後始末
建国祭には、各国から多くの賓客が招かれていた。
その中には、シオン聖国から派遣された異端審問官のエステラ・ラインベルトの姿もあった。
華やかな祝宴の裏側で起きた、ベルシュタイン侯爵夫人による突然の告発。
この問題は、私が父である国王陛下から命じられて、水面下で動いて表にでない様に処理した問題だった。
それなのに公の場、それも建国祭で告発された。
マリアの姉、イザベル・ピラカンザが『闇の魔道具』を使用し、シオン聖国の異端審問官に逮捕された。
ベルシュタイン侯爵夫人は、大勢の貴族の前でそう断言した。
ならば――。
なぜ彼女は、それを知っていたのか。
私は祝宴の最中、人目を避けてラインベルト審問官を王宮の一室へと呼び出した。
「突然呼び出してすまない、ラインベルト審問官」
「お気になさらず、アークレイン殿下」
ラインベルト審問官は静かに頭を下げる。
「先ほどの騒ぎについてですね?」
「話が早くて助かる」
私は椅子に腰掛けることなく、窓辺に立ったまま尋ねた。
「確認したい。イザベル・ピラカンザの件は、シオン聖国から漏れたと言う事は無いか?」
僅かな沈黙の後、ラインベルト審問官は答えた。
「神に誓ってありません」
ラインベルト審問官の表情が険しくなる。
「その件について、シオン聖国は秘密裏に処理しております」
私は振り返った。
「イザベル・ピラカンザの身柄を拘束したことも、正式には公表すらしておりません」
「では、ベルシュタイン侯爵夫人が知っているはずがないな?」
「少なくとも、通常の手段では」
ラインベルト審問官はそう答えると、考え込むように目を細めた。
「我々が情報を伝えたのは、捜査に必要なごく一部の関係者のみです。当然ながら、ベルシュタイン侯爵家はその中に含まれておりません」
ただの醜聞ではない。
これは、もっと深刻な問題かもしれない。
「つまり、どこかから情報が漏れた」
「その可能性もあります。ですが……」
「他にも可能性があると?」
「はい」
ラインベルト審問官は頷いた。そして意外な申し出をした。
「アークレイン殿下。お願いがございます」
「何だ?」
「ベルシュタイン侯爵夫人について、調べさせていただけませんか?」
それは予想外の申し出だった。
「侯爵夫人を?」
「はい。なぜ彼女が、シオン聖国が秘匿していた情報を知っていたのか。単なる情報漏洩なのか、それとも…」
そこでラインベルト審問官は言葉を切った。
異端審問官としての目が鋭くなる。
「闇の魔道具に関わる者から情報を得た可能性もあります」
部屋の空気が変わった。
もし、そうならば。
ベルシュタイン侯爵家の弱点を握る事が出来る。
「分かった。良いだろ」
アークレインは頷いた。
「我々も調べよう。ただし、ベルシュタイン侯爵家は我が国でそれなりに地位のある貴族だ。表立って動けば余計な混乱を招く事になる。慎重に頼む」
「承知しております」
「調査は可能な限り極秘に行ってくれ」
「はい。ありがとうございます、アークレイン殿下」
ラインベルト審問官は深く頭を下げた。
こうして、誰にも知られることなく。
ベルシュタイン侯爵夫人への調査が始まることになった。
◇◇◇
一つの問題は片付いたが私にはもう一つ、片付けなければならない問題が残されていた。
ピラカンザ伯爵家の事である。
ラインベルト審問官と入れ違いで今度はピラカンザ伯爵を部屋へ呼び出した。
先ほどまでの華やかな祝宴とは対照的に、この部屋の空気は重かった。
そしてピラカンザ伯爵が部屋へと入ってくる。
「ピラカンザ伯爵」
「……はい」
伯爵の顔には深い疲労が浮かんでいた。
娘が闇の魔道具を使用して逮捕された。
イザベル·ピラカンザは既にピラカンザ伯爵家から除籍されているが
シオン聖国の審問官に逮捕された、その事実を大勢の貴族の前で暴露されてしまった。
伯爵家の名誉は地に落ちようとしている。
「分かっていると思うが、先ほどの騒ぎを、このまま放置することはできない」
私は静かに、そう告げた。
「分かっております」
伯爵は至って冷静に答えた。
「娘の不始末は、父である私の責任でもございます」
「イザベル嬢の罪を、家族全員の罪とするつもりはない」
私ははっきりと言った。
「ましてやマリア嬢には何の罪もない」
その言葉に、伯爵は僅かに顔を上げた。
「しかし現実として、ピラカンザ伯爵家を巡って王宮は混乱している。このままでは、マリア嬢とセインフォードの婚約にまで影響しかねない」
「……承知しております」
長い沈黙が落ちた。
やがて伯爵は、小さく息を吐いた。
すでに覚悟を決めていたのかもしれない。
「アークレイン殿下」
「何だ?」
「爵位を返上いたします」
私は黙って伯爵を見る。
「ピラカンザ伯爵家当主として、この騒動の責任を取ります。伯爵位を王家へお返しし、それでも非難が収まらなければば陛下のご裁定に従いましょう」
それは、伯爵家そのものを終わらせる決断だった。
「本当に、それでいいのか?」
「はい」
伯爵は静かに頷いた。
「私は医学の道さえ失わなければそれで問題ありません」
そして伯爵は膝をついた。
「そしてアークレイン殿下。どうか、これをもって、ピラカンザ伯爵家への責任追及を終わらせていただきたい」
私はしばらく何も答えなかった。
爵位返上。
一度広がった噂を消すこともできない。
それでも、王国として何らかの形で事態を収拾しなければならなかった。
「……分かった」
私はそう答えた。
「父上には私から話そう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる伯爵を見ながら、アークレインは別のことを考えていた。
これで表向きの騒動は収められる。
だが――。
本当の問題は、何一つ解決していない。
(なぜ、ベルシュタイン侯爵夫人はイザベルの逮捕を知っていた?)
(誰が、シオン聖国の秘匿情報を漏らした?)
建国祭の華やかな宴の裏で。
誰にも気づかれぬまま、別の事件が動き始めている様に私には思えた。




