第70話 神風
「ホーンタックル!!」
人間の両手で掬った魔素が迸り、踏み込んだ地面が轟音を立てて割れる。
ジェット機の如く跳ぶ俺の身体はまっすぐキラーバードを目指す。
流石にこの速度には驚いたのか、キラーバードは目を見開いて強く羽ばたいた。
それと同時に大量の漆黒の羽が俺を撃ち落とさんと跳ぶ。
今の俺はただ真っ直ぐ飛ぶだけの木偶、為す術もなく貫かれるだけ……
「スキル発動ォ! ア ゛イアンシザァ ゛!」
一匹だったなら、の話だが。
俺に巻きついたままカミカゼはスキルを発動し、上体を起こして俺に当たるはずだった黒羽を迎え撃つ。
黒羽と鋼鉄の顎肢がぶつかる度に火花が散り、伝わってくる重さと衝撃だけで身体が揺らぐ。
俺の速さの乗った、足場の悪い中での迎撃……カミカゼも当然無傷とはいかず、迎撃の度に顎肢が軋む。
「チィッ!」
当然といえば当然か、カミカゼの顎肢が一つ、負荷に耐えきれずちぎれた。
膿のようにねっとりとした黄色い液体が飛び散り、ちぎれた顎肢が落下する。
「カァァァァァ!!」
カミカゼが雄叫びを上げ、魔素を使って顎肢を無理やり再生させる。
しかし再生したばかりの顎肢にはスキルの効果は乗っておらず、鋼鉄化した顎肢は一つのみ。
それでもカミカゼは一切怯むことはなく、俺を襲う黒羽を弾き続ける。
魂を削るように叫び、鬼神が如く一心不乱に顎肢を振り続ける。
それでも逸らし切れない黒羽は俺の身体も少しずつ削り続け、灼けるような痛みと赤い筋を残していく。
そして……カミカゼの尾の鬼の印が真っ赤な光を放つ!
「スキル発動ォォ……」
コオォと、息を吐き出す音。
「ダイヤモンドシェルアァ゛マァ゛!!」
その宣言と共に、カミカゼの体組織が一斉に激しい光を放つ。
そして全身がこれまでに無いほど硬く変化する。
ただ光り、硬くなるだけのスキル……されどそれは彼が目指す最強の盾そのもの。
「ここで終わらせるッ!!」
顎肢を振る、振る、振り続ける……そしてついに……!
「くあッ……!!」
星を浮かべて輝く俺の身体はついに、ついにキラーバードの胸元に突き刺さった。
タックルの衝撃を逃がしきれず、俺に押し出される形でキラーバードの巨躯は空中で後ろに吹っ飛ぶ。
突き刺さった箇所から紅い血が垂れ、確かなダメージがあることに安堵する。
「くっ……矮小な存在めが……!」
「スキル発動……」
なにやら苦しそうに喚いているが、そんなの知ったこっちゃない。
俺は浅くなった川にもう一度両手を突っ込む。
──────本命はこっちだ。
「ソニックウェーブッ!!」
「!!」
角をキラーバードに突き刺したまま、俺は圧倒的に角を震わせる。
超音波が発生するほどの超高速振動、それを体内で起こせばどうなるか……!
「ガァァァァァァァ!!!?」
手術で使うメスと同じ原理……。
摩擦熱により傷口は焼け爛れ、音波の届く範囲は全て死滅する……しかしそれは同時に……
「ぐぅぅぅぅぅぅ!!?」
「ウサミッ!」
自分の身体さえも焦がす、究極の諸刃の剣。
摩擦熱でメスが無事なのは……合金で出来ているから。
モンスターとはいえ、たかが体組織でできた角は当然ドロドロに溶け……高出力の音波は俺の意識さえも刈り取る。
視界がぼやけ、鼻血が滝のように流れ出る。
自分の一部が溶け合い、異物に直接身体中を這われ、侵食されていく。
魔素酔いも重なり、頭が自分のモノじゃなくなるように……分かれてしまったかと錯覚した。
まさか……ここまでとは思わなかった……痣を触るのと同じくらい、きつい……
「きっ……サマァ! ケガレの分際で……スキル……発動!」
人間時代の科学知識、そしてモンスターの身の丈に合わない人間の両手を使った渾身の一撃。
それをくらいながらもキラーバードの身体は輝き、胸元の鏡がギラリと光る。
もう俺は……動けない……角を自分で抜く力さえ、残ってない……たとえ抜けたとしてもこの上空から身体強化無しで落下したら……今の身体でも死ぬ。
……誤算だった、一撃で倒すことはできなくとも反撃されることはないと思っていた……甘かった。
本当の最後の手段である痣にさえ……この前足は届かない。
せっかく立てた作戦だって、全く実行できてない。
抗う気すら起きないほど、身体に力が入らない。
……俺が怒りのままに突っ走ったせいだ。
やる前に気づかなかったのか?
俺はガルタにずっと言われていたはずなのに、仲間を信じろって。
最後の最後で俺は……皆を信じられなかったんだ。
死んでしまうって、いなくなってしまうって。
俺の信頼はその恐怖に勝てなかったんだ。
やっぱり俺はなにもかも前と変わらない、弱虫で誰も信じられない人間のままだった。
少しは……変われたと思っていたのに。
「ウサミッ! 早くせねば……!」
「お前だけ離脱すればいいザマス」
「……は?」
「その硬化した状態なら、この高さから落下したところでほぼ無傷ザマス。このイッカクウサギを見捨てて回避すればいいだけザマス」
「……」
そうだ……そうしろ、カミカゼ。
共に死ぬ……そうまで言ってくれたからこそ、俺のせいで死んでほしくない。
だから……
会話の間にも、鏡の輝きは増し続ける。
頭上に浮かぶ太陽より明るい太陽の光を吸収し、視界が白飛びし始める。
力の抜けた俺の身体はキラーバードに突き刺さったまま宙ぶらりんになり、巻きついたカミカゼはただその双眸に敵を捉える。
そしてゆっくりと俺を締めつける力を弱め、俺と繋がる箇所を減らしていく。
「……確かに、片方だけならば助かるな」
「そうザマス」
そしてカミカゼはがばッと顎肢を開く。
「実に良い案だ」
そう言ってカミカゼは俺の突き刺さった角を……硬化した顎肢で断ち切った。
キィンと、甲高い音と共に俺の頭は一気に軽くなる。
俺の身体はキラーバードという支えを失い、仰向けに落下していく。
そしてカミカゼは自分の尾だけを俺に頭に巻き付けたまま共に落ちる。
「……共倒れザマスか。それも結構。ヤタノヴァイス・サンライズ」
キラーバードの胸の鏡に集まった陽光が形を成し、小さな太陽が出現した。
そしてそのまま……光が俺とカミカゼに向けて放たれる。
カミカゼは俺の頭に巻き付けた尾に魔素を込める。
その様子に、キラーバードは目を見開いてニヤリと笑った。
「……ハードクラッシュ」
そしてそのまま地面に向けて俺を投げつけた。
その時既に、カミカゼの目の前に光が迫っていた。
宝石のように輝いた体表に魔素が巡り、天の川のように煌めく。
俺は白にぼやける世界の中、呆然とそれを眺めることしかできない。
カミカゼは一度俺に振り返ってから触覚を内側にしまいこみ、ただ一言零した。
「もっと、お前と生きたかった──────」
誰にも届かないその言葉は宙に消え……カミカゼは自ら、万物を焼き焦がす光に突き進んだ。




