第83話 邂逅
「ッ……」
俺では到底キラーバードに及ばない……痣を触るのは論外、今回はなぜかあった大量のEXPで事なきを得たけど触った時は変わらず激痛だったし……
あんなのするくらいなら本当に死んだ方がマシだ、二度と触りたくない。
「ウサミ! このモンスターは……さっき戦ってたキラーバードとは違うから! さっきのやつはもう殺したから!」
「……え? じ、じゃあ、動くなって……」
「敵意があればそんなこと言う必要もない、即刻消すザマス」
声色一つ変えずに即刻消すって言ったぞこいつ……。
……実力差は歴然だし……黒い俺と違って殺せない理由があるわけでもなさそう……?
ならあながち言ってることも間違いではない……か?
俺はゆっくりと身体から力を抜いていき、両前足を上げて降伏のポーズをとる。
「……先に喧嘩を売ったのはこっちだ、素直に謝る。ごめん」
「おい、勘違いで蹴飛ばしたあっしには謝らないのか?」
「いて」
後ろ足を軽く蹴られ、後ろを振り返ると鼻血を出しながら前足を組むチギリが。
いかにも不機嫌な顔をしている。
「ごめん……」
「フン、貸し一つなのだ。それと、もう一つ……お前が取り乱しそうだから先に言っておくが」
「チギリ!」
「なんなのだ? どうせいずれ分かることなのだ」
「けど」
「話さねばならんことはいくつもある……が、これが最優先だろう。あっしが話した方がいいと思うから話す、異論は聞かんのだ」
なんだ……二匹はなにを話して……
俺は何が何だか分からないまま、チギリの指す方を見る。
キラーバードの脚の隙間から顔の角度を変えてそこを見ようとする。
「っぐ、ふぅ……」
「サクラ……?」
そこには、異様に苦しそうに呻いているサクラがいた。
分かりにくいが、少しずつ身体が小さくなっていっている。
サクラはスキルを数回使ったくらいじゃ、身体の大きさに変化はないはずだ……それは今まで見てきたから分かる、この速度で身体が縮んでいるのは異常だ。
一体……なにを……
「っ……は」
喉に直接、空気が入り込んだ。
喉が揺れて空気が抜ける音が鳴った。
「……死んではいないのだ。今サクラが回復を試みているが、助かる見込みは薄いらしい」
チギリは淡々と、けどそのしわがれた声には少しの湿り気がある気がした。
俺はなにもかも忘れて飛び出した。
動くなと言ったキラーバードもそれを止めはしなかった。
後ろ足で地面を蹴って、前足で着地して、後ろ足で蹴って、前足で着地して……すっかり慣れたこの動作が今になって急にもどかしかった。
「うあっ」
そう思った傍から、前足で地面を蹴ってしまった。
前転する形で身体が回転し、回復したばかりの身体がジンジンと痛む。
けどそんなことはもはやどうでも良かった。
俺はがむしゃらに息を漏らしながら、地面を滑ってカミカゼの前に辿り着く。
顔はサクラの下にあって見えない、ひっくり返ってあまり硬くない腹側の外皮が無防備に曝け出されている。
脚は生えたばかりなのか少し湿っていて、幾つもあるのにどれも同じようにくの字に曲がっている。
体温より気温の高い夏の日、暑さにやられたのかひっくり返って息絶えたセミがいた。
そのセミも、今のカミカゼと同じように……脚が同じように曲がっていた、蟻が集っていた。
カミカゼにも、死が集っているように見えた。
目に見えるそれをなんとしても払いたくて、全身が波打つほど激しく頭を振った。
けれど黒く滲んで飛び回るそいつらは、こびりついてカミカゼを喰らい続けていた。
「せん、ぱい……大丈夫、っすよ。オイラが絶対、助けるっすから……今回、なんもしてないっ、すもん」
「そんなこと、ないよ……」
俺は……何もしてないどころじゃない、マイナスでしかない。
俺が、カミカゼとキラーバードに突っ込んだ時のこと……全然、覚えてない。
けど……まだ、残ってるんだ……腹から背中に燻んで張り付いた、カミカゼの暖かい魔素の感覚が。
空から落とされたあの時、俺が無意味に前足を伸ばした時……カミカゼの顔は見えなかったけど……きっと、笑ってたんじゃないか……?
俺が……カミカゼのことを呪ってしまったんだ……。
「ごめん……ごめん、カミカゼ……」
少しでも、残る死の気配を払いたくて……カミカゼの尾に触れた。
その瞬間ぐらり、と視界が揺らいだ。
そうして流れるがままに、視界に幕が下ろされて身体が倒れ込んだ。
◇◇◇◇◇
──────…………。
…………風が吹いている。
生暖かい、それでいてどこか涼やかなような。
サァァァと、草が風に靡いた。
下方からはギェギェと蛙が息を合わせて合唱している。
「……おい、起きろ」
「……ん?」
俺はゆっくりと瞼を開け、前足で擦る。
香箱座りを解除し、前足を前にググゥっとして伸びをする。
大きく欠伸をしてみると、視界が軽く涙で滲んだ。
瞬きをすると橙色の光が瞬き、流星の軌跡を捉えているようだった。
ぼんやりとその流星を眺めながら、ゆっくりと声のする方へ振り向く。
「……え、お前……え!?」
「驚きすぎだ。落ち着け」
「え、いや、落ち着いてとか、え……お前がそんなこと言うわけなくないか?」
呑気に起きてみれば、目の前にいるのは黒い俺。
間違いなく、こいつなら俺を蹴飛ばして起こす。
落ち着けではなく、このオレを待たせるとは何様だと暴言を吐き捨てる。
なのに落ち着けと俺を気遣っている。
伸びや欠伸までしてマイペースに目を覚ましたこの俺を気遣っている。
「……そうか? ワタシは最初からこうだろう」
「……そんなわけないと思うけど」
なんか、一人称もワタシに変わってるし……もうわけが分からない。
それにここは……どこだ?
蛙の鳴き声に目線を惹かれてみると、底に転がった岩まで見えるほど透き通った川が穏やかに流れていた。
……蛙?
この世界って、普通の生き物……いるんだ?
「タスク、向こうから誰か来るぞ」
「なんで急に下の名前呼び?」
黒い俺に促されるがまま、誰か来ているという方に目を向けた。
その視線の先にいた存在に、俺はおでこが上がるほど瞳が大きく見開かれた。
「……む、角の生えた兎とは珍しい。……そういえば和男は動物が好きだったな」
そこにいたのは……坊主頭の、人間だった。




