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第六十四話 辱め

「はあ、堪能したわ。おおきに!」

「いえいえ。あ、私は何をお手伝いすればいいですか?」

「あ、せやった。また話し込んでまうところだったわ! しずくさんには、ホールやってもらいたいんやけど」

「ホールということは……まさか!」


 しずくの視線が、接客中の店員に向く。


「そのまさかや! どや? めっちゃ似合うと思うんやけど」

「ぜひ! ちょっと着てみたかったんです!」


 しずくは、はしゃいだ様子で言った。

 まさか、しずくのメイド姿が見られるとは。棚からぼたもちとはまさにこのこと。


「ほな決まりや! あ、一応訊いときたいんやけどぉ……その、やっぱ、事務所通さんとまずかったりする……?」


 寅松さんは、しずくに顔を近づけて、こそこそとそう言った。豪快な人だが、律儀なところはあるようだ。

 それに対し、しずくは噴き出すように笑う。


「あはは、大丈夫ですよ! プライベートは結構自由なんで」

「そか! 危うく出演料取られるかと思ったわ!」


 前言撤回。お金の心配をしていただけだった。


「特別に安くしておきますよ」

「やっぱ取るんかい!」


 しずくと寅松さんは、顔を見合わせて笑った。

 いつの間にか、ずいぶんと意気投合しているようだ。さすがしずく、適応力が俺とは比べ物にならないほど高い。


「そんじゃ、早速仕事してもらお……と言いたいところやけど、まずはうち自慢のコーヒーとスイーツを、ちょいと食べてもらえへん?」

「「ぜひ!」」

「ん~! いい返事や!」


 そう言って、寅松さんは嬉しそうに笑った。

 そのまま待っていると、店員がアイスコーヒーと、プリンを持ってきてくれた。

 色味からして、コーヒー豆は中深煎りを使っているようだ。

 ひと口飲むと、チョコレートやナッツのような味わいが広がる。そしてほのかに、柑橘系や、りんごのようなフルーティな酸味も感じた。


「どや? うちのコーヒー、うまいやろ!」

「はい、すごく美味しいです。豆はグアテマラですか?」

「おっ、よう分かったな! さすがは由美の一番弟子!」

「いえいえ……今、豆の特徴を勉強中で」

「ほ〜、若いのにようやるなぁ……。お姉ちゃん感心してまうわ」


 寅松さんから、大袈裟なほどの拍手を送られた。まだまだ趣味の範疇とはいえ、こうしてお店を持つ人に褒めてもらえたことが、やけに嬉しかった。

 しずくといい、歌原さんといい、俺と接してくれる人は、みんな褒め上手だ。

 毎回少しむず痒い気分になるが、もちろん悪い気はしない。

 それにしても、このコーヒー、かなりのこだわりを感じる。豆の特徴がはっきり出ているということは、ドリップが上手に行われた証拠だ。それだけの技術が、このお店にはある。


「プリンもおいひい〜……!」


 しずくが、プリンを口に運びながら、んーっと体を震わせた。

 それを見て、俺もすぐプリンを食べる。


「っ、うまい……!」

「せやろ? うちの可愛いメイドたちが、毎日丹精込めて作っとんねん」


 通りかかったメイドさんが、心なしか誇らしげな顔をしていた。

 このお店のプリンは、いわゆるイタリアンプリンというものだ。

 イタリアンプリンは、主にマスカルポーネチーズと生クリームを加えることで、濃厚かつクリーミーな味わいになる。そして、もっちりとした弾力と、ねっとりとした舌触りが特徴だ。


「うちの自家製スイーツは全部オススメやけど、特にこのプリンは大人気なんやで!」


 寅松さんが、ぐんと胸を張る。確かにこれは、人気が出るのも納得の味だ。

 先述した通り、濃厚でクリーミーな味わいのプリンは、コーヒーとの相性も抜群だ。

 そして、忘れてはいけないのがカラメルの部分。こちらは非常にビターな味わいになっており、単体で食べるとコーヒーと同じくらい苦い。

 しかし、プリンと一緒に食べると、甘さを上品に引き立ててくれる。甘さが後を引かないため、これならいくらでも食べられてしまいそうだ。

 最初は、メイド喫茶かと思って尻込みしてしまったが、コーヒーとプリンをいただいて理解した。この店、ただのメイド喫茶ではない。

 寅松さんは一見、軽薄そうな人ではあるが、確固たる信念があってこの店を経営しているのだろう。歌原さんと気が合う理由も、今ならよく分かる。

 あっという間にコーヒーとプリンを平らげると、寅松さんはパンッ、と手をひとつ叩いた。


「そんじゃ早速、働いてもらおかな! お給料はたんまり用意しとるから! 期待したってな!」


 お茶目な笑みを浮かべた寅松さんは、俺たちを連れて、店の裏に向かった。


「ほい、これがしずくさんに着てもらうメイド服や」

「わぁ〜! めっちゃ可愛い! ありがとうございます!」


 バックヤードについてすぐ、しずくは寅松さんからメイド服を受け取った。

 そして、ふと何かに気づいたように口を開く。


「あ、寅松さん。言い忘れてたんですけど、さん付けじゃなくて大丈夫ですよ?」

「え〜? ええの〜? じゃあうちのことは〝アイちゃん〟って呼んでーな!」


 寅松さんは、待ってましたと言わんばかりにそう言った。

 この様子じゃ、他のメイドさんにもそう呼ばせているな、この人。


「なんか、アキラちゃんと気が合いそうだね、アイちゃん」


 寅松さんが背中を向けた隙に、しずくが俺に耳打ちをする。

 ちゃっかりもう〝アイちゃん〟と呼んでいるのが、しずくらしい。


「ああ、俺も同じこと思ってた」


 いつか、歌原さん、間宮先生、寅松さんで話すことがあるのなら、近くでその様子を見てみたいと思う自分がいた。きっと面白いことになるだろうから。


「そんで、こっちが純太郎ちゃんのメイド服や」

「あ、はい」


――――なんで〝ちゃん〟付けなんだろう。


 そう訊きたいところだが、また話が長くなってしまうかもしれない。ここは、ぐっと我慢する。

 そして、寅松さんは、平然とした様子でメイド服を俺に差し出した。

 あまりにも自然なものだから、反射的にそれを受け取ってから、遅れて何かがおかしいことに気がつく。


「――――お、おお、俺の⁉」

「だっはっは! ええリアクションするやないか! 冗談や、冗談」

「は、はぁ……」


 寅松さんは、今まで以上に豪快に笑いながら、メイド服を回収した。

 先ほど、俺と接してくれる人はみんな褒め上手、と言ったが、からかい上手でもあることを改めて実感する羽目になった。

 みんな口を揃えて、俺の反応が面白いというのだが、慌てふためく男の何が面白いのだろう? 

 やけに恥ずかしくなって、顔を手で仰いでいると、寅松さんが口を開く。


「でも、純太郎ちゃんも似合いそうやけどなぁ。綺麗な顔しとるし」

「あんまりからかわないでくださいよ……!」

「からかうっていうか、こっちは本心やねんけど」


 寅松さんは、残念そうに「う~ん」と唸った。なんだか、目が怖い。

 まさかこの人、本当にどうにか着せる方法を考えていたりして――――。


「私も、結構似合うと思うけどなぁ。ね、一回着てみたら?」

「しずくまで⁉︎ 似合うわけないって……!」


 俺が着たところで、見苦しいものを見せるだけだ。

そ んな辱めを受けるくらいなら、むしろお金を払ってでも逃げ出したいくらいである。


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