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第七十七話 メッセージ

 他の古着屋も回ったが、運命的な出合いは特になく、最初の二軒でこれだと思える服に出合えたのは、まさに奇跡だと、しずくは言った。

 いよいよ、帰りの新幹線の時間が迫っている。俺たちの間には、どこか寂しい空気が流れていた。


「そうだ。最後に一軒だけ行きたいところがあるんだけど、いいかな?」

「もちろん。近くにあるのか?」

「うん。こっちこっち!」


 案内されるままに向かうと、そこには小さなアクセサリーショップがあった。


「初めての旅行じゃん? だから思い出にさ、お揃いのアクセサリーとかどうかなって思ったんだけど……」


 そう言って、しずくは照れ臭そうにはにかんだ。

 俺は、アクセサリーなんてひとつも持っていない。だから、初めてのアクセサリーが、しずくとお揃いということになる。そんな幸福を逃す手はなかった。


「よし、買おう」

「そうこなくっちゃ!」


 喜びを露わにしたしずくは、指をぱちんと鳴らした。

 店内には、リング、ペンダント、ピアスなどが、詰め込まれるように並んでいた。

 縁遠い世界に、思わず腰が引ける。しかし、しずくが背中を押してくれたおかげで、店の奥まで足を踏み入れることができた。


「お揃いのリングは……ちょっと目立ちすぎるよね。学校でつけたら、すぐばれちゃいそうだしなぁ」


 しずくは、ずらっと並んだリングを眺めながら、顎に手を当てた。

 幸い、うちの高校は校則が緩い。私服で登校するのも許されているほどだ。

 しずくの仕事の関係上、俺たちは付き合っていることを隠している。いくら校則が緩いとはいえ、あからさまなものをつけていくことはできない。


「ピアスなら髪で隠せるけど……」

「……ピアスって、その、耳たぶに穴を開けるんだよな?」

「ん? そうだけど……」


 当たり前のことを訊いてしまった恥ずかしさから、俺は顔を伏せる。


「あれ……もしかして純太郎、びびってる?」

「うっ」

「え~! 可愛いとこあんじゃ~ん」


 しずくが、肘で俺の脇腹をつつく。情けない話、体に穴を開けるという行為を、ひどく怖がっている自分がいた。


「だ、だって、穴だぞ……? 痛いに決まってる」

「そんな痛くないけどなぁ。ちょっとチクッてするだけだよ」

「……絶対嘘だ」


 俺が俯きがちにそう言うと、しずくはまた「かわい〜!」なんて言って、俺の腕に抱き着いた。なんだか、しずくが余裕ある大人の女性に見えてきた。俺なんか、いまだに注射すらビビっていると言うのに。


