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第七十四話 なんでも似合う

――――午後二時。

 イベント会場を出た俺たちは、次なる目的地を目指して歩いていた。


「ほんとアイちゃんって、めちゃくちゃな人だよねぇ」

「ああ、あんなに明るい人、初めて会ったかも」

「あはは! 芸人さん並みの明るさだもんね」


 寅松さんは、本当に嵐のような人だ。しかし、これで彼女と当分会えないのだと思うと、なんだか少し寂しい気持ちになった。

 近いうちにまた、会えるといいな。そのときもまた、色々とからかわれると思うけど。

 そうして俺たちは、最後の目的地であるアメリカ村に到着した。


「わっ! 見て見て! すっごい落書き!」


 しずくが指差した建物には、巨大なアートが描かれていた。一見、鳥のように見えるが、確証はない。

 続いて、建物のそばにある街灯が目についた。まるで、背の高い人形が、電球を手に持っているようなデザインだ。こんな奇抜なもの、俺なんかじゃ逆立ちしても思いつかない。


「純太郎! あっちも見に行こ!」

「あ、ちょっと……!」


 しずくは、俺の手をぎゅっと握り、走り出す。手汗くらい拭かせてほしかったのに、しずくはまったく意に介さず、俺を引っ張っていく。

 しばらくの間、街に溶け込んだアートを見て回った俺たちは、ようやくお目当ての古着屋へと向かった。

 外には海外らしい、巨大でカラフルな看板があり、店内は、アンティーク調のインテリアで統一されていた。このアンバランスさもまた、おしゃれということなのだろうか?

 そして何より目を惹くのは、所狭しと並んでいる衣服の数々。ここからお目当てのものを探すのは、なんだか宝探しのようだ。

 それと気になったのが、店内に満ちている香りだった。異国情緒を感じる、お香のような香り……とでも言ったらいいだろうか。コーヒーの感想はすぐ出てくるのに、それ以外のことはてんで駄目なことを、改めて実感する。


「古着屋さん久々~! ここさ、ずっと来たかったお店なんだよねぇ」


 目をきらきらと輝かせながら、しずくは早速近くにかかっていた服を物色し始める。

 とりあえず俺も、彼女を真似して、近くの服に手を伸ばした。

 たまたま最初に手に取ったのは、奇抜な柄の真っ赤なシャツだった。こんなデザイン、見たことがない。おしゃれな人は、これをどう組み合わせるのだろう……。

 目についたものを手に取るたびに、驚きと疑問が生まれる。ファッションとは、コーヒーと同じか、それ以上に奥が深そうだ。

 ここにあるものすべて、どこかで誰かが着ていた服。そう思うと、妙に歴史を感じて、魅力が増したように思えた。


「あ、これかわいー!」


 そう言いながら、しずくは猫の顔がプリントされた、ピンク色のTシャツを手に取った。

 まず言いたいのは、プリントされた猫の顔が大きすぎるということ。前面の半分以上が、猫の顔で埋め尽くされている。確かに可愛らしいのだが、さすがに主張が激しすぎないだろうか。


「どうかな? 似合う?」


 しずくは、そのTシャツを自分の体に当てた。おかしい、やけに似合っている。こんな服、着こなせる人なんていないだろう、なんて思っていたら、目の前にいた。


「な、なんで似合うんだ……」

「そりゃまあ、私ですから」


 そう言ってしずくは、流れるような動きでポージングを決める。

 さすがモデル。自分に似合わない服などない、と言いたげな態度だ。実際、そうである。


「でも、ちょっと惜しいんだよねぇ。このピンク、若干色味が濃すぎるというか」


 いや、気にすべきところは色ではないだろう。これは俺の感性がおかしいのか?

服に無頓着すぎて、こういうとき、何が正しいのかまったく分からない。頼むから冗談だと言ってほしい。 

 しずくは、猫のTシャツをもとの位置に戻すと、また店内を物色し始めた。

 俺はふと、疑問に思ったことを口に出す。


「みんな、古着の何が好きで買いに来るんだろう」

「そうだなぁ……。やっぱり、唯一無二な感じがするからじゃない? ほら、さっきの猫ちゃんTシャツだって、普通のお店じゃなかなか売ってないでしょ?」


 しずくは、わくわくした様子で、また近くの古着を物色し始めた。


「服ってさ、一期一会なんだよ。古着は特にね。次来たときには、もうなくなってるかもしれないーって思うと、どきどきしない?」

「……一期一会か。そう考えると色々欲しくなってくるかも」

「でしょー?」


 そう思うと、ここに並んでいるすべての服が、ますます魅力的に見えてきた。


「だからいっつも、理由つけてあれもこれも買っちゃうんだよねぇ……」


 しずくは、遠い目をしながら、たははと笑った。

 俺がゲイシャのコーヒーを買ったときも、こんな表情をしていたのだろうか。


「前にちょっと、買い込みすぎたことがあってさ。帰りに荷物が多くなっちゃって、思いっきり転んだことがあったんだよね……」


 しずくは当時を振り返るように、上を見ながら話を続ける。


「しかもさ、頑張って持って帰ってきたはいいけど、クローゼットに入りきらなくて……お母さんにめっちゃ怒られて、断捨離する羽目になってさぁ……」


 しずくがどんどん小さくなっていく。目尻が、信じられないほど下がっている。

 そのときのことを鮮明に思い出せるくらい、余程落ち込んだのだろう。


「……今日は俺もいるから、たくさん買ってもいいんだぞ?」

「ぐっ……う、嬉しいけど、まだ回りたいところあるから、我慢する!」


 しずくが、ぎりぎりと歯ぎしりする。欲望を理性で押さえつけている様が、とても健気だ。


「よし……じゃあ、純太郎の服見よっか!」

「あれ、俺からでいいのか?」

「もち! 何着てもらおっかな〜」


 しずくは上機嫌な様子で、デニムのコーナーに向かった。


「――――あ、これ似合いそう」


 しずくが手に取ったのは、太いシルエットのデニムだった。

 しずく曰く、これは〝カーブデニム〟というらしい。太ももから膝にかけて、若干色褪せており、使い込まれた革製品のような、柔らかくて温かい印象があった。


「純太郎って、ほんとにご飯食べてる? ってくらい細いから、ズボンはこれくらいワイドな感じでもいいと思うんだよね」

「そんなに細いか……?」

「細いよ! 羨ましいくらい!」


 しずくは不満そうだが、俺からしてみれば、しずくのほうが細くて心配だ。

 もう少し食べてもいいんじゃないかと思うけど、モデルとして、徹底的に体型管理をしている彼女に対し、それは野暮な発言だと分かっていた。

 心配は心配だけれど、何も言わず見守るというのも、彼女に対する敬意だと思う。


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