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第七十二話 真っ直ぐな感想

「ん〜、疲れた体に染み渡る……!」


 しずくのカップが空になる。俺も、エスプレッソを一気にあおった。

 鼻に抜ける、香ばしく濃厚なコーヒーの香り。

 エスプレッソの強い苦味と、グラニュー糖のはっきりとした甘味が手を取り合い、口の中で調和を始める。


「あ、底に砂糖残っちゃった。もったいない……」

「俺はいつも、スプーンですくって食べちゃうな」

「わぉ、背徳的……! それ、採用!」


 溶け切らずに残った砂糖を、スプーンですくって口に運ぶ。

カラメルのようなコクのある甘味が、口の中でじわっと広がる。これが本当にたまらないのだ。


「やばい、美味しすぎる……! これ、パンに塗ったら絶対美味しいよ」

「……今度やるか、それ」

「やる。絶対やる」


 しずくの背徳的な提案に、俺は何度も頷く。なるほど、パンに塗る発想はなかった。食パンにシュガーを載せて、それをトーストしたら……ああ、あまりにも背徳的すぎる。

 飲み終わったカップを片付けていると、エスプレッソを淹れてくれた男性に声をかけられた。


「もしよかったら、カフェラテもいかがですか?」

「えっ⁉ いいんですか⁉」


 まさかの提案に、思わず声が上擦る。

 男性は、もちろんと言って、また新しくエスプレッソを淹れ始めた。


「スタッフさん、優しいね。ありがたや……」

「ああ、本当にな。申し訳ないくらい」


 そんな会話を交わしたのち、気づけばまた、俺たちは抽出する様子に釘付けになっていた。

 男性は、エスプレッソを抽出している傍で、ピッチャーにミルクを入れ、エスプレッソマシンから延びたノズルを、ミルクの中に突っ込んだ。

 また、ぶーっと音がして、ピッチャーの中のミルクが高速で撹拌されていく。


「ね、あれは何をしてるの? めっちゃミルク回ってるけど……」

「ああ、あれは『フォームミルク』を作ってるんだ」

「フォームミルク? なにそれ?」

「ラテアートの上に載ってるミルクが、フォームミルク。あれは、ミルクに空気を含ませて、泡にしてるんだ」

「あの部分って、名前あったんだ!」


 ノズルからは、高温の蒸気が噴き出すようになっている。その勢いで、ミルクが空気を含み、フォーム――――つまり泡ができるのだ。

 きめ細かくなるように調整した泡を、ラテの表面に浮かせるようにして描くのが、一般的なラテアートだ。

 そう説明しているうちに、男性は、ラテアートで綺麗な『スワン』を作ってくれた。


「わ、かわいー! ありがとうございます! 写真撮っちゃお!」


 しずくが、慣れた手つきで写真を何枚も撮る。俺もそれに倣って、一枚だけ写真を撮った。

 そして早速、二人でカフェラテをいただく。


「おいし〜! 見た目も味も最高……っ!」

「ああ、これ……店でも出したいな」

「それ最高! でも、毎回ブレンドかカフェラテかで迷っちゃうなぁ」


 しずくは体を左右に揺らしながら、「ええ〜どうしよ〜!」と声を上げる。

 その顔は幸せそのもので、嬉しい悲鳴とはこういう状態のことを言うのかな、と思った。

 いただいたカフェラテは、コーヒーのコクがしっかり出ていた。それでいて、ミルクの優しい甘さも感じる。仕事や勉強の合間に飲んで、ほっと一息。そんな一杯だ。

 エスプレッソマシンをあちこち観察しながら、カフェラテを味わう。なんて至福のひととき。

 すると、手が空いたのか、男性がこちらにやって来て、声をかけてくれた。


「マシンにご興味があるんですか?」

「はい。勤務先のカフェに導入しようと思っていて……」

「でしたら、このマシンはかなりおすすめですよ。詳しい性能を説明すると――――」


 それから、専門的な説明が始まった。勉強を始めたばかりで、完璧に理解できたわけではないが、このマシンが上等なものであることは確かだ。

 そのぶん、値段は高い。俺が自腹で買おうと思ったら、一年間のバイト代を、丸々使うことになる。


「――――色々言いましたが、個人的には、このデザインが一番気に入ってて」


 そう言って、男性はエスプレッソマシンを撫でた。

 ボディにはステンレスが使われており、リッチな光沢感がある。

 そして、人が手で触れる部分には、ペールカラーの木が使われている。

 近代的でメタリックなデザインと、木の温かみを感じるクラシカルなデザインが合わさったマシンは、喫茶メロウに置いても上手く馴染みそうだ。

 説明を聞き終え、エスプレッソマシンのカタログを受け取ると、しずくと共にその場をあとにした。


「エスプレッソ、めちゃ美味しかったね! マシンもオシャレだったし!」

「ああ。……あれ、欲しいな」

「あ、やっぱり。めちゃくちゃ顔に書いてあるよ?」


 どきっとして、俺は頬をぐにぐにと動かす。あの男性にも、それが伝わっていたのだろうか。だから、あんなに丁寧に説明してくれたのかもしれない。


「歌原さんに、上手くプレゼンできるかな……」

「大丈夫だって! また私が後押しするから!」

「ありがたいけど、なんて言うつもりなんだ?」

「そりゃもう……このマシンで淹れたエスプレッソ、めっちゃ美味しかったです! って」


 ド直球な物言いに、思わず噴き出す。


「ぶっ、くくっ、そ、そのままじゃん……」

「あー! バカにしたな! こういうのは、真っ直ぐ伝えたほうが、受け入れてもらいやすいんですー!」


 ぽかぽかと背中を叩かれる。

 馬鹿にしたわけではないのだが、俺だったら変に上手く説明しようとして、空回りしていたと思うから、しずくの真っ直ぐさについ気が抜けてしまった。

 俺はすぐ、相手の気持ちを汲み取ろうと思い悩んでしまう。変なことを言って、嫌われてしまうくらいなら……と、気持ちを伝えることを諦めてしまうこともある。

 だから、しずくの純粋さには、いつも助けられているのだ。俺を負の思考から救ってくれるのは、いつもしずくだから。


「はは、確かに。うん、しずくの言う通りだ。俺も、素直にそう伝えてみるよ」

「ふっふっふっ、分かればいいのだよ」


 しずくは、俺の肩をつついて、可愛らしくウインクをした。


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