第12巻、アニマル曰く、熱せよ芸術《アルス》
前回のあらすじ3行。
「アルジとキネシスは次の目的地である18世紀のドイツ・ブレーメンへ。初めての“デート”が幕を開ける」
「市場巡りと名物料理を堪能。そしてビールで舞い上がるキネシスだったが、甘くほろ苦い時間は思わぬ失態へ……」
「空き家で気絶したアルジに迫る白き衝動。その瞬間――窓の外から4匹の奇妙な影が覗き込んでいた」
「――空に一番近い場所。ボイドが、行きたがっていた場所」
(これは、夢……?確か、キネシスに背中を押されて家具に頭をぶつけたような気が……)
アルジは意識が朦朧とする中、何とも言えない景色を見渡す。
高層ビルの立ち並ぶ大都会、その街中を空飛ぶ車が走り回っている。
此処は雲が下にあるような高度らしく夜なのか昼なのか見当が付かない空をしていたが、とにかく明るいとしかいいようがなかった。
白いロボットなのかアンドロイドのような何かが傷付いた状態で、身体を引きずるようにして目の前を歩いていた。
『彷徨えるまま。ただ、彷徨えるままに行くんだ。最期まで辿り着くことがなかった、楽園を求めて』
(なんなんだよ、彷徨えるまま……?妙な言葉が響いてくるな、おい)
物理的な痛みともとれない不思議な感覚にやられ、両手で頭を抑えている。
そいつの向かう坂道の先を覗くと、展望デッキのようなものがある丘が見えた。
「空に一番近い場所?ボイド?よくわからんが、着いて行くしかないか……」
オレ、こんなところで何してんだろ。
そういえばキネシスは?
分からない。何も、何も分からない。
早く戻らねえと……。
気付いた時には何語で書かれているのかが判らない看板の前まで来ていた。
普段ならばキャストドライバーのランゲージチェンジャー機能で読めるようになるところなのだが、装着していないばかりか手元にはキャストパスも無いときた。
だが発言だけは理解できる。
不可解な状況だが、まあ夢だしなと己を納得させるしかないだろうか。
(あの白いヤツはこのアスファルトの坂道の途中で見失っていた。いや――)
「やっと、追いついたぞ!……って、あの手すりの上で何してんだよアレ」
上から街を見つめるようにし、胸部に手を当てる謎のアンドロイド。
「自身は……」
次の瞬間。
「――ボイド」
力なく形留めぬ瓦礫のように姿勢が崩れ、手すりの向こうへ落下し始める白いアンドロイド。
「おい、待て!何やってんだよ!?おぉぉーーーーーい!!!……くっそがッ!!まさか、目の前で飛び降りするなんてよ!」
訳がわからない。
オレは最初から最後まで、一体何を見せられているんだ?
『……を助けて』
突然アルジの脳内に響く少年のような声。
『友だちを、助けて!」
一方その頃。
「あわわわわわ……!?」
「さっきから俺達を見るなりガタガタ震えてんな〜この人間」
「シャクビーさんやっちゃいましょうよー」
何が起きているのか分からないままアルジの上で身を震わせている秋コーデな雪女のキネシスと、それを見るなり煽りながらニヤニヤしている赤鬼のお面が特徴的な白い小型犬とシャクビーと誰かに呼び掛ける迷彩柄のニット帽と黒いサングラス風のゴーグルが特徴的な黒猫。
「おいあっくん、あの海の曲で行こうぜ!」
シャクビーと呼ばれていた奇抜にも全身真っ青な羽毛をしたペリカンも黒猫と似たようなゴーグルを身に付けており、首からピアノキーボードをぶら下げている。
「腹減ってるからイントロとアウトロだけだけど、ドイツに伝わりし俺たちの楽曲を聴けぇぇー!!…、そうだ。くろくろとしろわさー、部屋の左んとこに機材あるから取ってくんね?」
黄色の首輪をしたあっくんと呼ばれた白いアルパカもまた首から赤いギターを下げており、そのシャクビーから曲の提案を受けるとさっそく先程の犬猫に指示を出す。
「自分で取れや!ああ、あの奥ね……」「わかりました〜」
(な、何が始まるんですかこれ……)
「準備が整いました。それでは簡単にですが、一曲聴いてください」
シャクビーがそう言うとあっくんに合図を送り、演奏が始まった。
冒頭からハイテンポな曲調。
それぞれ羽先と蹄で弾くキーボードとギターによる、海原を駆ける海賊船を彷彿とさせる豪快な音色に合わせて白犬と黒猫が二足歩行で激しくダンスを踊っている。
「すっご……」
目の前で行われている4匹の圧巻のパフォーマンスにキネシスは思わず圧倒されてしまった。
曲の終わりにあっくんのギターソロが入り、一同が礼をする。
「ふわぁぁ……。(さっきの夢は一体……)、な、なんじゃこりゃ」
妙な夢から醒めたアルジの視界に映っていたのは何やら感動した表情で拍手しているキネシスと、その視線の先には如何にも演奏後というべき四匹。
(四匹……!?)
