暗転
私は久しぶりに厨房で料理を作っていた。
前日のセインフォード殿下とベルシュタイン侯爵家令嬢との縁談の話で、私の気分は沈むばかり。
気分転換にと思って、厨房でお菓子を作りはじめた。
だけど……。
ぼんやりと料理を作っていたら、ノアールの大きな声が聞こえてきて、私は我に返る。
「マリア! マリア! 焦げてますわよー!」
「わぁー! 本当だ! どうしよう、ノアール!」
「早くパンケーキをお皿に移すんですわ!」
ノアールの声で、私は慌てて焼いていたパンケーキを、あらかじめ用意していたお皿に移した。
でも残念ながら、パンケーキは焦がしてしまった……。
「せっかくのパンケーキの半面が焦げてしまいましたわね」
「ええ」
「それでマリア。そのパンケーキ、どうなさいますの?」
「捨てるなんてもったいないわ。焦げたところを取って、私が食べるわ……」
「……まぁ、そうですか? でも、あまり無理はなさいませんように。お焦げは、体に悪いですから……」
ノアールが憐れみを含んだ目で私を見ながら言う。
「それにしてもマリアは、まだ気にしてますの? セインフォード殿下とベルシュタイン侯爵令嬢の縁談話を?」
図星を突かれて、私は少しムキになって否定する。
「そんなことはないわ!」
「またまた。そんなこと言って、本当は凄く気にしていらっしゃるのでしょう?
でも、アデライン夫人のお話を聞いたでしょう?
セインフォード殿下とマリアとの婚約を破棄して、ベルシュタイン侯爵令嬢との婚約はありませんわ」
「……そう、よね……」
義両親とベルシュタイン侯爵夫妻との過去の話を教えてもらった。
本来は、お養母様と現在のベルシュタイン侯爵が婚約していたけど、一方的に婚約破棄を告げられ、別れてしまった。
そのこともあって、養両親、特にお養母様はベルシュタイン侯爵家に複雑な感情があるようだ。
本来なら、一番近い血筋のベルシュタイン侯爵家から養子を迎えて跡取りにするのが、一番収まりがいい。
血の繋がらない私を養女にして、婿を取って跡継ぎにするのは、確かに変な感じが強い。
それでも、私を養女にしたお養母様の気持ちは知っている。
『私だって、いつまでも過去を引きずったって仕方ないって分かってるわ。
でもね。正直、複雑なの。
ベルシュタイン侯爵家から養子や養女を取るのは、私一人の感情を優先するなら、フレイヤ公爵家を断絶させても良いと思ってるくらいよ。
でも、そんなことは、出来ないのも分かってるのね。
そんな私の気持ちを察して、旦那様は今まで私の前で跡継ぎの話をしたことがなかった。
本来なら、そろそろ引退しても良いお歳なのに……。
それに子供達はエレナ夫人に良く似ているのよ。勿論、子供達には何の罪もないって分かっているけど……』
と愚痴を漏らしていた。
切実な表情で話していたから、きっとその気持ちは本当だと思う。
確かに、私がお養母様の立場でも複雑だと思う。
「だけど、ベルシュタイン侯爵は王宮で色々と働きかけているって言ってたし、心配なの。ほら、私っていうか、ロザリアさんもフレイヤ公爵家とは血の繋がりもないでしょう? それに貴族は血筋を重んじるから、周囲の貴族達が声を上げれば、どうにもならないかも知れない」
「はぁ~。人間って色々と面倒なんですね。心配しなくても大丈夫ですわ。だってマリアは聖水晶の聖女なんですから。王家の方々が貴女を手放したりしません。自信を持ちなさい。それに、もうすぐ結婚式の準備が色々とはじまって忙しくなれば、きっとそんな不安、直ぐに吹き飛びますわ」
確かに、私が聖水晶の聖女であることが公になれば、誰も何も言えないのかも知れない。
でも、それはそれで色々と別の問題が発生するから、大変なことになってしまう。
確かに、またウエディングドレスとか、これから準備する。まだ結婚する実感がないから、不安になるのかも知れない。
もう少ししたら、きっとこんな不安はなくなると思う。
そう考え、私は慰めてくれたノアールにお礼を言った。
「そうね。ありがとう。ノアール」
◇◇◇
ーベルシュタイン侯爵邸ー
「なんですって?! あなた、オリビアとセインフォード殿下の婚約を諦めようって本気で言ってるんですか?!」
「ああ、そうだ。残念ながら、国王陛下をはじめ閣僚の、どなたからもオリビアの婚約に賛同していただけないのだ。これ以上無理を通せば、我が家の立場も危うくなる」
「そ、そんな……嫌です。このままでは、オリビアは格下の相手に嫁ぐしかないんですよ! 既に私達の噂だって広がっています。ここで引いたら、それこそいい笑い者じゃありませんか!
貴方はオリビアが可愛くないんです? 貴方はオリビアに幸せになって欲しくないんですか?」
「勿論。私だってオリビアの幸せを願っている。
だが、どうにもならんのだ。それに、オリビアは嫁ぐ相手はセインフォード殿下でなくても良いと言った。
既にクリーガァでは色々と噂になって嫌だから、出来れば国外に嫁ぎたいと……。私もオリビアに賛成だ。だから、もう、エレ、ナ! いいかげ……ん」
突然、主人が私の目の前で倒れた。
私は慌てて使用人を呼ぶ。
「あ、あなた?! 誰か来てー! 早く、主人がー?!」
その日から主人は意識不明のまま、昏睡状態が続いた……。
◇◇◇
私が、ベルシュタイン侯爵が倒れたと聞いたのは、その日の午後だった。
公務から帰って来た、セインフォード殿下から聞かされた。
「お仕事お疲れ様です、殿下。それで、お話とは?」
「ああ。ベルシュタイン侯爵が倒れた」
「え?」
「どうも夫婦で、私とオリビア嬢との縁談で喧嘩になったようだ。ベルシュタイン侯爵は諦めたようだけど、奥方が納得しなくて、言い争いの最中にベルシュタイン侯爵が倒れたらしい。直ぐに医師が呼ばれ、病院に運ばれた」
「まぁ。それは大変なことになりましたね……」
突然のベルシュタイン侯爵家の話に、私は驚いた。




