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第67話 天岩戸が開く時

「……ここを踏み越えたら、もう後戻り出来ないよ。皆準備はいい?」


 第十フロアに続く階段、その最終段でガルタは振り返る。

 ガルタの後方……第十フロアは今までのどのフロアよりも濃い霧が立ち込めており、一寸先さえ見えない。

 次のフロアに踏み入れたその瞬間、退路である階段は最初からなにもなかったかのように消え去ってしまう。

 つまりこの境界を越えればもう……


「すぅ……はぁ……」


 俺は未だ熱い身体を冷ますように深呼吸を一つ。

 ガルタの方を見てコクリと頷く。

 他の皆も頷き、ガルタは第十フロアに足を着けようとする。

 俺はそれに待ったをかけるようにガルタの隣に跳び、頭を傾けて耳を差し出す。

 前足じゃ手は繋げないから……代わりってことで。


「一匹で行かせるわけないだろ」

「ウサミ」

「ずるい! オイラも行くっす! ほらチギリも!」

「はぁ? ふざけるななのだ、あっしは後方で……」

「皆、前に出すぎだ。自分が一番前に……」


 四者四様、意図は違えど繋がりを持って最終段に立つ。

 少し強張っていたガルタの顔が柔らかく緩み、ニカッと笑う口の端からキラリと純白の牙が顔を覗かせる。

 そして皆で同時、第十フロアの地面に足を着けた。

 視線だけ後ろにやると、もうそこに退路はなかった。

 一応確認ってやつな。


「なっ、何も見えないのだ……お、お、おい、貴様らが頼りなのだぞ、じ、状況を早く教えろなのだだだ」

「すまない、静かにしてくれないかチギリ。怯えの感情は触覚を鈍らせる」

「いいい言い訳をするななのだ! そもそもこんな状況で怖がるななど無理に決まっているのだ!」

「もう! 二匹ともうるさいっすよ! いつキラーバードがくるか分からないんすからもっと集中して……」

「待って……音が聞こえる……」


 ガルタのその声に、俺たちは皆息を潜めて魔素を練り上げる。


 ……すぐそばから、振動が聞こえる。

 これは……



──────ぐぅぅぅ……



 あまりにもこの場に似つかわしくない音に、視線は発生源に一斉に集まった。

 その音を鳴らした当の本人は舌をペロリと出してウィンクする。


「てへ☆」

「ガルタお前! こんな時にふざけてんのか!!」

「そうなのだ! 貴様はもうアホ虎どころではなく空気の読めないアホくそキチガイタイガーなのだ!!」

「ちょっとチギリ、流石にそれは言い過ぎっすよ!」

「……これは、自分も怒る流れなのか?」



 ──────ゴゴゴゴ……



 その時、地面が大きく揺れた。

 いつのことだったか、幼少期に体験した大地震を思わず想起させる程の揺れ。

 四足地に着いたこの身体でも立っていられないほどの振動……俺は耳を立てて周囲の状況に気を配る。

 意味は無いと分かりながらも、自らの双眸がギョロギョロと蠢いて視界も揺れる。


「ワタクシを差し置いて……」


 聞いてて頭がキンキンするような高い声、それと同時に目を焼く程に目映い光が霧を裂いた。

 前足で防ぎながら光の射す方に目をやると、視界に収まらないような大岩がガタガタと揺れている。

 揺れと比例するように大岩は横にスライドしていき、奥の光が強まっていく。


「なにを楽しそうにしてるザマスかぁぁぁぁ!!?」


 ご、語尾がザマス!?

 そんなマダムのステレオタイプみたいなのが実在したのか……!?

 せっかく命をかける覚悟をしてきたというのに、ガルタは腹の虫を鳴かせるし、ギャグみたいな語尾のやつが出てくるしなんなんだよ……


 揺れる地面を必死に握りながら俺は心の中で愚痴り倒す。

 そうしているうちに大岩の動きが止まり、光がいっそう強まる。

 全てを焦がす、太陽が如き光に俺たちは思わず目を瞑る。

 瞼越しにも伝わるその光度は、瞳を焼くのに充分すぎるものだった。


 咄嗟に魔素を集中させて目は守れたけど……皆は大丈夫なのか……?


 不安でいっぱいになる思考とは裏腹に、揺れと光は徐々に収まっていく。

 そしてようやく目を開けられるほどの明るさになった時……俺はそれを見た。

 自分の身体すら見えなくなるほど濃い霧、それが全て綺麗さっぱり消えていた。

 上空から降り注ぐ熱気は常軌を逸しており、外にいながら湯船に浸かっているような灼熱。

 太陽が落ちてきたのかと思うほど明るいフロアを見上げ、俺の中の不安は餌を得たようにさらに膨れ上がる。


「……なるほど、穢れた魂が三つ……いや、四つザマスか? これは容赦をするわけにはいかないザマスね」


 穢れた魂が……四つ?

 俺たちのことなのか……?

 けど、俺たちは五匹だし……数え間違いなのか?


 光を吸収するペンタブラック、そんな色の羽毛を持ちながら翼や脚にはカラフルな宝石や珠などのアクセサリーが豪華絢爛に散りばめられている。

 そしてやはりモンスターと言うべきか、鳥なのに脚が三本生えており、先に伸びる爪は鋭利で光をキラキラと反射させている。

 胸元にあしらわれた一際輝く鏡のようなアクセサリーからは膨大な魔素を感じる。

 そしてなにより、俺の恐怖心を撫で回すのは……


「矮小な存在たちよ、かかってくるがいいザマス」


 そのサイズ。

 彼女の背中に浮かぶ太陽はその大きな身体によって全て覆い隠され、翼をはためかせて滞空している様子を見ると……全長十メートルはくだらない、超巨大怪鳥だ。

 光を吸収する身体とは正反対に、全身に散らばる宝石は光を乱反射させていて……ミラーボールのように輝いていた。

 彼女は翼を大きく広げ、カァァァァァっと甲高い声で鳴く。


「ワタクシはキラーバード。八大ラビリンスが一つ、キリタチの谷の管理者……真名、アマテラス。穢れた魂たちよ。その身に刻まれた罪業、ワタクシが思い出させてやるザマス」


 真名、アマテラス。

 その名を聞いた時、俺の頭によぎるのは当然古来より日本に伝わる女神。

 太陽神アマテラスの名を冠する彼女の言葉は決して誇張などでは無い。

 まさに太陽の化身……常世を照らす女神の姿そのものだった。

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