第五十話 エスプレッソ
「エスプレッソって、結局なんなのかなーって……めっちゃ苦いってことくらいしか、知らなくて……」
「あ~、そっかぁ。意外と知る機会ってないよねぇ。……こほん! では純くん、説明してあげて」
俺は、ひとつ頷いた。
まず、エスプレッソとは、加圧抽出によって淹れるコーヒーのことである。
お湯に圧力をかけて、二十秒から三十秒という短い時間で抽出する様子から、イタリア語で『急行』という意味の名前がつけられたとされている。
鍵になるのは、この圧力という部分。少ない湯量で、十分に抽出されたコーヒーは、深いコクと苦味、そして酸味や甘味、それから、使用した豆特有の風味を強く感じることができる。
本場イタリアでは、このエスプレッソに、スティックシュガー二本分に相当する砂糖を入れて飲むらしい。多いように思えるが、それが普通なのだ。
ただ、エスプレッソを抽出するには、専用の機械が必要になる。それが、エスプレッソマシンである。
「ちなみに、エスプレッソにミルクを加えて作るのが、カフェラテで、普通のコーヒーにミルクを加えると、カフェオレになるんだよ〜」
「へぇ……!」
しずくは、俺と歌原さんの話に興味津々といった様子だ。
そんな聞き上手なしずくを前にすると、俺も歌原さんも、思わず饒舌になってしまう。
「エスプレッソは、他にもアレンジの仕方がいくつかあってぇ……アフォガートもそうだし、お湯とか水で割ると、アメリカーノになるね」
「エスプレッソを薄めるってことですよね……? それって普通のコーヒーになっちゃうんじゃ……」
「濃さで言ったら、確かに同じくらいなんだけどね。でも、アメリカーノのほうが、飲み心地がすっきりするんだぁ。同じ豆でも、ちょっぴり変わるの。コーヒーって、不思議だよねぇ」
「ほうほう……じゃあ、そのエスプレッソマシンさえあれば、もっとたくさんコーヒーが楽しめるってことなんですね?」
俺と歌原さんは、揃って何度も頷いた。
「あ、そうだ!」
歌原さんは、一度店の奥へ引っ込むと、何かを持って戻ってきた。
「エスプレッソマシンで思い出したんだけど、大阪で大きなコーヒーイベントがあるの知ってる?」
「「コーヒーイベント?」」
「色んな焙煎所のオリジナルブレンドとか、最新のコーヒー器具とか、それこそ新型のエスプレッソマシンとか、色々展示されるイベントなんだって〜!」
そう言いながら、歌原さんは一通の封筒を手渡してきた。
中には、会場の案内図と、二枚のチケットが入っている。
「大阪にいる友達が出展するみたいでね、招待状をもらったの。でも、私がお店を空けるわけにもいかないでしょ? もしよければ、二人で行って来てもらえないかな?」
「ええ⁉ むしろいいんですか⁉」
俺より先に、しずくが食いついた。負けじと、俺も前のめりになる。
「もちろん! でも、しずくちゃんのお仕事は大丈夫?」
「なんと、このイベントの日は、ちょうど休みです!」
しずくは、嬉しそうにピースした。
「純太郎と過ごすっていうのは決まってたんですけど、他はなんにも決まってなかったからね。ていうかさ、せっかくの機会だし、大阪旅行しない⁉ 二泊三日で!」
「ああ、いいね。そうしようか」
「でしょ! 早速予定立てないと!」
しずくが、テーブルに身を乗り出す。彼女の休みは、三日間。それをすべて大阪で過ごすというのか。なんとも大胆な使い方である。
俺は、中学の修学旅行以来の旅行だ。それ以外では、小さい頃に家族としたくらいである。
「イベントがあるのは、三日目か……初日と二日目はどうしよっか。純太郎、行きたいところある?」
「そうだなぁ……中崎町に行ってみたいかな」
中崎町には、古民家が多く、古き良き建物を利用したカフェが多いと聞く。
大阪に行く機会があれば、一度は行ってみたいと思っていた場所だ。
「いいじゃん! 行こ行こ!」
「しずくは? どこか行きたいところはないのか?」
「私はアメ村かなぁ。古着とかたくさん見たい!」
「……いいなぁ〜。私も行きたぁい」
行きたいところを次々とピックアップしていると、歌原さんが唇を尖らせた。
「あ、すみません……マスターのおかげで行けるのに」
「ふふ、冗談だよぉ。私のことは気にしないで、いっぱい楽しんできてね。あ、でも……いくつかお願いしてもいい?」
「もちろん、なんでも言ってください」
「じゃあまず、イベントで色んなエスプレッソマシンを見てきて欲しいな。せっかくお店に導入するなら、いいものが欲しいからね。あと、招待状をくれた友達の店で、ちょっとバイトしてきてほしくって……」
「バイト、ですか」
「うん! ちゃんとお給料も出るし、ちょっと変わったお店だから、きっと楽しいと思うんだけど……どうかな?」
そう言って歌原さんは、茶目っ気のある笑顔を見せた。
〝ちょっと変わったお店〟というのが少し気になるところだが、喫茶メロウ以外で勤務することに興味を抱いている自分がいた。
しずくもそれは同じようで、ぴんと手を挙げて口を開く。
「はーい! それくらいなら喜んで! 旅費の足しにもなるし。純太郎もいいよね?」
「ああ、もちろん」
「ほんと? よかったぁ〜。じゃあ二人とも、よろしくねぇ」
そう言って、歌原さんは悪戯っぽく笑った。




