだ小屋の地下室にある撮影スタジオで……」
随分奇妙な話だが、実際そうなのだから仕方がない。
「だとしたら幻だよアルくん!こんな真っ暗闇で星が一面キラキラしてるところが地下室なワケないって!」
「……………………は?」
え、いま、何て?突然スイッチが入ったように声を荒げるキネシスに驚きつつも困惑の表情が隠せないでいるアルジ。
真っ暗で、星がキラッキランランって言った?アイドルのライブステージでも観てたんか己は?
「どういうことだよキネシス、周り見たってBEENのみんなとネズミスタッフぐらいしか—―」
「—―ああ!!後ろに!後ろに!—―—―ばたんきゅ〜……」
「キネシス…?おい、キネシス!どうしたんだよ!」
オレの背後を覗いた直後、仰向けにバタンと倒れたかと思うとキネシスの体が人を模った氷の人形そのものとなり、直後に爆散した。
「噓だろ……、キネシス……」
その隣で目をぐるぐるさせている半透明な方のキネシスはスルスルとオレの体内へと吸い込まれていった。
「—―その女は我々の楽曲や瘴気に直接当てられ続けたことで正気と意識を失ったようだが、休んでいればそのうち目覚めるであろう……」
今のはあの真っ青ペリカン、シャクビーの声か……?
そういえば、キネシスが叫んでいた後ろ?と思い振り向いたアルジはその光景に面食らった。
「そっか~。まあ、夢から醒めちゃったもんはしょうがないよね。あっくん」
「でも、今回の10月はなかなか悪くなかったよな。シャクビー」
「普段はやらないゲストを二人も招き入れての企画だったけど、幻夢境のコメント欄も大賑わいだったし」
「いや、ニット帽ずっと被ってて痒かったっすね~」
全身真っ青で真っ黒レンズのゴーグルを身に付けたあのペリカンは?
黄色い首輪をしたあのモフモフ毛皮の白いアルパカは?
赤い鬼のお面を頭に掛けた二足歩行の白いポメラニアンは?
緑っぽい迷彩柄の帽子とペリカンと同じゴーグルを掛けた黒猫は?
此処は、何処だ?
一言でまんま表すなら、オレの今居る此処は宇宙だった。
その内のゴツゴツとした小惑星の表面といった地形に立っているわけだが、
「おかしいだろ、どうして宇宙空間なのにオレは平気でいられるんだよ。呼吸とか、気温だとか、ひょっとして見た目だけ宇宙に見えるだけで此処はまだスタジオの中なのか?」
「――いや、宇宙で間違いありまっせんよ~。ぼくがそうなるように作り変えました。その方が、お話しやすいっすよね?」
今のは、くろくろの声か……?
一瞬発音が詰まっていた声の主を探そうとしたが、目の前にいる四体の得体のしれない何か以外は見当たらない。
それは大いなるもの。
全身緑色のぬらぬらした鱗で覆われ、イカタコのような頭足類を思わせる頭部というか風貌、六つの眼、顎髭のように無数に生やしたあの見覚えのある触腕、手足と思われる部位には巨大な鉤爪と水搔き。背中にはペリカンとはかけ離れた西洋の龍のような、というよりコウモリのような翼を生やしている、そんなオレの何十倍もあろうかという巨体。
それは無貌のもの。
アルパカの背中から生えていたあの黒い手が全身を覆うように絡み付き、山のような見た目を形成している。
緑の何かと異なり、顔や胴体を思わせるような部位が見当たらず、何処の何が何なのかまるで見当もつかず、何処から先ほどのような発声をしているのかも分からない。文字通りのカオスであり、同じく巨体。
それは名状しがたいもの。
全身に黄色い布のようなものを巻き付けた、見てくれは新品のエジプトのミイラのような人型。
しかし、頭部には白一色の面が張り付いており、人間であれば目がある位置から赤い光が漏れ出しているように窺える。他の何かと比べ、唯一オレと同じ背丈且つ体格をしている。
それは一玉のうどんのようなもの。
―――体はうどんで出来ている。
