表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
68/85

第六十八話 それ禁止

「――――ほんじゃ、今日の給料ね! だいぶ色つけといたから!」


 着替え終わったしずくと共に、寅松さんから茶封筒を受け取る。


「え⁉ こ、こんなに⁉」

「さすがにもらいすぎじゃ……」


 寅松さんは、首を横に振った。


「見合った給料やと思うで? しずくちゃんのおかげで、今日はぎょうさんお客さんが来たし、純太郎ちゃんのドリップを見て、他の子たちの技術も上がったしな」


 俺のドリップが、参考になったということか。そんな自覚はなかったが故に、やけに嬉しい。


「もしよかったら、また働きにきてな! 二人ならいつでも歓迎や!」

「はい! またメイドさんになりに来ます!」

「相変わらず、ええ返事や。あ、そうだ。これ、お土産ね」


 寅松さんは、クッキーの詰め合わせと、ぱんぱんに張った大きな紙袋を渡してきた。

 紙袋の口は閉じられており、その中身は窺えない。


「あの、これは……?」

「んー? そら、ホテル戻ってからのお楽しみや」

「え〜⁉ 気になるんですけど!」

「まあまあ……きっと、二人とも盛り上がる(・・・・・)と思うで?」


 寅松さんが、ニヤリと笑う。

 この表情と、この間は――――いや、今は考えないことにしよう。


「明日はうちのブースにも、ぜひ遊びに来てな!」


 寅松さんに見送られ、俺たちは喫茶寅まるをあとにした。

 気づけば、辺りはすっかり真っ暗だ。時折吹き抜ける風は、どこか生温く、徐々に汗が滲み始める。

 しかし、労働をやり切ったあとの達成感の前には、そんな不快感などないに等しい。


「ふぅ……。疲れたけど、めっちゃ楽しかったね!」


 軽やかな足取りのしずくが、夜空を見上げながら言った。

 夜空には、夏の大三角形がくっきりと浮かんでいる。


「ああ、いい刺激になったな」

「うんうん。みんないい人だったし!」

「それにしても、メイド喫茶だったのは、ちょっとびっくりしたけどな」

「ねっ! でも、実はちょっと憧れてたから、着られて嬉しかったんだよねー、なんて」


 しずくは、頬を薄く染めながら笑う。その瞳は、星くずのようにきらめいていた。


「へえ、そうだったのか。ちょっと意外だな」

「変、かな? ぶっちゃけほんとは、似合ってなかった?」

「まさか。すごい似合ってたよ。着られて良かったな」

「……うん。へへ、純太郎なら、そう言ってくれると思った〜」


 しずくは照れ臭そうに、俺の服の裾を掴む。

 彼女のこういういじらしいところが、すごく好きだ。何度でも褒めたくなってしまう。


「ほら私ってさー、仕事だと、クール系の服を着ることが多いでしょ? 私服もなるべく目立たないように、カジュアルなもの着てることがが多いし。だから、ああいう可愛い服って、あんまり着る機会がなくて。だから、たまーに着たくなるんだよね。フリルもりもりの、ちょ〜可愛い服!」

「なるほど。他の可愛い服も見てみたいな。似合いそうだし」

「当然! なんたって私ですから! 今度、ファッションショーしちゃおっかな〜。なんと特別、お客さんは純太郎だけ!」

「はは、特等席だな。楽しみにしてる」

「あ、冗談だと思ってるなー? もう、私を独り占めできる人なんて、純太郎しかいないんだからね?」


 そう言って、しずくはちょっぴりいじけたあと、すぐにとびっきりの笑顔を見せた。

 その顔がたまらなく愛おしくて、思わず目を細める。


「あ、そうだ! 明日のイベントのあとさ、アメ村行く予定じゃん?」


 アメ村とは、心斎橋の西側に位置する〝アメリカ村〟と呼ばれるエリアの略称である。

 古着屋や、音楽関係のショップが多く並んでいるとか。


「純太郎の服、私にコーディネートさせてくれない?」

「いいけど……俺の服なんか見て楽しいか?」

「もう、ほんと純太郎は女心が分かってないなぁ。純太郎のだから楽しいの!」

「そ、そうか。そこまで言うなら、お願いします」

「うんうん。分かればいいの、分かれば」


 服に頓着がない身としては、ファッションの最前線にいるしずくに選んでもらうことに、ありがたいと思う反面、申し訳なさも感じていた。

 まあ結局、しずくが楽しんでくれるのであれば、俺はなんでもいいのだが。


「純太郎ってさ、ぶっちゃけあんまファッション興味ないでしょ?」


 その通りだと、俺は頷く。

 先述した通り、俺は服に頓着がない。何故なら、自分には意味のないものだと勝手に決めつけていたからだ。しずくと出会ってからは、少しは気にするようになったが、それでもまだ、俺はファッションにあまり関心を持てずにいた。

 流行に追いつける自信がないし、そもそも自分に何が似合うのかも分からない。結局、無難でカジュアルなものばかり身につけてしまう。


「――――じゃあさ、私の好きな格好させていいよね⁉」

「え? あ、ああ。着て欲しい服があるなら、俺はなんでも着るけど」

「よし! 言ったね⁉ なんでもって、言ったね⁉︎」

「あ、でも、その……あんまり恥ずかしい服とかは、勘弁して欲しい、かも」


――――例えば、メイド服とか。


 寅松さんとしずくの会話を思い出し、うっすらと冷や汗をかく。

 そんな心配をよそに、しずくは首をぶんぶんと横に振った。


「そこは心配しないで! 選ぶからには本気だから!」


 しずくの瞳の中で、炎がめらめらと燃えている。

 何がそんなに、彼女を突き動かすのだろう。やはり女性の心とは、難解である。


「はあ、楽しみだなぁ……。純太郎、結構スタイルいいし、着せ替え甲斐がありそうなんだよなぁ……」

「そ、そうか? 普通だと思うけど……」

「ちっちっち、純太郎は分かってないなぁ。君みたいなスタイルが好きな女の子って、いっぱいいるんだよ? メイドさんたちも、みんな褒めてたでしょ? それに――――何を隠そう、私だってそのひとりなんだから!」


 しずくの指が、俺の肩をつつく。

 この貧相な体の、どこに魅力があるというのだろう。いや、自分で考えたところで、分からないものは分からない。しずくが好んでくれるなら、それでいいではないか。


「まあ、しずくが好きって思ってくれるなら、俺は何されたっていいよ」


 なんの気なしにそう言うと、突然、しずくの足がぴたりと止まる。


「……純太郎」

「ん?」

「そのセリフ、禁止!」

「ええ、なんでだ?」

「禁止なもんは禁止なの! ほら、帰るよ!」


 しずくはそう言って、俺の手を強く引いた。

 顔を伏せるようにして歩いているが、夜道でもわかるくらい、耳の裏まで真っ赤だ。

 一体、俺の言葉の何が、しずくをこうさせたのだろう。考えてみても、今は分かりそうにない。我ながら、どこまでも鈍感なやつである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