「おい、お前らまさか、『ブレーメンの音楽隊』なのか!?」
「そうだよ(便乗)。俺たちこそが、『ドイツに伝わりし究極最強アニマルチーム、パーフェクトエディション、風の(パシャリ)ーイエディションだぜ!って勝手に撮るなよ!」
「(キャストオン、ブレーメンの音楽隊)いや悪い。あまりにも名乗りが長かったもんでつい」
動物相手なのでフラッシュは焚かずにいつもの撮影を終えた。ただ、月明かりしか光源がないので写真が暗い。一応変身は出来そうなので正直問題はないのだが。
「ていうか、そういうお前らこそ誰だよ」
クソ長名乗りを披露していた白いアルパカに問われたので答えることにした。
「オレはアルジ、アルジ・キミヒト。街で酔っぱらってたコイツに連れ込まれたんだ」
「雪女のキネシスで~す!」
頭を抱える男とは対照的に、元気な妖怪が両手でピースを作りながら挨拶をしている。たぶんまだアルコールが抜け切っていない。
「んじゃ我々BEENも自己紹介いっときましょう……。――はい、私がシャクビー555です」
「そしてこの俺こそが、強壮なる暗黒のアルパカと呼ばれていないあっくんDankeSchonです!」
「しろわもっどでーす」
「クロクロデス」
まるで何かの動画収録でもしているかのような慣れた挨拶をする4匹。
「今更だけどあんたら、動物なのに人間の言葉が使えるんだな」
寝ていたソファーに立てかけられているショルダーバッグに収納しているキャストドライバー内蔵のランゲージチェンジャーで自動言語変換が出来ているらしい。カメーンの時と異なり、普通に会話も可能なようだ。
そんなアルジの率直な疑問にしろわが答える。
「俺らはまぁその、元々ドイツ語が話せるんだよ。それが当たり前だと思ってたしな」
そういう世界観ってことなのか……?
「元々ね……。え~その、シャクビーとあっくんがそれぞれ全身真っ青のペリカンとアルパカなのも元々だったのか?」
本来のブレーメンの音楽隊といえば、犬猫以外はニワトリとロバだった筈だ。
「そ、う、ですね。はい。元々そうだったかと聞かれて、やっと不自然な感覚が湧いてきたところなんですけど」
シャクビーの返事からしても、既にこの世界はそういう設定の世界として成立してしまっているのだと肌で実感してしまった。
「ていうかアルジ?さんでしたっけ。さっきから気になっていたんですけど、なんか社会の窓全開じゃないすか??」
「ゲッ!?いつの間に開いてたんだよこれ!」
(やっば、ヤろうとしてたけどそのまんまにしちゃってたか……)
シャクビーにスラックスのファスナーを指摘され、慌てて戻すアルジ。そして視線を明後日の方向に向けているキネシス。なんだ……?
「アルジとキネシスだっけか。不法侵入だし、そろそろ家から出て行ってくれん?俺らドイツ全土のライブツアー帰りで早くメシにしたいんだけど」
(しまった。よくよく考えれば、オレらヤバい立場じゃん!勝手に家上がり込んでるし、泥棒と間違われてもおかしくな……)
――そうだ、泥棒は?