血潮は出汁で、心は小麦。
幾度の釜を越えて茹で上がり、
只の一度も伸びることなく、只の一度も咀嚼されない。
彼の麵は常に一本、湯気立つ汁で香りに酔う。
故に、食感に不和はなく。
その体は、きっとうどんで出来ていた。
「いや、なんで一人だけうどんなんですかぁぁぁ~!!ぼく、蕎麦派なんですけど~!」
「いや、どうみてもうどんじゃん」「もはや説明不要レベルでうどんだろ」「文句無しでうどんだね」
「だぁ~かぁ~らぁ~!!」
ビジュアルがヤバい何か四体で何やら、休み時間にじゃれ合う男子中学生らのような雰囲気で盛り上がっている。もっとも、幼少期に全てを失っていたオレにはそんな経験はなかったのだが。
「ていうか、オレが脳内で浮かべてた第一印象を勝手に読むなや!ああ、もう誰が誰なんだよ!」
「いやなんか、おもしろそうだったんでつい。ちなみにその黄色い布ってのがしろわっていうか、黄衣の王こと俺ね」
ハスターと名乗ったしろわの声がする黄色い何かは、自分に巻き付いている布の端を手のようなもので弄っている。
「まあ、この布こそが本体だしな」
布が本体?じゃあ一体何に巻き付いているのだろうか。それとも中に誰もいない……?頭が痛くなる。
「おっ、ていうことは自己紹介タイムですかな?どうも~、シャクビーことクトゥルフです。まさかこの俺が緑の化け物だったとは思うまい」
宇宙中に響くような大きな声だが、ペリカンの時と変わらない声色には流石に違和感しか持てない。
「クチバシから時折飛び出ていた触腕みたいなものの色で嫌な予感してたけど、まさかそんな巨体だったとはな」
「これでも減量中なんだけど、最近カツカレーに夢中で運動しても減りが悪いっていうか~」
やはり見た目とのギャップが凄まじいが、如何にも人間的な世間話になりかけている事実。
「じゃあ次、俺でいい?」
「いいよ~あっくん。というかニャ……」
「いや言わせろや!――そう。この俺様こそが外宇宙に伝わりし、這いよる混沌的な堕天使的存在のニャルラトホテプ。そのリメイクバージョン、ユゴスよりの…刺客だぁぁぁぁーーー!!」
とにかくうるさいあっくん、というか這いよる混沌も変わらず中二病味マシマシである。
「うるさ、こいつ」「ユゴスなんか相手してたらミ=ゴが来んだろうがボケが」「次俺いいっすか~?」
「いやいや。好きに言わせろや、ぽまえら」
クトゥルフ・ハスターから総ツッコミを受け、うどんは順番を催促している。
「う~わもう懐かしいだろ『ぽまえ』とか。インターネット老人会かよ、人間基準でいうところの」
ニャルラトホテプの反論時の呼称に思わず反応してしまう神話の面々。
「おいおい……」
思わず呆れるアルジ。
「ああ、そうだそうだ。最後はくろくろね」
思い出したように緑の巨体ことクトゥルフがくろくろと思しき白いウネウネとした何かに挨拶を振る。
「ぼくはですね~、アザトースです。はい」
「めっちゃあっさりだな、自己紹介」
他三神とは随分と異なる大雑把なアザトース。
「そうだよな~アルジ。夏に日本人が食う冷やしぶっかけうどんみたいだよな」
「「うどん!?」」
「ほら余計なこと言うなよハスタ~!まーた二人がうどんに反応してんじゃねえかよ」
そろそろうどんイジりに呆れ尽くしている、くろくろというかアザトースであった。
(仲良いな、コイツら。とか思ってしまった。いやいや、そうじゃなくて)
「あの、みんな。和んでいるところ悪いんだが、オレの質問に幾つか答えてほしいんだ」
「「「「どうぞ」」」」
そういう時は一致するのか……。
「オレとキネシスが居たあの世界なんだが、アレは『ブレーメンの音楽隊の世界』で間違いないんだよな?」
「その問いにはこのクトゥルフが答えよう。それは正解であり、間違いでもあるんですな。んん〜っ、これが」
どういうことだ?
