第77話 化け物との話し合い
「これが俺の、最大限の譲歩だ」
その言葉と同時、空から紫色の雷が降り注ぐ。
黒い俺も同様の紫電を身にまとい、荒く呼吸をしながら俺のことを視線で貫く。
「舐めるなよ……オレはいつでもお前を殺せる」
「けど、そうしないだろ」
「……」
こんなやつと対等に話そうなんて、それこそ命をベットしないと無理だ……。
こいつが本当に痣の力の本体なら、オニさえも圧倒する化け物。
なんとなく覚えてる、紫電を纏った自分の姿と不可能なんかないって思える万能感。
こいつなら本当に俺を殺すなんて赤子の手をひねるようなものだろうけど、俺が死んだらこいつも死んでしまうという枷がある。
それに無理やり意思を奪いにこないあたり、それもできないんだろう……希望的観測だが。
「……埒が明かん、お前の希望はなんだ」
「お前の力を貸してくれ。意識は俺のまま、痛みもなしでだ」
「そのような都合のいい話があるとでも?」
「じゃあ逆にお前の希望はなんだよ、それを知らないとまず話し合いができない」
「話し合いだと? このオレがお前なぞと……」
「埒が明かないって言ったのはお前だろ、実力行使は無理、話し合いも無理、そうなったらどうやってこの時間を終わらせるんだ?」
「……いや、待て。お前、焦っているな? タイムリミットがあるからだな?」
ドキリと、心臓が本当にそう鳴った気がした。
「お前がさぞ大事にしてる友達とやら、ここで油を売っていればいずれ死ぬだろう。オレからしたら周りの者がどうなろうと関係ないが……お前は違う」
「……俺の意識が無い状態はお前にとっても不都合だろ。無防備な状態、今こうしてる間に俺が死ぬぞ」
「心底気色が悪い。自分の命を手札に交渉とは」
「なんとでも言え。時間が無いのは互いに同じ……分かったら希望を言え、話し合いだ」
「……オレが、よりによって貴様に手玉にとられるなぞ納得がいかん」
そう言う黒い俺はさぞご立腹なようで、紫電がバチバチと激しく轟く。
……千年生きてる割には、というか仮に俺と同じくらいだとしても短気だな。
こっちとしては交渉しやすくて助かるが。
にしても、結構縛り的な要素が強いんだな……俺からしたらこいつは上位の捕食者みたいなもんだが、こうして普通に会話ができている。
生き残るため、皆を守るためならなんでも利用してやる。
さっさと話し合いをすることに合意してくれないとこっちとしても困るが……どうだ?
探るような視線で黒い俺を見つめると、黒い俺は荒ぶる耳を鎮めて俺のことを睨みつける。
「……希望は二つ。痣を触る時は意識をオレに渡せ。そしてオレが痣を触れと言ったら迷いなく触れ」
思ったよりも現実的な希望だったな。
……痣による強化状態に入る時に意識を渡す……これは絶対にNGだ。
みんなを傷つけない保証がないし、俺に意識がずっと帰ってこない可能性もある。
そして命令されたら迷いなく痣を触る……これの狙いはシンプルに自分が死なないためか?
一つ目の希望と合わせて乗っ取りを画策している可能性も考えられるな。
素直に答えるとは思えないが、一度理由を聞いてみるか。
「なぜその希望なんだ?」
「オレは退屈でしょうがない。何千年と生きてきたが、お前の中に入ってからが本当に退屈でしょうがない。だからせめて戦いたい、それだけだ」
「……なるほど」
今までの会話を省みるに、こいつは相当に短絡的だ。
何千年も生きたというのが本当か嘘かは分からんが、娯楽として戦いがしたいというのはあながち嘘じゃないかもしれない……俺には到底理解できないが。
「結論から言うと、意識を渡すのは無理だ。みんなを傷つけない保証がないし、お前に乗っ取られるリスクもある」
「乗っ取りのリスクの話をするならば最初から痣を触る選択肢がなくなるだろう、阿呆。一方的に押し付けてくるな」
それはお前にだけは言われたくないんだが……。
「大体話し合いになんの意味がある、ここでオレが口約束したところでお前は信用するのか? しないだろう?」
「それは……」
「割り切れ。時間がないならお前はさっさと痣を触ってオレに意識を渡せ」
「そんなの無理に……」
「お前はなんなのだ、理論だけこねくり回してぐちぐちとッ! 根本的に意味がない!」
黒い俺はバチバチと放電しながら額を俺にぶつける。
すると俺と奴を隔てるように桃色の障壁が出現し、鬼のような形相の奴と障壁越しで睨めっこ状態になる。
目を逸らしたいのに逸らすことすらできない、震えの堪えももう効かずガタガタと音が鳴るくらい震えてしまう、逃げ出したいのに腰が抜けてもう動けない。
「お前がどうしたら納得するのか教えろ! 疾く戻らねばオレが死ぬ!」
「……っ無意味でいい、口約束でいい……だっ、だから、だからっ一つだけ、約束……」
「言ってみろ!」
呂律すらも上手く回れない、けどここで逃げたら全部終わる、言え、一番大事な一つだけでも……!
俺は震える唇そのままに、必死に言葉を紡ぐ。
「……友達を傷つけないで……死なせないでくれ……それがっ、できる、なら……俺はいくらでもお、お前の……希望を飲んでやる!」
「ハッ! やはりお前は気持ち悪い! 偽善者丸出しだ! いいだろう、無意味な口約束をしてやろう!」
目がちぎれそうな程大きく見開いて俺のことを嘲る奴は、後ろを向いて顔だけこちらに振り向く。
「不都合だがあえて伝えてやる、オレの命に関わるからな。この身体の主導権はあくまでお前、オレがお前乗っ取ることは不可能だ。しかもオレが操作している間もお前の精神の影響を強く受ける。そこで一つ……無意味な口約束をお前にもしてもらおうか」
「……なんだよ」
「オレが肉体を操作している間もお前は外界の様子を見ることが可能だが……この戦闘中に限り後方を見ることを禁じる」
「それに、なんの意味が……」
「なんでも答えると思うな。この口約束を破ればどうなるか……言わなくても分かるな?」
奴は喉元に刃物を突きつけるように冷たくそう零した。
当然こちらが約束をふいにすれば……こいつも……
「……っあぁ」
俺は最悪の未来を想像して声がうわずって震えた。
黒い俺は俺のその反応に満足いったのか、ニヤァと口角を上げて紫電を纏う。
「目覚めたらすぐに痣を触れ。あぁ、言っとくがこれも口約束だ。あんなガワだけの烏でもお前らのようなゴミ共には荷が重いからな」
そう言って奴は後ろ足で俺の顔面を蹴り飛ばした。




