第68話 開戦
神々しさとも呼べる、世界から切り離されているような緊張感。
理解を拒みたくなるほどの巨体を前に、俺はただ震えていた。
形のないはずの空気が針のように鋭利に尖っているようで、縫い付けられているようにその場から動けない。
動け、動け、動かないと……!
「カミカゼ……参るッ!」
黒曜石のような煌めく黒が、戦場を闊歩する軍人の迷彩に変わる。
顎肢をぶつけ合って金属音を鳴らしながら、天空に鎮座するキラーバードに向かっていく。
「血の気が多いタイプザマスか」
「スキル発動ォ! ア ゛イアンシザァ ゛!」
角度のついた岩をジャンプ台とし、キラーバードの脚をねじ切ろうと顎肢を開く。
しかしカミカゼの触覚がピクピクと揺れる。
虫の知らせが彼の中で騒めき、空中で丸まって魔素を練り上げる。
「スキル発動ォ!」
「吹き飛ぶザマス!」
キラーバードが羽ばたいた。
それだけだった。
「ハードガードォ!!」
嵐を思わせる圧倒的な風が吹き荒び、地面にいる俺たちすら……全力で踏ん張らなければ飛ばされてしまう。
それでは当然……
「ガハッ」
空中にいればどうなるかは説明するまでもない。
丸まったカミカゼは紙のように吹き飛ばされ、岩の壁に叩きつけられる。
「カミカゼ!!」
「あ、あのムカデが……あんな簡単に……」
俺は悲鳴を散らすように無我夢中で地面を蹴り、ズリズリと岩壁から滑り落ちるカミカゼを前足で受け止める。
「っうう……!」
受け止めた衝撃で俺の身体はひっくり返り、背中に鈍い痛みが駆ける。
俺の苦悶を聞いてカミカゼは素早く俺の背中と地面の間に滑り込み、硬い装甲で地面の摩擦から守ってくれる。
地面を滑り、勢いの弱まったところで地面を蹴って二匹で起き上がる。
「カミカゼ! 大丈夫か!?」
「問題ない! 自分の丈夫さを舐めるな!」
確かに宣言を省略しなかったこともあってか、彼の自慢の装甲にほとんど傷はない。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
「通じなければ何度でも突撃するまでッ!! 共に行くぞウサミッ!」
「……! あぁ、共にな!」
俺たちはタイミングを揃えて走り出す。
結果だけ見ればカミカゼが傷ついただけかもしれない……だが、俺は彼から確かな勇気をもらった。
震える身体も自然と収まり、軍人のように勇敢なカミカゼが隣で駆けてくれる……そう思うだけでなんと心強いことか。
「チギリサクラ、僕たちも!」
「任せるっす!」
「あああっしはそのぉ…………って、あっしを置いていくな貴様らぁぁぁぁ!!」
五匹が気持ちを揃えて……いや、気持ちは揃っていないが共に戦闘の口火を切った。
天からそれを見下ろすキラーバードは首を振ってやれやれと言わんばかりにため息を吐く。
「何度やっても同じザマスよ」
また、キラーバードが羽ばたいた。
「チギリっ!」
「あぁもうやればいいのだろうやれば!!? スキル発動、ホラアナクリエイト!!」
EXPを得ることで獲得した新スキル、ホラアナクリエイト。
宣言と同時にチギリの足元の地面が抉り取られ、窪みができる。
穴のサイズはチギリ三匹分程だ。
そこにガルタとサクラも避難するとかなりギュウギュウだが、地上で吹き荒れる風を凌ぐことができた。
俺とカミカゼは魔素を用いた身体強化で地面に無理やり留まる。
「キチガイタイガー! 寄越せ!」
「おっけい任せて! スキル発動、パワーコネクション!」
ガルタは不名誉すぎる呼び名に文句ひとつ漏らすことなく、チギリと手を繋ぐ。
こちらもガルタが得た新スキルで、手を繋ぐことで対象の能力を底上げすることができる補助スキルだ。
「カミカゼ、頼む!」
「任せェ!」
俺が声をかけるとカミカゼの胴節の隙間から、じわじわと発光液が分泌される。
どろりと粘性のあるその液体は狙い通り青白い光を放つ。
がしかし────
「スキル発動、カブラヤ!」
風が止んだところでチギリとガルタは洞穴から素早く這い出、紅い弓に黄金の矢を番える。
チギリは二足で立ち上がってから手を繋いでいない方で弓を持ち、ガルタと繋いでいる前足で共に矢を引き絞る。
「遅いザマス!」
「わっ!?」
「ぬっ!?」
再び風が吹き荒び……今度は黒い羽が飛んでくる。
矢を放つ前にガルタとチギリは吹き飛ばされ、魔素を纏ったいくつかの黒羽が二匹の身体に突き刺さっていく。
二匹は苦悶の声をこぼしながら砂利が散らばった地面を擦りながら転がる。
その軌跡には紅が残り、地面に臥す二匹の身体は血まみれになってしまった。
「な、なぜ……自分は……」
発光液を垂れ流すカミカゼの眼がひくつき、苦しそうに呻く二匹を見て気門から蒸気のような白い息が吐かれる。
────フロアに浮かぶ太陽のような光源が放つ光が圧倒的すぎて、キラーバードの纏う宝飾品が光を乱反射させるせいで……カミカゼの発光液などなんの意味も為さなかったのだ。
「貴様ァ ゛!!」
「落ち着けカミカゼ! 一匹で突っ込んでも変わらない!」
鞭のようにしなるカミカゼの身体からパァンという音とソニックウェーブが発生し、思わず怯みそうになる。
チカチカと点滅する発光液は触れるとピリピリして痛い。
それでも俺は前足でしなるカミカゼを抑え込む。
抑え込んでもカミカゼは暴れながら叫び続ける。
かく言う俺も、二匹が傷つけられて腑が煮えくり返しそうだ。
「ふん、やはり穢れた者は穢れた者。わたくしに触れることすら叶わないザマスね! おーほっほ」
「……」
ゆっくり、温度の目盛を回されているような感覚だった。
カセットコンロは一度火をつけるためには最大まで温度の目盛を回さないといけない。
けれど一度最高温にすると、目盛を下げても火が消えない。
俺は目盛が最大にならないよう、冷静でいられるよう、歯を食いしばって抑えていた。
けど……けれど……
「落ち着け、落ち着け……」
『落ち着け。』呪詛のように漏れ出るその言葉はもはや、カミカゼに向けた言葉ではなくなっていた。
「再び土に還るのに相応しいザマス。わたくしは綺麗好きですから、汚いものは片付けないと気が済まないんザマスよねぇ。臆病で小うるさいドブネズミに、隠れるだけで何もしないピンクの残飯、それに頭も力も足りない猫風情がわたくしに触れようなど一千年早いザマス」
──────カチッ。ボッ。
「……カミカゼ。頼みがある」
「あ ゛ぁ !?」
もう、とっくに目盛は振り切れていた。
火のついた心が、反対にスゥっと冷え込んでいくのを感じる。
そういえば……ガルタも本気の時は表情が消えてたっけ。
一緒にいると……似てくるって言うもんな。
「俺を……あの鳥に突き刺してほしい」
紅色の瞳に、蒼色の炎が宿る。
カミカゼという暴走列車を止めるブレーキは灰になって消え去った。
その灰が列車の形を為し、カミカゼに連結される。
俺とカミカゼの行き先はただ一つ……キラーバードを轢き殺す線路のみ。