「確かにあの世界は位置的にブレーメンだ。しかし、その上に覆い被さるように俺の夢が重なっているのだ。自動車の上に掛ける養生カバーみたいな感じに」
「要するに、オレ達はその養生カバーの世界に降り立っていたというわけだったのか」
急に俗な例えに切り替えてくるクトゥルフ。
「その通り。だから元の世界を傷付けることなく、俺らの遊び場に出来たってワケ。まあカバーといってもだね、車だったらフロントガラスのように密着出来ている箇所とかミラーの下みたいに浮いちゃう箇所とかあるように、原作のまんまみたいな街並みやら人間が普通におったり、見せちゃいないけど俺らのツアーライブ会場とか家の地下室とかいう時代錯誤的なことも出来てたりするんだけどね。ネズミのスタッフさんの見た目とかスタジオの細かいとこはくろくろが改変てくれたんだけどね」
「そう。ぼくの黒い霧に触れたものは何でも思い通りのものに創造し直すことができるんだよね。音楽隊の世界にない電気とかも大体、その辺の大気とか土を再構成して作ったんだよ」
(あのまな板の上の食材といい、時を飛ばしたのではなく、加工前のものを加工後の状態に作り変えていたというのか……)
少なくともあの時代のドイツには普及し切っていなかった電気ガス水道がスタジオ内で自由に使えた理由はアザトースの説明のおかげで判明した。
「ということは、ブレーメン自体は無事……」
「そういうことだな、アルジ。此処での遊びに飽きてそのカバーを取っ払っちまえば完全に元通りってワケ。一瞬変な鬼みたいなのも入ろうとしていたけど、今じゃネット機器の部品にされちゃってるし。な?アザトース」
「居たなーそんなの。でも、仮に歯向かってきても神四柱相手じゃ瞬殺だけどね~」
「来たぁーくろくろの強者発言だ!」「「強者発言来たー!!」」
くろくろの発言に思わず反応する悪ノリ組のニャルラトホテプとハスター。
……というか変な鬼?元同僚かもしれなかったマシンオーガ達、お疲れ様でした。
「うどんの時といいうっせえよ!」
外宇宙の神々。大いなるもの、這いよる混沌、名状しがたいもの。そして、アザトース。
「もうツッコまねえからな」
「いや、すんません。……そういえば四人?さ、なんでわざわざあの物語の世界で配信やら音楽ライブやらを?」
気にはなってた。神様ってこんなフランクなことするんだって今更思ったし、それに何故ブレーメンである必要があったのか。
「それはこの堕天使的そんざ「――ハスターが答えるわ」「割り込むんじゃねえ!」
ニャルラトホテプの黒い手数本がハスターの両側まで伸びていて&わなわなと震えている。
「まずは配信などをしていた理由だが、それをしていた人間たちを偶然見かけて羨ましくなったからだ」
(神様でもネットとか見たりするんだ……)
オレの中の神に対するイメージが音を立てて崩れていく。
「俺らの『宇宙』からはな、様々な世界の穴っていうか監視カメラのモニタールームっていえば伝わるか?そういうコーナーを暇だったんで少し前にセラエノ図書館の一角に作って遊んでたんよ。そしたらさ、ゲームや料理をしたり、辛そうな食いもんとか妙な玩具の感想を言い合ったり、音楽ライブとかしている楽しそうな四人組を偶然見つけちゃったわけ。
なんか、こういうの恥ずかしいんだけど、すっげー心動かされたんだよ。んでさ、見ているうちにやりてえなこれって思って、地球のルルイエにこもってグースカしていたクトゥルフとその辺でクソバードどもと遊んでたニャルラトホテプ、わざわざ宇宙の中心『混沌世界』まで足運んで叩き起こして連れて来たアザトースとその様子をテレパシーで共有して見せたんだよ」
「しれっと言ってるけど、コイツそれを見せるためだけに万物の支配者というか最高神連れてきてるからな?さすがに雑帽もんだろ」
質問してみたはいいものの、想定以上の情報量と途轍もないレベルのスケールに脱帽だ。