以前暇潰しに読んだ記憶によればだが、この物語は終盤、家に侵入した泥棒を追い払ってそのまま定住することで終わりを迎える内容だった。まさか……。
「キネシス。この状況、不味いかもしれん」
「まずいって、何がですか?」
嫌な予感がしたのでキネシスにひそひそと自身の至った考えを伝えることにした。
「オレ達はどうやら、この世界におけるラスボスに設定されてしまったらしい」
「嘘でしょ……?」
「多少内容は崩れているが、本来の物語のラストとどうも状況が近いんだ。恐らく、この世界が侵入者と認定して排除に動いている可能性がある」
「そんな……」
「――聞こえてますかー!?侵入者しゃん聞こえたらアピールしてくださーい!今から地下室でチーム対抗料理バトルのコラボ企画やりますんで」
「「ファッ!?」」
シャクビーの大声で二人の内緒話が中断される。
「チーム対抗…、料理バトル……、コラボ企画……????」
予想だにしない発言内容に困惑するしかない。また一つ、悩みの種が生まれてしまった。
「(ハイ、すぽおおおおおおおおん!!)皆さんどうも~、シャクビー555でーす!」
「いぇ~い、こんばんみ~。混沌と筋肉の化身的存在のあっくんDankeSchonで~す」
「しろわもっどでーす」
「こんばんわ~、くろくろです」
此処は井戸付き平屋の木造一軒家。
床下から続く薄暗い石造りの階段を降りている間の記憶が妙に曖昧な気もしたが、その地下に広がる時代錯誤レベルの本格的な撮影スタジオという景色にやられたかもしれない。
18世紀初頭のドイツでは絶対に有り得ない、如何にも撮影用の立派なアイランドキッチンが設置されている上、しっかり照明やら配信中のカメラが数台ほどあり、各操作はスタッフらしきネズミ達十数匹で行っているようだ。
…いやいやいや。
「?????????????????????????」
理解不能に陥るアルジ。
一方のキネシスは無言だが、表情が何故かむふーっと張り切っている。
「今回はチーム対抗料理バトルのコラボ企画ということでですね、何とゲストも呼んでおります!それでは、自己紹介をお願いします!」
ペリカンのシャクビーに促されるまま、床の赤いバミリまで移動するアルジとキネシス。
「え、えぇ~と。初めまして、アルジ・キミヒトです!今回はその…、よろしくお願いします」
「は~い、画面の向こうの皆さんこんばんわ~!冷気を操るサイキックパワーで、あなたのハートをクールダウン!雪女の妖怪キネシスです!よろクール~!」
困惑と緊張感でガチガチの一般人ことアルジの隣であまりにも順応しているVtuberなノリのキネシス。
(アドリブでよくそんな挨拶出来るよなコイツ……)
しかもカメラに向けて満面の笑顔を向けながら、両手まで振っている。
「お~皆さんスパチャありがとうございます」
「「「ありがとうございま~す」」」
キネシスが配信画面で挨拶した途端、配信カメラ横に設置されている縦向きのモニターに映ってた視聴者のコメント欄が真っ赤に染まった。
これにはBEENのメンバーもお礼の返事をしている。
ネズミスタッフが預かっているらしい鞄の中で自動的に翻訳しているキャストドライバーのお陰もあり、爆発的に流れ続けている文章も読み取れたのだが、
『キネシスちゃんかわいい』
『初めて見た娘だけど推せる』
『設定モリモリで草』
『キネシスちゃんのおさげ食べたい』
他は大体よろクール!で埋っていた。恐るべし、キネシス。
というか、何故この時代にガス水道電気のインフラがこのスタジオ限定で整っているのか、何故ネット配信まで出来ているのか、何故キネシスは配信慣れみたいなことになっているのかァ!
――アルジはもう、考えることをやめてしまった。
「はい、じゃあ早速始めたいと思います。『秋の味覚といえば?ガチャ料理対決』!」
「「「「いえ~い!!」」」」「うえ~い!」
シャクビーのMC回しに他BEENメンバーとキネシスが盛り上がっている隣で、雰囲気を壊すまいと合わせに行く姿勢のアルジ。
「今回のチーム対決企画は私シャクビーとあっくん、しろわとくろくろ、ゲストのアルジさんとキネシスさんの3組のペアで進めていくのですが、各チーム必ず最低3回食材ガチャを回していただきましてですね~、出てきた紙に書かれている食材を必ず使用して10分以内に調理して頂きます!
