第81話 魂の蒸発
一瞬、あまりにも一瞬だった。
黒いウサミが出てきてから……たった数分で、キラーバードが倒れた。
僕たち……イザナミの相手だったのに。
けど、あいつがいなかったら全員死んでいたんだろうなと思うとやるせない。
僕は喉から迫り上がる血を、頬を膨らませながら勢いよく吐き出す。
鼻腔に満ちる鉄錆の臭いと、口に広がる粘ついた感触と、新鮮なのに腐っているみたいな気持ちの悪い味で今度は別のものを吐き出しそうになる。
足元には軽く血溜まりができていて、やっぱり無理ってするものじゃないなって思った。
パワードグランドを使った地面からの魔素吸い上げ、パワーコネクションで二匹同時に魔素を供給、それもありったけの量を。
元々自分の中にあった魔素さえもうすっからかん、一滴さえ残ってない。
スキルの同時発動なんて正気の沙汰じゃない……鼻と口両方から水を飲むのと同じようなことだ。
けど、そうしないと誰かが死んでいた。
特に……
「サクラ……カミカゼは……」
「ぐっ、ふぅ……だ、駄目っす……回復はたしかに、はぁっできてるっすけど、このままじゃ、オイラと師匠の魔素が先に尽きる……」
「そん、な……」
僕は崩れ落ちそうになってガクガクと震える膝を必死に宥めながら、血溜まりに写る無力な自分を見つめる。
やっぱり僕には……力が足りなかったのか……僕の周りからは、やっぱり……
「おい、手を離せ虎。一つ余った木の実があるだろう……これをそのムカデに」
「無理っす……カミカゼの小さな口には押し込めない、オイラくらいの、ぐふ……柔らかさがないと……」
サクラの身体は既に元の半分くらいの大きさになっている。
自分の身体の一部を他のモンスターに喰わせる、これはスキルで自切したものを投げつけて喰わせるのとは違う……自分の身体がゆっくりと、何度もちぎれてなくなる痛みに喪失感……構造から違う僕たちには分からない、未曾有の苦痛だ。
覆われていたカミカゼの身体は、サクラが小さくなったことで見えるようになっていた。
依然カミカゼの身体は炭化したままで、本当に小さな脚がいくつか生え始めているだけだ。
これ以上はサクラの命が危ない。
最悪、二匹とも……
「それに、木の実は……痣を使った先輩にあげないと……また、ボロボロに……」
「……虎、木の実を割れ。ウサミとサクラで半分ずつだ」
そう言うチギリの身体もズタボロ。
しかしこの木の実をウサミとサクラで分けるということは、カミカゼのことは…………
未だに鮮やかないくつもの裂傷、今にもちぎれそうなしっぽに半分になってしまった前足……それになによりキラーバードの光を受けたことによってできた火傷と焦げの跡は痛々しすぎる。
……けど、チギリが珍しくこう言ってるんだから……僕はその想いを汲まないといけない……。
だから、カミカゼのことは……けど、けど……そんなの……
「……僕は」
「待つザマス。それくらいわたくしがやってやるザマス」
「あぁ、ありが……え!?」
僕は突然横に現れたその存在に驚きすぎて、思わず目玉が飛び出た。
さっき倒したはずのキラーバード、彼女が何事も無かったかのように木の実を脚で割った。
倒れていたキラーバードのいた場所に目をやると、身体が徐々に光の粒子に変わっていっているのが見える。
「話は後ザマス。あなたたちには聞きたいことが山ほどある……さっさとやることを済ませるザマス」
「……けど、どうするかまだ」
「あのミリピードなら……延命だけならわたくしがしてやるザマス。さっきあなたたちが倒した分霊のEXPとわたくしの力があればなんとか……延命くらいはできるザマス」
「……分かった」
色んな疑問が浮かんでくるけど、そんなことより皆の命。
EXPになったキラーバードを大量に浴びながら、僕は手を繋いだまま回復の木の実をサクラに突っ込む。
けど、噛む力さえ残っていなかった……僕は半分になった木の実を握り潰して果汁を注ぎ込んだ。
風船に空気を入れていくみたいにサクラは徐々に膨らんでいき、やっぱり回復が早いんだなと感じる。
チギリは倒れたウサミの元へ行き、木の実を食べさせた。
あまりに大量のEXPで、傷だらけだった身体が徐々に治ってくる。
力の増幅に伴って魔素量も増えているからだ。
……!
待って、これなら……!
「……! 師匠! カミカゼが……!」
僕はハッとした。
しゃがみ込み、サクラの下敷きになっているカミカゼを覗き込む。
脚は生え揃い、焼け焦げた体表は剥がれ始めていた……つまり、脱皮している!
剥がれ落ちる炭の下に覗く、濡れて黒光りする体表を見てか、視界がキラキラと瞬く。
僕は鼻を鳴らしながら瞳を拭う。
「言ってたもんね……再生が得意分野だって……よかったぁ……」
「……あー、言いにくいザマスけど」
キラーバードがジャラジャラと宝飾を鳴らしながら顔を逸らす。
「そのミリピードの魂は、もう蒸発寸前、延命がやっと……助かる見込みは薄いザマス」