「水系旧支配者の大首領様も大概だけどな。あと雑帽じゃなくて脱帽。話を戻すとだな、それでそいつらも見ていた活動内容にドハマりしちゃってな?時々人間に化けた四神で活動中の世界の時間軸に通ってはライブチケット予約してよくペンラ振ってたり、動画や配信で適当なユーザー名でコメント残してみたりしてハマっているうちにさ、俺たちでもやらね?って話になってな。それから数億年、色んな世界を巡ってはその真似事もとい、やりたいことをやり放題していたってことだな」
ハスターの話を聞くに、要は偶然覗いた人間らのクリエーター活動にドハマりして推し活していた神々が、今度は自分たちでもやってみようとなったわけか。充分面白いが、ちゃんとその世界のルールに即した方法で楽しんでいる辺りは、表現が失礼かもしれないが感心してしまったな。
「んで、今回はこのブレーメンを舞台にしたわけなんだが、偶然近くにあったからなんだ」
「偶然、近く……?」
「そう。本当は違う物語の世界、『ヘンゼルとグレーテル』の次元に目星を付けていたんだけど、その世界でどうも不運と踊っちまったようでな……。今、テレパシーでその当時の記憶映像を送るわ」
「あ、はいはい……」
なにケータイに写メ送るみたいなノリでテレパシーしてるんだこの神はっと、疑問符を浮かべている場合ではなかった。
脳内に直接送り込まれた映像には、さも平然と青空を飛んでいる目の前の神々の様子。そしてその内のハスターの懐から何かの影が地上の火山へ落ちていくまでの十秒間。
「火山だ」
「あ、落とし物じゃないんだ」
だが映像にあった火山だけ、どうも周囲の森林からは雰囲気が浮いている。まるで、別の世界からそのまま貼り付けられたかのような不自然さを印象付けていた。
「どうやらその世界は偶然にも時空の乱れが起きていたらしい。ライブ中に観客が巻き込まれでもしたら大変だから会場には使えないし、くろくろも空腹だったから急ぎだったんだ」
「……本当に偶然か?」
何となく嫌な予感がしたせいで訝しみだしたアルジ。
「通過しようと横着して、先行して無理矢理次元の壁を突き破ったら更に別の世界の地形を巻き込んで時空ヤバいことになっただけだよなぁ?シャクビー」
「いやだってぇ~、しろわぁぁ~」
もじもじと恥ずかしがる素振りを見せる緑の化け物。やはり的中してしまったか。
「にしても、ヘンゼルとグレーテルか」
此処と同じグリム童話と呼ばれる種別の世界。
カテゴリの括りはエネオプに勤務していた頃にチラッと聞いたことがあるが、距離的にも近い世界だったとは驚きだ。キャストサーチでランダムに取り込んだ世界データの座標だけなら確認できるのだが、初見の世界ともなるとそうはいかない。
「必要ならさっきの落とし物、見つけてこようか?世界の位置さえ判ればだけど」
「いけるのか!外見は黒光りしていて赤い線が走る如何にもな宝石なんだが、黒い箱の中で7本ある支柱に支えられて浮いているのが特徴なんだよ。あれは俺たちの信奉者からもらった大事な宝物でな……」
「テキレバティ?」
「そう。そのテキレバティを見つけて空に掲げてほしい。そうしてくれりゃ、俺の風の力で回収しとくからさ」
シャクビーの放った大いなる嚙み発言をあしらいながら依頼をする黄衣の王。
大事な宝物とは言うが、それにしては妙な形状だ。
「わかった。だが大変そうだし、正直報酬があると助かるんだが……」
「報酬はそうだな……。複数人の主人公の力ってことでいいか?人間、ではなくチェンジノイド」
一瞬、背筋を緊張が走った。
「まあ、邪寄りだろうが神様の前で隠し事はできないってことだな。な?しろわ、あとそこの二人も」
「そうだよ(便乗)」「マジで?…ま~ま~ま~そういうこと」
絶対知らなかっただろ、そこで黒い手を上方向にひょろひょろと遊ばせているあっくんと小石から一杯のかけうどんに再創造して白いうねうねの先端で啜っているくろくろ。
「にしてもお前だけ、俺らを前にして正気を一度も失ってなかったよな?元人間らしい女の方はさっき気絶したみたいだが」