また、途中でガチャを追加で幾ら回しても構いませんが、その代わり引いた食材も全部必ず使ってください。ちなみに塩とかのですね、基本の調味料は自由に使えます。当たりの食材もあれば一癖ある食材もあるので、このね、引き結構大事になりますんで、皆さん頑張ってくださ~い!」
シャクビーの企画説明が完了したところで、各メンバーはチーム毎に分けられた色のエプロンと三角巾を着用する。
「へ~、この機械おもしろそう!」
初めて見る色とりどりのカプセルが詰まったマシンに目を輝かせ、興味津々なピンクのエプロン姿のキネシス。
「そうこれ私物なんですけど、回し方にコツがね……」
と、何やら語る青いエプロン(というか前掛け)姿のシャクビー。それをニヤニヤと見ている黄色い前掛けを着用したあっくん。
「なんか、良いの引きたいよな~」
赤エプロン姿のしろわの発言にウンウン頷く緑エプロン姿のくろくろ。
「それではまず我々、シャクビー&あっくんペアから始めたいと思います!」
最初のペアがキッチンに立ち、それ以外のメンバーは近くに用意されていた円型テーブルでスタンバイしている。
「スタート!(うぇ~い)」
二匹の声がしたと同時に、その一組目の料理が始まった。
「とりあえず、ガチャ回しますか~」
そう言うと、キッチンの端にあるカプセルトイマシンの方へ向かうシャクビー。
一方のあっくんは頭にボウルを乗せて遊んでいた。
「俺たちの未知の領域、魅せてやるよ」
「最初からずっと見せられっぱなしだよ」
家庭科の青いドラゴンが描かれた黒エプロン姿のアルジが思わずツッコミを入れた。
(そういやあのマシン。つまみを掴んで回すタイプだよな?一体どうやって動かす気なんだ?)
直後、その心配は灰燼に帰した。
シャクビーがマシンの前に来ると、クチバシの中から緑色の触腕を二、三本伸ばして器用にダイヤルを回し、カプセルを立て続けに3個排出させた。
「え゛っ゛」
(やばいものを見てしまった……。今のは、なんだ?明らかにペリカンの口から出てはいけないものが)
隣のキネシスは気付いていないらしい。
しろわとくろくろはそれをさも当たり前のように見ている。驚いている様子はまるでない。
「どしたのアルくん」
そう吞気に尋ねてきたので、震える声で今起きたことを伝えようとはしてみた。
「いあ、い、いや、きね、キネシス、今クチバシから出てたやつ……」
「えっ…、何も出てませんけど」
「えぇ……」
タイミング悪くキネシスは見逃していたのか……?
「え~、おお、タマネギ。タマネギはアリよりのアリじゃないか?二つはリンゴか~、いや、三つ目が重要、重要ですね~。あぁ~とこれ、あれか?魚肉ソーセージか。リンゴどうにかすれば行けるか……?」
クチバシから這い出てくる触腕二本で丁寧にカプセルをこじ開け、中の紙に記載されている食材を確認している。
(いや出てる!出てるって!キネシスお前、いまガッツリ視界に入ってたよねぇ!ちょっ、何で動じないの。うっそだろお前、信じらんねぇ……)
ガチャで引いた食材がキッチンに運ばれてくると、スタンバイしていたあっくんは背中から6本もの黒い腕を生やしてはそれらに這い寄るなりどう調理しようかと吟味している。
――アルジは確信した。
コイツらはただの動物ではない。いや、動物ですらないのかもしれない。
オレ達はなんというか、もっと恐ろしい何かに出会ってしまったのかもしれない。
アルジ・キネシスとドイツに伝わりし(?)自称“究極最強”のブレーメンの音楽隊改めBEENとの出会いは、まさかの配信コラボ企画『秋の味覚ガチャ料理対決』へ突入!
笑いと混沌とスパチャが飛び交う時代錯誤の地下スタジオで、ノリノリなキネシスに対し状況がまるで理解できないまま巻き込まれていくアルジ。
だがそんな中、彼らの真の正体が次々と露わになっていく。
これはただの料理バトルなのか、それとも――?
「次回もよろクール!」
「キネシス、さてはそれハマったな?」




