第73話 僕の傍から……
「チギリィッ!」
「分かっているのだ! スキル発動、カブラヤ!」
チギリは黄金の矢を生成、弓に番えて発射する。
僕はサクラを抱えて落ちてくるウサミにただひた走る。
サクラが弾んで移動するよりこっちの方が速い。
角を無くし、背中を下にして無防備に落下するウサミに向けてサクラを振りかぶる。
「行って!」
そしてぶん投げる。
「おまかせっす!」
サクラが息を吸い込むとぷーっと大きく膨らみ、空中で余裕を持ってウサミを受け止められた。
けどもう一刻の猶予もない。
キラーバードのスキルがくる、あれをまともにくらって生き残るのは……おじさんでも難しいって言ってた。
僕は焦燥に駆られながら空中のサクラを掴み、安全圏に避難するためキラーバードのスキルの軌道を予測しようとした。
「……? どこを狙って……」
だから僕は目も開けられないほどの光量の中、キラーバードの方を見た。
僕たちのいる方向とは反対……そっちにはなにも……
「し、師匠……カミカゼが、いないっすよ……」
ただでさえ青ざめたサクラの顔が、影のなくなったこの世界でさらに白くなる。
「まさか……!」
僕は気づけば走り出していた。
サクラも僕の後を追い、チギリは自ら攻撃範囲に向かっていく僕たちを止めようと走る。
嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!
だって、だって、僕、僕たちまだ……
「ナイスファイトって言い合えてないよ……! カミカゼェッ!!」
一瞬だけ、空が煌めいた。
「ヤタノヴァイス・サンライズ」
直後のその宣言は、冷たい底に沈み込む……死神のような声に聞こえた。
僕は届くわけがないと分かっていながら、縋るように右手を天に伸ばした。
伸ばした先……キラーバードの宝飾と光を反射するカミカゼで輝く空は、塗り潰されるように白に染まった。
仲間を守るために戦いを求めた彼の未来を全て、まっさらに書き換えるように。
スキルのあまりの威力に、地面が歪むほど揺れた。
発生した衝撃波は足場ごと抉りとるような威力で、一度油断すれば空に真っ逆さまだ。
真っ白な世界で、少しでもカミカゼの居た場所に近づこうとする僕は絶対に倒れまいと踏ん張って歩を進め続ける。
僅かな希望……もしそうであったらという願望だけを胸にして。
「カミカゼ……! カミカゼ!!」
僕は白い世界で叫び続けた。
キラーバードのスキルによる破壊音で、カミカゼを呼ぶ声が自分の耳にかろうじて届く程度にまで掻き消される。
それでも構わず僕は叫び続けた。
幾多ある裂傷の痛みも、今にも飛んでいきそうな自分の身体も、なにもかもどうでもよかった。
僕、カミカゼにすごいシンパシー感じてたんだよ。
目と鼻の先、一寸前すら分からないまま、少しずつ進んでいこうとする……知ろうとしていくところ。
僕も何も分からない、おじさんに育ててもらってからどれくらい経ったかはもう覚えてないけれど……僕は未だに分からないんだ。
だから、だから……これからも一緒に……
「……あ、ぁ」
衝撃波に負けないように前方向に力を入れ続けた僕は、衝撃波が弱まって前に倒れる。
衝撃波が弱まると同時に、少しずつ世界に色が戻ってくる。
一番最初に入ってきた色は、黒だった。
料理する時に火力を間違えてご飯を真っ黒にしちゃう……それを思い出させるような黒だった。
「はぅっ……っあ、あ」
息の仕方が分からなくなってきた、息、息っ、いき、イキ、いき、生き?
白がフェードアウトしていく世界で、僕は浮かんでくる最悪の考えを散らし続ける。
けど、次第に色彩を帯びていく世界でその黒は見覚えのある形を浮かばせてくる。
細長い、少しゴツゴツしてる、硬そうな雰囲気。
失敗した料理みたいな黒、それは、つまり……
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
焼け焦げた……カミカゼの黒だった。
いくつもあった脚はあまりの高音で溶けてしまったのか、全て跡形もなくなっていた。
触覚もなくなり、もはやただの黒い板のような姿になっている。
背中を地につけて仰向けになったカミカゼからは微かに魔素が発せられているが、嘘みたいに生気が感じられない。
消えてEXPにならない、魔素も残っていることからまだ生きていることは間違いない。
間違いない、けど……
「師匠! 先輩連れてたから遅くなり、ま……」
膨らんだサクラの身体は、針を刺された風船のように勢いよく萎んでいく。
大きくなったサクラの身体に乗っていたウサミは力無く地面に転がり落ち、横ばいに倒れ込む。
閉じられた瞳からは涙が溢れ、なくなってしまった角の生え際は焼け爛れてぐちゃぐちゃになっている。
「僕……分からないよ……」
ウサミはまだ助かる……リンガの実を丸々ひとつ食べさせれば動ける、二個あれば角は生える……立派な前歯もあるから無理やり突っ込めばいい。
けど、カミカゼの歯じゃ……意識のない状態で木の実を突っ込んでも咀嚼させられない、回復手段が……ない……。
「なんで、なんで皆僕の前からいなくなるの……?」
僕は地面に膝を突き、力の一滴すら湧かない身体を放り出して倒れ伏す。
「教えてよ……おじさん……」
なんで、なんで僕は……ここにいるんだろう。
なんで……涙が出ないんだろう……。
なにもかも、終わったっていうのに。
あぁ……なんで、心臓の音がよく聞こえるんだろうなぁ……。