キネシスのことを指摘するハスター。
「人間だったらあのスタジオ入った時点で普通に発狂して即落ちだったしな。音楽も聴けば人間以外だろうと何故か一時的に発狂しちまうんだけど、小屋の中のお前、子守唄でもないのに俺のギターテクの前で既に寝てたしな」
ニャルラトホテプの言葉を聞いて状況を思い返してみる。
キネシスはオレが目覚める直前まで、BEENの生歌を至近距離で聴いていたことはテーブル席でシャクビーと楽曲の話題で盛り上がっていた話の中でチラリと聞いていた。
此処に来るきっかけとなった雪の女王らを足止めする際に演奏していたときも、元マシンオーガにしてアイスオーガのクールとナスらは一時的にだが、発狂どころか感動して崇拝までしていたぐらいだ。
もっとも、雪の女王自身は存在自体が狂気そのものなこともあったおかげだろうか耐性があるらしく無事だったようにも見えるし、当時行動を共にしていた赤髪の人魚デヴィガイオことデビ子と雪の女王の裏切り者ことゾーコも、雪女救助のためにオレがオオカミ少年にキャストチェンジする前の時点でかまくらに居たことで偶然聞いていなかったんだと思う。
その際変身中のオレはというと、初めての複数同時変身ということもあり意識が遠のいていたため無事だったのだろう。つまりその……、
「うん、偶然だな!」
「本当にそうか?アルジ。今、俺らの真の姿を見せているのに気を失っていない時点で、お前は只者ではないと思うんだが」
四神を相手に今こうして無事であるオレにハスターは疑問を投げかけた。
「そう、だな。一つ、言えるとしたら、だけど……」
その答えを口に出すことに迷いはなかった。
「旅の目的を果たすためには、今ここでどうにかなるわけにはいかないんだってこと…、だな」
意識していなかったのだが、実は先ほどから手が震えている。汗も握っている。
「それについて深くは聞かんけど、その前へ進もうとする意志がお前の意識を維持しているわけか。……時にアルジ。その目的を果たしたならば、未来にてお前は何を望む」
ハスタ―に問われてしまったが、エネオプへの復讐を終えた後、か。
あの夜、勤務していたエネルジオプティマスの最高機密、ブックワールド掌握計画を知ってしまったオレは社内のマシンオーガの警備員らに建物中を追い回され、逃げるようにランダムディメンションで金太郎の世界へ飛び込んでいた。
そしてそこで知らされた、オレの両親が勤務先の実験で死亡していたこと。
そしてオレを助けるために相討ちという形で犠牲になった戦いの師匠、金太郎。
計画を阻止してブックワールドの未来を救うことと仇を取ることが終わった後、オレは……。
――ふと、今の旅の中で見つけた一番大事な存在の顔を思い出した。
「オレ、は……。いや。オレらは、今の旅の目的を果たしたらきっと次の冒険に行く。そん時はもっと、純粋に楽しく、相棒と一生終わらない旅を続けてみたい。どのみちオレも相棒も、帰る場所無いし」
今後どうなるかはオレらにも分からない。
でも、希望の持てる未来を夢見るのも悪くない気がする。
「良いじゃねーか、永遠にハネムーン。気に入ったよ「ちょ、ハネムーンって!?おい、しろわ!」、さっきの世界までの道、開けてやる。おいスタッフ、アルジにスタジオの前にあった荷物を渡してやれ」
半魚人から元に戻れなかったらしいネズミスタッフらが、下から押し上げる形でアルジのキャストドライバーなどが入ったブラウンレザーのショルダーバッグを足元まで持って来てくれたので、軽く会釈を返してからそれを回収する。
ハスターは右手と思われる部位を突き出すと宇宙のようなこの空間で竜巻のような巨大な風の塊を起こしてぶん投げると、キャストパスのディメンションゲートアプリを使用したような空間の穴を目の前に作った。
「くしゃみ!」
発生した強い風にやられてか、文字通りのくしゃみをかますクトゥルフ。言いながらしてしまうのは、もうそういうクセなのだろうか。
そうだ、移動前に一つ聞きたいことがあったんだ。
