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第八十二話 待ち合わせ

 会場の最寄り駅は、花火を見にきたであろう人たちでごった返していた。

 人混みの熱気に息苦しさを覚えながら、駅から少し離れたところへ移動する。しずくが指定した待ち合わせ場所は、明らかに市街地だった。しずくがあの人混みにいたら、軽いパニックが起きるだろう。それを避けるために、人目を気にする必要があるというのは分かるが、こんなに何もないところを指定したのは、一体何故だろうか。


「あ、あれ⁉ 純太郎⁉」


 何もない十字路で待っていると、しばらくして、しずくが現れた。


「びっくりしたー! まさか、純太郎も浴衣で来るとは……!」


 清楚な真っ白な浴衣は、青い紫陽花の柄が入っている。帯は光沢のある白色で、日差しを受けてきらりと輝いていた。

 緩く編み込まれた髪は、下で二つに括られている。

 待っている間、どんな浴衣で来るのかずっと想像していたが、本物は想像以上に美しく、まるで後光が差しているようだった。


「どう? 見惚れた?」

「うん、すごく綺麗だ」

「えへへ~そうでしょ?」


 しずくは、その場でくるっと回転する。

 大人びた雰囲気もありながら、表情は少し子供っぽくて、そのギャップが、また心を鷲掴みにしてくる。


「純太郎もいい感じ! めっちゃかっこいい!」

「……ありがとう」


 むず痒さを覚えて、俺は首筋を掻いた。

 しずくは、楽しそうに笑って、俺と腕を組む。そして、そのまま会場とは少し違う方向へ歩き出した。


「あれ? こっちなのか?」

「ふっふっふ……ちょっとした裏技があるの。まあまあ、私を信じてよ」


 得意げな顔をしながら、しずくは俺の腕をぐいぐいと引っ張る。

 そういうことなら、大人しく従おう。


「純太郎も、アキラちゃんに着付けてもらったの?」

「ああ。いきなり喫茶店に呼び出されてさ。まさか、着付けできる人が真宮先生だったなんてな」

「ね、私もびっくりしちゃった。てかさ……アキラちゃんの私服、見た? ちょー似合ってたよね!」


 俺は、こくこくと頷いた。


「めちゃくちゃ格好良かったな」

「ね! あんなに美人でかっこいいんだから、学校でも、ああいう格好すればいいのに」

「いや……さすがに刺激が強すぎないか?」

「うーん、それもそっか!」


 格好良いのは間違いないが、それと同じくらい、セクシーでもあった。

 あんな格好で学校をうろつかれては、主に男子生徒たちが、授業に集中できなくなってしまいそうだ。


「しかも、実家が老舗の呉服屋さんって……ほんと、ギャップの塊って感じだよねぇ」

「休日なのに、わざわざ来てくれたのも優しいよな」

「ね! あとで何かお礼しないと」


 そんな話をしていると、しずくが角を曲がった。それからしばらく歩くと、会場の喧騒が聞こえてきた。もしや、人混みを避けるために遠回りしただけ?

 しかし、しずくは会場まで向かうことなく、途中の道をまた曲がった。どう見ても、会場に繋がる道には見えない。


「そんな心配そうな顔しないで! もうすぐ着くからさ!」


 こっちこっちと、しずくは一層強い力で俺を引っ張っていく。

 すると、診療所と書かれた、三階建ての建物が見えてきた。その外観は、どう見ても廃墟としか思えないほどぼろぼろで、おどろおどろしい雰囲気だった。電気は通っているのか、非常口を示す緑の光が、窓から漏れていた。


「まさか……ここに用があるのか?」

「まあまあ、入ってみたら分かるよ」


 含みのある笑みを浮かべながら、しずくが俺を引っ張っていく。

 恐怖心を懸命に押し殺しながら、診療所の中に足を踏み入れる。

 しかし、外観と比べると、中はかなり綺麗で、なんなら、リノベーションされた形跡がある。


「実はここ、廃墟風の撮影スタジオなんだよね。前に撮影で使ったことがあってさ」


 それを聞いて、思わずほっと胸を撫で下ろした。そんな俺の様子を、しずくがくすくすと笑う。


「純太郎、もしかして結構怖がり?」

「……そうかも」

「あはは! めっちゃ可愛いじゃん!」


 しずくは、近くのスイッチを押した。すると、建物全体に光が灯る。

 よく見ると、壁や床の汚れは、あとから人工的につけられたもので、廃材や瓦礫も、発泡スチロールで作られたものだった。


「ごめんごめん、これで大丈夫でしょ?」

「ああ……」


 しずくが階段を上る。彼女についていくと、そこは屋上だった。


――――なるほど、そういうことか。


 花火大会の会場が、すぐそこに広がっている。ここなら、人目を気にせず花火が見られるというわけだ。 


「前に来たとき、ここは花火大会の穴場だって、管理人さんに教えてもらってさ。ほら……さすがにあの人混みの中を行くわけにもいかないでしょ? だから、思い切ってレンタルしちゃった」


 苦笑しながら、しずくは頬を掻いた。


「ちょっとやりすぎちゃったかな? 純太郎、怒ってない?」

「怒るわけないよ。こんな特等席を用意してもらっておいて」

「よかったぁ」


 しずくは、へなへなと俺に寄りかかってきた。


「……もうすぐ始まるね」


 スマホの時計は、午後七時二十九分を指していた。


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