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第七十五話 古着屋巡り

「上は半袖で……あ、このポロシャツなんていいんじゃない?」


 手渡されたのは、触り心地のいい黒いポロシャツだった。こちらも少し大きめのサイズで、胸元にはジップがついている。


「ポロシャツ、ずっと似合うと思ってたんだよねぇ。あ、そうだ。ちなみにさ、なんでポロシャツって言うか知ってる?」

「え? いや……」

「ふっふっふ……」


 しずくは、腕を組んで、急に得意げな態度を見せた。


「実は、ポロっていう馬に乗る競技から来てるんだよ。騎手が着ている服が、襟つきのシャツだったから、ポロシャツって言われるようになったんだって」

「おお、そうだったのか……!」


 思わず声が漏れる。これまでの人生、服に関心なんてまったくなかったはずなのに、やけに好奇心が湧いてきた。もしかすると、薄々どこかで気になっていたのかもしれない。長年の謎が解けたような、爽快感すらあった。


「コーヒーのことはさっぱりだけど、服のことなら任せて!」

「ああ、頼りにしてるよ」

「こちらこそ!」


 しずくがピースを作る。俺も真似して、小さくピースをした。


「今日、エスプレッソのこと教えてくれたときも思ったんだけどさ。名前の由来とか、歴史を知るのって、なんかいいよねぇ。理解が深まって、ますます愛着が湧くっていうかさ」

「ああ、分かる。知れば知るほど、好きになるよな」

「そうそう! 勉強は苦手だけど、好きなもの調べるのは好きなんだよね。あーあ、テストの問題も、全部ファッション関係のことになったらいいのになー」


 しずくはそう言って、頭の後ろに手を回した。

 何故それができたのか、何故その名前になったのか、知れば知るほど好きになる。

 だから俺も、コーヒーの淹れ方だけでなく、コーヒーの歴史について調べることも多い。もっと知りたいと、心の底から思っていたから。

 俺にとってのコーヒーは、しずくにとってのファッションなのだろう。

 またひとつ、しずくのことを知ることができた気がした。


「あ、そうだ。早速試着してみてよ!」


 しずくから選んだ服を受け取って、俺はひとつ頷いた。

 試着室で着替えを終えた俺は、カーテンを開く。目の前で待っていたしずくは、俺の姿を見て、ぱちぱちと拍手した。


「お~! ばっちり! めっちゃ似合うじゃん!」


 想像していた以上の大絶賛に、思わず頬が緩む。急に自信が湧いてきて、このまま外を歩きたい気分になった。


「さすがは、しずくのセンスだな」

「でしょ~? ま、素材の良さもあるけどね」


 目を細めたしずくは、俺の胸をとんっと叩いた。


「完璧……って言いたいところだけど、靴も変えたいな」


 しずくが、俺の足元を見ながら言った。

 今履いているのは、なんの変哲もない白いスニーカー。靴屋の安売りで、四千円ほどになっていた、適当なやつだ。


「この靴でも悪くないんだけど、もっと似合うやつがある気がする……!」

「よし、探そう」


 気がついたらしずく以上に乗り気になっていた。

 そそくさと服を着替え、試着室を出る。


「いいの? 荷物めっちゃ増えるよ?」

「あとでキャリーケースに詰めたら、なんとかなるよ。せっかくなら、しずくのフルコーディネート見てみたいし」

「えぇ〜? そこまで言われちゃ仕方ないなぁ~」


 しずくは頭を掻きながら、嬉しそうに体を揺らした。

 早速、靴のコーナーへ向かう。服と同様、こちらも所狭しと並んでいる。

 革靴などが並ぶ中、しずくは何かを見つけ、手に取った。


「あ、これ絶対似合う!」


 しずくの手にあったのは、黒い革のローファーだった。幸いなことに、サイズは俺にぴったりで、とても履き心地がいい。


「それだけ馴染むってことは、きっと純太郎と似た体型の人が履いてたんだろうね」


 俺とよく似た人は、一体何があって、この靴を手放すことになったのだろうか。考えたところで分かるはずもないけれど、後ろ向きな理由じゃないことを願いたい。


「買うよ、これ。気に入った」

「まいどあり!」


 まるで店の人のように喜ぶしずくがおかしくて、思わず噴き出した。

 選んでもらった一式を購入し、次なる古着屋へと向かった。

 今の店は、男性物の服が多く、しずくが気に入る服は、あまり置いていなかったようだ。


「なんか、俺ばっかり買っちゃって申し訳ないな」

「ん? どして?」

「いや、ずっと来てみたかったって言ってたから……」


 しずくが、首を傾げる。

 ずっと来てみたかったと言っていた割には、欲しい服が見つからなくても、残念そうに見えない。それが、少し不思議だった。


「いいのいいの! 服なんて見てるだけで楽しいんだから!」

「そういうものなのか?」

「うん。純太郎だって、コーヒーグッズとか、豆とか、見てるだけで楽しそうにしてるでしょ?」

「……たしかに、そうだな」


 その通りでしかなくて、俺はただ同意することしかできなかった。

 その様子を見て、しずくがけらけらと笑う。


「てか、今から何軒も回るつもりだけど、大丈夫? 退屈じゃない?」

「むしろ楽しいよ。しずくこそ、イベントで疲れてない?」

「大丈夫! 体力だけには自信ある! それに、イベントもめっちゃ楽しかったしね!」


 しずくは力こぶを作って、胸を張った。

 気づけば俺も、古着の魅力にハマりつつある。加えて、楽しそうなしずくを見られるなら、どこへだって行きたい。


「次の店では、いっぱい買っていいから。全部持つし」

「うむ、優しい彼氏がいてくれて、余は幸せじゃ」

「……なんのキャラ?」

「うーん……どこかの国の女王様、とか?」


 自分でも意味の分からない発言だと思ったようで、しずくは噴き出して笑った。つられて、俺も笑う。


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