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第六十三話 喫茶『寅まる』

 俺たちは、電車で日本橋まで移動した。

 ちなみに、大阪にある日本橋は『にっぽんばし』と読む。東京にも日本橋という地名があるが、あれは江戸城築城のために、二本の丸太で即席の橋を用意したことから二本橋(・・・)――――『日本橋』ということになったらしい。

 大阪の日本橋は、日本随一の橋となるようにと、直接名付けられたもの。当時、日本は『にっぽん』と読まれていたため、『にっぽんばし』という読み方になったようだ。

 色々と諸説があるため、インターネットで調べたこの情報が、正しいとは限らないのだが。


「えっと、確かこの辺りだと思うんだけど」


 大きな通りから少し逸れて、路地に入る。すると、お目当ての店が見えた。

『喫茶寅まる』それが、今日働く店の名前である。


「あった、あそこだ」

「おー、ちょっとレトロな感じだね。中も広そうだし」


 確かに、外から見た限りでも、ファミレスくらいの広さはありそうだ。

 店の外観は、かなり古ぼけているものの、看板やメニュー表は新しかった。もともとあった古い喫茶店を、居抜きで使っているのかもしれない。


「とりあえず入ってみよっか」


 しずくが扉を開けて、中へ入る。すると、扉についていたベルが、からんからんと軽快に鳴り響いた。


「「「おかえりなさいませ、お嬢様、ご主人様」

「……え?」


 俺たちは、揃って目を丸くした。

 紺色のワンピースの上に、フリルがついた白いエプロンをつけた店員たちが、一斉に頭を下げた。彼女たちの頭には、フリルのカチューシャがある。いわゆる、クラシカルメイドというものだ。


「こ、このお店、メイド喫茶だったの……⁉」

「お席にご案内します」


 ひとりの店員が、俺たちの前に颯爽と現れる。


「あ、あの……歌原という者から、ここで仕事を手伝うよう言われてきているのですが」

「――――おー! 由美んところの使いやな? よー来たなぁ!」


 店の奥から、金髪で糸目の女性が歩いてきた。

 ヒョウ柄のTシャツに、スキニーデニム。体型は小柄で、しずくとも十センチ以上差がありそうだった。口元には八重歯が目立ち、猫っぽい印象がある。


「ちょっと座って話そか!」


 女性に連れられるまま、俺たちは店内を歩く。

 店の中は、焦げ茶色の木を基調としたクラシックな雰囲気で、多くの男性客で賑わっていた。

 お目当ては、やはりメイドなのだろうか。しかし、よく見ると女性のお客さんもいて、世間話に花を咲かせているようだ。

 そして、店員たちは、黙々と仕事をこなしている。まるで、本物のメイドのようだ。俺がイメージする、きゃぴきゃぴとしたメイド喫茶とは、まったく異なる印象である。

 奥の席についた俺たちは、言われるがままに座った。

 全然状況が呑み込めていない。どうしていいか分からず、俺たちは借りてきた猫のように縮こまっていた。


「遥々ご苦労さん。うちは寅松愛(とらまつあい)。この店の店長やってます」


 そう言って、寅松さんは俺たちに名刺を渡した。


「由美とは、前にイベントで意気投合した仲でなぁ。色々情報交換したり、定期的に連絡取っとんねん。まあ、最近はお互いに忙しくて、なかなか会えてへんけど」

「な、なるほど」

「こう見えてうち、結構なコーヒー好きなんよ。明日のイベントも、うちでブレンドしてる特別な豆を持っていこー思てな? そうだ、帰るときにお土産で持たせたるわ!」

「あ、ありがとうございます……」

「ほんでな? コーヒーといえば――――」


 寅松さんの話は、それからしばらく続いた。どうやら彼女はとてもおしゃべりなようだ。

 次から次へと、言葉がマシンガンのごとく出てくる。それに対して、こちらは相鎚を打つので精一杯だった。

 店員が後ろを通るたびに「いつまで話しているんだ」という冷ややかな視線を向けてくる。正直、居心地が悪い。たまらず隣のしずくを一瞥すると、彼女もまた、寅松さんに圧倒されていた。


「っと、そういや自分ら、バイトで来てくれたやんな?」

「そう! そうなんです!」


 しずくが、身を乗り出すようにして言った。

 ようやく本題に入れそうで、俺も思わず前のめりになる。


「せやったせやった。説明不足で堪忍な! うち、話し出すと長いねん!」


――――自覚あるんだ……。


 寅松さんは、豪快に笑いながら俺の肩をバシバシと叩く。

 まさに、快活が服を着て歩いているような人だ。俺とは正反対と言っていいだろう。


「そんで本題やけど、君たちには、閉店まで一緒に働いてもらお思てな? お兄ちゃん、確か純くんいうたな」

「は、はい。あ、申し遅れました、御影純太郎です」

「神坂しずくです!」


 二人揃って頭を下げると、寅松さんはまた豪快に笑いながら、俺の肩を強く叩いた。

 さっきから思っているのだが、少し痛い。


「二人ともお利口さんやなー! うん、この感じやと、接客はまったく問題なさそうやな!」


 よく分からないが、認めてもらえたようだ。

 寅松さんは話を続ける。


「ほんで純くんは、由美の弟子なんやろ? もう独立できるほどの実力があるって、由美が言うとったわ」

「え⁉︎ 歌原さんが……⁉︎」

「ふふ、よかったね、純太郎」


 まさか、そんなふうに紹介されているとは。思わず頬が緩む。


「由美のお墨付きなら、間違いないわな。よっしゃ、純くんには、コーヒーのドリップをメインでやってもらおかな! そんで、そっちのお嬢ちゃんには――――」


 寅松さんが、しずくをじっと見つめる。


「ん? ちょ、待ち……」


 寅松さんが、何度もまばたきを繰り返したのち、両目を手の甲で何度も擦った。

 一体どうしたというのだろう。どう声をかけようか迷っていると、寅松さんが口を開く。


「あ、あの……もしかして……『SHIZUKU』さん?」

「は、はい。そうです」


 しずくが、遠慮がちにサングラスを外す。

 それと同時に、寅松さんは椅子から転がり落ちた。目の前でコントを見せられている気分だ。笑ってはいけないと思いつつ、しずくと顔を合わせてくつくつと笑う。


「ど、どひゃぁ〜! う、嘘やろ⁉︎ あのSHIZUKU? 超有名人やん! こんなところで何してはるの⁉」

「ええっと、マスターのお店……喫茶メロウには、私も毎日のように通っていて、すごくお世話になっているんです。今日は彼の付き添い? で来ました!」

「ひえ〜……女の子も来るとは聞いてたけど、まっさか芸能人が来るなんてなぁ……ちょ、あとでサインください! あ、握手は今して欲しいなぁ!」

「は、はい!」


 しずくが手を差し出すと、寅松さんはすぐさまそれを両手で握った。

 歌原さん、俺たちどころか、寅松さんにすら詳細を話していなかったのか。まったく、困った人である。彼女は普段は気さくで真面目な人だけど、たまにこうして悪戯をすることがある。

 昔、やんちゃしていたときの名残だったりするのだろうか? それを本人に言ったらはぐらかされるか、いじけてしまうか、その両方だとは思うけど。


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