第六十七話 恋バナ
「――――あ、そうだ。みんなにコーヒー淹れてあげな。うちな、閉店後はみんなでコーヒー飲んで、お話ししてから帰んねん」
寅松さんが、コーヒーの準備を始める。今の言葉から分かる通り、寅松さんとメイドさんの関係は非常に良好だ。
喫茶寅まるには、喫茶メロウとはまた違った、良いアットホームな雰囲気が溢れている。まるで、寅松さんの底抜けに明るい人間性が、店にそのまま反映されているようだ。
「あの……良かったら今日のコーヒーは、俺に淹れさせてもらえないでしょうか?」
おこがましいかもしれないが、それが今の俺にできる最大限の恩返しだった。
寅松さんが、ぱっと笑顔になる。
「もちろん! 実はな、みんな純太郎ちゃんのコーヒー飲みたいって言うてたんよ。な、みんな!」
いつの間にか、メイドさんたちがこちらに向かってサムズアップしていた。その中には、しずくも含まれている。
「それに、しずくちゃんに淹れてあげるって約束してたもんな!」
「き、聞いてたんですか……」
「モチのロンや! うちの地獄耳は誤魔化せへんよ!」
顔に熱を感じながら、俺はいつも通り、コーヒーの準備をする。
寅松さんは隣でそれを見ながら、再び口を開く。
「由美から聞いたんやけど、純太郎ちゃんも、いずれは自分の店を持ちたいんだって?」
「はい」
「なら、うちからひとつアドバイスや。自分の長所と短所は、誰よりも分かるようになっておきな」
「長所と、短所……ですか」
コーヒーが一滴、また一滴とサーバーに落ちていく。
寅松さんは、話を続ける。
「うちの短所は、技術に関しては半人前なところ。せやけど、人とすぐ仲良くなれるんは、うちの一番の長所や。この店は、うちの長所を活かしつつ、短所を補いながら経営しとるんやで」
「……なるほど。勉強になります」
俺の短所は、分かり切っている。
それは、コミュニケーションが苦手なところだ。これに関しては、改善はしたとしても、得意になることは一生ない気がする。
では、長所はなんだろう。コーヒーを淹れる技術は、まだまだ中途半端。かと言って、他に誇れることもない。
「今すぐ長所が思いつかないなら、今一番やりたいことを磨くんが一番や」
「……それなら俺は、やっぱりコーヒーを上手く淹れられるようになりたいです」
「なら、たっくさん練習しな。純太郎ちゃんは、もっと高みを目指せると思うで。うち、人を見る目にも自信あんねん」
そう言って、寅松さんはウインクした。
同時に、最後の一滴がサーバーに落ちる。
まだまだ、まったくビジョンは見えないけれど、それでも少しだけ、自信がついた気がした。
「んじゃ、みんなのところに持っていってあげよか!」
「はい……!」
淹れ終わったコーヒーを、メイドさんたちが待つテーブルに運ぶと、何故か、わあっと歓声が上がる。
「純太郎お疲れ様! 今ちょうど、みんなで純太郎のこと話してたんだよ」
「お、俺のこと?」
一体何を話していたのだろうか――――そう疑問に思うよりも先に、いつの間にかメイドさんたちに取り囲まれていた。
「しずくちゃんの言う通り、よう見たらめっちゃイケメンやわ〜」
「ね、お肌も綺麗やし」
「目もぱっちり二重で羨ましいなぁ……」
「いやぁ、お似合いやねぇ〜!」
次々と褒め言葉が飛び交い、頭がパンクしそうになる。
俺がフリーズしていると、しずくが俺の腕を抱き込んだ。
「でしょでしょ? 自慢の彼氏なんだぁ」
しずくがそう言うと、再び歓声が上がった。
どうやら、俺のことを紹介してくれたと言うことだけは分かった。そして、この短時間でしずくは、メイドさんたちと意気投合したということも。
それにしたって、褒められすぎだとは思う。一体、何をどう話したら、こんなことになるのだろう。
いまだ何も言えずにいる俺をよそに、しずくが言葉を続けた。
「それに、コーヒー淹れるのも上手だしね」
「あっ、そうだ、コーヒー……その、良かったらどうぞ」
しずくのおかげで、やっと言葉が出てきた。
メイドさんたちは、揃って「いただきます」と言って、コーヒーを飲む。
「ん〜、美味しい! しずくちゃんのいう通りやわ!」
「でっしょ〜?」
しずくは自信ありげにそう言って、コーヒーをあおった。
良かった、メイドさんたちにも気に入ってもらえたようだ。
「はぁ〜、やっぱ純太郎のコーヒーなんだよなぁ……」
しずくが俺の横で、ほっと息を吐く。リラックスしているその表情は、先ほどまでの愛嬌たっぷりな営業スマイルとはまた違った、純粋な可愛らしさがあった。
「なんやなんや、恋バナならアイちゃんの出番やろがい!」
遅れてやって来た寅松さんが、テーブルに焼き菓子がたくさん載った大皿を置いた。
「ほな、詳しく聞かせてもらいましょか!」
――――ああ、また話が長くなりそうだ。




