第74話 無意味の輝き
「ちょ、師匠! 大丈夫っすか!?」
サクラは地面に身体を投げ出したガルタのことを半ば縋るように揺さぶる。
エメラルドのような光を放っていたガルタの瞳は今やヘドロのように濁ってしまい、揺さぶっても反応がない。
「なんで、師匠!」
それでもサクラはガルタを揺さぶり続ける。
光を失って固まってしまった彼の心に光を戻そうと。
白に黒を混ぜたなら、もうその白は元の白には戻れない、それはもう黒なのだから。
黒く濁った白を、必死で漂白しようとするサクラ。
「まだ、まだ負けてないっすよ! カミカゼだって、まだ、まだ……っ」
そう言いながら、サクラはぽろぽろと涙を流す。
分かっていたから……もう、誰よりも勇敢だったカミカゼが起きることはないと。
だが……それを分からない頑固者が一匹、この惨状のもとに辿り着き、フンと鼻を鳴らす。
「……サクラ、そのムカデを早く回復するのだ」
「チギリ……もう、もうカミカゼは……死ん」
「まだ死んでいないのだ。いいからやれ、やるのだ」
チギリは二足で立ち上がり、転がるガルタの横腹を蹴り飛ばす。
ガルタは力なくゴロンと回り、空を見る。
見ているだけで目が焼かれるような眩い空なのに、彼は目を逸らすことすらしない。
それを見たチギリの顔がみるみるうちに赤くなり、弓でガルタの喉を殴りつける。
サクラはギョッと目を見開き、チギリの気迫に思わず一歩下がる。
「カハっ……」
「あっしは貴様らが全く理解できんが……今の貴様が最も理解できん」
チギリはガルタの腹を踏みつけるように後ろ足を押し付ける。
「今までしてきた貴様の無意味は……認めたくないが、確かにあっしのどこかを揺さぶった。なのに今のこの体たらくはなんなのだ? 答えろ、虎」
…………………………。
「答えろと、言っているのが聞こえないのか!!?」
チギリは弓を地面に叩きつけ、ガルタの首元に前足で掴みかかる。
ガルタは焦点の合わない瞳で、半開きの口から声を漏らす。
「だって、いない、最後には誰も。僕の周りには誰もいなくなる。おじさんも、ウサミも、サクラも、カミカゼも……チギリも」
名前を呼ぶ時だけ、ガルタの目線はチギリに向かう。
それを決して逃さぬよう、チギリは鼻を押し付けてガルタを真正面から睨みつける。
「それで?」
「……いつ、最後がきても変わらない」
「ハッ、まったく笑えるのだ。やはりお前はキチガイタイガーなのだ。愚か者の貴様はサクラと手でも繋いでよしよしもう大丈夫、あとは任せてと無意味な言葉に酔っていろ」
チギリはバカにするように煽りながら、冷たくガルタを地面に投げつけた。
硬い地面でガルタは何度か弾み、未だ新鮮な傷から軽く血が弾け飛ぶ。
チギリはそれを一瞥してからまた鼻を鳴らし、アイテムボックスからリンガの実を二つ放り投げる。
それからキラーバードの方へ歩いていった。
それを歯牙にもかけず、ガルタはただ虚ろに虚空を見つめるだけだ。
サクラは砂利を纏いながら這うように、ガルタに歩み寄る。
「……師匠」
そして身体の一部を薄く引き伸ばし……
──────!
強く引っぱたいた。
全く威力のこもらぬ、脆弱な打撃だった……はずなのに。
「……サクラ?」
ガルタの瞳が小さく揺れた。
揺らめく視線の先には、身体を伸ばして自分の手を掴もうとするサクラがいるのみ。
サクラは嗚咽を噛み殺して涙を振り払い、無理やりガルタの手に身体を巻き付ける。
「オイラの活躍場所は……ここっす」
自分を支えにしてなんとかガルタを立たせ、プルプルと震えながら魔素を練り上げる。
「師匠の活躍場所も……ここっす! さぁ……手を繋ぐっすよ……!」
サクラのその言葉を聞いてか……全てから見放された気でいた彼の瞳は、縋り付くように火種を燻らせた。
◇◇◇◇◇
あっしは弓を後ろ足にグリグリ押し付け、否応なしに震え続ける身体を痛みで止める。
悪趣味にギラついた烏はこちらを嘲笑うように見つめており、語らずとも醜い傲慢が満ち満ちているのが分かる。
「仲間割れは済んだザマスか?」
「仲間割れ? フン、笑わせるな」
あっしは漆黒の巨体を前に不敵に笑った。
「誰があんなやつらと仲間なものか」
「……そうザマスか。臆病なケガレよ、もう散り時ザマス」
地上に降り立ったキラーバードは、ゆっくりと鏡に光を蓄えていく。
あっしの軽いしっぽは風にたなびき、手に持つ弓がガタガタと震える。
あっしの中のありとあらゆる本能が狂ったように泣き叫んでいる。
逃げろ、死ぬぞ、見捨てろ、命乞いをしろ。
頭に残響するそれらから目を逸らそうと、あっしは弓を押し付ける力を強め続ける。
「臆病なネズミ一匹葬るのに、そんな大仰な技を使うか。真名アマテラスとやらも随分矮小な心持ちらしい」
「獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすザマス。まぁあなたは兎以下ザマスけど」
「その兎に、かなり手痛い一撃を貰ったようなのだな?」
「なに?」
キラーバードは力を蓄えながら怪訝そうに眉を顰める。
あっしはニヤニヤ笑って単純なこいつの心を煽り続ける。
「その証拠に、貴様は意味無く地上に降りてきた。もう飛んでいるのも辛いのだろう? それを為したウサミはあっしよりもよっぽど臆病で、弱くて……意味の無いことばかりする大馬鹿者なのだ。まぁ、貴様ほどではないがな、ははっ」
キラーバードの身につけた宝飾品と鏡がカタカタと震え出し、鏡の光が一段強まった。
あっしの喉元を大きな唾が通り、ゴクリと大きく音を鳴らす。
「貴様はあのミリピードとは違い、全く救いようがないザマスね! 後ろの脆弱な魂もろとも、跡形もなく消し飛ばしてやるザマス!」
「あんな異常者と一緒などこちらから願い下げなのだ! あっしは生きて、生き残って……ここを出るのだ!」
「貴様の行き先は地獄以外に有り得ないザマス! スキル、発動……」
前が見えないほどの光が全方位に広がる。
もうこれ以上の時間稼ぎは無駄か……。
サクラか虎かウサミ、誰か一匹でも動けるようになっていればよかったのだが……そう上手くいくわけもない。
……まさかあっしが、確証もない、他人の作戦と物で命を種銭にしようとはな。
しかも勝って得られるのはたった数秒、分が悪いなんてものじゃない、リターンが全く見合っていないのだ。
あっしはもっと自分の益が大きく、相手を損させる取引がしたいのだがね。
だがまぁ、今回はいい……見たいからな。
あっしは目を瞑ってアイテムボックスを握りしめる。
見れるかも分からない、不確定の事象。
そんなものを望むほど、あっしの頭は穴だらけになってしまったのか。
「ヤタノヴァイス・サンライズ」
欠陥で満たされる頭を認識しながら、あっしは足から弓を離す。
一世一代、後にも先にもこんな無意味は御免なのだ……この、欠片すらない無を有に、価値に変えるのだ。
さぁ、あっしにも見せろ……貴様らが見ている、無意味の輝きをッ!