「シャクビー、最後に聞かせてくれ。さっき『俺の夢』がどうとか話してたけど、オレも妙な夢を見たんだ」
「おー見たんだな、夢を」
そう。家具に頭をぶつけ、目を醒ますまでに見ていたあれだ。
「確か、傷付いた白いロボットが未来都市の見える丘の上から飛び降りるというような流れだった…、ハズだ」
詳細の殆どはモヤが掛かったように思い出せないのだが、せめて確認出来た視覚情報だけでも伝えようと言語化を試みた。
「内容については知らん。だが、強いて言うなら俺の展開した夢の風呂敷はだな、実はありとあらゆる世界に繋がっている。本人の深層心理から生み出されるのが本来の夢の在り方だが、ひょっとしたら俺の力が作用して別の物語の世界を見せてしまったかも、しれない。だよな?あっくん」
「いや知らねえよ!お前の見せた夢の話なんか」
夢が繋がったことで偶然覗いてしまった別の物語の世界。いつか現実で訪れる時が来るのだろうか……。
「落とし物の件、頼んだぞ。アルジ。あと例の続きの旅、機会があればセラエノ図書館にも来いよ。おうし座プレアデス星団の中で隕石使って組み立てたから、見た目が同化して分かりにくいかもしれねーけど」
「おう!今度キネシスと行くぞ」
(チェンジノイドのアルジ・キミヒトか。ふっ、面白いヤツがいるもんだな)
「おいチェンジノイド!移動中に食えるメシあるから、せっかくだから持ってけよ!」
「お、サンキュー。くろくろ……って、これ、レンチン必須のハンバーグ……??」
プラスチックの透明な梱包を施されたハンバーグを五個入ったビニール袋がオレの左腕に掛かる形で創造された。
「人間界で美味かったやつ。温めなくても食えるから!それ」
「くろくろお前、これ食うのにレンチンしないってマジ?」
首を傾げる仕草を見せるハスター。
「すまん、それは俺もそのまま食った」
「お前もズボラかよ、シャクビー」
レンチンしない派に呆れるニャルラトホテプだった。
「じゃあ、色々ありがとな!クトゥル…、BEENのみんな!!」
「バイバーイ」「全世界へゆく旅人、ばぁい」「またな、アルジとキネシス」「またコラボしよ~な~」
アルジは着用していた家庭科ドラゴンのイラストがプリントされている黒いエプロンをキャリーカプセルに収納すると、その身にキネシスを宿した状態でハスターの開けた穴にいつもの如く飛びこんだ。
「ゲストも帰ったことですし、次の十月は何するよ?」
「そりゃ、リハ挟んでからライブやって~」
「〇いかわのレトルト食品紹介レビューして~」
「なんか、配信でもゲームいろいろやりたいっすね~」
「結構案出てるじゃん。俺的にはさ、無限にリンゴ食える気がするからそれやろうかなーって」
「出た出た」「まーた無限シリーズじゃねえか。この前ふ菓子で散々痛い目見ただろ?」「ぼくもリンゴ、たぶんパイならいけるかもしれねえ」
「知ってるだろ?あっくん、くろくろ。コイツの言う『無限は有限』だって」
「そんなのもう二百回は聞いたよ」「だよな」
「いやいや、今度の無限はマジで無限だから」
「それじゃあさ、シャクビー。アレ教えてくれたらその企画やってやるよ。その、最近の世界情勢とか」
「ええとですね。最近の世界情勢ですけど、やっぱそのガソリン代が地球上で……」
こうしてクトゥルフ神話にまた、新たな一ページが追加されましたとさ。めでたしめでたし。
……………………………………………………………………………………………………、ブレーメンの音楽隊はどうした。
むかーしむかし。
ドイツのとある村に住む兄妹、ヘンゼルとグレーテルは黒い森の中へお出かけしに行きました。
迷子にならないようパンのかけらを目印として落としながら森の奥へ進んでいくと、そこには屋根がビスケットとポテトチップス、壁にはチョコレートやマシュマロを積んだ柱、窓は透明感のある紫色のグミで出来た、思わずガヴっと食べたくなるような立派なお菓子の家がありました。
つづく。




