オリビアの危機
セインフォード殿下は、更に詳しい状況を私に話してくれた。
「それで、ベルシュタイン侯爵に万が一の事があれば、次の当主は子息が侯爵位を継承する事になるが、まだ12歳だ。クリーガァの法律では、成人していない者は爵位を継承する事が出来ない。
その場合は、身内の成人した者が一時的に当主の代行をする事になる。おそらくは母親のエレナ夫人が代行する事になると思う。
そして、そのエレナ夫人は日頃からマリアの事を酷く罵っているらしい……。ベルシュタイン侯爵が倒れた時も、私とオリビア嬢との婚約を諦めようとした侯爵と喧嘩になったらしい」
私がベルシュタイン侯爵家の人々に快く思われていない事は、当然知っている。
だから、セインフォード殿下の言葉にも驚かずに返事が出来た。
「……そうですか」
そんな私の様子を気遣いながら、殿下は話を続ける。
「ベルシュタイン侯爵が無事に回復してくれれば良いが、もしもの事があれば、ベルシュタイン侯爵家の実権はエレナ夫人が握る事になる。
そして、もうすぐ建国祭がある。無事に済めば良いが……。
ベルシュタイン侯爵の代わりに出席するのは、エレナ夫人やオリビア嬢だ。何かマリアに嫌がらせをしてくるかもしれない。
以前にも言った通り、何があっても私が君を守る。
だから、もし何かあったら、マリアも私に隠す事なく言って欲しい。いいね?」
「……はい。分かりました。
それにしても、セインフォード殿下はベルシュタイン侯爵家の内情にお詳しいですね? もしや、人をベルシュタイン侯爵家に潜入させているのですか?」
「ああ。私とオリビア嬢との婚約などという話が出た辺りからね。一応、ベルシュタイン侯爵の動きを見張った方が良いと思って……。あちらが縁談を諦めれば、人は引くつもりだったけど、もうしばらくは様子を見ようと思う」
そうセインフォード殿下は言った。
◇◇◇◇
お父様が倒れてから、我が家はずっと緊張状態が続いている。
突然倒れたお父様を見て、慌てて医師を呼び、病院へと運んだ。
それから、お父様の意識は一度も戻らない。そして医師からは、このままの状態が続く場合は覚悟して欲しいと言われた。
また、もし意識が戻っても、体には麻痺が残る可能性があるとも言われた。
そうなると、領主貴族としての責務を果たせるのかという不安もある。
私も貴族の娘として、お父様や弟を支える覚悟はあるけど、不安だ。
そして、最近になってもう一つ不安な事がある。
それは、お母様のこと。
お父様の事が不安なのは分かる。それに、お母様が以前から占いが好きな事も知っている。
以前なら、占いを信じないお父様の手前もあり、占い師を呼ぶのも時々だった。
でも、お父様が倒れてからというもの、頻繁にお気に入りの占い師を呼ぶようになった。
プロディという名前の、エキゾチックな雰囲気を持つ占い師。
私も面識があるけど、どこか妖しい感じがして苦手だ。
だけど、お母様はその占い師を信じ、占い師が勧める物なら、心が落ち着くというお茶や妖しい魔除けのお守りなんかを、大金を出して買っている。
最近では、お茶会にプロディを呼び、他の貴族の奥様達にも紹介している。
でも、お父様が大変な時に、占いやお茶会に興じるお母様の行動に、私は不安を感じる。
お父様が大変な時だからこそ、お母様がムキになってベルシュタイン侯爵家の健在を周囲にアピールしたい気持ちは分かるけど……。
それだけではない。
それとなくお母様の行動を窘めた執事や使用人を解雇した。
私がその事を言っても、お母様は私の話に耳を傾けてはくれない。
『オリビアは心配しなくて大丈夫。全て上手くいくわ。お父様だって、すぐによくなるし。貴女の縁談だって、セインフォード殿下と婚約出来るから。プロディの占いによると、今は社交に力を入れる時期なの。そうすれば、皆が私達の味方になってくれるわ。
多数の貴族がセインフォード殿下と、あの憎きマリアとの婚約に異を唱えれば、国王陛下だって婚約を取り消すしかないわ。そうして、貴女が婚約者になれる。
全てお母様に任せなさい。
私達にはプロディがついているの。プロディの占いは必ず当たるんだから……』
そう言って、私の話をまともに取り合ってくれない。
もうすぐ王宮で建国祭のパーティーが開かれる。
本来なら、両親と娘の私が揃って参加する予定だった。
今回は、お母様と私で参加する事になる。
確かに、お母様の社交の効果で、多少は私達を応援する貴族が現れたのも確かだけど、私はセインフォード
殿下との婚約なんて望んでいない。
今日こそお母様と話し合おうと、私はお母様の部屋をノックした。
お母様から返事があり、私は部屋へと入る。
部屋に入ると、お母様は私に声を掛けた。
「オリビア。怖い顔をして、一体どうしたの?」
そう言われ、こんな状況で安穏としているお母様に、私は苛立ちを覚えた。
「お母様。もう諦めましょう。私はセインフォード殿下との結婚なんて望んでおりません。たとえ、お母様の言う通り、お茶会に来て下さった貴族の方々が私達の味方になってくれたとしても、そう簡単に婚約が破棄され、私が婚約者に選ばれるとは限りません。現実を見て下さい。お父様が倒れ、今、ベルシュタイン侯爵家は危機的な状況です。仕事に慣れた執事や使用人も、お母様が解雇してしまうし……。今からでも遅くありません。執事や使用人達に謝罪して、戻って来てもらいましょう。占いは所詮占いです。必ず現実になるとは限りません」
「オリビア。何を言ってるの!何故、貴族の私が使用人に謝罪をしなくてはならないの!」
「それは、彼らがいなくてはベルシュタイン家の仕事が回りません」
「はぁ~。オリビア、もう良いわ。貴女はまだ子供だから分からないのよ。お母様に全てを任せなさい」
そう言うと、お母様は私の手を取る。
お母様に手を握られると、私は体の力が抜ける。
そして私の意識が、いえ、心が、どこか遠くの暗闇の中に閉じ込められるような感覚に襲われる。
そう、私の体なのに、私の意識はあるのに、私の意思
では動かない。
そんな感じだ。
そんな状態の私を、お母様は抱きしめて言った。
「オリビア。大丈夫よ。全てお母様に任せなさい。きっと幸せになれるから」と。
私はただ、恐怖した。




