魔獣襲来②
私は、占い師のプロディ。
魔王様から授けられた魔道具の水晶玉を通して、ベルシュタイン侯爵夫人の様子を眺めていた。
このところ、侯爵夫人はひどく疲弊している。
だが、その理由を本人は知らない。
闇の魔道具を使うたびに、自らの生命力が少しずつ奪われていることを。
そして、私が与えた闇の魔道具が、単に娘を操るための道具ではないことも。
あの魔道具は、使用者の生命力と魔力を密かに吸い取り、蓄える仕組みになっている。
それとも知らず、侯爵夫人は今日まで魔道具を使い続けてきた。
そう考えると、笑いが込み上げてくる。
「……ふむ」
私は小さく呟いた。
ベルシュタイン侯爵夫人は、実によく働いてくれた。
娘への執着。
公爵家との婚姻に対する野心。
そして、マリアへの嫉妬と憎悪。
それらの感情を利用するのは、実に容易だった。
闇の魔道具を与えれば、侯爵夫人は喜んで受け取った。
娘を思い通りに操れると知れば、何度でも魔力を注ぎ込んだ。
その結果、魔道具には大量の魔力と生命力が蓄えられた。
そして、これまでに集めてきた人々の生命力。
その全てが、魔王様の魔獣作りの為の糧となる。
「でも……そろそろ限界かしら」
私は水晶玉に映る侯爵夫人を見つめた。
顔色は悪く、身体もすっかり衰弱している。
これ以上魔道具を使わせれば、遠からず命を落とすだろう。
もっとも、私にとって侯爵夫人の命など、どうでもよいものだけれど。
必要なのは、魔王様に捧げる力だけなのだから。
「十分に集まったわ。これ以上、あの女を利用する必要もないわね」
私は薄く笑った。
「潮時ね」
そう呟くと、私は闇の魔道具に蓄えられた力を引き出し始めた。
黒い霧のようなものが魔道具から溢れ出し、私の周囲へと集まっていく。
それは、侯爵夫人の生命力と魔力の塊だった。
私はその黒い霧を、小さな瓶の中へと封じ込めた。
「さあ、我が主よ……」
私は恭しく頭を垂れた。
「十分な力を集めました。どうぞ、お受け取りくださいませ」
その言葉に応えるかのように、小瓶に亀裂が走った。
次の瞬間、小瓶は砕け散り、中に封じられていた黒い霧が勢いよく溢れ出した。
霧は渦を巻きながら宙へと昇り、やがて虚空に生じた闇の中へ吸い込まれていく。
こうして、集められた生命力と魔力は、魔王様のもとへと送られた。
そして、その瞬間。
神殿の奥深く。
人目につかない場所に、異変を起こした。
何もない空間から、魔霧と呼ばれる黒い霧が湧き出し始めたのだ。
霧はゆっくりと広がり、やがて一か所に集まっていく。
その奥から、不気味な音が響いた。
――ドクン。
まるで、生き物の鼓動のような音だった。
――ドクン。
――ドクン。
その音は次第に大きくなっていく。
まるで、巨大な心臓が動き始めたかのように。
黒い霧の中で、何かが蠢いていた。
そう。
魔王は、私が集められた生命力と魔力を使い、神殿の中に新たな魔獣を生み出したのだった。
◇
突然、神殿全体を覆うように、禍々しい気配が広がった。
「……っ!?」
私は思わず身を震わせた。
何か、とても邪悪なものが近づいている。
そう感じた次の瞬間だった。
「きゃあああっ!!」
神殿の奥から、悲鳴が響き渡った。
続いて、何かが壊れる激しい音と、人々の叫び声が聞こえてきた。
「ま、魔獣だ! 魔獣が現れたぞ!」
誰かが叫んだ。
その声を合図にしたかのように、神殿のあちこちから悲鳴が上がり始めた。
どこからともなく現れた魔獣たちが、次々と人々に襲いかかっていたのだ。
それも、一匹や二匹ではない。
数え切れないほどの魔獣が、神殿の内部に出現していた。
「どうして神殿の中に魔獣が!?」
誰かが叫んだが、その問いに答えられる者はいなかった。
神殿はたちまち大混乱に陥った。
逃げ惑う人々。
悲鳴を上げる貴族たち。
人々を避難させようと声を張り上げる神官たち。
そんな中、セインフォード殿下が素早く剣を抜いた。
「皆、落ち着け! 魔獣は私が食い止める! 神官たちは人々を安全な場所へ避難させろ!」
そう叫ぶと、殿下は迷うことなく魔獣へ向かって駆け出した。
「セインフォード殿下!」
私が呼び止めるよりも早く、殿下は迫り来る魔獣に剣を振るっていた。
鋭い一撃が魔獣を斬り伏せる。
しかし、倒しても倒しても、新たな魔獣が現れてくる。
このままでは、神殿の大広間にいる人たちまで襲われてしまう。
私は周囲を見渡した。
大広間には、国王陛下や王妃陛下をはじめ、多くの貴族や神官たちがいる。
この人たちを守らなければ!
そう思った瞬間、私は両手を前にかざした。
「お願い! みんなを守って!サンクチュアリ!」
私は咄嗟に光魔法を発動させた。
眩い光が私の手から溢れ出し、瞬く間に大広間の出入口を覆っていく。
そして、光は巨大な結界となり、大広間を魔獣たちから隔てた。
次の瞬間。
ドンッ!!
結界に魔獣が激しく体当たりした。
「きゃあっ!」
近くにいた人々が悲鳴を上げる。
しかし、光の結界はびくともしなかった。
魔獣たちは何度も結界にぶつかり、鋭い爪で引き裂こうとする。
それでも、結界を破ることはできなかった。
「よかった……!」
私は思わず安堵の息を漏らした。
けれど、安心している場合ではない。
結界の外では、今もセインフォード殿下たちが魔獣と戦っている。
そして、神殿のあちこちからは、人々の悲鳴が聞こえ続けていた。
どうして、こんなことに……。
ここは神聖な神殿のはずなのに。
なぜ、これほど多くの魔獣が現れたのだろう。
私は結界を維持しながら、混乱する神殿の様子を見つめていた。