「あ、もしかして、先端恐怖症だったりする?」

「い、いや……そこまでじゃないけど……」

「じゃあさ、いずれ心の準備ができたら、ピアス開けてみない? きっと似合うと思うんだよね。耳の形も綺麗だしさ」


 しずくの手が、俺の耳にそっと触れる。そのとき、ぞくっと甘い痺れが走った。


「ん? どした?」

「……なんでもない」


 ここには、店員や他のお客さんもいるのだ。変に取り乱すわけにはいかない。

 胸に手を当て、心の中で、落ち着けと何度も唱えた。


「ピアスも違うとなると……ネックレスとか? 服の下に隠せるしね」


 しずくは、目の前にかかっていた、対になった二つのペンダントを手に取った。

 チェーンはステンレス製で、ペンダントトップは、長方形になっている。それぞれ、割れたハートが刻まれており、二つをくっつけると、絵が繋がる仕様だった。


「これとか、めっちゃ可愛くない?」

「うん……派手すぎないし、いいんじゃないか?」

「しかも、背面に文字が刻印できるって!」


 どうやら、店内ですぐ刻印してもらえるようだ。

 しずくは二つのネックレスを合わせながら、体を揺らす。


「お互いの名前とか入れちゃう? ちょっと浮かれすぎ?」


 しずくは、そうして矢継ぎ早に質問してきた。しかし、その顔を見る限り、やらないという選択肢はなさそうだった。


「せっかくなら入れてもらおう。そのほうが、いつも一緒って感じがする」

「う、嬉しいこと言ってくれるじゃん……」


 こうして俺たちは、ネックレスを購入した。

 彫ってもらう言葉は『S&J』にした。しずくと、純太郎。二人のイニシャルである。

 ものの数分で刻印が終わり、俺たちはネックレスを手にした。

 店を出てすぐ、二人揃ってそれを着けた。


「なんかちょっと……照れるね」

「ああ……」


 駅に向かいながら、俺たちはずっとにやけていた。

 歩くたびに、胸元でネックレスが揺れる。うなじに当たる、ほんのり冷たいチェーンの感触すら、なんだか愛おしく感じた。

 そして俺たちは、二泊三日の大阪旅行を終え、東京へと戻った。


◇◆◇


 東京に着いた頃には、二十時を回っていた。

 軽く夕食を食べてから、俺はしずくを家まで送った。最初、しずくは遠慮していたが、有無を言わさぬ態度を貫いていたら、やっと折れてくれた。


「もう……ほんとにここまでついてきちゃうんだから」


 家の扉の前で、しずくは拗ねたように頬を膨らませた。


「ごめん、心配だったから」

「ごめん、はこっちのセリフだよ。今日歩き回ったし、疲れてるでしょ? 結局、荷物もここまで持ってきてもらっちゃったし……」


 しずくは、心配そうに俺の目を覗き込んできた。

 俺は笑みを浮かべ、首を横に振る。


「……少しでも長く、しずくといたかっただけだから」

「うっ……それは私だって……! ずるいなぁ、もう!」


 しずくは、諦めたようにため息をついた。


「ほんと、ありがとね。またすぐお店には行くと思うから」

「ああ、待ってる」

「おやすみ、純太郎」

「ああ、おやすみ」


 行きよりも重たくなったキャリーケースを引き摺りながら、帰路につく。

 近くの角を曲がるまで、しずくは手を振ってくれていた。そんなことすら嬉しくて、体は疲れているのに、足取りが軽くなる。

 家に着く頃には、ちょうど日付が変わっていた。

大阪にいたときは、いくらでも動ける気がしていたのに、玄関で靴を脱いだ途端、一歩も動きたくないと思うほどの疲労感が押し寄せてきた。

 今なら、明日の昼まで眠れる気がする。なんなら、この場で眠ってしまいたいところだが、さすがにそうはいかない。荷物の片付けは後回しにして、まずはシャワーを浴びる。

 シャワーのおかげで、一瞬眠気が飛んだものの、ドライヤーで髪をかわかしているうちに、再び強烈な眠気が押し寄せてきた。

 いよいよ限界だ。無理やり歯磨きまで終わらせた俺は、半分寝ているような状態で、ベッドに倒れ込む。

 ようやく眠れる――――そう思った矢先、枕もとのスマホが光った。

 しずくからのメッセージだと気づいた俺は、虚ろな目をこすりながら、画面を見る。


『家着いた? 送ってくれてありがとう。ゆっくり休んでね』


――――ああ、着いたときに連絡を入れておけばよかった……。


 心配させてしまっただろうか? 申し訳ないことをしてしまった。返信しようと、文章を考える。

 しかし、意識はもう、半分以上眠りについていて――――。

 思いついた言葉を打ち込み、なんとか送信ボタンを押したところで、俺の意識は、完全に眠りについた。


◇◆◇


 夜の支度を終えた私は、ベッドに潜りながら、純太郎へメッセージを送った。

 すると、既読はすぐについた。無事かどうか心配だったから、まずは一安心。

 しかし、なかなか返信がない。また少し、不安になった。


「……あっ」


 二分ほど経って、メッセージが返ってきた。

 その文章は、なんというか、ふわふわしていた。


『かえってきた おやすみ すき』


 まるで、子供のような文章だ。もしかすると、今頃ベッドで、今にも寝落ちしそうなのかもしれない。だとすると、悪いタイミングで連絡してしまっただろうか。


――――それにしても。


 付け加えられたかのように並んだ『すき』という文字。普段の純太郎は、感情の起伏があまりないほうだ。

 そんな彼から、滲み出すようにこぼれたこの二文字は、何よりも輝いて見えた。

 にやけてしまうのを、どうしても止められない。意識を圧し潰してくるような眠気は、いつの間にか薄れていて、純太郎の姿ばかりが、頭に浮かんでくる。

 明日は、午後から秋服の撮影が入っている。午後からでよかったと、心の底から思った。こんなに感情が昂ってしまったら、寝るに寝られなくなってしまう。


「私も大好き……っと」


 メッセージを送り返す。明日、目覚めた純太郎は、このやり取りを見てどう思うのだろう。

 きっと、恥ずかしすぎて、朝から慌ててしまう気がするな。その姿を直接見られないのは残念だけれど、さすがに我慢してやろう。

 私は、純太郎のメッセージをスクショして、またにやけた。


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